香田君の死に思う
2004.11.1


追悼・香田君


(はじめに。僕は自分の意見を絶対視していないし、誰かに押し付ける気は毛頭ありません。多種多様な意見のひとつとしてお読み下さい。そして以下に記した僕の事実認識に重大な誤りがあれば、遠慮なくご指摘下さい。)

香田証生君(24歳)の死が報道されたのは昨日。だが、一日経てばもう、夜7時のニュースで触れられたのは55分を回ってからだった。このマスコミの関心の低さ、風化の速さ。悪夢でも見ているようだ。今回の人質事件について感じたことをここに刻む。


1.香田君について

「自業自得」「こうなって当然」「自分探しもほどほどに」こんな言葉がネットには溢れている。酷い。生きたまま首を切られる事になって、彼はどれだけ怖かったか…。
香田君は好奇心のみでイラク入りしたのではなく、イスラエル旅行中にパレスチナ人がイスラエル軍から弾圧されるのを見て、イラクの人々が同じ様に米軍から弾圧されているのか確かめようとしていた。その心情を、ただの観光とひとくくりには出来ないと思う。

確かに彼は若気の至りで周囲の忠告に耳を貸さなかった。でもそんな経験は、多かれ少なかれ誰にでもあるだろう。彼の無謀な行動は非難されるべきことだけれど、僕は自分が20代前半だった頃の鬱屈した気持ち、「何の為に生まれ、どこへ行くのか」という苦悩を思い出すと、何か行動することで活路を見出そうという感情は充分理解できる。行き先はハワイやスイスでなく、バグダッド。極限状況に生きる人のギラギラとした生命力に触れることで、自分を変える突破口を見つけたかったのだと思う。
状況判断の甘さは、1月から国外にいて人質事件についてよく知らなかったというのもあるだろう。所持金の少なさを叩かれているけど、アラブ圏を旅する時はボッタクリを防ぐ為に所持金を少なく言うのが鉄則なので、本当のところは分からない。
彼がアンマンで泊まっていた安宿クリフ・ホテルは僕も若い頃に滞在した事があり、あの宿の映像が出る度に自分の過去とオーバーラップした。香田君が無事に帰国したら、他者と世界の為に精一杯働き、今回の失敗を帳消しにする大人になってくれればいい、そう思っていた…。

自衛隊の撤退を要求するテロ犯のビデオ映像で、彼が日本国民に語った言葉は「要求通り自衛隊を撤退させろ」でも「助けてくれ」の嗚咽でもなく、「すみませんでした」。日本語が分からないであろう犯人グループの前で何を言ってもいいのに、彼が選んだ言葉は日本人全員への謝罪の言葉。だがマスコミも知識人も見てみぬふり。世論は動かなかった(僕を含めて…)。
ネットには「見捨てて正解」と書かれ、家族には嫌がらせのイタズラ電話が殺到し、処刑される前夜、小泉首相は結婚披露宴に出席していた(最初に見つかった遺体が別人だと分かったから、と弁明しているがそれが何というのか。人質になっている事実は何も変わっていないのに)。
そして亡骸が見つかった後、被害者の家族の声明は「皆さんに迷惑をお掛けしてすみません」。身内が殺された者に謝罪させるこの国の風潮は何?弱い立場にある人をさらに攻撃して何も感じないのか?政府は出来る限りのことをしたというが、犯人グループの実態すら不明な段階で、小泉首相の
開口一番の「撤退しない。テロリストとは交渉しない。あり得ない」が救出に役立ったとは到底思えない。

人間を人間として扱っていない。香田君は、人間だ。


2.ではどうすれば良かったか?

テロ犯の要求に従っての自衛隊撤退ではなく、正直に「政策を誤った」と内外に宣言して撤退すればよかった。
「いま撤退すると、人質をとれば何でも言うことをきく弱腰の国と思われる」
「図に乗ったテロ犯がまた人質をとる」
「国益に反する」
こうした意見に僕は激怒している。フランスやドイツをはじめ、世界の6分の5という大半の国が軍を派遣しないのは、テロリストが怖いからか?違うだろう。米英のやり方が正しくないと思い「国益」を考えて派遣しないのだ。首相はブッシュが正しいと意固地になって米軍をサポートしているが、大統領選挙での米民主党の公約は米軍の撤退。それくらい米政府の「正義」もグラついている。自衛隊の派遣期間も元々は来月までなんだから、一ヶ月早い撤退になるだけだ。

香田君を救っていればテロが増え、今回は見捨てたからテロは減るのか?冷静に考えて欲しい。香田君の亡骸が発見された時、彼は星条旗に包まれていた。これは小泉首相が「自衛隊の目的は復興支援、人道援助」と言ったことへの、“米国の占領をサポートするお前らは米軍と同じだ”というテロ犯の返答だ(実際、自衛隊は復興事業だけでなく米兵も輸送している)。アラブの人々はもともと日本に対し、とても親近感を持っていた。米国と戦って原爆を落とされたことに胸を痛めていたし、日本人がテロの標的になるなんて考えられなかった。ところが今はいつ東京で大規模テロが起きてもおかしくない状況になってきている。日本の指導者は国民をどこに連れて行くつもりなのか?

国の威信が落ちるというのならまた回復すればいい。しかし失った命は二度と戻らない。国内では子どもたちが生命の重さを理解していないと叫ばれて久しい。今回、香田君を救う為に撤兵していれば、全国の親は子ども達に「日本の政府は回復できるものと出来ないものを比べて、回復できないものをとった。それこそが“生命”なんだよ」と、生命の尊さを語れる絶好の機会だった。だが、僕らが子どもに見せたのは「殺されても仕方がない」「ハタ迷惑な青年」という正反対の態度だった。


3.「テロには屈しない」発言=思考停止

世界の大半の国がブッシュの言う「対テロ戦争」に加わらないのは、武力でテロに勝利することは不可能であるばかりか、戦争行為が憎しみの連鎖を生み新たなテロリストを作り出すことを分かっているからだ。
香田君の事件後、まるでザルカウィを殺せば全てが解決するかのような意見を聞くが、ザルカウィが死ねば第2のザルカウィが出てくるだけで、状況は何一つ変わらない(第一、過激派はザルカウィ・グループだけじゃない)。米軍の他国への介入やイスラエルがパレスチナで行なっている大弾圧、文化や伝統を無視した大国の価値観の押し付け、富裕国と貧困国との経済格差(これが最も深刻)など、テロの
原因を放置しての「テロに屈しない」発言は、思考停止以外のなにものでもない。過激派のザルカウィやビン・ラディンが活動を続けることができるのは、テロを嫌悪する市民がいる一方で、米軍に歯向かう連中を英雄視する市民もいるからだ。日本政府は前者の市民だけを見て後者の市民の存在にフタをしている。武力でテロと対峙しても全く効果がないばかりか、犠牲者の数がうなぎ上りになるだけ。“対テロ戦争”が続くことで笑いが止まらないのは、軍事産業だけだ。
 
何の罪もない一般市民を残酷な手段で虐殺するザルカウィたちテロリストは明らかに狂っている
だが、アフガン・イラクの一般市民を誤爆で1万人以上も死なせた米軍も、それを支持する日本も異常だ。テロの原因を全くかえりみず、全てのテロ犯を武力で倒せないことは小学生でも分かること!テロに武力で対決している限り、僕は本気でテロを根絶する意志を政府に感じない。これではテロで殺された人の命も浮かばれない!
イラクのことはイラクの人々に任せ、彼らが国連に支援を求めた時に、日本は国連の傘下で動き出すべきだ。

どうか一日も早く、子どもの無邪気な笑い声が路地に響く土地となり、かの地に平和が訪れんことを。

(2004.11.1)※追記06年3月、殺害犯逮捕。


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