世界恩人巡礼大写真館 【Ｅｎｇｌｉｓｈ Version】
作家（国内）コーナー ＰＡＲＴ1 ＰＡＲＴ2へ
★78名
| ★表示は、名前、巡礼地、享年、巡礼年（複数の場合もあり）の順です |
★芥川 龍之介/Ryunosuke Akutagawa 1892.3.1-1927.7.24 （東京都、豊島区、慈眼寺 35歳）1991＆2001＆03＆06＆10＆13
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| 菊池寛（左、31歳）と芥川（27歳）。この芥川…めっちゃカッコいいーッ！菊池は 親友芥川の自殺から8年後、その文学業績を記念して『芥川賞』を設立した。 |
こっちはとっても穏やかな表情をしているなぁ… |
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| 駆け出しの頃 |
教科書で見るのは この写真が多い |
芥川が描いた河童 |
死の前。すっかり風貌が 違って見える。冒頭の 写真から8年でこんなに 変わってしまった… |
親友の洋画家・小穴隆一が 描いた芥川のデスマスク |
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| 生地に建つ「芥川龍之介生育の地」碑。JR両国駅の「やよい軒」近くにある（2011） | 両国小学校前の龍之介文学碑「杜子春」 |
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| 1991 芥川へのリスペクト・ポ－ズ |
2001 この10年で木が成長している！ |
2003 隣りの墓には、長男で俳優兼 演出家だった芥川比呂志が眠っている |
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| 2006 墓石は遺言により、愛用の座布団と同じ形と寸法で作られており、天頂には 家紋の桐紋が入る。洋画家・小穴隆一が碑銘の筆をとった |
2010 墓前に可愛い花があった |
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| ５回目にして初めての快晴！気持ちいい！ | ２月の午後３時。ひなたぼっこをしている芥川家の皆さん |
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| 2013 ６度目は５月に訪問 | 同じ墓地に三男で作曲家の芥川也寸志の墓もある（2013） |
| 大正期を代表する作家。東京出身。1892年３月１日、牛乳屋を経営する新原（にいはら）敏三の家に生まれる。母はフク。辰年辰月辰日辰刻に誕生したことから龍之介と名付けられた。号は澄江堂主人、俳号は我鬼。産まれる前年に長姉ハツが６歳で夭折している。ハツはとても利発で可愛がられていたが、母が食べさせたものが原因で病死し、責任を感じた母はノイローゼになって狐の絵ばかり悲しそうに描くようになった。生後９カ月で母親が心の病で精神病院に入った為、母の実家に預けられ伯母フキに育てられる。芥川家は旧家の士族であり、江戸時代は徳川家に仕え茶の湯を担当し、家には江戸文人の趣味が残っていた。 1898年（６歳）、小学校入学。芥川は早くから和漢の書籍に親しみ、小学生の頃からクラスメートと『日の出界』という回覧雑誌を発行していた。11歳で実母が他界し、翌年叔父（母の兄）の養子となり、名字が芥川になる。 小中と秀才を発揮し、旧制一高に入学、同期に芥川より３歳年上の菊池寛（1888-1948）、久米正雄（1891-1952）がいる。この一高時代のある強風の日、芥川が窓の外を何気なく眺めていると、木の葉の一つ一つが思い思いの形に揺れており、そこに創造の世界の素晴らしさ、美しさを見出し、文学を終生の仕事にしたいと痛切に感じた。 1913年（21歳）に当時は一学年に数人しか合格できない難関の東京帝大英文学科へ進学。翌年、養父母と東京・田端に移り住む。近所には詩人の萩原朔太郎（1886-1942）や室生犀星（1889-1962）が住む。菊池や久米と同人誌を創刊し、イエーツの詩を和訳したり小説を書き始める。 1915年（23歳）、代表作に名を連ねる『羅生門』を文芸雑誌『帝国文学』に発表。級友を介して漱石門弟となる。 ※『羅生門』…『今昔物語集』に材を取り、極限に追いつめられた人間の心理を描く。平安末期の荒れ果てた羅生門の楼上、職を失った下人は死人の髪を抜きとっている老婆を正義感から取り押さえるが、生きるためにはこうするほかはないという老婆の言葉を聞くや、その着物を?ぎとって闇の中へ消えてゆく。人間を複眼的にとらえ、下人の心理の推移を見事に描ききった。後の『鼻』、『芋粥』などと共に王朝物と呼ばれる。 1916年（24歳）、『鼻』が漱石に絶賛され、一気に文壇の注目を集めた。同年、帝大を学科２番の成績で卒業し、12月から横須賀の海軍機関学校で英語を教えることとなり、これにともなって田端から鎌倉に転居。12月に漱石が死去。『芋粥』執筆。 ※『鼻』…『今昔物語集』から材をとり、長鼻を気に病む高僧・禅智内供（ぜんちないぐ）の滑稽さを描き、彼を嘲笑する衆愚との対照を通じて人間のエゴイズムを炙り出す。 1917年（25歳）、『芋粥』『手巾』等を収めた初の短編集『羅生門』を刊行。滝沢馬琴の晩年の到達点を描いた『戯作三昧』（げさくざんまい）を執筆。同年、友人の姉の娘で17歳の塚本文（ふみ 1900-1968）と婚約。原稿用 紙を半分に切った紙に「私はあなたを愛しております この上愛せないくらい愛しております だから幸福です 小鳥のように幸福です」と恋文をしたためた。そして、初めて 手に入った原稿料で、蝶の形の帯留めを贈った。また、芥川は森鴎外の短編『安井夫人』を読むよう渡した。同作に登場する若妻は、贅沢をせず、それでいて楽しみながら利発に夫を支えており、芥川は妻の理想像として“かくあるべき”と伝えたかったのだろう。 「お佐代さんは夫に仕えて労苦を辞せなかった。そしてその報酬には何物をも要求しなかった。ただに服飾の粗に甘んじたばかりではない。立派な第宅（ていたく）におりたいとも言わず、結構な調度を使いたいとも言わず、うまい物を食べたがりも、面白い物を見たがりもしなかった。」 「翁は自分の経験からこんなことをも考えている。それは若くて美しいと思われた人も、しばらく交際していて、智慧の足らぬのが暴露してみると、その美貌はいつか忘れられてしまう。また三十になり、四十になると、智慧の不足が顔にあらわれて、昔美しかった人とは思われぬようになる。これとは反対に、顔貌には疵があっても、才人だと、交際しているうちに、その醜さが忘れられる。また年を取るにしたがって、才気が眉目をさえ美しくする。翁はざっとこう考えた」。 1918年（26歳）、２月に女学校在学中の塚本文と結婚、３月から鎌倉で新婚生活を送る（ウィキには1919年結婚とあるが、夫人は大正7年＝1918年に結婚したと『追想・芥川龍之介』p.38で語っている）。この年、絵師の芸術至上主義を描いた『地獄変』、童話『蜘蛛の糸』、切支丹（キリシタン）もの『奉教人の死』、芭蕉の臨終に集った弟子たちの心中を描く『枯野抄』を執筆。また、室生犀星と知り合って意気投合し、夏に軽井沢へ共に出かけ、万平ホテルでレモネードを飲む。俳句を高浜虚子に師事。同年、大阪毎日新聞社社友となる。10月から同新聞に長編小説『邪宗門』も連載を開始。『地獄変』の後日談として平安時代を舞台に堀川の大殿の子、若殿を主人公に、邪宗の沙門との対決を描くも体調不良（或いは構想の行き詰まり）で未完となった。 『地獄変』…地獄変相の屏風画を完成させるべく、芸術のためには愛する娘の焼死をもいとわず、完成後に自死した絵師良秀を通して芸術至上主義者の悲劇を描く。 1919年（27歳）、大阪毎日新聞社の仕事で収入が保証されたため、３月に海軍機関学校の英語教師を辞する。新聞社への出社義務はなく、寄稿が仕事であったことから、４月に田端の自宅に戻り創作に専念。同年、５月４日から５月11日まで菊池寛と長崎に一週間滞在（ウィキは長崎旅行が間違って1921年になっている）。この年、芥川邸を２歳年下で洋画家の小穴隆一（おあな・りゅういち 1894-1966）が訪 れ、無二の親友となる。小穴の誕生日は芥川の母の命日と同じであり、芥川は「母の生まれかはりではないかと思ふよ」と言っていた。 1920年（28歳）、３月に長男が生まれ、親友の菊池寛から“寛”をとって比呂志とした。子の誕生が影響してか、児童文学の『杜子春』を書き上げる。同年、関西旅行。 ※『杜子春』…児童文芸雑誌『赤い鳥』に発表した童話。中国・唐時代の古い説話に題材をとり、人間の平凡な幸せをたたえた作品。 1921年（29歳）、海外視察員として中国を訪問。このとき藍色と白色に象と虎の絵が染められた錦布を中国で購入。この布で作った着物を、芥川は他界時に着ていた。 1922年（30歳）、11月に次男多加志が誕生。小穴隆一の“隆”から多加志とした。 1923年（31歳）、腸カタル（腸炎）や神経衰弱で体調を崩しがちになり、湯河原町へ湯治に赴く。９月１日の昼に関東大震災が発生し、死者・行方不明者10万人の大災害となる。地震がきた瞬間、芥川は家の者に「早く外へ出るように」と言いながら門の方に走り出した。二階に次男が寝ていたので、文夫人は急いで二階へあがって次男を右脇に抱え、倒れる家具をかいくぐって外へ逃れた。長男は舅が抱いて脱出した。夫人が芥川に「赤ん坊が寝ているのを知っていて、自分ばかり先に逃げるとは、どんな考えですか」とひどく怒ると、芥川は「人間最後になると自分のことしか考えないものだ」とひっそり言った。震災後、見舞いに訪れた７歳年下の川端康成（当時24歳/1899-1972）と被災した吉原の状況を見に行っている。 この年から1925年にかけて菊池寛主宰の「文芸春秋」誌に『侏儒（しゅじゅ）の言葉』を連載、未発表分が没後に発表された。 ※警句集『侏儒の言葉』は、当時の軍人の横柄な様子を「小児のようだ」と酷評するなど反軍的な主張もあり、没後の1939年、軍人を侮辱しているという理由で検閲、軍から改訂が命じられた。 ●小児 軍人は小児に近いものである。英雄らしい身振を喜んだり、所謂光栄を好んだりするのは今更此処に云う必要はない。機械的訓練を貴んだり、動物的勇気を重んじたりするのも小学校にのみ見得る現象である。殺戮を何とも思わぬなどは一層小児と選ぶところはない。殊に小児と似ているのは喇叭（らっぱ）や軍歌に皷舞されれば、何の為に戦うかも問わず、欣然（きんぜん）と敵に当ることである。 この故に軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている。緋縅（ひおどし）の鎧や鍬形（くわがた）の兜は成人の趣味にかなった者ではない。勲章も――わたしには実際不思議である。なぜ軍人は酒にも酔わずに、勲章を下げて歩かれるのであろう？ ●武器 正義は武器に似たものである。武器は金を出しさえすれば、敵にも味方にも買われるであろう。正義も理窟をつけさえすれば、敵にも味方にも買われるものである。古来「正義の敵」と云う名は砲弾のように投げかわされた。しかし修辞につりこまれなければ、どちらがほんとうの「正義の敵」だか、滅多に判然したためしはない。 日本人の労働者は単に日本人と生まれたが故に、パナマから退去を命ぜられた（注：パナマを支配していた米国が移民制限法を導入。ただし対象は諸外国すべてであり日本を狙い撃ちしたものではない）。これは正義に反している。亜米利加は新聞紙の伝える通り、「正義の敵」と云わなければならぬ。しかし支那人の労働者も単に支那人と生まれたが故に、千住（注：荒川区、足立区）から退去を命ぜられた（失業問題に悩み中国人労働者を退去）。これも正義に反している。日本は新聞紙の伝える通り、――いや、日本は二千年来、常に「正義の味方」である。正義はまだ日本の利害と一度も矛盾はしなかったらしい。 （略）わたしは歴史を翻（ひるが）えす度に、遊就館（靖国の軍事博物館）を想うことを禁じ得ない。過去の廊下には薄暗い中にさまざまの正義が陳列してある。青竜刀に似ているのは儒教の教える正義であろう。騎士の槍に似ているのは基督（キリスト）教の教える正義であろう。此処に太い棍棒がある。これは社会主義者の正義であろう。彼処（あそこ）に房のついた長剣がある。あれは国家主義者の正義であろう。わたしはそう云う武器を見ながら、幾多の戦いを想像し、おのずから心悸（しんき）の高まることがある、しかしまだ幸か不幸か、わたし自身その武器の一つを執りたいと思った記憶はない。 1924年（32歳）、夏に軽井沢に滞在し、芥川が「才力の上にも格闘出来る女」（『或阿呆の一生』）と評した片山広子夫人と出会う。３年後の芥川の葬儀に広子は参列し、文夫人には「芥川と才力の上にも格闘出来る女、それは私です」と言ってるように思え、何かヒヤリとしたものを感じたという。 1925年（33歳）、７月に三男也寸志が誕生。同年、『近代日本文学読本』全５巻の編集を担当し、100名を超える作家の作品を収録したが、販売は不振に終わり印税は微々たるものだった。一部の作家には「芥川が印税を着服している」「文芸読本で書斎を建てた」という悪評を流す者もいて、深く傷ついた芥川は少ない印税を全部関係者に分けた。夫人に「今度のような仕事は、もうやるものではない」と嘆いた。 1926年（34歳）になると体調不良に胃潰瘍や痔、不眠症も加わったことから、湯河原温泉を再訪して一カ月ほど滞在し、４月に静養のため江ノ島に近い神奈川県藤沢の鵠沼（くげぬま）の旅館に転居する。７月からこの旅館の貸別荘を借りると、隣りの別荘に親友の画家・小穴隆一が借りた。大腸カタル（大腸炎）を発症し、お見舞いの為に川端康成、堀辰雄、斎藤茂吉らが訪れた。 鵠沼では夫婦で海辺をよく散歩した。芥川は海岸の松林を見て「あの松ぶりはいいね」と、自殺をするのにも枝ぶりの良い松の木がいいと平気で言ったりするため、文夫人はすかざす「ちょうどいい枝ぶりではありませんか」と先手を打った。すると芥川は急に黙ってしまうという。ある時は、夫人が芥川の浴衣を縫っていると、「その浴衣1枚でもうあとは必要ないから縫わなくてもいいよ…」と告げられ、夫人は焦燥と悩みがじかに伝わってきたという。 同年の初秋にはこんなことがあった。「私は部屋にいましたが、妙に悪い予感がして、主人が死ぬような気がして淋しくてたまらず、思わず二階（の書斎）へ駆け上がりました。主人は机に向って、やせ細って坐っておりました。私は安心してまた階段を降りて来ましたら、すぐ手を鳴らして二階から芥川が私を呼びます。私はためらいながら、また階段を上って書斎に行きましたら、主人は「何だ？」と言います。私は「いいえ、お父さんが死んでしまうような予感がして、淋しくて、恐ろしくてたまらず来て見たのです」と答えると、芥川は黙りこくってしまったという。 翌1927年、鵠沼から東京に戻り、後期の代表作のひとつ『河童』を脱稿。また、『蜃気楼』では死に追い込まれる苦悩を冷静に分析した。同年、「雪どけの中にしだるる柳かな」など七十七句を収めた句集を発行。 『河童』…寓意的な風刺小説。人間社会を河童の国に見立て痛烈な批判を展開。芸術至上主義の河童、詩人トックは自殺後も自分の評判を気にする。芥川は河童の戯画を数多く書残している。 私生活においては、この年は１月から衝撃的な事件が起きる。義兄（次姉の夫）が放火と保険金詐欺の嫌疑をかけられ高利貸しの借金を抱えたまま鉄道自殺を遂げたのだ。芥川は借金の処理や遺族の支援で神経をすり減らした。４月には小説の面白さを巡る論争が谷崎潤一郎との間で起きる（谷崎が６歳年上）。ストーリーの面白さを重視する谷崎に対し、芥川はストーリーが小説の質を決めるのではないと主張した。悪化していく内臓病と神経衰弱、母が錯乱死したことから自らも発狂するのではないかという不安に苦しみ続ける芥川。 ５月、文夫人の友人で芥川の秘書を勤めていた平松ます子と心中の約束を交わし、帝国ホテルで薬を飲む。だが、平松は文夫人に申し訳ない、どうしても芥川と一緒に薬を飲むことはできぬと繰り返し思い、事態を手紙に書いて文夫人に届けた。夫人が急いで帝国ホテルに駆けつけると、芥川は既に薬を飲んでしまっていたものの、発見が早かったため手当がよく効き、間もなく覚醒した。夫人は始めて激しい怒りが湧き、強く叱りつけると、芥川は珍しく涙を見せて謝ったという（他界の２カ月前）。夫人が本気で怒ったのはこのときだけだった。 ７月中旬（他界１週間前）、文夫人に金の鎖がついた腕時計を買う。これは文夫人の母が、娘に買ってやって欲しいと頼んだものだった。文夫人はこの母の願いを、“頼んでおくと時計を買うために１日でも永く生きてくれるはずだという親心と感じた”という。 同じく７月、作家の佐藤春夫が中国旅行に行くため、芥川に一緒に旅行に出ないかと誘った。芥川は２度目の中国旅行を断った。「御一緒すればよろしかったのに」と促す文夫人に「僕はどこへ行っても、地球の果てへ行っても同じことだ」と呟く。夫人の回想「地の果てに行ったとしても、主人の苦しみは消すことが出来なかったほど深いものだったようです」。 そして７月24日午前２時頃、芥川は田端の自宅２階の書斎でキリスト論『続西方の人』を書き上げ、遺書に「将来に対するただボンヤリした不安」という言葉を書き、歌人で精神科医の斎藤茂吉から処方されていたヴェロナールとジアール（共に睡眠薬）を致死量までのむ。そして聖書を手に階下の寝室へ行き、蚊帳に入ってスヤスヤと眠る３人の小さな子ども達と妻の隣で横になった。気配に気づいた文夫人が「あなたお薬（睡眠薬）は？」と聞くと、「そうか」と普段の素振りをするため蚊帳を出て薬を飲み、再び蚊帳に入りなおす。 午前４時頃、芥川の苦しむ声で異変に気付いた妻は、急いで医者を呼んだが手の施しようがなく、朝７時頃に事切れる。享年35歳。文夫人「主人が亡くなりました時、私はとうとうその時が来たのだと、自分に言い聞かせました。私は主人の安らぎさえある顔（私には本当にそう思えました）を見て『お父さん、よかったですね』という言葉が出て来ました。私の言葉を聞かれた方は、冷たい女だと思われたことでしょうが、私は、主人の生きてゆく苦しみが、こんな形でしか解決出来ないところまで来ていたのかも知れないと思ったからです。死に近い日々は、責め苦の連続のようでした。今はどんなにかその苦痛が去り、安らかであろうかと思いました」。駆けつけた小穴が芥川のデスマスクを描いた。 ３日間もお通夜があり、出棺の時に夫人は棺の中に、若い頃に取り交わしたお互いの手紙と、芥川の“へその緒”を一緒に入れた。生前、どちらが先に逝くことがあっても、お互いの手紙を棺の中に入れようと約束していたからだ。自殺直前に書いた色紙の一句「水洟（みづぱな）や 鼻の先だけ 暮れ残る」が辞世となる。４年後に満州事変が起き、日 本は軍国化の一途をたどっていくなか、芥川の死は大きな反響を生み、知識階級の敗北、大正文学の終焉を象徴するものとなった。戒名は懿文院龍之介日崇居士。墓所は豊島区巣鴨の慈眼寺。 同年、最後の短編小説『歯車』が遺稿として「文芸春秋」に発表される。 ※『歯車』…激しい強迫観念に襲われ続ける主人公の「僕」は、目にするすべての事象に不吉な運命を読み取ってしまう。自殺寸前の壮絶な心象風景を、視界を埋め尽くして回転する半透明の歯車の幻覚を軸に描く。 28歳で未亡人になった文夫人は41年後に没するまで再婚せず、３人の子を育て上げた。遺書の「わが子等に」には「小穴隆一を父と思え」とあった。 ７月28日、佐藤春夫は杭州西湖の観光中に芥川の自死を知らされる。文夫人「もしあの時、主人が佐藤さんの友情にこたえて、御一緒に再度の中国の旅に出ていたら、どうなっていただろうかと、そんなことを時々思ったりいたします」。 1928年、龍之介の後を追うように養父の芥川道草が80歳で没する。 1935年、友人の菊池寛により芥川賞が直木賞と共に創設され、純文学を書く新人の登竜門となる。新人作家による発表済みの短編・中編作品が対象で、正賞として懐中時計、副賞として500円（現在100万円）が授与され、受賞作は『文藝春秋』に掲載される。当初の芥川賞選考委員は芥川と親交があった川端康成、佐藤春夫、山本有三ら11名があたった。以降年２回発表されていく。現在授賞式は帝国ホテルで行われている。 1937年、文夫人に厳しかった伯母が最後に「芥川家を頼む」と言い残し82歳で他界。夫人「最後の言葉を聞いて私は急に力が抜け、今までの労苦がいっぺんに吹き飛んでしまう思いがしました」。 1945年４月13日、次男・多加志がビルマで戦死する。享年22歳。あと４カ月で終戦だった。多加志は筆無精であったが、招集後はよく手紙をくれるようになり、「裏庭の桜の花が咲く頃でしょう」と書いてよこしたが、その東京・田端の芥川家は、奇しくも多加志が戦死した同じ日に戦火で焼失した。 1956年、芥川の棺に入れられた“へその緒”を包んでいた和紙に書かれていた名前が、芥川の母のではなかったことから、小穴隆一が龍之介私生児説を発表し、波紋を呼ぶ。 1966年、小穴隆一他界。享年71歳。 1968年、芥川の甥（姉久子の長男）の家が火事になり、多くのノートや資料と共に全焼してしまう。文夫人は「戦火にもあわなかったものを、ちょっとした不注意のため焼失してしまったことは、本当に残念なことです」と悔やむ。同年９月11日、文夫人は心筋梗塞のため、三男也寸志の家で急逝する。享年68歳。夫人は自分の半分ほどの年齢になった夫と41年ぶりに再会した。 文夫人「私は主人が亡くなった当時の三十五歳の面影しか、いつも浮かびません。夢を見ても年を取らない姿ばかりなのです。もっとも年をとった時の主人の姿を知りませんから、その点、私は幸せなのかも知れません」「私たちの結婚生活は、わずか十年の短いものでしたが、その間私は、芥川を全く信頼して過ごすことが出来ました。その信頼の念が、芥川の亡きのちの月日を生きる私の支えになったのです」。 次男・多加志は22歳で戦死したが、長男・比呂志は俳優・演出家として、三男・也寸志は作曲家として名を残している。 芥川比呂志（1920-1981）…龍之介の長男。慶大在学中から演劇活動を始め、1950年に文学座に入り、「ハムレット」「マクベス」などに出演。映画やテレビでも活躍し“貴公子ハムレット”とも呼ばれた。1963年に福田恆存らと文学座を脱退、現代演劇協会を創設する。劇団雲の中心的演出家、俳優となる。1975年、同協会を脱退し演劇集団円を結成。結核により入退院をくり返し、1979年の国立劇場「道成寺」の演出が最後の仕事となった。映画「雁」「どですかでん」などに出演。劇団四季の名付け親。 芥川也寸志（1925-1989）…作曲家。龍之介の三男。現東京芸大卒業。伊福部昭らに学ぶ。1950年に『交響管弦楽のための音楽』でNHK創立25周年記念懸賞の管弦楽作品として特賞入賞し、これが出世作となる。1953年に団伊玖磨、黛（まゆずみ）敏郎と“三人の会”を結成し、前衛的な音楽を発表する。1982年以降は「反核・日本の音楽家たち」運動に奔走。映画音楽では「砂の器」「八甲田山」「八つ墓村」など多数を作曲し、テレビの音楽番組で司会者としても活動した。享年63歳。昭和の終わりを見届け、平成になって約３週間が経った1月31日に没する。 芥川は生前に自分の墓をデザインしていた。彼は、従来の墓は細長く不安定で、台風が来ると倒れそうなものが多いから、自分のはもっと低くしてどっしりとしたもので、風などに吹き飛ばされないようにしたいと、巻紙に薄墨（うすずみ）で大きさを書いた。その大きさは芥川が愛用している座布団の寸法だった。びろうどに唐ちりめん（メリンス）の廻った大きい座布団。死後にこの巻紙が夫人のタンスから出てきたので、それを参考につくられた。墓石は比較的柔らかい小松石が選ばれ、小穴隆一が「芥川龍之介墓」と墓碑銘を書いた。花立ては水がたくさん入り、花が少しでも永く枯れないようにと普通より大きく深くなっている。墓石の上面には芥川家の桐の紋が入れられた。 当初、文壇の人々は多磨霊園に墓を建てたいと希望したが、巣鴨の慈眼寺にある芥川家の祖先代々の墓とは別に、府中の多磨霊園にも墓を建てると、幼い子ども３人を抱える文夫人は墓参に難儀するため、多磨霊園の方は断ったという。 慈眼寺の芥川家の墓所はもちの木の生け垣に囲まれている。右側が芥川家祖先の墓石、左が龍之介の墓。 芥川の墓は銘が浮き彫りになっているため、ファンがしばしば墓碑銘を石摺りにした。その結果、柔らかい小松石ゆえに字が少しずつ欠けてしまい、夫人は修理を依頼したが、「之」は欠けており、「介」は補修の白いセメントがついて修理跡が目立ちなど、元通りにはならなかった。 文夫人の晩年の回想 「（主人は）色紙や短冊を頼まれると、まず右脚を立てて左膝を崩し、あぐらをかくような格好で、紙を畳の上に置いて、ウーウーとうなりながら書きました。筆や、硯や、墨などは、別に特別なものは使わなかったようです。気に入らないと、幾枚も幾枚も書いては、ほごにします。たちまちくずかごは一杯になってしまいます。（略）今でも差し上げるために書いたものらしく名前を書いた半折（はんせつ）が幾枚かあります。それを見ていますと、片膝を崩してウーウーとうなりながら、畳の上に半折を置いて、ゆっくりと筆を運んでいる主人の後ろ姿が、しきりに目に浮かんで来て懐かしく思います。そんな時、私はまだ用がすまないように、書斎にジッと坐っていたりしたこともあります。それは三十五、六歳の若い主人の後ろ姿でもあります」 「いつも三十五歳頃の主人の姿しか浮かんで来ない私には、あれからの歳月が短いもののように思えたり、墓所に立てられた供養の卒塔婆が幾本も建てられているのを見ていますと、もうそんなに歳月が過ぎたのかと驚いたりします。あまり広くない墓地ですけれど、梅、木犀（もくせい）、山茶花、紅葉、柊、丁字（ちょうじ）、あじさい、檜など、皆それぞれに成長して茂っています。木の陰はみな低くて狭く、その中に身を置いていると、土の中から古い思い出が、七月の熱気と共に立ち上って行きます」。 文体を題材に応じて自在に変えた芥川。初期の作品は古典や歴史に素材をえた「羅生門」「芋粥」「地獄変」など歴史小説が多いが、単に伝記や英雄譚を書く為に歴史を題材にするのではなく、歴史上の人物に託して人間の心理やエゴを描くなど、自身の人生観や社会問題を語る手段として、歴史小説の設定を借りた。作風は心身の衰弱とともに「歯車」「点鬼簿」など自己の周辺にテーマを得た作品に移る。鋭い人間批評、格調高く理知的な文章は後年まで冴え渡り、陰影を含んだ濃密な作品世界に読み手を引き込んだ。 自殺後に発表された遺作『歯車』を読み終えたときの衝撃は忘れられない。この鬼気迫る戦慄の短編は、小説というより、芥川のデリケートな神経の束が、そのまま目の前に切り出されて置かれたという、異様な印象を与える作品だ。 主人公の「僕」は、見聞きし体験したこと全てに、何らかの不吉な兆候を見出し恐怖するという（ブランコを見て絞首台を連想する様に）、激しく病的な強迫観念のもと、“地獄より地獄的な人生”を生きている。彼は世界が無数の歯車で埋め尽くされ、自らがその一部となる幻覚を見、安全地帯を求めひたすら街をさ迷う。物語の最後には、「僕」の自殺を予感した妻が、「何だかお父さんが死んでしまいそうな気がしたものですから」と部屋を覗きに来た場面が描かれ、「僕」の次の言葉で締めくくられている。“それは僕の一生の中でも最も恐ろしい経験だった。僕はもうこの先を書き続ける力を持っていない。こういう気持ちの中に生きているのは何とも言われない苦痛である。誰か僕の眠っているうちにそっと絞め殺してくれるものはないか？”。この妻が様子を伺う話は先述したとおり実話だ。 …自死を選択する直前の、人間の内面世界をじかに覗き込む体験。それは恐ろしいものであると同時に、人の心の繊細さに強く胸を打たれる体験でもあった。文学というものはここまで表現出来るものなのかと、血文字に圧倒された！ 睡眠薬を飲んだ芥川は自分の書斎で孤独に死ぬのではなく、妻子がいる寝室で、家族の寝顔を見ながら死ぬことを選んだ。“最期に顔を見たい”と思える人間が周囲にいたことに、わずかではあるが救いを感じる。芥川は妻が姑に叱られて落ち込むと「文子は芥川家のお嫁さんだよ」と慰めてくれたという。現在、芥川の忌日は晩年の作品名にちなんで「河童忌」と呼ばれている。 ●墓巡礼記 都営・染井霊園を西に向かって抜けたところに慈眼寺がある。1991年３月15日、その日僕は大学の卒業式に出席せず、大阪から夜行バスで上京し、慈眼寺を訪れた。学生時代を通して共に生きた芥川に直接お礼を伝えることが僕にとっての卒業式と思ったからだ。遺作『歯車』で彼の繊細な心に触れ、悩める青春の日々の中で「仲間が見つかった」と、孤独感が薄れて踏ん張れたことが幾度あったか。以降、上京時に時間があるときは挨拶に訪れている。丸みを帯びた“座布団”の上部をそっと指先で触れると、墓石は太陽で温まっており、ほんの数秒前まで彼が座っていたかのように思え、体の芯から感動に包まれた。 ※衝撃の『歯車』は著作権が切れているので全文を無料で読めます！ ※「神々は不幸にも我々のように自殺できない」（『或阿呆の一生』） ※タバコを1日に180本も吸うヘビースモーカーだった。 ※ブリの照り焼きが大好物で、それさえあれば他に何もいらないというほどだった。 ※芥川死亡時の子の年齢は、長男比呂志が７歳（後に俳優）、次男多加志が５歳（享年23歳/ビルマで戦死）、三男也寸志が２歳（後に作曲家）。 ※芥川と同じ漱石門弟で、３歳年上の内田百閒が、芥川の葬儀から帰宅し、火葬場にステッキを忘れたことに気付くと、「芥川さんが（その杖を）ついて行かれるでしょう」と妻が言ったので、あらためて死んだことが実感され堪えられなかったという。 ※芥川龍之介の動画（1分18秒）。’95年に制作され様々な賞に輝き、NHK史上最多再放送を誇る名作ドキュメンタリー『映像の世紀』から。芥川自死の数ヶ月前の貴重映像。親友の菊池寛も映ってる。菊池はこの8年後に、亡き友の名を冠した“芥川賞”を創設した。映像では芥川が子ども達と楽しく遊んでいるだけに切ないッス。 ※短編「あばばばば」。なんちゅうタイトル（笑） ※作家・菊池寛は時々心臓発作を起こしていたので、もしもの時のため遺言状を芥川に託していた。 ※ビルマで戦死した次男・多加志は優れた感性の持ち主だった。小学生になる前、風呂敷の裏を外側にしてものを包むため、芥川が「それは違うよ、裏が表に出ているね」と注意すると、「お父さん違うよ、表を中にして包むと、ほどいて中を開けたときに、きれいだろ」と答えた。芥川は文夫人に「この子は、我々夫婦には育てきれないかもしれないよ」と語ったという。 ※小穴隆一宛ての遺書には「僕は支那へ旅行するのを機会にやと某夫人の手を脱した」とある。これは「秀 しげ子」という女性で、晩年に文夫人が芥川の浴衣を洗濯する際、 袖から紙くずが出てきて、広げてみると二行の書きかけに「秀 しげ子」の名前が見えた。夫人はとうに関係は清算されたと思っていたので、洗濯を済ませると芥川に「書きかけのものは、注意して処分しなければいけませんよ」とチクリとやった。以来、その名前が出ることはなかった。 ※芥川は文（ふみ）夫人のことを「文子」と子付けで呼んでいた。 〔参考資料〕『追想 芥川龍之介』（芥川文述、中野妙子記/筑摩書房）、『日本文学小辞典』（新潮社）、『世界人物事典』（旺文社）、『ブリタニカ百科事典』（ブリタニカ社）、『エンカルタ総合大百科』（マイクロソフト社）ほか。 |
芥川の墓前で彼の遺作「歯車」の一節を、約40名の巡礼団で朗読！（2003・夏）
●おまけ～羅生門跡
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| 京都・東寺の西側にかつて羅生門はあった。 今は公園としてチビッコの遊び場になっている |
近くのお堂の中にあった羅生門の復元模型。 この2階が小説『羅生門』の舞台となった |
【 宮沢賢治をたずねて三千里編 】
★宮沢 賢治/Kenji Miyazawa 1896.8.27-1933.9.21 （岩手県、花巻市、身照寺 37歳）1998＆2004
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| ３７才という若さで病没 | 高校３年生 | 教壇に立つ賢治 | |
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| 稲作指導に燃える賢治（当時３０歳）。このポーズは敬愛するベートーヴェンの真似！（笑） |
●いざ賢治の巡礼へ！
| 2004年7月30日。新幹線“やまびこ”と在来線を乗り継ぎ、賢治の故郷・岩手県花巻に大阪から到着！まず駅の観光案内所で無料の地図とバスの時刻表を手に入れた。で、バスは本数が少ない（賢治記念館には1時間に1本！）のでレンタサイクルを利用することに。この日僕は、ぎんどろ公園（風の又三郎のモニュメントがある）→賢治の墓→イギリス海岸→羅須地人協会（賢治の家）→宮沢賢治記念館、というルートを考えていた。多少距離はあるけど、地図上では行って行けない距離じゃなく見えたんだ。レンタル屋のオバチャンも「大丈夫ですよ、皆さんけっこうスイスイ行ってられますよ～」。その笑顔と力強い言葉を信じて意気揚々とスタートした。※墓参は6年前に続いて2度目。しかし前回は車で連れて行ってもらったので、自力では初巡礼！ |
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| “やまびこ”で一気に「新花巻」へ |
次に在来線に乗換え「花巻」へ |
「温泉と賢治の里」！さすがは花巻、 駅からハートを鷲掴みだぜーッ！ |
駅の観光案内所で教えてもらった レンタサイクル兼コンビニ店 |
ぎんどろ公園に続く道には、途中に案内板がなかった。僕は方向があってるのか不安を抱きながらペダルを漕いだ。何度か地元の人に
尋ねながら進んでいると、15分ほどで無事公園に着き胸を撫で下ろす。“ぎんどろ”とはドロ柳（ドロノキ）のこと。賢治はこの樹が好きだった。
（公園は賢治が教壇に立った花巻農学校の跡地に造られた。同校は1969年に移転。）
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| 彫像は又三郎と子どもたち。文学碑には有名な冒頭部分「どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹き飛ばせ すっぱいかりんも吹き飛ばせ どっどど どどうど どどうど どどう」が彫られていた。ホント、風を感じる響きだね |
同公園にあった不思議オブジェ。周囲の時が止まっていた。 |
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●身照寺にて
ぎんどろ公園を突き抜けたところに賢治の眠る身照寺はある。
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| 「かけた情けは水に流し 受けた御恩は石に刻め」 |
この身照寺に賢治は眠っている！ （裏手の墓地っす） |
立て札に超興奮。めっさドキドキ |
ゴゴゴゴゴ…だんだん賢治が見えてきた！ |
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| 1998 左が賢治供養塔、右が宮沢家の墓碑 |
2004 次々と墓参者が訪れ生花が絶えない |
夏真っ盛りだったので、ひんやり した水で賢さんの背中を流す |
憧れのマイ・カリスマ、賢治に再び謁見！たくさんの花で埋もれていたのは6年前と同じだった（違うのは水桶が 裏を向いていたことくらい、笑）。この6年間で新たに読んだ作品が色々あったので、ソウルトークが盛り上がった。 |
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●もうひとつの墓～羅須地人協会跡
この「雨ニモマケズ」（“野原ノ”以降、後半部分）の詩碑は賢治他界の３年後の1936年に建立。高村光太郎が筆をとった。
詩碑の下には遺骨と法華経の経文、自身の全集が納められているため、事実上の墓石といっていい（2009）
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| 詩碑に続く道。ここから入る | 詩碑展望台 | 賢治が愛した郷土花巻の原風景 |
羅須地人協会跡に建つ美術文学館・桜地人館 盛岡高等学校（現岩手大学農学部）時代に賢治が下宿していた大沢川原町に賢治が使用した共同井戸が保存
●ここがイギリス海岸だ！
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| 左はイギリス海岸 右は賢治記念館 （朝日橋） |
イギリス海岸へ続く一本道。 自転車で風を切ると気持ち良い！ |
『イギリス海岸』 『船着場』コチラデス |
「なみはあをざめ 支流はそそぎ たしかにここは 修羅のなぎさ」 （「イギリス海岸の歌」より） |
| イギリス海岸。花巻駅から東へ徒歩30分（約2Ｋｍ）の北上川西岸がそうだった。賢治が通う農学校は貧しい子どもが多く、一般の学校のような夏の臨海学校がなかった。海に行けない者たちの為に、賢治はこの川岸をあえて“海岸”と呼んで、皆で水遊びをしたんだ。またこの一帯は川床の凝灰質の泥岩石が「ドーバー海峡」の地質に似ていたことから、彼は「イギリス海岸」と名付けた。実際、地質時代の終わり頃（第3紀層)には渚だった。教師時代は生徒を連れて化石を拾いによく訪れたという。 |
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| 下流 樹の下にはチビッコと犬 |
上流 北上川と瀬川が合流している |
白亜の川底が現れるのは、水が干上がる夏 の一時だけ。この時は砂浜のように見えていた |
| このイギリス海岸から賢治の家がある羅須地人協会に向かったんだけど…甘かった！花巻は広かった！いくら自転車を漕いでも、いっこうに目的地に近づけない。無料のサイクルマップはけっこうアバウトなので迷いまくるし、交通量の多い車道沿いを走るので空気は悪いし、最後に分かったけど賢治記念館は山の上だった！僕は挫折してタクシーを利用したことを正直にここへ告白する。東北の地とはいえ、7月30日の太陽はかなりキョーレツで、だんだん漕いでるうちに目の前が白くなってきた。“よ～し、これで随分進んだはずだ！”と思って地図を広げると、まだ4分の1にも満たない…。20代ならともかく、賢治と「タメ」の自分にはキツかった。僕は花巻駅へ自転車を返しに戻った（駅まで戻るのも大変だったけど）。体力に自信のある荒くれファイターにだけ、全ルートのチャリンコ走破をお薦めする！ |
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| 海岸沿いのお花畑♪ | レンタサイクルの勇姿 | 羅須（らす）地人協会 | 家は花巻農学校の敷地内に |
●賢治の家を訪問！
| このこじんまりとした木造2階建ての家の中で、彼は近隣の農民に農業や芸術の話を熱く語った。建物は入場無料で見学も自由だけど、農業高校の敷地内にあって鍵がかかっているので、学校から古い真鍮の鍵を借りてこなくちゃいけない（僕の時はタクシーのおじさんがとってきてくれた）。※タクシーで聞いた話では、生徒たちに「賢チャンハウス」と呼ばれているらしい！花巻空港駅から徒歩15分なので飛行機で乗り付ければ早い（笑）。 |
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| この家から彼は田畑にでかけ一人で自活していた。 真夏の青空がまぶしい！ |
「賢治さ～ん！たのも～ッ！」 | ガーン、賢治は留守だった |
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| 賢治愛用のオルガン | 彼のマント | 居間。ここでくつろいでたのかなァ | 写真もあった。素朴！ |
| 山の中にある宮沢賢治記念館には、たくさんの童話原稿はもちろんのこと、写真、彼の絵やレコード、愛用のチェロまで展示されているッ！科学や農業、宗教などに関する思索の記録も公開されていて、ほんと見応え充分。入館料は一般350円、高校・大学生250円、小・中学生150円。岩手県交通バス、宮沢賢治記念館前下車、徒歩10分。お土産のイチオシは『雨ニモ負ケズ』の自筆コピーを巻物にしたもの（千円だったと思う）。活字じゃないので、文字から賢治のオーラが立ち昇ってくるッス！ |
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| 展示品超充実の宮沢賢治記念館 | この「ポランの広場」は賢治の設計した庭園！美しい！ | 広場の中央には日時計花壇がありマス |
●賢治の人生
| 岩手県花巻生まれ。父は質屋を営み、地元では裕福な家に育つ。子どもの頃から植物や昆虫の標本作りが好きだった。最も熱中したのは鉱物採集で、周囲から「石っこ賢さん」と呼ばれていた。国語が得意で15歳から短歌を詠み始める。18歳、法華経の経典に強く胸を打たれ、以後熱心な法華信者となる。19歳の時に現岩手大学農学部に首席で入学。特待生に選ばれ授業料免除となる。21歳、学業のかたわら、友人らと文学同人誌『アザリア』を創刊、短歌を発表していく（翌年からは童話も）。 この頃、東北では度重なる飢饉で農民は貧困に喘いでいた。そして、質入れにくる貧農たちにわずかなお金を渡し不自由なく暮らす、そんな家業に賢治は反発するようになった。1921年（25歳）、家業ではなく自分にあった仕事がしたかった賢治は、童話作家を目指して家出同然に上京する。そして、雑誌『愛国婦人』に童話『雪渡り』を発表し稿料５円を得た。これは彼が生前に受け取った唯一の稿料となった。『注文の多い料理店』『どんぐりと山猫』『鹿踊りのはじまり』『かしはばやしの夜』『よだかの星』など、今も読み継がれる名作童話の多くがこの頃に書き上げられる。半年後、妹トシ病気の報を受けて帰郷し、花巻農学校の教諭に就任する。 26歳、賢治は“心象スケッチ”と呼んだ口語自由詩を書き始める。自然観察の好奇心は相変わらず旺盛で、偶蹄類（牛、鹿等）の足跡やクルミの化石をイギリス海岸で発掘した。11月、妹トシが24歳の若さで病没し、痛切な『永訣の朝』『松の針』『無声慟哭』を書く。 ●永訣の朝 ※トシを看取った時の詩 けふのうちに とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ （あめゆじゆとてちてけんじや）※あめゆきとつてきてください うすあかくいつそう陰惨な雲から みぞれはびちよびちよふつてくる （あめゆじゆとてちてけんじや） 青い蓴菜（じゅんさい）のもやうのついた これらふたつのかけた陶椀に おまへがたべるあめゆきをとらうとして わたくしはまがつたてつぽうだまのやうに このくらいみぞれのなかに飛びだした （あめゆじゆとてちてけんじや） 蒼鉛（さうえん）いろの暗い雲から みぞれはびちよびちよ沈んでくる ああとし子 死ぬといふいまごろになつて わたくしをいつしやうあかるくするために こんなさつぱりした雪のひとわんを おまへはわたくしにたのんだのだ ありがたうわたくしのけなげないもうとよ わたくしもまつすぐにすすんでいくから （あめゆじゆとてちてけんじや） はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから おまへはわたくしにたのんだのだ 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの そらからおちた雪のさいごのひとわんを…… …ふたきれのみかげせきざいに みぞれはさびしくたまつてゐる わたくしはそのうへにあぶなくたち 雪と水とのまつしろな二相系（にさうけい）をたもち すきとほるつめたい雫にみちた このつややかな松のえだから わたくしのやさしいいもうとの さいごのたべものをもらつていかう わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ みなれたちやわんのこの藍のもやうにも もうけふおまへはわかれてしまふ （Ora Orade Shitori egumo）※あたしはあたしでひとりいきます ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ あぁあのとざされた病室の くらいびやうぶやかやのなかに やさしくあをじろく燃えてゐる わたくしのけなげないもうとよ この雪はどこをえらばうにも あんまりどこもまつしろなのだ あんなおそろしいみだれたそらから このうつくしい雪がきたのだ （うまれでくるたて こんどはこたにわりやのごと ばかりで くるしまなあよにうまれてくる） ※またひとにうまれてくるときは こんなにじぶんのことばかりで くるしまないやうにうまれてきます おまへがたべるこのふたわんのゆきに わたくしはいまこころからいのる どうかこれが天上のアイスクリームになつて おまへとみんなとに聖（きよ）い資糧（しりょう）をもたらすやうに わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ 1924年（28歳）、生前に刊行された唯一の詩集『春と修羅』と、童話集『注文の多い料理店』を自費出版する。この頃『土神と狐』を執筆。翌年からチェロやオルガンの練習を開始。 1926年（30歳）、農学校で生徒たちに立派な農民になれとハッパをかける一方、自分自身は農業の辛さを体験していないことに矛盾を感じた賢治は、教職を辞め花巻郊外で荒地を開墾するなど農耕生活に入る。そして近隣の農家の青年たちと羅須（らす）地人協会を設立し、稲作法や土壌学、植物学などの講義を行なった。また花巻一帯の数ヶ所に肥料設計事務所を設け、農村を巡っては稲作の指導にあたると共に、農民たちに芸術の重要性を唱え、自宅で童話やレコードの鑑賞会を開いた（田んぼの真ん中でベートーベンを聴いたという）。彼は論文『農民芸術概論』を書き、序論には「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」と刻んだ。 ●「農民芸術概論」から～なぜ我らの芸術がいま起らねばならないか
かつて我らの師父（しふ）たちは 乏しいながら かなり楽しく生きていた そこには芸術も宗教もあった いま我らにはただ労働が 生存があるばかりである 宗教は疲れて近代科学に置換され しかも科学は冷く暗い 芸術はいま我らを離れ しかもわびしく堕落した いま宗教家芸術家とは 真善もしくは美を独占し販る（販売する）ものである 我らに購ふ（購買する）べき力もなく 又さるものを必要とせぬ いまや我らは新たに正しき道を行き 我らの美をば創らねばならぬ 芸術をもてあの灰色の労働を燃せ ここには我ら不断のいさぎよく楽しい創造がある 都（会）人よ 来て我らに交れ 世界よ 他意なき我らを容れよ （中略） 詞（ことば）は詩であり 動作は舞踊 音は天楽 四方はかがやく風景画 31歳、花巻温泉に花壇を作ったり肥料設計、稲作指導に奔走する。新聞に羅須地人協会の記事が出ると、警察に社会主義者と疑われ事情聴取を受ける。32歳、日照りが続き、稲熱病の手当てなどで農村を走り回る。過労や栄養失調が重なって年末に急性肺炎にかかり、実家に帰って療養する。この病状は長引き、翌年も病臥が続く。 35歳、童話『風の又三郎』を執筆し、作中の“どっどどどどう”の歌の作曲を教え子に依頼する。この年、肥料用の石灰を取り扱うベンチャー企業・東北砕石工場の社長が、豊富な地質学の知識を持つ賢治を仕事に誘う。岩手は作物が育ちにくい酸性の火山灰地が広がっており、アルカリ性の肥料用石灰で土を改良すれば、より多くの収穫が期待できた。会社の利益と農民を救うことが一致し、しかもこれまでの学問が役立つ。賢治はこの仕事に生き甲斐を感じ猛烈に働いた。だが石灰の知識がない農民たちは、その効果に半信半疑。賢治は外回りをする傍ら、県庁で農業関係者の情報を集め、石灰の長所を説明したダイレクトメールを、1日170通、1ヶ月で５千通も送った（賢治が考えたキャッチコピー「御存知ですか新肥料・炭酸石灰～他の及ばぬ甚大なる効力」）。県から肥料展覧会で賞状をもらうことにも成功する。これらの努力が効を奏し、工場の1日の生産量は、10トンから25トンにまで急増した。 石灰の売れ行きが頭打ちになると、賢治は建築用の壁材料を考案。賢治は工場の人々の期待を一身に背負い、売り込みの為に40kgのサンプルを持って上京した。ところが、過労がたたって再び発熱し、死期が近づいていることを感じた彼は、苦しさの中で両親に遺書を書く。「とうとう一生何ひとつお役に立たず、ご心配ばかり掛けてしまいました。どうか、この我儘（わがまま）者をお赦（ゆる）し下さい」（９月21日）。 なんとか帰郷したものの、病臥生活が続く。賢治にはやりたいことが山ほどあった。農民を助けたい、会社を救いたい、童話を書きたい、体さえ丈夫であれば、もっと皆のために役に立てる…！この思いから、布団の中で手帳に『雨ニモマケズ』を書き留めた。冒頭で、雨風や寒さ、暑さにも負けない「丈夫な体を持ち」と願ったのはこのためだ（手帳は賢治の他界後に、仕事のトランクから発見された）。 ●雨ニモマケズ 雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋（いか）ラズ イツモシズカニワラッテイル 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ 小サナ萱ブキノ小屋ニイテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ 南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコワガラナクテモイイトイイ 北ニケンカヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイイ ヒデリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ ソウイウモノニ ワタシハナリタイ ※後半に「行ッテ」が３度も出てくるのは、病床で身動きがとれない賢治の、切実な思いが込められている。また、手帳の左上にはわざわざ赤ペンで、本文とは別に「行ッテ」と大きく書かれている。 36歳、闘病生活の中でも創作活動を続け、雑誌「児童文学」に童話『グスコーブドリの伝記』（挿絵はなんと棟方志功！）を病床から発表する。 37歳（1933年）病状が悪化する中で農民の肥料相談に応じていたが、秋になって容態が急変し、９月21日、「法華経１千部を印刷して知人に配布して欲しい」と遺言を残して午後１時半に息を引取った。最期の言葉は「今夜は電燈が暗いなあ」。享年37歳。この９月21日は、奇しくも２年前に遺書を書いた同じ日だった。死後、未完成のままの『銀河鉄道の夜』が発見された。賢治は28歳の頃から亡くなるまで、何年も『銀河鉄道の夜』に手を入れ続け、ついに未完のままで旅立った。 （「永久の未完成これ完成である」と賢治は書き残しているので、或いはこれでいいのかも知れない…） ※賢治の葬儀は安浄寺（浄土真宗大谷派）で行われたが、後に法華宗へ改宗した父が1951年に身照寺へ遺骨を改葬した。バスを利用して墓参する場合は、岩手県交通バスを「文化会館前バス停」で下車すると徒歩5分で着きます！ ※『風の又三郎』の舞台は岩手県奥州市の種山ヶ原。 --------------------------------------------------------------- 『グスコーブドリの伝記』『銀河鉄道の夜』『土神と狐』『雨ニモマケズ』、こうタイトルを並べただけで全身に電気が走り、“思い出し感動”にウルウルくる。「自己犠牲」という言葉はどこかしら偽善的な匂いがするので好きじゃないけど、賢さんの描く登場人物は「自己犠牲」ということを当人が全く自覚しておらず、それが自然であるかのように命を投げ出す。そこがめっさ泣ける。もちろん、文学者としての豊富な語彙は、言わずもがな。賢さんの作品にこれまで何度救われただろうッ！本当に有難うございますーッ！！(>_<) |
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【賢治のレコードコレクション】
●シューベルト「未完成交響楽」 O.クレンペラー指揮/ベルリン国立歌劇場管弦楽団
●ドビュッシー「前奏曲 牧神の午後」 A.ヴオルフ指揮/パリ・コンセル・ラムルー管弦楽団
●ドボルザーク「新世界交響楽」 H.ハーティ指揮/ハレオーケストラ
●ベートーヴェン「第五交響楽 運命」 フルトヴェングラー指揮/ベルリンハーモニック管弦楽団
●ベートーヴェン「月光曲」 久野久子
●ベートーヴェン「第六交響楽 田園」 H.フィッツナー指揮/ベルリン国立歌劇場管弦楽団
●パデレウスキー「メヌエット」＆リスト「ベニスとナポリ」 ジョセフ・ホフマン
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★夏目 漱石/Soseki Nastume 1867年2月9日（慶応3年1月5日）-1916年（大正5年）12月9日
（東京都、豊島区、雑司ヶ谷霊園 49歳）1991＆2002＆07＆08＆10＆12＆17
1種14号1側3番
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| 見合い写真 （20代後半） |
遺作『明暗』の続きを 教えて下さいッ！ |
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| 1991年 なぜかトトロが墓を守っていた！（マジです！） （背後の高層ビルはサンシャイン60） |
2002年 大傑作『こころ』を絶叫朗読！ 主人公の友人Kもこの墓地に眠っている |
2008年 初夏に訪れたので緑が眩しい 墓は安楽椅子の形をしている |
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| 07年11月、上京時に30代を去るにあたってどうしても漱石に 会いたくなり、帰りの新幹線を遅らせて日没後に訪れた |
91年に初墓参した時は23歳だった。 そんな僕がもう40代に（2007） |
フラッシュなしだとこんな感じ。 墓マイラーは夜でも怖くない |
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| 2010年６月。この時は白いユリの花が供えられていた ※戒名は「文献院古道漱石居士」（古き良きものを重んじる文学者） |
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| 左側に「夏目家之墓」（2012） ※気づかなかった！ |
夕陽に染まる先生の墓を ネコちゃんが見ている（左手前） |
“吾輩”を思わせるネコと先生の 奇跡のツーショット！（2012） |
２歳の我が子は爆睡。妻の必死 の呼びかけに鼻ちょうちんで返答 |
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| 2017年１月初めて青空の下で墓参！やっぱ晴れが最高！ |
●生誕地と没地へ
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| 某牛丼店の前に建つ「夏目漱石 誕生之地」碑。生誕100年記念 で建てられた（新宿区喜久井町） |
生誕地の前は「夏目坂」。 漱石の父が命名した。江戸 時代、夏目家は名家だった |
夏目坂通り。早稲田大学に近く 車の往来もけっこうある |
生誕地から没地である漱石公園 までブラブラ歩きで10分くらい |
この細い路地裏“漱石山房通り” に入っていく。次第に胸が高鳴る。 ※漱石邸は通称“漱石山房” |
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| 1907年から亡くなる1916年まで晩年を過ごした 場所。漱石山房は漱石公園として整備されている |
漱石公園の入口に建つ漱石先生の胸像。この胸像は素晴らしいデキ！ 画像では分かり難いけど、なんともいえない優しい目をしている |
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| 奥に見えるのが入場無料の漱石資料館「道草庵」。 左手前の白いバルコニーが復元された漱石山房。 この地で『三四郎』『それから』『門』『行人』 『こころ』『道草』『明暗』といった傑作が生まれた |
ズッコケた。“復元”された漱石山房はバルコニー部分だけ（図解の虫眼鏡の外側）。 しかもバルコニーの扉はニセモノで開かない。ハリポテ以下。新宿区、予算をまわせ！ ※漱石は面会者が多かったので木曜午後を面会の日とした。文学サロン「木曜会」には 多くの弟子（高浜虚子、芥川龍之介、内田百閒、和辻哲郎、寺田寅彦など）が集まった |
公園内の『猫塚』。夏目家のペット（犬、猫、 小鳥）の合同供養塔。“吾輩”猫の13回忌に 建てられたが、後に戦災で倒壊。1953年 12月９日、漱石37回目の命日に再建された |
●漱石ゆかりの旧跡など
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| 愛知県犬山の「明治村」には、漱石や鴎外が住んでいた 本物の家が、東京からそのまま移築展示されている！ |
明治23年に鴎外が、そして明治36年に漱石が借りて 『吾輩は猫である』を執筆した。なんちゅう偶然！ |
文豪気分を五臓六腑で 満喫！至福！（2005） |
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| 漱石が愛した道後温泉は『千と千尋の神隠し』のモデル | 道後温泉には「漱石ゆかりの部屋」がある！（2008） | 熊本市の「夏目漱石旧宅」 |
| 本名夏目金之助。高校の英語教師をしていた33歳の時、国の命令で英語研究の為に英国へ留学生として派遣される。漱石には元々神経衰弱の兆候があったが、ロンドンでの孤独な生活がそれを悪化させた。「表へ出れば人の波にさらわれるかと思ひ、家に帰れば汽車が自分の部屋に衝突せぬかと疑ひ、朝夕安き心はなかった」。毎日部屋に閉じこもり、真っ暗な中で泣き続ける日々。やがて、文部省に「夏目金之助発狂す」と報が入る。漱石の英国留学は2年3ヶ月で終わった。 翌年、東大で英語の講師をしていた漱石は記す。「教師は向いてない。私は始終隙があったら自分の本領へ飛び移ろうとのみ思っていたのですが、さてその本領というのがあるようで、無いようで、どこを向いても、思い切って“ヤッ”と飛び移れないのです」。また、「この世に生れた以上、何かしなければならん。といって何をしてよいか少しも見当が付かない。私はちょうど霧の中に孤独な人間のように立ちすくんでしまった」とも。 そんな漱石を見た友人の高浜虚子は「沈うつな思いをありのまま吐き出せば気晴らしになる」と小説の執筆を薦めた。1905年（38歳）、漱石は英語教師の日常を猫の目を通して書いた『吾輩は猫である』を発表、好評を博す。それから2年後、漱石は新聞社から専属作家の依頼を受ける。しかし当時5人の子どもを抱えている40歳の漱石は即答できなかった…その時、東大で講師をしていた彼に、教授のポストが用意されていたからだ。名誉ある東大教授の職は、高収入で安定したもの。かたや、作家は明日の保証すらない仕事…。漱石は一ヶ月ひたすら悩みに悩んだあげく、東大総長宛に辞職願いを提出した。この時の心境を彼は日記に残している--「大学では4年間講義をした。食えなければ、いつまでも（講師の職に）かじり付き、しがみ付き、死んでも離れないつもりであった。しかし近来の漱石は何か書かないと生きている気がしないのである」。 作家業に専念した彼は、「三四郎」「それから」「門」と立て続けに名作を生み出したが、43歳の時に胃潰瘍が原因で伊豆修善寺温泉にて大吐血、生死の境をさ迷う。一命を取り留めた後、より精神世界に深く切り込んだ「彼岸過迄」「行人」「こころ」を書き、最大の長編「明暗」のハイライトに差し掛かった所で病に果てた。漱石は死の直前「胸に水をぶっかけてくれ！死ぬと困るんだ！」と訴えたという。クライマックスを書けずに絶命したのは、無念極まりなかったと思う…。人間のドロドロのエゴをあぶり出しつつ、ヒューマニズムを根底に描き込んだ漱石。素晴らしい作品群を本当に、本当にありがとう！ （僕はアチラに旅立ったら速攻で漱石先生に会いに行き、一番良い所で中断している『明暗』の結末を聞くつもり！） 漱石の墓は池袋駅の徒歩圏内。雑司ヶ谷霊園の中央付近にあり、巨大な安楽椅子の形をしている。雑司ヶ谷霊園は約12万平方メートルで甲子園（約４万平方メートル）の３倍もある。管理事務所で地図をもらうのがベスト。なにせ漱石の弟子だった芥川龍之介が、没後９年目に墓参にきて自力で辿り着けなかったくらいだ。 墓石は一周忌に際して建築士の妹婿が設計したという。鏡子夫人の『漱石の思ひ出』（1928）によると「何でも西洋の墓でもなし日本の墓でもない、譬へば安楽椅子にでもかけたといつた形の墓をこさへようといふので、まかせ切りにしておきますと、出来上つたのが今のお墓でございます」とのこと。 漱石が晩年を過ごした漱石山房は漱石公園（新宿区早稲田南町）として整備されている。公園内の『猫塚』は夏目家のペット（犬、猫、小鳥）の合同供養塔だ。“吾輩”の猫の13回忌に建てられたが戦災で倒壊し、漱石37回目の命日に再建された。 ※漱石は日本にゴッホやルノアール、ドガの名前が広がる前（1905年＝ゴッホの死後15年しか経ってない）に、すでに彼らの作品を模写していた！漱石は作家であると同時に名画を見抜く審美眼を持っていたんだ。ちなみに“こころ”初版本の装丁や扉絵はすべて漱石自身がデザインしたものだ。 ※墓所には奥さんの墓もある。2016年のNHKドラマ『夏目漱石の妻』で尾野真千子さんの名演を観て以来､奥さんにも手を合わせている。 ※「漱石のいい読者ではないんですけれど。ぼくは漱石の作品より、漱石そのものが好きになってしまったと言えるかもしれません」（宮崎駿）
※「死ぬまで進歩するつもりでやればいいではないか。作に対したら一生懸命に自分のあらんかぎりの力をつくしてやればいいではないか。後悔は結構だが、これは自己の芸術的良心に対しての話で、世間の批評家やなにかに対して後悔する必要はあるまい」（漱石） |
漱石の背中をパシャリ！
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●漱石は若い作家たちに心を込めた手紙を書いてあげた。これがとてもいいので3通を紹介。※すべて死の年に書かれたもの。
1通目は芥川（当時24歳）に、2通目は芥川と久米正雄に、3通目は亡くなる3ヶ月前に芥川に宛てたもの。（一部現代語に意訳しています） あなたのものは大変面白いと思ひます。落着きがあってふざけていなくって、自然そのままの可笑しみがおっとり出ている所に、上品な趣があります。それから材料が非常に新しいのが眼につきます。文章が要領を得てよく整っています。敬服しました、ああいふものをこれから二三十並べて御覧なさい、文壇で類のない作家になれます。しかし「鼻」だけでは恐らく多数の人の眼に触れないでせう。触れてもみんなが黙過するでせう。そんな事に頓着しないでずんずん御進みなさい。群衆は眼中に置かない方が身体の薬です。
二月十九日 夏目金之助 勉強をしますか。何か書きますか。君達は新時代の作家になる積(つもり)でせう。僕もその積であなた方の将来を見ています。どうぞ偉くなって下さい。しかし無闇に焦ってはいけません。ただ牛のように図々しく進んで行くのが大事です。文壇にもっと心持の好い愉快な空気を入れたいと思います。それから無闇にカタカナに平伏する癖をやめさせてやりたいと思います。これは両君とも御同感だろうと思います。 今日からつくつくぼうしが鳴き出しました。もう秋が近づいて来たのでせう。 私はこんな長い手紙をただ書くのです。永い日がいつまでも続いてどうしても日が暮れないという証拠に書くのです。そういう心持の中に入っている自分を君等に紹介する為に書くのです。そういう心持でいる事を自分で味わって見るために書くのです。日は長いのです。四方は蝉の声で埋まっています。 八月二十一日 夏目金之助 今『芋粥（いもがゆ）』を読みました。君が心配している事を知っているので、ちょっと感想を書いてあげます。あれはいつもより骨を折り過ぎました。くどくど説明し過ぎました。しかしそこに君の偉い所も現れています。（略）うんと気張り過ぎるからああなるのです。物語り類はシンプルなナイーヴな点に面白味が伴います。惜しい事に君はそこを塗り潰してベタ塗りにしました。これは悪い結果になります。しかし。芋粥の命令が下った後は非常に出来がよろしい。立派なものです。（略）技巧は前後を通じて立派なものです。誰に対したって恥かしい事はありません。段々晴れの場所へ書き慣れると、硬くなる気分が薄らいでよそ行きはなくなります。そうしてどんな時にも日常茶飯でさっさと片付けて行かれます。その時始めて君の真面目は躍然として思う存分紙上に出て来ます。（略）この批評は君の参考の為です。僕自身を標準にする訳ではありません。自分の事は棚へ上げて君のために(未来の)一言するのです。ただ芋粥だけを批評するならもっと誉めます。 今日カマスの干物が二人の名前できました。御好意を謝します。何か欲しいものがあるなら送って上げます。遠慮なく云って御寄こしなさい。 九月二日 夏目金之助 ※この手紙をもらって、芥川は嬉しかったろうなぁ…。(*^v^*) |
★小林 多喜二/Takiji Kobayashi 1903.10.13-1933.2.20 （北海道、小樽市、奥沢共同墓地 29歳） 2000＆14
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| あの暗い『蟹工船（かにこうせん）』がまさかの平積み！目を疑う 光景だ。80年を経て人気が爆発した（08.6 大阪・紀伊國屋書店） |
『蟹工船』執筆の頃（25歳） |
1931年、自宅の火鉢の前で（28歳） |
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| 2000年８月、初巡礼 多喜二が小樽に自分で建てた墓 |
2014年１月再訪。お墓の下半分が完全に雪の下に！ 蓮華の部分に雪が積もり（左写真）鼻ヒゲのようになっていた |
2014年７月 ３度目の巡礼。雪が なければ墓石はこんなに高い位置 |
〔緊急巡礼！2014年１月、雪中の多喜二墓参～ベートーヴェン奉納〕
2013年12月6日午後11時23分、国会で『特定秘密保護法』の強行採決が行われた。官僚機構の情報隠しや国民の「知る権利」侵害
への懸念を残したまま、自公の賛成多数で同法は成立した。運用方法によっては戦前の治安維持法に匹敵する破壊力を持っており、
僕はこの強行採決の翌月、真冬の北海道・小樽まで多喜二の墓参に向かった。彼は治安維持法違反で拷問死した作家だ。
※追記…2014年７月１日、安倍政権は集団的自衛権容認の閣議決定を強行。事実上、日本が攻撃されてなくても開戦できることに。
そんなことを現行憲法が認めているわけがなく、改憲せずに容認するのは最悪の暴挙。同月、墓前に行き民主主義を守ることを誓った。
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| 2014.1.17 大阪から新千歳空港に降り立つ | 千歳は雪が少なく安心していたら… | 小樽に着くと別世界に！ |
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| まず雪下駄を借りに天狗山スキー場へ |
雪下駄はリフトに乗って山頂に行かねば 借りられず、外への持ち出しは厳しかった |
やむなし、防寒ズボンを２重履きし、 膝まである大型ブーツを装着 |
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| 多喜二が眠る奥沢墓地の入口！ここへ分け入る！ 所々に身長ほどの雪穴があり息を呑む |
地元のY氏が同行、さらに墓地の入口にはW氏が 待機。僕とY氏が下山不能の緊急事態に備える |
まったく墓地内の道が見えない。多喜二の墓の案内板 も雪の中。「とにかく行けるところまで行きましょう」 |
歩き始めて30歩、早くも息が切れ始める。下層の雪は堅くなっているため、新雪だけなら膝から腰の高さ。
でも、ズボッと入った足を引き上げながらの登山は恐ろしく体力を消耗する。100歩目には汗だくになっていた。
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| 蔵王の樹氷のようになった墓石たち | 幻想的な光景だ。ここが墓地とは思えない | 雪がなければ墓地入口に案内板がある |
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| 僕とY氏の足跡。足が抜けきらずキャタピラ跡に似る | 同じ場所！夏に来るとこのような光景 |
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| 100歩目。ここから40歩先を右折 | 200歩目。“雪見だいふく”と化したお墓 | 400歩目。ここまで来ればもう一息だ |
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| あのポールを左に曲がると彼の墓所だ！ |
約30分で到着！うおお！多喜二ィイイイイ！！ 貴殿の好きなベートーヴェンを持ってきたよ！ |
持参したDVDプレーヤーを起動！交響曲第九番の 合唱を奉納！※バーンスタイン指揮、ウィーン・フィル |
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| Y氏がW氏にケータイで悲願成就を報告 |
大自然の中で鳴り響く第九。心ゆくまで聴いて欲しい。 そして僕は戦前の世に戻さぬ事を多喜二に誓った |
夏の状態（左上）と比較すると、小樽の積雪量の凄さが分かる。多喜二 の墓は元々台座が高いのに、雪下ろしで墓のてっぺんに触っている！（汗） |
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| お墓の後方から撮影。多喜二が見ている景色！ 動画を公開『真冬の多喜二巡礼』（１分22秒） |
「昭和五年（1930）六月二日 小林多喜二建立」とあった |
写真が斜めになっているのは僕が雪穴に落ちたから！ その瞬間、なんと鎖骨まで雪に埋まった。Y氏がすぐに 引き上げてくれたから助かったものの、僕は疲労のピーク で自力脱出は厳しかった。雪穴は表面から分からない。 まるで落とし穴。皆さん、絶対に単独で墓参しないように！ |
書くこと自体が生死を賭けた戦いだった…この国にはそんな歴史がある。それも明治や江戸時代の話ではなく、昭和のことだ。 特別高等警察、略して特高。手塚治虫の『アドルフに告ぐ』にも登場するこの組織は、体制に反対する労働組合員や反戦平和活動家など、政府に逆らう思想犯を徹底的に取り締まる目的で明治末期に設立され、その後敗戦まで強権をふるった。 特高は国家反逆罪や天皇への不敬罪を武器に、密告とスパイを活用して“非国民”を手当たり次第に検挙し、残忍な拷問で仲間の名前を自白させてはさらにイモヅル式に逮捕していった。 小林多喜二は1903年に東北の貧農の家に生まれた。親に楽をさせる為に苦学して小樽で銀行員になり、21歳で仕送りの出来る安定した生活を営めるようになる。小市民的な幸せな未来が目の前に約束されていた。音楽が好きな弟には、初月給の半分を使ってバイオリンを買ってあげた。 ところが、軍国化を進める政府によって、1928年3月15日未明に全国で数千人の反戦主義者を逮捕する大弾圧事件が起きた。多喜二の周辺でも友人たちが続々と連行されていった。 彼は日記に記す。 「雪に埋もれた人口15万に満たない北の国から、500人以上も“引っこ抜かれて”いった。これは、ただ事ではない。」 貧農出身の彼はもともと権力・抑圧者への反抗心を持っていたので、この3・15事件は多大な影響を与えた。保釈された友人たちから過酷な拷問の話を聞くに及んで、元来読書好きの彼は事件を小説にし世間に国家の横暴を訴える決心をした。 彼はまた、権力と戦う人物を欠点や弱さも兼ね備えた人間としてリアルに描き、安易に英雄像を作らなかった。 「私は勤めていたので、ものを書くといってもそんなに時間はなかった。いつでも紙片と鉛筆を持ち歩き、朝仕事の始まる前とか、仕事が終わって皆が支配人の所で追従笑いをしている時とか、また友達と待ち合わせている時間などを使って、五行、十行と書いていった…私はこの作品を書くために2時間と続けて机に座ったことがなかったように思う。後半になると、一字一句を書くのにウン、ウン声を出し、力を入れた。そこは警察内の（拷問の）場面だった。」（自伝） 完成した作品『1928年3月15日』は、特高警察の残虐性を初めて徹底的に暴露した小説として世間の注目を浴びたが、これによって彼は特高から恨みをかうことになり、後の悲劇を呼ぶことになる。 翌1929年、26歳の彼はオホーツク海で家畜の様にこき使われる労働者の実態を告発した『蟹工船』を発表する。蟹工船は過酷な労働環境に憤ってストライキを決行した人々が、虐げられた自分たちを解放しに来てくれたと思った帝国海軍により逆に連行されるという筋で、この作品で彼は大財閥と帝国軍隊の癒着を強烈に告発した。 登場人物に名前がなく、群集そのものを主人公にした抵抗の物語は、ひろく一般の文壇からも認められ、読売の紙上では“1929年度上半期の最大傑作”として多くの文芸家から推された。 しかし天皇を頂点とする帝国軍隊を批判したことが不敬罪に問われ、『蟹工船』は『3月15日』と共に発禁処分を受けてしまった。また、銀行からは解雇通知を受け取ることになる。 多喜二は腹をくくった。 ペンで徹底抗戦するために名前を変え、身分を隠して各地を“転戦”する人生を選択した。 そして運命の1933年2月20日。 非合法組織の同志と会うために都内の路上にいた所を、スパイの通報によって逮捕される。この時、逃げようと走り出した多喜二に向かって、特高は「泥棒！」と叫び、周囲の人間が正義感から彼を取り押さえたという。同日夕方、転向（思想を変えること）をあくまでも拒否した彼は、特高警察の拷問によって虐殺された。 …まだ29歳の若さだった。 ※3時間の拷問で殺されたことから、持久戦で転向させる気など特高になく、明確な殺意があったと思われる。 彼の亡骸を見た者が克明に記録を残している。 「ものすごいほどに青ざめた顔は激しい苦痛の跡を印し、知っている小林の表情ではない。左のコメカミには打撲傷を中心に5、6ヶ所も傷痕があり、首には一まき、ぐるりと細引の痕がある。余程の力で絞められたらしく、くっきり深い溝になっている。だが、こんなものは、体の他の部分に較べると大したことではなかった。 下腹部から左右のヒザへかけて、前も後ろも何処もかしこも、何ともいえないほどの陰惨な色で一面に覆われている。余程多量な内出血があると見えて、股の皮膚がばっちり割れそうにふくらみ上がっている。赤黒く膨れ上がった股の上には左右とも、釘を打ち込んだらしい穴の跡が15、6もあって、そこだけは皮膚が破れて、下から肉がじかに顔を出している。 歯もぐらぐらになって僅かについていた。体を俯向けにすると、背中も全面的な皮下出血だ。殴る蹴るの傷の跡と皮下出血とで眼もあてられない。 しかし…最も陰惨な感じで私の眼をしめつけたのは、右の人さし指の骨折だった。人さし指を反対の方向へ曲げると、らくに手の甲の上へつくのであった。作家の彼が、指が逆になるまで折られたのだ！この拷問が、いかに残虐の限りをつくしたものであるかが想像された。 『ここまでやられては、むろん、腸も破れているでしょうし、腹の中は出血でいっぱいでしょう』と医者がいった。」  変わり果てた多喜二を悼む友人たち警察が発表した死因は心臓麻痺。母親は多喜二の身体に抱きすがった。「嗚呼、痛ましい…よくも人の大事な息子を、こんなになぶり殺しにできたもんだ」。そして傷痕を撫でさすりながら「どこがせつなかった？どこがせつなかった？」と泣いた。やがて涙は慟哭となった。「それ、もう一度立たねか、みんなのためもう一度立たねか！」。 特高の多喜二への憎しみは凄まじく、彼の葬式に参列した者を式場で逮捕する徹底ぶりだった。 彼の死に対して志賀直哉だけが“自分は一度小林に会って好印象を持っていた、暗澹（たん）たる気持なり”と書き記した。 この国の文学界は沈黙を守ったのだ。どの作家も、自分に火の粉が降りかかることを恐れたためだ。 ------------------------------------- 多喜二の墓は南小樽の奥沢共同墓地にある。僕は墓石の裏側を見て絶句した。「昭和５年６月２日小林多喜二建立」、生前墓だ。 彼は前年に発表した『蟹工船』が発禁処分を受け、墓を建てる10日前（５月23日）に東京で逮捕されている。この投獄を予想していたのか、先にまとまったお金を北海道の母セキに送っており、獄中にいた６月２日に「小林家之墓」が建立された。６月７日にいったん釈放されたが、墓の完成から３週間後に不敬罪（蟹工船の内容）で再び逮捕され、今度は半年ほど刑務所に投獄されている。彼の墓から、“いま建てねば弾圧で死ぬかもしれぬ”という覚悟を感じた。 そして実際に、２年８カ月後、特高警察によって29歳で拷問死した。 墓石の側面には父親の戒名のみが刻まれているが、母と多喜二もここに眠っている。 ●『蟹工船』は既に著作権フリーになっており青空文庫にて無料で読める。 http://www.aozora.gr.jp/cards/000156/files/1465_16805.html ●読んでいる時間がないという方は、「マンガ蟹工船」がお薦め。白樺文学館がPDFファイルで公開しており、なんとこちらもダウンロードが無料。 http://diamond.jp/series/brandnew/10086/ ※上記PDFファイルを読めない方は解凍ソフトを落とせます（無料）。 http://www.adobe.com/jp/products/acrobat/readstep2.html ※多喜二の訃報を聞いた中国の作家・魯迅は次の弔電を寄せた--「我々は知っている、我々は忘れない、我々は固く同志小林の血路に沿って前進し、握手するのだ」。 ※後年、多喜二の弟が兄の思い出を語っている--「地下活動していた兄を訪ねたときに、2人でベートーヴェンを聴きました。バイオリン協奏曲です。その第一楽章のクライマックスで泣いていた兄の姿が忘れられません」 ●墓参動画をアップした人がいます |
★森 鴎外/Ougai Mori 1862年2月17日（文久2年1月19日）-1922年（大正11年）7月9日
（東京都、三鷹市、禅林寺 60歳）1991＆2004＆2005＆16
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| 学生時代の鴎外。 松井ではない |
1991 「森林太郎として死す」 どこにも“鴎外”の名前はない |
2004 ヒマワリと一緒に |
2005 この角度カッコイイ！ |
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| ドイツ留学時代の鴎外 |
禅林寺の境内には珍しい「遺言碑」がある | 有名な一節 | 軍医のトップ |
●故郷の島根・津和野にも墓がある
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| 津和野の古刹、永明寺（ようめいじ）山門 | 本堂。永明寺は津和野藩の代々の菩提寺だ | 本堂正面の石垣の上に森一族の墓所 |
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| 東京の墓と全く同じ形！ | 三鷹の禅林寺に改葬された際に分骨された（2016） | 左端が鴎外の父の墓「森静男之墓」 |
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| 津和野の夜。素晴らしい満月だった | 川の音が聴こえて情緒あり | 津和野駅のD51。無料で運転席に座れる！ |
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| 故郷の「森鴎外旧宅」（国指定文化財） | 文豪はここで育った | 津和野・森鴎外記念館（1995開館）の胸像 |
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本名、森林太郎。明治・大正期の小説家・詩人・軍医総監。夏目漱石と並ぶ近代日本文学の巨人。1862年、石見（いわみ）国津和野（現島根県）に生まれる。父は津和野藩の藩医。1868年、６歳で明治維新を迎える。幼少期から神童と呼ばれ、オランダ語をよく学び、1872年（10歳）に上京して私塾でドイツ語を学習。父は東京で医院を開業した。
11歳、年を２歳多く偽って第一大学区医学校予科（現・東京大学医学部）に入学し最年少19歳で卒業、同年軍医となる。1884年（22歳）から陸軍省の命令で衛生学研究のためドイツへ４年間留学。ライプツィヒ、ドレスデン、ミュンヘン、ベルリンで学び、ベルリンでは北里柴三郎とコッホを訪問し衛生試験所に入った。 1888年（26歳）９月に帰国。その数日後、ドイツで出会った若い女性エリスが鴎外を追って来日、鴎外の義弟で人類学者の小金井良精（よしきよ）が説得し、彼女は翌月ドイツへ戻った。 翌年、27歳の時に５人で共訳した叙情詩集『於母影（おもかげ）』を発表し、西欧の近代叙情詩を日本文学界に初めて紹介する。この詩集は明治詩壇に大きな影響を与え、原稿料で「しからみ草紙」を創刊した。西洋文芸を積極的に伝える鴎外の活動は徳富蘇峰から高く評価される。同年、“造船の父"海軍中将・赤松則良の長女と結婚。 1890年（28歳）、留学体験をもとに、日本文学に初めて近代的自我に目覚めた青年を登場させた悲恋小説『舞姫』（恋人はエリス）を執筆。同年、長男・於菟（おと）誕生。一方、妻とは性格不一致のため1年半で離婚する（仲人の西周は激怒）。翌年『うたかたの記』、『文づかひ』を発表し、『舞姫』と合わせてドイツ３部作となる。自然主義を重んじる坪内逍遥から『舞姫』が“大袈裟すぎる”と批判されたことで、ロマン主義を奉じる鴎外との間に「小説は事実のみをシンプルに書くべきか、空想やロマンを盛り込むべきか」と没理想論争が起きた。 1893年（31歳）、陸軍一等軍医正（大佐格）に昇進し、軍医学校長に就任。 1894年（32歳）、日清戦争が勃発、大連に上陸。翌年、陸軍軍医監となる。日清講和条約の締結後、台湾総督府の陸軍局軍医部長になり、一時台湾に赴任し、同年帰国。 1896年（34歳）、出征で廃刊になった「しからみ草紙」の後身となる「めさまし草」を、幸田露伴、斎藤緑雨らと創刊。樋口一葉は当誌で絶賛され有名になった。 1899年（37歳）、文壇・医学界で高まる鴎外の名声は同僚の嫉妬を呼び、小倉に３年間左遷される（理由は諸説あり）。この小倉時代に鴎外は偉人の墓所を訪ねる墓マイラーとして目覚め、博多で貝原益軒、大分で広瀬淡窓といった江戸時代の儒学者に墓参し、熊本で戦国武将の加藤清正、久留米で江戸中期の尊皇家・高山彦九郎の墓前に足を運んだ。1902年、40歳の時に大審院判事・荒木博臣の娘（23歳）と再婚し、東京に戻る。翌年・長女茉莉誕生。 1904年、42歳で日露戦争に従軍し２年後に帰国（この間、1905年に鴎外の５歳年下の夏目漱石が『吾輩は猫である』を発表）。 1907年（45歳）、軍医の最高位となる陸軍軍医総監、人事権を掌握する陸軍省・医務局長に上り詰めた。同年、第1回文展の洋画審査主任を務める。また、与謝野鉄幹の「新詩社」系と正岡子規の系譜「根岸」派の歌壇内対立に心を痛め、自宅（観潮楼）に両派の代表歌人を招いて歌会を開いた。以降、３年にわたって毎月第一土曜日に観潮楼歌会を開催。「新詩社」系の北原白秋、石川啄木、伊藤左千夫、「根岸」派の斎藤茂吉の新進歌人も参加した。 鴎外は戦争もあってしばらく文壇から遠ざかっていたが、1909年（47歳）に創刊された「スバル」誌上で文筆活動を再開、自らの性体験から着想した『ヰタ・セクスアリス』を発表するが、当局は卑猥な小説と判断し、掲載号は発禁処分となった。 1910年（明治43年）、前々年に漱石が書いた『三四郎』に触発され、スバルに教養小説『青年』を連載。慶大の文学科顧問に就任し、上田敏を顧問に、永井荷風を主幹にして、「三田文學」を創刊。同年５月に当局が左翼弾圧の為にでっちあげた明治天皇暗殺計画＝大逆事件の検挙が始まり、９月に東京朝日新聞は自然主義・社会主義が伝統的な価値観を破壊する思想として「危険なる洋書」を連載（14回）、オスカー・ワイルド、ニーチェ、モーパッサンなどを攻撃した。鴎外はワイルドの『サロメ』を日本に最初に紹介するなど、戯曲を多く翻訳していた。朝日は第６回で危険な洋書の共感者、警戒すべき文学者として鴎外の名を挙げ（妻の名までも掲載）、メディアにもかかわらず政府の発禁乱発に荷担した。（大逆事件の公判では、検察側も弁護側も自然主義と社会主義の違いが分からず、鴎外に講義を依頼している） 11月、鴎外は言論弾圧に抵抗した政治寓話『沈黙の塔』を「三田文学11月号」に発表し、インドの架空の部族、パアシイ族（＝日本民族）の悲劇を綴った。 「あらゆるものの中から、自然主義と社会主義とが捜されるということになった。文士だとか、文芸家だとか云えば、もしや自然主義者ではあるまいか、社会主義者ではあるまいかと、人に顔を覗かれるようになった。文芸の世界は疑懼（ぎく＝疑い恐れる事）の世界となった。この時パアシイ族のあるものが「危険なる洋書」という語を発明した。危険なる洋書が自然主義を媒介した。危険なる洋書が社会主義を媒介した。翻訳をするものは、そのまま危険物の受売（うけうり）をするのである。創作をするものは、西洋人の真似をして、舶来品まがいの危険物を製造するのである。安寧秩序を紊（みだ）る思想は、危険なる洋書の伝えた思想である。風俗を壊乱する思想も、危険なる洋書の伝えた思想である。危険なる洋書が海を渡って来たのはAngra Mainyu（ゾロアスターの悪神） の神の為業である。危険なる洋書を読むものを殺せ。こういう趣意で、パアシイ族の間で、Pogrom（ユダヤ迫害） の二の舞が演ぜられた。そして沈黙の塔の上で、鴉が宴会をしているのである。」 「新聞に殺された人達の略伝が出ていて、誰は何を読んだ、誰は何を翻訳したと、一々「危険なる洋書」の名を挙げてある。己はそれを読んで見て驚いた。」 「パアシイ族の目で見られると、今日の世界中の文芸は、少し価値を認められている限は、平凡極まるものでない限は、一つとして危険でないものはない。それはそのはずである。芸術の認める価値は、因襲を破る処にある。因襲の圏内にうろついている作は凡作である。因襲の目で芸術を見れば、あらゆる芸術が危険に見える。」 「芸術も学問も、パアシイ族の因襲の目からは、危険に見えるはずである。なぜというに、どこの国、いつの世でも、新しい道を歩いて行く人の背後には、必ず反動者の群がいて隙を窺（うかが）っている。そしてある機会に起って迫害を加える。ただ口実だけが国により時代によって変る。危険なる洋書もその口実に過ぎないのであった。」 『沈黙の塔』の翌月、裁判中の大逆事件を題材にした『食堂』を発表し、社会主義や無政府主義に触れ、最後の３人の会話で被告人たちを死刑にすべきでないと示唆した。 －－山田が何か思い出したという様子で云った。「こん度の連中は死刑になりたがっているから、死刑にしない方が好いというものがあるそうだが、どういうものだろう。」敷島の烟を吹いていた犬塚が、「そうさ、死にたがっているそうだから、監獄で旨い物を食わせて、長生をさせて遣るが好かろう」と云って笑った。そして木村の方へ向いて、「これまで死刑になった奴は、献身者だというので、ひどく崇められているというじゃないか」と云った。 鴎外が『食堂』を発表した翌月、大逆事件の判決が下り、幸徳秋水、菅野スガら12名が冤罪で死刑になった。３カ月後、随筆『文芸の主義』に記す。「無政府主義と、それといっしょに芽ざした社会主義との排斥をする為に、個人主義という漠然たる名を附けて、芸術に迫害を加えるのは、国家のために惜むべき事である。学問の自由研究と芸術の自由発展とを妨げる国は栄えるはずがない。」 1911年、鴎外が密かに情を結んでいた児玉せきをモデルに、女性の自我の挫折を描いた『雁』を発表。1912年、日本人が戦場で中国の若い女性を強姦、殺害に及ぶ過程を描いた短編『鼠坂』を執筆。 1912年（50歳）、明治天皇が崩御し、乃木希典陸軍大将が殉死する。これを契機に初の歴史小説となる『興津弥五右衛門の遺書』を執筆開始。同年、ゲーテ『ファウスト』の翻訳を行う。 1913年（51歳）、江戸時代の殉死の不条理、無情を描いた『阿部一族』を発表。 ※僕はもっと鴎外を評価すべきと思う。こう書くと、“何を言ってるんだ、鴎外は明治の大文豪と習わなかったのか”と言われるだろう。僕が言いたいのはなぜ凄いのか、ちゃんと学校で伝えて欲しいということだ。『阿部一族』は封建時代にあった「殉死」（主君の死に際し、後を追って切腹する）という風習が、いかに理不尽で悲惨なことか徹底的に描き切った。鴎外に畏敬の念を感じるのは、この作品が1913年に発表されたことだ。前年に明治天皇が亡くなっており、陸軍の乃木大将が殉死したばかり。当時、乃木大将だけでなく、日本各地で殉死に走る者がいて、国内に殉死を美化するムードが漂っていた。しかし、作品のクライマックスで、殉死問題をめぐって家臣同士が殺し合いを始める時、新しい殿様は遊びに出かける為にカゴに乗り込み「今、討ち入ったな」と関心なさげに一言だけ吐く。鴎外はこの作品を通して、一人の殉死が引き起こした悲劇と、権力者の部下の命に対する無関心を描き、他人の死に自分の尊い命を捧げることには何の意味もないと叫んだのだ。 この時、鴎外は陸軍軍医トップの軍医総監だ。軍人として本来なら誰よりも乃木大将の殉死を賛美する立場にあった筈だ。立場を考えると、このタイミングで『阿部一族』を発表した勇気は驚嘆に値する。医者として生命を救ってきたことからも、殉死の美化を受け入れられなかったのかも知れない。 『沈黙の塔』で表現の自由の抑圧と戦ったり、『食堂』で明治天皇の暗殺未遂者として報道されている人物に同情を示すことも含め、地位を失うことを恐れず信念を貫いた鴎外に敬意を表したい。 1914年（52歳）、権力と対峙した庶民の英雄を描いた『大塩平八郎』を、翌年に生き別れた親子の再会を描いた『山椒大夫』を発表。1916年（54歳）、自殺のほう助、安楽死は殺人にあたるのかと『高瀬舟』で問題提議。同年、８年半勤め上げた軍医総監を辞職し、予備役に編入される。12月に漱石が49歳で病没。 1917年（55歳）、帝室博物館総長に就任、翌年、奈良で正倉院宝庫開封に立ち会う（この後、没するまで５年連続で奈良を訪れた）。当時、正倉院は皇室関係者など一部の特権階級のみに拝観が許されていたが、鴎外は“正倉院の宝物は国民全員の宝物なり”と、一般の研究者へ門戸を開いた。1919年、帝国美術院（現日本芸術院）・初代院長に就任。 1922年、萎縮腎を病み床に伏せ、７月６日、親友・賀古鶴所（かこ・つると）に遺言の代筆を頼み、３日後の７月９日午前７時に息を引き取った。享年60歳。遺言『死は一切を打ち切る重大事件なり。いかなる官憲威力といえども、これに反抗するを得ずと信す。余は石見（いわみ＝島根県）人、森林太郎として死せんと欲す。宮内省陸軍皆縁故あれども生死別るる瞬間あらゆる外形的取扱いを辞す。森林太郎として死せんとす。墓は森林太郎の外、一字も彫るべからず。宮内省陸軍の栄典（＝位階、勲章）は絶対に取りやめを請う。これ唯一の友人に云ひ残すものにして何人の口出しも許さず』。 墓石には、遺言通り中村不折（書道家・洋画家）が『森林太郎』とのみ刻んだ。戒名は貞献院殿文穆思斎大居士。当初は墨田区向島の弘福寺に埋葬されたが、翌年に関東大震災が起きて弘福寺が全焼、他界５年後（1927年）に三鷹市禅林寺に改葬され、この時に分骨墓が故郷の津和野町・永明寺（ようめいじ、津和野藩の代々の菩提寺）にも建てられた。そちらは森家一族と眠り、右隣には父「森静男之墓」が建つ。それから22年後（1949年）、禅林寺の墓の斜め向かいに太宰治の墓が建った。太宰の希望で一周忌に建立された。没後90年の2012年、晩年まで暮らしていた文京区の邸宅跡に森鴎外記念館が開館した。 ※鴎外は「キラキラネーム」の元祖。子に、ルイ（類）、アンヌ（杏奴）、マリー（茉利）、フリッツ（不律）というドイツ風の名前をつけた。 ※軍医としての鴎外の功罪…まず功から。腸チフスの予防接種を全軍に実施。そして罪、これは鴎外ファンの僕としては触れたくないが、コトが大きいので触れねばなるまい。1981年、秘されていた鴎外の脚気菌事件が公になった。日清戦争で陸軍は977名の戦死者を出したが、実は脚気によってそれを遥かに上回る4064名の病死者を出していた。脚気はビタミンＢ1の不足による栄養障害なのに、鴎外は「未発見の脚気菌」による伝染病だと固く信じ込み、麦飯を食べれば治るというデータが発表されても、“白米は消化がよくカロリーも高く兵食に最良”という信念から、日露戦争でも兵士に白米６合を与え続け、陸軍では約25万人の脚気患者が発生し、約２万７千人が死亡した。鴎外が自論に執着せず白米を麦飯に切り替えていたら…。ただ軍内には、貧民が食べる麦飯ではなく、庶民の憧れである白米を最前線の兵士に食べさせてあげたいという思いもあった。（麦飯や玄米を食べていた海軍では脚気患者が殆どいなかった） ※SF作家の星新一は鴎外の妹の孫。 ※「交響楽、交響曲」は鴎外の作った訳語（和製漢語）。 ※男尊女卑の明治にあって、鴎外は樋口一葉をいち早く評価し、与謝野晶子や平塚らいてうの才能も早くから見抜いていた。女性を主人公にした作品も多い。 ※太宰治『禅林寺に行ってみる。この寺の裏には、森鴎外の墓がある。どういうわけで、鴎外の墓が、こんな東京府下の三鷹町にあるのか、私にはわからない。けれども、ここの墓地は清潔で、鴎外の文章の片影がある。私の汚い骨も、こんな小綺麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかも知れないと、ひそかに甘い空想をした日も無いではなかったが、今はもう、気持が畏縮してしまって、そんな空想など雲散霧消した。私には、そんな資格が無い。立派な口髭を生やしながら、酔漢を相手に敢然と格闘して縁先から墜落したほどの豪傑と、同じ墓地に眠る資格は私に無い。お前なんかは、墓地の択（え）り好みなんて出来る身分ではないのだ。はっきりと、身の程を知らなければならぬ。私はその日、鴎外の端然たる黒い墓碑をちらと横目で見ただけで、あわてて帰宅したのである。』--1944年に発表された『花吹雪』にこの一節があり、意が汲まれて太宰の墓は鴎外の斜め向かいに建立された。 |
★太宰 治/Osamu Dazai 1909.6.19-1948.6.13 （東京都、三鷹市、禅林寺 38歳）1991＆2004＆2005
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| 1991 初対面で緊張！ |
2004 豪雨の中の再会 |
2005 やっと穏やかに謁見。 この字は井伏鱒二が書いた |
| 太宰と鴎外の墓は斜めに向き合っている。初めて巡礼した際、同じお供え物だと“なんだ一緒かよ”と両者が 気分を害しかねないゆえ、明治男児の鴎外にはワンカップ大関＆団子、ハイカラさんの太宰には紅茶＆ クッキーを献上した。我ながらなんという細やかな配慮！やはりド根性ミーハーならここまでせねば。 |
| ※巡礼動画～鴎外と太宰の墓（360度・12秒） |
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| 太宰とソウルトーク 「僕もオサムなんスよ…」 |
初巡礼時にはなかった墓が左隣に並ぶ。1998年、 美知子夫人が眠る津島家の墓が建立されたのだ（2005） |
ちょうど花が満開の季節だった！ |
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| 2021 世界墓マイラー同盟のＭ氏が『桜桃忌』に巡礼して撮影！ このサクランボの数！太宰はめっちゃ愛されていますね！ |
下宿の太宰。18歳ごろで随分あどけない（笑）。右側の3枚は全部芥川のポーズ！どれだけ芥川のことが好きだったのかよく分かる。
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本名、津島修治。青森県津軽の大地主の家に生まれる。父親は貴族院議員も務め、邸宅には30人の使用人がいた。小学校を首席で卒業。14歳の時に父親が病没し、長兄が家督を継ぐ（太宰は六男）。16歳の頃から小説やエッセイをクラスメートと作った同人雑誌に書き始めた。高校では芥川、泉鏡花に強く傾倒し、中高を通して書き記した習作は200篇にも及ぶという。18歳の時に敬愛する芥川が自殺。猛烈に衝撃を受けた太宰は学業を放棄、義太夫を習い花柳界に出入りし、青森の料亭で15歳の芸妓（げいぎ）・小山初代と知り合い深い仲になる。1929年（20歳）、秋頃から急激に左翼思想に傾斜し、12月10日深夜に最初の自殺未遂。資産家の子という自己の出身階級に悩み、下宿で睡眠薬（カルモチン）による自殺を図り昏睡状態に陥ったのだ。
翌年、東大仏文科に入学。かねてから『山椒魚』等で井伏鱒二を尊敬していた太宰は、上京後すぐ井伏のもとを訪れ弟子入り。治安維持法によって非合法化されていた左翼活動にも、具体的に係わっていく。秋頃、愛人関係にあった小山初代に、地元有力者からの身請け話が持ち上がり、動揺した太宰は彼女を上京させる。名家の息子が芸妓を呼び寄せたことが郷里で騒ぎになり「全ての肉親を仰天させ、母に地獄の苦しみをなめさせた」（東京八景）という。２人が同棲し始めると、生家から長兄が上京し、“（初代が芸妓でも）結婚は認めるが本家からは除籍する”と言い渡される。これを受けて兄と初代は落籍の為にいったん帰郷、11月19日に分家を届出、除籍された。11月24日、長兄が太宰の名で小山家と結納を交す。 一方の太宰は、この結納の翌25日に銀座のカフェの女給・田部あつみ（19歳、理知的で明るい美貌の人妻。夫は無名の画家）と出会い、そのまま浅草見物など3日間を共に過ごした後、11月28日夜、神奈川県小動崎（こゆるがさき）の畳岩の上でカルモチン心中を図る。翌朝地元の漁師に発見され、田部は間もなく絶命、太宰は現場近くの恵風園療養所に収容される。驚いたのは長兄。すぐさま津島家の番頭を鎌倉へ送った。番頭は田部の夫に示談金を渡したり、太宰の下宿にあった左翼運動に関する大量の秘密書類を、警察の調査前に焼却したりと走り回った（実際、翌日に警察が踏み込んでいる）。亡くなった田部を見た番頭曰く“大変な美人で、私は美人とはこういう女性のことをいうのかと思いました”。事件後、太宰は自殺幇助罪に問われたが、起訴猶予となる。 翌12月、一命を取り留めた太宰は青森碇ヶ関温泉で小山初代と仮祝言をあげた。 22歳、長兄は初代を芸妓の境遇から解放して上京させ、太宰との新所帯を応援。太宰は屈折した罪悪感から左翼運動に没頭し、反帝国主義学生同盟に加わった。大学にはほとんど行かず、転々と居を移しながらアジトを提供し、ビラ撒き、運動へのカンパなどを行なった。太宰が用意したアジトで機関紙の印刷や中央委員会が開かれた。ビルの上からビラを撒くことを太宰は「星を振らせる」といい、後年「チラチラチラチラ、いいもんだ」と回想している。23歳、青森の実家に警察が訪れ、太宰の行動について問いただしたことから左翼活動のことがバレ、激怒した長兄（県議をしていた）から「青森警察署に出頭し左翼運動からの離脱を誓約しない限り、（仕送りを停止し）一切の縁を絶つ」という手紙が届く。こうして足掛け３年間の太宰の左翼運動は終わった…組織の友人たちを裏切ったという深い後ろめたさと共に。 以後、井伏の指導で文学に精進し、檀一雄や中原中也らと同人雑誌を創刊、『思い出』を始めとして、堰を切ったように執筆活動を開始する。 1935年（26歳）、授業料未納により大学から除籍され、都新聞社の入社試験にも落ち、3月16日夜、鎌倉八幡宮の山中にて縊死を企てたが失敗（３回目の自殺未遂）。その直後、盲腸炎から腹膜炎を併発、入院先で鎮痛のため使用した麻酔剤（パビナール）をきっかけに薬物中毒になる。同年、芥川賞が創設され、太宰は『逆行』により第一回芥川賞の５人の候補者に入った。結果は、石川達三が受賞し太宰は次席。選考委員の一人、川端康成は太宰について「目下の生活に厭（いや）な雲ありて、才能の素直に発せざる恨みあった」と評した。これを読んで逆上した太宰は『川端康成へ』との一文を記し、文中で「私は憤怒に燃えた。幾夜も寝苦しい思いをした。小鳥を飼い（川端の小説“禽獣”への皮肉）、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った」と怒りをぶちまけた。この頃から佐藤春夫に師事する。 ※川端の返事は「根も葉もない妄想や邪推はせぬがよい。（中略）“生活に厭な雲云々”も不遜の暴言であるならば私は潔く取消す」と大人の対応。 翌年（27歳）、太宰は“遺書のつもりで書いた”という作品集『晩年』を刊行、芥川賞の選考前に川端へ本を郵送する。次の手紙をつけて--『何卒（芥川賞を）私に与へて下さい。一点の駈け引きございませぬ。深き敬意と秘めに秘めたる血族感とが、右の懇願の言葉を発っせしむる様でございます。（中略）私に希望を与へて下さい。私に名誉を与へて下さい。（中略）「晩年」一冊のみは恥かしからぬものと存じます。早く、早く、私を見殺しにしないで下さい。きっとよい仕事できます』。 ド真ん中直球ストレートの、泣きつくような懇願文だ。上京以後、心中事件で相手を死なせてしまったり、芸伎と結婚したり、非合法活動に係わったり、大学も卒業出来ず就職に失敗するなど、故郷の生家に数々の迷惑をかけたことから、芥川賞の受賞で名誉挽回を果たそうとしたのだ。それに薬物中毒でかさんだ薬屋の借金を払う為にも賞金が必要だった。だが、選考の過程で「すでに新人に非ず」と最終候補から外され深く打ちのめされる。 同年秋、太宰の薬物依存があまりに深刻な為、心配した井伏ら周囲の者は太宰に“結核を療養しよう”と半ば騙すような形で、武蔵野病院の精神病病棟に入院させた。一カ月後、完治して退院したものの、太宰は「自分は人間とは思われていないのだ、自分は人間を失格してしまっているのだ」と深く傷つく（この体験は８年後『人間失格』に結実する）。太宰が退院すると、妻初代は入院中に他の男と間違いを犯したことを告白した。 1937年（28歳）、浮気にショックを受けた太宰は、初代と谷川岳山麓の水上温泉でカルモチン自殺を図ったが今回も未遂となり離婚する（４回目の未遂）。一年ほど杉並のアパートで下宿生活し、10ヶ月近く筆を絶つ。井伏は太宰のすさんだ生活を変える為に、自分が滞在していた富士のよく見える山梨県御坂峠に招待する。こうした気分転換が功を奏し、徐々に太宰の精神は安定していく。翌年、井伏が紹介した高校教師・石原美知子と見合い、婚約。1939年（30歳）、井伏家で結婚式をあげ、東京・三鷹に転居、以後死ぬまでここに住む。 太宰の作品は明るく健康的な作風となり名作『女生徒』『富嶽百景』を生み、川端から「“女生徒”のやうな作品に出会へることは、時評家の偶然の幸運」と激賞される。31歳、『駈込み訴え』『走れメロス』を執筆。1941年（32歳）、太平洋戦争開戦。翌年発表した『花火』（後に「日の出前」と改題）が、当局の検閲によって“時局に添わない”と全文削除を命ぜられる。1944年（35歳）、故郷への郷愁を綴った『津軽』を脱稿。 1945年（36歳）、空襲下で執筆し始めたパロディ『お伽草紙』を疎開先の甲府で完成。敗戦を津軽の生家で迎える。翌年、坂口安吾や織田作之助と交流を深めた。1947年（38歳）、２月に神奈川まで太田静子（太宰に文章の指導を受けていた愛人）を訪ね５日間滞在。太田をモデルに没落貴族の虚無を描いた『斜陽』を書き始め６月に脱稿する。11月には太田との間に娘が誕生し、「太田治子（はるこ、“治の子”）、この子は私の可愛い子で父をいつでも誇ってすこやかに育つことを念じている」との認知証を書く。同年、三鷹駅前のうどん屋台で山崎富栄（当時28歳、戦争未亡人）と出会う。『ヴィヨンの妻』『おさん』を発表。『斜陽』は大反響となり太宰は名声と栄光に包まれた。 1948年、過労と乱酒で結核が悪化し、1月上旬喀血。富栄の懇親的な看病のもと、栄養剤を注射しつつ５月にかけて、人生の破綻を描いた『人間失格』を執筆。また『如是我聞』で志賀直哉ら文壇批判を展開する。太宰は文壇の頂点にいた老大家・志賀を「成功者がつくる世界の象徴」と敵視し、「も少し弱くなれ。文学者ならば弱くなれ。（中略）君は代議士にでもなればよかつた。その厚顔、自己肯定」「芥川の苦悩がまるで解つていない。日蔭者の苦悶。弱さ。聖書。生活の恐怖。敗者の祈り。」「本を読まないということは、そのひとが孤独でないという証拠である」と噛み付いたのだ。 ６月13日深夜、太宰は机に連載中の『グッド・バイ』の草稿、妻に宛てた遺書、子どもたちへのオモチャを残し、山崎富栄と身体を帯で結んで自宅近くの玉川上水に入水する。現場には男女の下駄が揃えて置かれていた。６日後の19日早朝（奇しくも太宰の誕生日）に遺体が発見される。帯はすぐに切られ、太宰は人気作家として立派な棺に移され運ばれたが、富栄はムシロを被せられたまま半日間放置され、父親が変わり果てた娘の側で一人茫然と立ち尽くしていたという。 死後、『桜桃』『家庭の幸福』『人間失格』『グッド・バイ』などが次々と刊行される。娘の津島佑子、太田治子は共に小説家となった。 『禅林寺に行ってみる。この寺の裏には、森鴎外の墓がある。どういうわけで、鴎外の墓が、こんな東京府下の三鷹町にあるのか、私にはわからない。けれども、ここの墓地は清潔で、鴎外の文章の片影がある。私の汚い骨も、こんな小綺麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかも知れないと、ひそかに甘い空想をした日も無いではなかったが、今はもう、気持が畏縮してしまって、そんな空想など雲散霧消した。私には、そんな資格が無い。立派な口髭を生やしながら、酔漢を相手に敢然と格闘して縁先から墜落したほどの豪傑と、同じ墓地に眠る資格は私に無い。お前なんかは、墓地の択（え）り好みなんて出来る身分ではないのだ。はっきりと、身の程を知らなければならぬ。私はその日、鴎外の端然たる黒い墓碑をちらと横目で見ただけで、あわてて帰宅したのである。』--1944年に発表された『花吹雪』にこの一節があり、意が汲まれて太宰の墓は鴎外の斜め向かいに建立された。 ●墓巡礼記
なんなのだろう。太宰の作品を読んでいると、彼は不特定多数の読者にではなく、自分にだけこっそり話しかけてきてくる気がする。まるで彼が自分だけの為に作品を書き残してくれたような錯覚に陥る。しかも周りの友人に聞いたら、同じような気持ちを抱いている者が多いのだ。こういう感覚に陥るのは彼の作品だけだ。
あまりに繊細な感受性、人類に対する求愛行為としての道化、苦しみの中に見出すユーモア、死への恐怖と憧れ…太宰の文学は青春期の揺れ動く心を抱く若者をはじめ、今でも多くの読者から圧倒的な支持と共感を得ている。彼の墓前はとても居心地が良い。おそらく、無理に自分を強く見せる必要も、一角の人物であるように振る舞う必要もないからだろう。“太宰なから分かってくれる”という安心感。今の世は個々の人間の断絶が叫ばれて久しい。太宰の小説を読むと個人的な繋がりが生まれたように感じられるため、作品はますます愛され、墓前から墓参者の姿が消えることはないだろう。 遺体発見日＆誕生日の６月19日には、晩年の作品『桜桃』にちなみ“桜桃忌”が墓前で催される。 あまりに繊細な感受性、“人類に対する求愛”としての道化、苦しみの中に見出すユーモア、死への恐怖と憧れ…太宰の文学は青春期の揺れ動く心を持つ若者をはじめ、今でも多くの読者から圧倒的な支持と共感を得ている。遺体発見日＆誕生日の6月19日には、晩年の作品『桜桃』にちなみ“桜桃忌”が墓前で毎年催され、大勢のファンが全国から集まっている。 ※三島由紀夫「最初からこれほど私に生理的反発を感じさせた作家もめずらしい」。 ●妻に宛てた太宰の遺書（抜粋）
「美知様 誰よりもお前を愛していました」
「長居するだけみんなを苦しめこちらも苦しい、堪忍して下されたく」
「皆、子供はあまり出来ないようですけど陽気に育てて下さい。あなたを嫌いになったから死ぬのでは無いのです。小説を書くのがいやになったからです。みんな、いやしい欲張りばかり。井伏さんは悪人です。」 ●心中当日の山崎富栄の日記
「六月十三日 遺書をお書きになり 御一緒に連れて行っていただく みなさん さようなら 父上様 母上様 御苦労ばかりおかけしました ごめんなさい お体大切に、仲睦まじくおすごし下さいまし あとのこと、おねがいいたします。 （中略） 静かに、小さく、とむらって下さい 奥様すみません 修治さんは肺結核で左の胸に二度めの水が溜まり、このごろでは痛い痛いと仰言るの、もうだめなのです。 みんなしていじめ殺すのです。いつも泣いていました。 豊島先生（※作家、豊島与志雄）を一番尊敬して愛しておられました。 野平さん、石井さん、亀島さん（※3名とも編集者）、太宰さんのおうちのこと見てあげてください。 園子ちゃん（※太宰の長女、7歳）ごめんなさいね。 －中略－ 兄さん（富栄の兄）すみません あと、おねがいいたします。 すみません」 ●富栄が死の当日、同じ愛人の太田静子に宛てた手紙 「太宰さんは、お弱いかたなので、貴女やわたしや、その他の人達にまで、おつくし出来ないのです。 わたしは太宰さんが好きなので、ご一緒に死にます。 太田様のこと（※治子出産のこと）は、太宰さんも、お書きになりましたけど、後の事は、お友達のかたが、下曽我（※太田の家）へおいでになることと存じます。」 ●富栄の公式遺書 「私ばかり幸せな死にかたをしてすみません。 奥名（※4年前に戦場で行方不明。新婚生活は12日間しかなかった）と少し長い生活ができて、愛情でも増えてきましたらこんな結果ともならずにすんだかもわかりません。 山崎の姓に返ってから（※まだ奥名籍だった）死にたいと願っていましたが・・・ 骨は本当は太宰さんのお隣りにでも入れて頂ければ本望なのですけれど、それは余りにも虫のよい願いだと知っております。 太宰さんと初めてお目もじしたとき他に二、三人のお友達と御一緒でいらっしゃいましたが、お話しを伺っております時に私の心にピンピン触れるものがありました。 奥名以上の愛情を感じてしまいました。 御家庭を持っていらっしゃるお方で私も考えましたけれど、女として生き女として死にとうございます。 あの世へ行ったら太宰さんの御両親様にも御あいさつしてきっと信じて頂くつもりです。 愛して愛して治さんを幸せにしてみせます。 せめてもう一、二年生きていようと思ったのですが、妻は夫と共にどこまでも歩みとうございますもの。 ただ御両親のお悲しみと今後が気掛りです。」 ※“女として生き女として死にたい”“妻は夫と共にどこま迄も歩みたい”など、富栄の太宰への想いは心底からのものだった。
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| 酒をあおって、めっさゴキゲンな太宰（坂口安吾と談笑している）※撮影/林忠彦 | 織田作之助（同じ日に撮影） |
太宰が「BAR・ルパン」でくつろぐこの有名な写真には、ちょっとしたエピソードがある。撮影者の林忠彦氏によると、このとき林氏は
織田作之助（右写真）を撮っていたそうだ。するとベロベロに酔っぱらった太宰が「おい、俺も撮れよ～。織田作ばっかり撮ってないで、
俺も撮れよ～」と絡んでくるので、“うるさい男だな”と思いつつ、最後の1本のフラッシュバルブで太宰をついでに撮ったそうだ。
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| 33歳 | 心中した山崎富栄。美人！ | 津軽にある太宰の実家「斜陽館」 | 太宰のトホホ色紙 |
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| 山崎富栄は文京区・永泉寺に眠っている。命日のすぐ後に墓参したこともあって、 墓前は花で溢れていた。たくさんのユリが彼女の凛とした印象と重なった（2010） |
２人の命日“桜桃忌”にちなみ、墓前にはサクランボが。 側面に戒名と“富栄”の文字があったが、 世間体をはばかってか命日は彫られていなかった |
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| 正直言うと、僕は以前、太宰が苦手だった。否、怒っていたと言ってもいい。自分の弱さで周りをめちゃくちゃにし、彼がいなければ少なくとも２人の女性は死なずに済んだ。太宰の感受性に同族感を持ちながらも、女性だけが絶命して自分は生き残るとか、しかもそのとき別の女性と婚約中とか、理解できなかった。ついて行けなかった。 ところが玉川上水で心中した山崎富栄の遺書に「私ばかり幸せな死にかたをしてすみません」と書かれているのを読み、何が幸福かは当事者にしか分からないし（現に富栄は喜んでいる）、僕が義憤に駆られるのはお門違いと思うようになった。おそらく、太宰を愛した女性は、みんな彼の弱さも含めて惚れ込んでいるのだろう。それだけ人間的な魅力があったという事だ。 |
★星 新一/Shinichi Hosi 1926.9.6-1997.12.30 （東京都、港区、青山霊園 71歳）2000＆06＆10
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| 2000 初巡礼。分かりやすい場所なのに 木に囲まれて発見に時間がかかった |
2006 晴天に恵まれ緑がまぶしい！ |
2010 前回は墓石の右手前にあった名刺入れが なぜか消えている。“設置”はあるけど“撤去”は珍しい |
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| 墓所全景。父親が製薬会社の創業者ということもあり、広い敷地に眠っている（2010） |
「星家之墓」（2006） |
本名は “星親一” |
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東京生まれ。本名の親一は、父が創業した星製薬工場の標語「親切第一」からとられた。森鴎外の妹夫妻の孫（星にとって鴎外は大叔父）。10代前半から江戸川乱歩などに親しむ。19歳で終戦を迎え、東大農学部に進む。1951年（25歳）、父の他界を受けて星製薬社長に就任するが、会社は巨額の負債を抱えており、２年で人の手に譲り渡すことに。この頃、星をして「この出会いがなければSFの道には進まなかった」と言わしめたレイ・ブラッドベリの『火星年代記』と遭遇。1956年（30歳）、ふさぎがちだった星の空想好きが加速し「空飛ぶ円盤研究会」に入会する。1957年（31歳）には、SF同人誌「宇宙塵」の発足メンバーとなった。同誌に発表したショート・ショート『セキストラ』が江戸川乱歩に“日本人がこういう作品を書いているということに驚いた”と絶賛され、推理小説誌「宝石」に転載。これが文壇デビューとなった。1961年には直木賞の候補に選定。
ショート・ショートとは「奇抜なアイデア、完全なプロット、意外な結末」の３要素を盛り込み、原稿用紙10枚程度にまとめた作品。宝石には『ボッコちゃん』『おーい でてこい』なども次々と紹介され、以 降、26年後（57歳）の1983年10月に1000作目を書き上げるまで、膨大な数のショート・ショートを世に送った。 星は自分の作品について、創作のコンセプトをこう語る。 「書く題材について、私は枠を一切設けていない。だが、自ら課した制約が幾つかある。その第一、性行為と殺人シーンの描写をしない。希少価値を狙っているだけで、べつに道徳的な主張からではない。もっとひどい人類絶滅など、何度となく書いた。第二、なぜ気が進まないか自分でもわからないが、時事風俗を扱わない。外国の短編の影響でもあろうか。第三、前衛的な手法を使わない。ピカソ派の画も悪くはないが、怪物の写生にはむかないのではないだろうか。発想で飛躍があるのだから、そのうえ手法でさらに飛躍したら雑然としたものになりかねない。私の外観はボソッとしているが、精神的にはスタイリストであり、江戸っ子なのである」（『創作の経路』） そして、日本推理作家協会の会報に、創作時の苦しみをこう寄せた。 「締切りが迫ると、一つの発想を得るためだけに、八時間ほど書斎に閉じこもる。無から有を生み出すインスピレーションなど、そう都合よく簡単に湧いてくる訳がない。メモの山を引っ掻き回し、腕組みして歩きまわり、溜息をつき、無為に過ぎてゆく時間を気にし、焼き直しの誘惑と戦い、思い付きを幾つかメモし、そのいずれにも不満を感じ、コーヒーを飲み、自己の才能が尽きたらしいと絶望し、目薬をさし、石鹸で手を洗い、またメモを読み返す。けっして気力をゆるめてはならない。これらの儀式が進むと、やがて神がかり状態が訪れてくる。といっても、超自然的なものではない。思い付きとは、異質なもの同士の新しい組合せのことだが、頭の中で各種の組合せがなされては消える。そのなかで見込みのありそうなのが、幾つか常識のフルイの目に残る。さらにその中から、自己の決断で最良と思われるのをつまみ上げる一瞬のことである。分析すれば以上の如くだが、理屈だけではここに到達できない。私にはやはり、神がかりという感じがぴったりする。この峠を越せば、あとはそれほどでもない。ストーリーにまとめて下書きをする。これで一段落、つぎの日にそれを清書して完成となる。…初期の数作を除いて、全部この過程を通っている。そのうちに慣れて楽になるかと期待していたが、一向にその気配はない。生きている間に、あと何回この苦痛を耐えなければならないかと考えると、とても正気ではいられない」。 後年は父について書き記した『人民は弱し官吏は強し』を皮切りに、野口英世ら明治人の伝記にとりくむ。星の作品は古今亭志ん朝、桂米丸をはじめ多くの落語家から高座で取り上げられた。61歳、竹取物語の現代語訳を刊行。「臨終の時は何か気のきいた文句のひとつも口にしなければ体面にかかわる」と語っていた日本SF界の開拓者は、1997年、間質性肺炎の為に長い昏睡状態に陥った後、そのまま目を覚まさずに71歳で永眠した。 葬儀委員長を務めた小松左京は、「星さんのショートショートを読んで、こんな短いもので宇宙と文明と人間との関係が書けるのか！ということを知り、愕然として、私は文学の正統としてのＳＦを書こうと志したのです。星さんのショートショートは、宇宙の凄さを人間のユーモアで包み込むところがあります。ジョークによって、広大で悠久な宇宙と人間存在とが和解するのです」と弔辞を読み、参列者の新井素子も「いつか自信作ができたら星さんのところへ持っていって読んでもらうのが、私の夢でした。それは夢のままになってしまいました。しかし、いつかやります。お墓の前に持ってゆきますから、読んでいただけないでしょうか？」と弔辞を捧げた。 斬新で意表を突く構成、ウイットに富んだ風刺などで、一度読み始めると病みつきになってしまう星のショート・ショート。単に面白いだけでは終わらず、わずか数ページの作品でありながら、大長編文学に匹敵する深い人間観察が盛り込まれた名品の数々。ヒューマニズムとユーモアをベースに、1000編という非常にバラエティに富んだ作品群を生み出した。それらは20言語以上に翻訳され、海外にも愛読者が多い。 僕が最も心を揺さぶられた作品は、1968年（42歳）に発表された『午後の恐竜』だ。人類が核戦争の危機に直面するなか、ある日、地球上の全生物（ヒトも犬も）が、一斉に恐竜が大地を闊歩（かっぽ）する幻覚を見る。なぜ現代に恐竜が？この時、某国では核ミサイルの発射ボタンが押されようとしていた。やがて両生類、爬虫類、哺乳類の順に、つまり進化の歴史順に生物の幻が現れた。“地球規模の走馬灯だ！”こう気づいた若い父親が、思わず妻子を抱きしめる--読み終わった僕の体に鳥肌が立っていた。 ●墓巡礼記 星家の墓所は都心にある青山霊園の中央付近。同霊園は歴代総理など著名人が多数眠っているセレブ墓地。そこに墓があるだけでも凄いことなのに、中央の超一等地に墓所を構えていることに驚いた。 |
★中島 敦/Atusi Nakajima 1909.5.5-1942.12.4 （東京都、府中市、多磨霊園 33歳）1991＆2002＆05＆10
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| 91年当時、周囲は土だった |
中島は僕のヒーローなのだ（02年） |
中島を囲んで野郎どもが水入らずで語り合う 墓前にいてこれほど居心地の良い墓も珍しい |
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| 若者から年配の方まで、 みんな中島が大々々好き！ |
同行した音響さんやカメラ さんも思わずヒシッ！ |
大好きな人と座り込んでの熱いソウルトーク。あまりに 幸せすぎ！も～何時間でも語り合っていたいッス！（05年） |
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| 墓域全景（2010） |
| 東京生まれ。1歳で親が離婚、続けて2人の継母の死に遭遇し、孤独な少年期を送る。祖父が漢学者、父は漢文科教師ということもあり早く文学に親しみ、十代後半から短編の習作を書き始める。東大国文科に入った後、大学時代はかなりボヘミアン的な生活を送っており、ダンスホールに通いつめ、麻雀荘に入り浸っていた。そこで店員の橋本タカと愛を育み23歳で学生結婚する（できちゃった婚）。卒業と同時に、妻子を養うため高校教師となった。この教員生活は、死の前年まで8年間続くことになる。中島は二十歳の頃から持病となった喘（ぜん）息の発作に苦しみながら、職場ではユーモア溢れる会話で常に周囲を笑わせ、出来る限り明るくふるまった。彼は人を笑わせる前に先に自分が笑ってしまう愛すべき好人物で、交流のあった作家・深田久弥夫人によると「中島さんが遊びに来られると姪や女中まで家中の者が集まって、明るい座談に聞き惚れました」という具合だった。中島は教職のかたわらで『虎狩』『狼疾記』『かめれおん日記』など小説を書き始めたが、作品の静的なイメージとは裏腹に、本人は登山に水泳にどんどん繰り出す非常に活動的な性格で、病を心配した妻をハラハラさせた。一方、とても寂しがり屋で、妻が用事で実家に帰ったりすると、すぐさま「今、ヒビスカスが咲いている。早く帰ってこないと散っちゃうぞ」と手紙を書き送ったというエピソードもある。 1941年6月（32歳）、ひどくなる一方の喘息の転地療養のため、教職を辞して南国パラオに渡航、南洋庁国語教科書編集書記の職に就く。しかし、家族と遠く離れたことをたちまち悔い始め、極度のホームシックに陥る。家族への手紙に「全く大バカ野郎だなあ、俺は。」「将来どれだけ生きられるやら、まるで自信がない。それを思うと見栄も意地もない、ただただ、お前たちとの平和な生活を静かに楽しみたい」「タカ助（妻のこと）は、まあ、なんと、オレをヒイキにすることよ！だ。あんまりオレびいきになり過ぎるから、色々と神経質になるんだ。もうオレも身体の具合が大変に良くなったんだから安心しろ。今迄は随分、悲しい知らせばかりやってお前を泣かせすぎたようだな。カンベンしろよ。/南洋群島の群の字を郡とまちがえてはダメ。群だよ。」など次々書き記した。 翌1942年（33歳）、パラオでは喘息が収まるどころか逆に悪化し、風土病のデング熱にも侵され、中島は渡航から1年も経たず3月に帰国する。ちょうどそのとき日本では、彼が教員時代に書き溜め、日本出国前に深田久弥に託していた『文字禍（もじか）』『山月記』が雑誌「文学界」3月号に掲載され、彼は見事文壇デビューを果たす。続けてスティーブンソンの晩年を描いた『光と風と夢』が芥川賞の候補に選ばれ、にわかに注目され始めた。中島は悲願だった作家生活に本格的に入るため文部省を辞し、『名人伝』『弟子』『李陵』など傑作を次々と書き綴った（いずれも発表は死後）。しかし、この間も病はますます進行し、同年12月4日、すっかりやせ細った中島は、病院で妻に背中をさすられつつ、その腕の中で永眠する。春に帰国した彼は年を越せず、文壇での実質的な活動はわずか9ヶ月という短期間だった。「かわいそうに、かわいそうに」中島の亡骸の側で妻は泣き伏したという。33歳と6ヶ月の短い人生であった。 中島は短命だったこともあり、残された作品は未完のものを含めても20編足らずしかなく、それも2本の中編を除くと、あとは短編ばかり。だが、そのどれもが珠玉の傑作だ。死の翌年に発表された『李陵』他の作品群は、戦後になって高い評価を受け始め、中島への文壇からの称賛は、死の6年後の1948年に刊行された『中島敦全集』によって頂点に達した。人々は、それまで私小説が中心だった日本文学とは異質の、中国古典文学と西洋哲学が混じりあった世界で展開される荘厳な人間悲劇に驚愕し、また格調高い美文に酔いしれた。孤独者を描いた物語は読者の深い共感を引き出し、特に『李陵』は日本人が春秋時代の中国を描いたものにも係わらず、中国語に訳され、逆に現地の人々に読まれたほど優れた内容だった。中島は多くの作家がペンを折ったり、戦意高揚の為の国策文学を書かざるを得なかった戦時中に、病と闘い自身の魂を削りながら、芸術や哲学の真理を体制に流されずに探求した先人たちの生き方を刻んだことから、文学・芸術の灯を守り続けた求道者としてその名が語られるようになった。 『山月記』は戦後すぐの検定教科書の発足当初から教科書に登場しており、有名な『羅生門』『こころ』が採用されるよりもずっと早かった。『山月記』は短く文章も簡潔だから高校生でも理解できると載せたのだと思うが、あの作品が持つ底なしの悲しみを、まだ社会で人生の壁に当たって挫折したことのない学生が真に理解するのは難しいだろう。だが、それでも大人たちが教科書に載せたがったのは、そこに人間の真実が描かれており、たとえ今は分からなくても『山月記』が心の隅にあるだけで、何かしら人間存在の悲しみを感じながら生きることで他人に優しくなれるかも知れない、そんな願いが込められているのだろう。 ※中島はあるとき妹さんに、書き損じの原稿を行李（こうり）いっぱいに入れて突き出し、燃やすよう告げた。妹がパラパラ読み始めると、「黙って燃しちまえ！」といきり立つので、妹さんは仕方なく風呂の焚き付けにしたという。後世の僕らにしてみれば、彼は寡作なので、たとえ未完でもいいから残して欲しかったけれど、そこは完全主義者の中島、不満足の作品を残すのは彼の美学に反したのだろう。 「今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己はどうして以前、人間だったのかと考えていた。これは恐ろしいことだ」 名声を求めるあまり人間の姿を失い、虎になってしまった詩人の物語『山月記』のあの孤独！中島は自らの命の短さを知っていたのか、戦時中も憑かれたようにペンを走らせ続けた。刻み込んだのは、読み手の魂に肉迫する強いヒューマニズムに貫かれた孤高の文学。彼の墓で僕はいつも言ってしまう、「もっともっと、あなたの作品を読みたかった！」と。墓は2ｍ四方の低い石壁の中にあり、墓前に立つとすごく彼と一体感を感じる。足元には砂利が敷き詰めてあり、ここで足を崩して一緒に時間を過ごすことが、僕が東京を訪れた時の最大の楽しみだ。 （資料参考URL）http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/atushi.html『中島敦の青春』 |
日本のシェイクスピア
★近松 門左衛門/Monzaemon Chikamatu 承応2年（1653年）-享保9年11月22日（1725年1月6日）
（兵庫県、尼崎市、広済寺/大阪府、中央区、法妙寺跡 71歳）1994＆2005＆09
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| 上演300年目の超傑作『曽根崎心中』 | 「ウーム」文章を練りまくる近松 | プロの劇作家第1号 |
近松の墓は兵庫県尼崎市と大阪市にあり、双方が“本当の墓は我が方”と主張してきた。
とはいえアピールの度合いはまったく異なり、尼崎の方が数百倍気合いが入っている。
●兵庫県尼崎市の墓
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| 墓所の近所の近松公園には、近松像や資料を収めた近松記念館があった！ | マンホールにも「近松のまち あまがさき」 | 「近松橋」なんてのもあった！ | |
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| 近松の菩提寺、広済寺 |
近松の墓。墓前はよく整備されており、「近松翁二百年記念碑」と刻まれた大きな石柱があった （2009） |
驚いたのはこのボタン。押すと近松の 生涯を解説したテープが流れた！ |
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●大阪市中央区の墓
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| 1994 大阪の墓は国立文楽劇場のすぐ近く | お寺は空襲で焼失、墓だけ残った（2005） | この細い路地の奥にある |
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江戸前期の浄瑠璃（じょうるり、三味線に合わせた語り物）・歌舞伎の作者。
※浄瑠璃と人形劇がくっついたものを文楽（人形浄瑠璃）という。 本名は杉森信盛。越前福井出身、俸禄300石の武家の次男。先祖は浅井長政や秀吉に仕えていた。ペンネームは芸能の神を祀る近江・近松寺（ごんしょうじ）にかけ、その寺に入ることができない門前の小僧というシャレっ気から“近松門左衛門”としたと言われている。10代前半に父が何かの理由で失職し浪人になったことから、一家は京都へ出る。若き近松は都で公家に仕えたが、この公家は自分で浄瑠璃を書くほどの愛好者だった。20歳ごろ、その使いとして何度も文楽に通う内に、彼もまた浄瑠璃にハマってしまう。 ※京都の四条河原は1603年に出雲阿国が歌舞伎（踊り）を始めて以来、芸能興行の中心になっていた。
人形を見つめる客が興奮で顔を輝かせるのを見て「うわー、自分も台本（浄瑠璃）を書いてみたい！皆を喜ばせたいッ！」と思うようになった。だがしかし！当時の芸能関係者は士農工商のどこにも属さないことから、身分の卑しい「河原者」「河原乞食」と蔑まれていた。近松は曲がりなりにも武家出身。封建制度の頂点となる武士階級から最底辺の芸能の世界に足を踏み入れるのは、プライドや面子を全てかなぐり捨てることで、よっぽど腹をくくらねば無理なことだった。だが、近松は人間を語りたかった。どうしても命の歌を描きたかった。近松は武士の身分を捨てた！ 1677年、24歳の近松は京の「浄瑠璃語り」の第一人者・宇治加賀掾（かがのじょう）の弟子になる。下積み時代の近松は、舞台で使う小道具を修理したり、副業で講釈師をして生活費をまかない修業を続けた。
1683年（30歳）、初めてのヒット作となる『世継曽我』を執筆。古典の改作が主流だった浄瑠璃界に、近松はオリジナル作品で挑んで注目される。加賀掾が語る劇中の「さりとても 恋はくせもの」は京でブームになる。 翌年、大阪道頓堀で「竹本座」を旗揚げした竹本義太夫（農民出身）も、『世継曽我』をこけら落としで演じ成功させた。義太夫は後に「義太夫節」と名付けられる骨太＆硬派な語りで人気を得た。 義太夫の噂を聞いて京でライバル心を燃やした加賀掾は、井原西鶴とタッグを組んで大阪に乗り込む。義太夫はこれに対抗する為、近松に新作を依頼した。これを引き受けた近松は、1685年（32歳）に平家滅亡500年にからめて『出世景清』を彼の為に書き下ろした。 『出世景清』は、それ以前（約60年）の作品を古浄瑠璃、以後の作品を新浄瑠璃と2分するほどの画期的なものとなった。古典で悪党とされる平家の侍大将に深みのある性格を持たせ、義太夫の迫力ある声と情感を込めた節回しで観客の心を鷲掴みにし大ヒット。後に他の人形浄瑠璃の語りが「義太夫節」一色になるきっかけになった。 ※出世景清…平家残党（侍大将）の平景清が源頼朝への復讐を誓うが、命を狙う過程で幾つもの人命が失われ、景清は頼朝への恨みを絶つ為に自ら目をえぐりとるという凄絶なもの。従来はただの悪党とされていた景清に、その心の弱さをさらけ出させ、観客の涙を絞った。単なる勧善懲悪ではない物語の誕生だ。 この当時、文楽は語り（太夫）が、歌舞伎は役者が主役であり、台本の作者は影の存在として名乗ることを禁じられていた。しかし、『出世景清』の成功によって筆一本で立つ自信がついた33歳の近松は、原作者の地位向上を求めると共に、自身は完全に武士の身分と決別するべく、史上初めて台本に「作者・近松門左衛門」と誇りを持って名前を記入した。これは作者と太夫の立場を対等にしようとする近松の決意表明だった。（この頃、批評家から「やめさせたいもの、近松の作者付け（作者の名乗り）」と非難されている） それから8年間ほど、30代の間はずっと義太夫の為に浄瑠璃を書き続けたが、次第に歌舞伎方面からも脚本の依頼が入り始める。当時は四条河原に7件も芝居小屋があったことから、どの一座も互いに激しくしのぎを削っており、都万太夫座（現・南座）の人気役者・坂田藤十郎（初代）は他の舞台と違いを出す為に、見かけの派手さで勝負するのではなく、「ストーリー重視」の方向性を打ち出した。この時目に止まったのが、浄瑠璃界で上り調子の近松だった。藤十郎は近松の恩師・加賀掾と親しかったこともあり、近松は40代のまる10年間を都万太夫座の座付作者として過ごし、藤十郎の為に『傾城仏の原』など約30本もの歌舞伎台本を書いた。 しかし、作品はどれも人気作となったものの、近松の不満は次第につのっていく。歌舞伎は役者の権力が絶大で、作者は役者の意向に合わせて書かねばならず、浄瑠璃以上に制約があり作者の地位が低かったのだ。これでは創作欲が満たされない。赤穂浪士が吉良邸に討ち入った1702年（49歳）、近松はかつての盟友、大阪の竹本義太夫から説得されて、歌舞伎界から浄瑠璃界に戻って行く。 この頃、竹本義太夫はピンチだった。「竹本座」は歌舞伎にすっかり客を取られ彼は借金を重ねていた。「頼む、近松、助けてくれ…人形浄瑠璃の灯が消えてしまう」。義太夫は起死回生を狙って近松の台本に最後の望みを賭けたんだ。近松は義太夫より2歳年下。何とか協力したいが、10年間ずっと歌舞伎を見てきただけに、文楽の難しさを改めて痛感していた。どうすれば歌舞伎から観客を呼び戻すことが出来るのか。「生きた人間の芸を見せる歌舞伎小屋が隣に並んでいるのに、命の無い人形に様々な情を持たせて客を感動させようと言うのだから、余程の台本を書かないと名作とは呼ばれない」（近松）。 そんなおり、1703年4月7日に大阪・曽根崎の露（つゆ）天神社（通称お初天神）で醤油屋の手代（親方の代理人）徳兵衛（25歳）と遊女お初（21歳）が心中事件を起こす。偶然京都から大阪へ所用で来ていた近松は、現場に足を運び若い2人の亡骸から心の叫びを聞き、胸を激しく動かされた。近松は、自由な恋愛が許されない封建社会の不条理を描く決意をした。 名もなき男女を主人公にする--これは文楽史上の革命だった。それまでの演目は歴史上の英雄や武将を主人公にした“時代物”（軍記物）が大半だったからだ。近松は同時代を生きる町人を主人公にした“世話物”というジャンルの作品を誕生させた。近松は『曽根崎心中』をわずか3週間で書き上げ、事件のちょうど1ヶ月後の5月7日に竹本座で初演した。観客はヒーローが暴れる荒唐無稽な武勇伝ではなく、初の等身大の人間ドラマ、自らが身を置く世界で、自分の分身のような登場人物が懸命に生きる姿に猛烈に感情移入し、感涙にむせんだ。『曽根崎心中』は瞬く間に評判になった。義太夫はこの作品一本だけで全ての借金を完納したという。 ※曽根崎心中…醤油屋の手代徳兵衛は遊女お初と愛し合う仲。しかし徳兵衛に大きな期待を寄せている親方から姪（実際は養女）と結婚して江戸で住むよう迫られ、それを断る為の金（徳兵衛の継母が持参金を先に受け取っていた）を悪党に騙し取られ、お初の方も九州への身請け話が持ち上がる。親方への義理や人情に挟まれて身動きできなくなり、ついには金に関する濡れ衣を死んで晴らす為、そして愛を最後まで貫く為に心中の道を選ぶ。 ※「曽根崎心中」初演時の批評…「曽根崎心中 近年の大当たり “作者近松門左衛門”」。 以降、竹本座の座付作者となった近松は、新しく座本に就任した竹田出雲とも意気投合し、浄瑠璃制作に集中するべく、1706年（53歳）、40年近く住んでいた京都を離れ大阪に転居する。61歳の時に義太夫が他界すると、後継者の若い息子を助ける為に、近松にとっても生涯最大のヒット作となる『国性爺（こくせんや）合戦』（1715、62歳）を書き上げた。これは日中の混血児が大陸に渡って明朝を再興するという、日本と中国を股にかける大スペクタルで、異国趣味もあって実に17カ月という驚異的な超ロングランを記録した。時代物としては他に清盛から鬼界ヶ島に流された俊寛を描いた『平家女護島』（1719）なども残したが、真骨頂は町人が社会のしがらみに苦悩する姿を描い世話物で、飛脚問屋・亀屋忠兵衛と遊女梅川の逃避行を描いた『冥途の飛脚』（1711）、借金をめぐる実際の殺人事件を描いた『女殺油地獄』（1721）、そして死の4年前に執筆され、紙屋治兵衛と遊女小春の心中を描いた最高傑作『心中天の網島』（1720、67歳）などなど。これらを通して人々の圧倒的な共感を得た。 1723年（70歳）、続発する心中事件を憂慮した8代将軍吉宗は、心中物の出版、及び上演を一切禁止にする。翌1724年、上演禁止令で自作の心中物11編が引っかかりショックを受けてるとこへ、3月大阪が大火に包まれ竹本座も炎上。病床に就いた近松は死期が近づいていることを察したのか、11月初旬に礼装を着た自分の姿を描かせ、“終焉の期を待たず、あらかじめ自ら記す”として、次のような辞世文を書き込んだ。 『武家に生まれながら、町人となっても商いをせず、隠者のようで隠者にあらず、賢者のようで賢者ではなく、物知りのようで何も知らず、私は世のまがいものだ。中国の哲学や、芸術、笑い話の類まで何でも知っている風に口から出任せを言い、筆を走らせ、一生を鳥のようにさえずり散らしてきた。人生を去るにあたって、後世の人に伝える格言は一言半句も思い浮かばず当惑し、心の中で恥じ入っている。70余年はアッと言う間で、何ともおぼつかない一生が終わろうとしている。もし辞世を問う人がいればこれを残そう。 「それぞ辞世 去ほどに扨（さて）もそののちに 残る桜が花し匂はば」（私の死後も作品が残ったなら、その一文字一文字が私の辞世、この世に生きた証だ）※浄瑠璃本は桜の木の版木に刷るので、桜が匂う=作品が残るとした。 「残れとは思ふも愚か 埋づみ火の消ぬま あだなるくち木がきして」（とはいえ、残り火が消えるまでの短い間に書いた作品が、後世に残ってくれと思うのも愚かなことだなぁ』 ※近松が生涯に書いた作品数は約150本。“自分の書いたものが全部辞世だ”と言い切れるほどの自信を語った後に、“でも、これが残って欲しいなんて愚かだなぁ”と照れるように付け足す71歳の近松が、とってもカワイイ！(*^o^*) 近松はこの辞世文を書いた2週間後に大阪天満の自宅で生涯を終えた。戒名は「阿耨院穆矣日一具足居士」。墓は近松の菩提寺、尼崎・広済寺と、妻側の菩提寺の大阪・法妙寺に建てられ、共に夫婦の戒名が刻まれた比翼墓になっている。法妙寺は大空襲で焼失し大東市に再建され、後に墓だけが元の場所に戻された。その墓のすぐ近くには国立文楽劇場がある。 近松の作品は300年の時を超えて僕らを感動させる。江戸と現代人の価値観や生活環境が大きく変わっていても、僕らは『曽根崎心中』の公演を観に行ったり、『心中天網島』の映画を観て、作中の人物に共感し感動する。これは近松が人間根本の一番深い部分を見事に把握しているからだろう。「命のない人形を人間と同じ様に感じさせる為には、言葉の全てに“情”を込めるべき。その“情”の中心は“人情”である」（近松）。そう、人情は300年経っても変わらないんだ。 ※近松の長男は画家、次男は竹本座の作者、三男は芝居小屋の経営者になった。 ※晩年の近松は後継者の育成に力を入れ、竹田出雲は近松の指導を受けて名作『菅原伝授手習鑑』を完成させた。 ※江戸前期の芝居小屋は、京都7軒、大阪8軒、江戸4軒とのこと。 ※能楽は名門出身じゃないと実力を発揮しにくい。そう思った者が完全実力主義の浄瑠璃に流れてきた。近松の才能を発掘した加賀掾もその1人。「浄瑠璃に師匠なし。只謡（うた）を親と心得べし」（加賀掾） ※近松は日本のシェイクスピアと言われているが、シェイクスピアには貴族のパトロン（後援者）がいたけど、近松には誰もいなかった。支えたのは大阪の観客。庶民が入場料で近松と芝居小屋を支えた。 ※近松がコンビを組んだ歌舞伎役者・坂田藤十郎が名優として演劇論を残している。「我を手本にすれば我より劣りぬ。今少し工夫致されよ」（弟子に語った言葉）「身振りは心のあまりにして」（藤十郎の役者論。演技は、意識して演じるのではなく、役になりきった心に後から附いて来るもの）。“上方に藤十郎あり”の噂を聞いて江戸から市川団十郎が見に来た時の言葉「藤十郎が生きている内は江戸の役者が上方に行っても太刀打ちできない」（団十郎） |
★樋口 一葉/Ichiyo Higuchi 1872年5月2日（明治5年3月25日）-1896年（明治29年）11月23日
（東京都、杉並区、築地本願寺・和田堀廟所 24歳）1999＆2008＆10
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| 本名は夏子 ☆なっちゃんLOVE☆ |
広い墓地なので中央通りの「樋口一葉 女史墓所入口」の案内柱を見逃さぬよう |
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| 1999 この頃は360度に竹垣があった | 2008 ガラッと模様替え | 2010 手前の木がどんどん成長！ |
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| 墓所全景。墓石そのものは小振りだ（2010） |
台座に“樋口氏”とある。彼女は 自分がお札になるなんてビックリだろう |
谷中霊園に眠る和歌の師匠、中島歌子。 弟子の恋を心配していた（2010） |
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| 「樋口一葉旧居跡」（2002） |
台東区立・一葉記念館。1961年に日本初の女流 作家の単独資料館として開館（2002）※06年に 全面改装され現在は全く違う外見です～！ |
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| 文京区の養昌寺。こちらには一葉が惚れ ていた半井桃水（なからいとうすい）が眠る |
この人が桃水。 う、羨ましい！ |
桃水は当時人気の新聞小説家。弟子の 一葉に小説の書き方を指導した（2013） |
墓前に教育委員会が「明治・大正 時代の大衆小説家」と説明板 |
| 東京生まれ。本名、樋口奈津。彼女自身は奈津よりも「夏子」を用いることが多かった。新聞小説の戯号は春日野しか子。“一葉”の名はインドの達磨大師が揚子江を一葉の芦の葉（一葉舟）に乗って下った故事から。人生という波間を漂う自分を重ねていたという。 両親は山梨の農民だが、駆け落ち同然で江戸にやってきた。父は苦労して新政府の下級官吏の職に就くが、退職後に事業に失敗し窮乏生活が始まる。一葉は小学校の成績は首席だったが卒業に至らず11歳で中退する。これは母親が“女は学問より針仕事や家事見習が役立つ”と考えたからで、一葉は日記に「死ぬばかり悲しかりしかど、学校は止めになりにけり」と刻んだ。打ちひしがれる娘を不憫に思った父親は、『万葉集』『古今集』『新古今集』をプレゼントし、和歌の通信教育を受けさせた。続いて本格的に和歌を学ばせるべく師匠探しに奔走し、知人を頼って、女流歌人中島歌子の歌塾「萩の舎」（はぎのや）に14歳の一葉を入門させた。 この頃樋口家の家計は父兄が支えていたが、一葉が15歳の時に兄が、そして17歳で優しかった父が続けて亡くなり、突然彼女が家を支えねばならなくなった。一葉は針仕事や洗濯業で一家の生計を支えた。彼女には婚約者がいたが、樋口家が没落すると一方的に婚約を解消されてしまう（相手の男は後に早大法学部長、さらには秋田、山梨両県知事も歴任する）。 19歳、一葉は「萩の舎」の姉弟子が小説を刊行して大金を得たことに刺激され自らも作家を志す。しかし、歌塾は和歌の勉強が中心ゆえ彼女は小説に暗く、大手新聞の専属作家・半井桃水（とうすい）から文章構成の手法を学ぶ。12歳年上で、美男子かつ長身の桃水（当時31歳）に一目惚れした一葉は、俄然張り切って、図書館に通っては小説を片っ端から読破した。20歳、処女作『闇桜』を執筆。桃水の師弟となって
1年が経った頃、2人の緊密な関係が「萩の舎」で噂され始めた。中島歌子は一葉に桃水の品行の悪さを忠告し、一葉は泣く泣く桃水への師事をやめた。
21歳、良い小説を書こうと人間の内面を掘り下げていくにつれ、感情を文字にすることの壁にぶつかり筆が進まなくなる。また桃水への恋心にも苦しみ、彼女はついに筆を折って、吉原遊廓に接する下谷竜泉寺町に転居、心機一転、荒物や駄菓子を扱う雑貨屋を開いた。だが、単価の安い商品では一向に利益があがらず、たちまち経営は行き詰まる。生活に窮した彼女は有名な相場師に借金を申し込みに行き、そこで条件として身体を求められ、怒りと屈辱を味わった。小説も書けず、商売も上手くいかず、一葉は日記に「虚無の浮世に好き死処（しにどころ）あれば事たれリ」と、死さえ思う心境を書きつけた。 22歳、近所に新しく駄菓子屋が開店したことで売上げがさらに落ち、樋口家は店をたたむ。少しでも家賃の安い場所を探して転居した先は、いかがわしい酌婦街（一階で酒を飲ませ二階で身体を売る私娼窟）の真っ只中だった。世間からは蔑まれている土地だったが、一葉はそこで貴重な経験をする--彼女の字の美しさが評判になり、付近の酌婦たちが手紙の代筆を頼みに来るようになったのだ。それぞれの口から出てくる、故郷の家族への思い、切ない恋心に触れて、周囲から軽蔑され社会の底辺にいながら、日々を必死に生きている女性たちの魂の美しさを知ったのだ。
ある時、大阪から身売りされてきた若い酌婦が一葉の家に逃げ込んできた。追っ手から匿（かくま）うとトラブルに巻き込まれる危険があったが、一葉は彼女を助けた。この時の気持ちを日記にこう刻んだ「救いたまえとすがられしも縁なり。東女（あずまおんな）はどんな物か、狭けれどもこの袖の陰に隠れて、とかくの時節をお待ちなされ」。そして人間に階級も貴賎もなく「娼婦に誠あり」と刻んだ。
“自分が見た人間の真実を描きたい、心の声を伝えたい”、そう思うようになった一葉は再び筆をとった。まず始めに駄菓子屋の頃に知った遊郭界隈の子どもたちの世界を『たけくらべ』として「文学界」に連載開始。23歳、虐げられた酌婦たちの声なき声を代弁すべく、酌婦を主人公にした小説『にごりえ』を執筆。作中に夜の雑踏をさ迷う酌婦の独白を通して、一葉は自分の孤独感をさらけ出した「ああ嫌だ嫌だ嫌だ、どうしたら人の声も聞こえない物の音もしない、静かな、静かな、自分の心も何もぼうっとして物思いのない処へ行かれるだろう、つまらぬ、くだらぬ、面白くない、情けない、悲しい心細い中に、いつまで私は止められて居るのかしら、これが一生か、一生がこれか」。
続く叙情的な『十三夜』でも、男性や社会に抑圧され悲劇的運命に陥る女性たちの怒りと悲しみを克明に描いた。翌1896年、完結した『たけくらべ』を一括して発表するやいなや、鴎外に「まことの詩人」と熱賛され、文壇の名声は絶頂を極めた。彼女の家は、上田敏、島崎藤村、斎藤緑雨、泉鏡花、幸田露伴ら様々な文人が集う文学サロンのようになった。
しかし…長年の過労から彼女は肺結核に侵され、11月23日に24歳という若さで夭折する。あまりに早い死だった。
病没から16年後、一葉が15歳から亡くなるまで9年間に書き溜めた44冊もの日記『一葉日記』を、彼女の妹が世に送った。この日記は“焼き捨てるように”と言われていたのを妹が大切にとっていたもので、師・桃水を想う気持が切々と綴られていた。 「みぐるしく、にくく、うくつらく、浅ましく、かなしく、さびしく、恨めしき、厭う恋こそ、恋の奥なりけれ」 ------------------------------------------------------------------------------------------ 運命は非情だ。苦労人の一葉がやっと文壇に認められたと思ったら、その年に肺結核が襲うのだから。もし彼女があのまま生きていたら、僕らはどんな素晴らしい作品と出会えたろう。少なくとも、華々しく活躍する一葉の姿を見て、文壇にもっと多くの女性たちが進出していたに違いない。詩情豊かで哀しく美しい一葉文学。彼女が50歳、60歳になった時、どんな作品世界を描いていたのかと思いを巡らすにつれ、24歳の死が本当に残念でならない。
作品や伝記で彼女の人柄に惚れた僕は、学生時代からずっと心の中で“愛しのなっちゃん”と呼んでいた。作品を通して彼女の繊細な内面世界に触れてしまったら、惚れずにいるなんて不可能。夢中になるのが自然の道理。24歳の彼女は、墓参当時僕と7つも離れていたけど、本気で「なっちゃん、愛しています！死んだらデートして下さい！」と告白してきた。死後は真っ先に会いに行って、ラブ・アタックの返事を聞くつもり。ライバルは多いだろうけど、あの世ではたっぷり時間があるので、ジックリと自分を磨き、何度もチャレンジしよう。何と言っても、彼女は僕が生まれて初めて女性の為に花を買った記念すべき相手だからね！（供養花だけど）
あと、新5千円札に登場することになって複雑な気分。なっちゃんがブレイクするのは嬉しいんだけど、有名になりすぎて遠い存在になってしまいそう…って、僕は一体何を書いているのだ！？
※豆知識 一葉は24年という短い生涯に、暮らし向きが変わるたびに13回も住居を移した。
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| 初めて女性に花を買った。 「受け取って下さい！」（1999） |
沈黙はＯＫの証拠！ 彼女はシャイなだけ！ |
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★紫 式部/Shikibu Murasaki 973-1014 （京都府、北区、紫式部墓所 41歳）1999＆2008＆12
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| 墓所入口。目立たないので気付かない人も多い | 右手前に「紫式部墓所」の石碑 | 土佐光起筆 |
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| なんと墓所に記帳用の小屋が！（2012） |
中に寄書き帳『紫女（しじょ）ノート』が！ “紫女”は紫式部の異名 |
６年生の女の子「ここにおはかがあることをしった ときはかんげきのあまり、なきそうになりました。」 なんて良い子なんだろう！もう君は墓マイラーだ！ |
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| 2008 | 2012 | 奥にある五輪塔が本当の墓石らしい！ |
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| 手前の墓標がかなり黒ずんでいる…（1999） | おっ！墓標が９年前よりきれいになってる（2008） | 石柵を含めた墓所の全景（2012） |
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| 京都市右京区の廬山寺（ろさんじ）の境内。彼女が生まれ育った邸の跡 | 滋賀・石山寺にある源氏物語を執筆した部屋 |
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| 京都市北区の上賀茂神社。右写真の片岡社は紫式部がお参りした由緒ある社だ |
| 世界最古の長編小説「源氏物語」の作者。名門藤原北家の流れを汲む藤原為時の次女。生年は他に970年、978年の2説があるけど、ここでは近年の研究者が支持している両親の結婚年齢から起算した973年をとりたい。この時代、女性は実名ではなく父や夫の官職を名乗ったことから、藤原の「藤」と父の職名・式部大丞（宮廷の儀式を受け持つ職）から「式部」をとって、“藤式部（とうのしきぶ）”と呼ばれていた。幼くして母と死別し、続けて姉も失っている。 父為時は優れた漢学者・詩人としても知られており、式部は子どもの頃から漢詩や和歌を父から学び、じっくりと文才を育んだ。当時は学問が女子には無用とされた時代であり、式部にとっては父が漢学者というのは実に幸運だった。父から得た『史記』など和漢の書の膨大な学問知識が、後に大長編『源氏物語』を書きあげるだけの土台（基礎）になり、その博識が作品の随所に引用され活かされている。学問が彼女の文人的気風を育み、人生を様々な角度から見つめることを教えてくれた。 996年（23歳）、父が越前守（えちぜんのかみ、福井県の国主）に任命されたことを受け、式部も越前へ行く（父はこの後、新潟・越後守に）。998年（25歳）、かねてから式部に求婚していた父の同僚、藤原宣孝（のぶたか）と結婚することを決意し、単身京都へ戻る。宣孝はもう40代半ばで、式部と親子ほど年齢差がある上、既に3人の妻がおり、なんと彼女より年上の息子までいた。このことから式部は結婚を随分迷ったが、宣孝は清少納言が『枕草子』の中で時の人として話題にあげるほど、歌舞や和歌に秀でた教養人で、何よりも式部の文才、学識を高く評価し絶賛してくれていた。女子の学問が歓迎されない風潮の中で、宣孝の理解ある態度が彼女にはとっても嬉しかったんだ。結婚の翌年、娘の賢子（けんし）を産む。しかし、この幸せな結婚生活はわずか3年で終わりを告げる。1001年（28歳）、宣孝が疫病（天然痘）にかかり、式部と2歳の子を残し46歳で他界してしまったのだ。 夫を失った寂しさと孤独感の中で、悲しい気持を紛らすために式部が始めたこと、それは小説『源氏物語』を書くことだった。家の中には夫が集めてきた多数の書物と父の蔵書があり、資料文献は充実していた。『源氏物語』は最終的に全54帖（じょう･巻）という壮大な物語になるのだけれど、全巻が完成してから刊行したのではなく、1帖ごと、もしくは数帖ごとに、執筆と並行して発表していった。その為、読者は先が読みたくてたまらなくなり、宮中の貴族の間では読後に先の展開を予測するなど大評判になる。 1005年（32歳）、『源氏物語』への好評がついに最高権力者・左大臣藤原道長の耳にまで達し、道長もこれまた式部の文才に感服。彼は娘・彰子（しょうし、藤壺局、一条天皇の中宮＝妻）の家庭教師を式部に依頼した。天皇の妻の家庭教師！宮廷の深部に足を踏み入れた式部は、新しく積んだ実体験をリアルに作品に練り込み、新帖ごとに彼女の名声は高くなった。 一方で、人気が出ればそれをねたむ者も現れてくる。当時の多くの女性には読みこなせなかった漢文を苦もなく読みこなす式部は、揶揄の意味を込めて「日本紀の局」（漢文の日本紀ばかり読んでいる女）とあだ名され、式部は傷ついた。 1008年（35歳）、7年をかけてついに『源氏物語』全54帖が完結！おりしも中宮・彰子が敦成親王を出産、式部は御祝いとして作品を献上した。そして出産50日目の祝いの席で、それまで“藤式部（とうのしきぶ）”を名乗っていた彼女は、『源氏物語』のヒロイン「紫の上」にちなんだ“紫”の名で呼ばれるようになる。 彼女はこの年から2年間、内面を赤裸々に語った『紫式部日記』を書き始めた。そこには華やかな宮廷生活を異邦人のように冷めて見つめ、虚栄に満ちた世界の中で孤独感を募らせていく心情が綴られている。かと思えば、同時代のライバルへの対抗意識も正直に記されており、「清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかり賢しだち漢字書き散らして侍るほども、よく見れば、まだいと耐えぬこと多かり」（清少納言は利口そうな顔をして、ちょっと賢いからといって漢学を書き散らしているけれど、文章をよく見ると上手とは言えない）、「和泉はけしからぬかたこそあれ」（和泉式部の人間性はいただけないものだ）などと、かなり辛らつだ。 『源氏物語』は道長の庇護のおかげで完成まで書き継がれたが、2人の間には特別な関係があったことも日記でほのめかされている。 ※鎌倉期に刊行された『尊卑分脉』には紫式部の注記に「道長妾」とはっきり書かれている。 しかしこの道長との蜜月も数年で終わった。どういう経緯かは不明だが、式部が反・道長勢力の藤原実資と親交を持ち、これが道長に咎められ1013年（40歳）に宮仕えをやめたのだ。そして宮廷を去ったその翌1014年2月、41歳で式部は他界した。 『源氏物語』が刊行当初から熱烈な人気を持っていたことは、同じ平安期に『更級日記』を書いた菅原孝標女（たかすえのむすめ）が、源氏物語全巻を手に入れて、「后の位も何にかはせむ」（お后さまの位につくよりも幸せ）と歓喜したことからも分かる。天皇の妻より源氏物語全巻の方が良いと言うのだからよっぽどだ。作品は3部構成・全54帖に分かれており、第1部は光源氏が太政大臣まで栄華の頂点を極めていく過程を、第2部は一転して憂いに満ちた後半生を、第3部では次世代の物語を描いている（最後の10帖は舞台が宇治なので「宇治十帖」とも呼ばれる）。式部は500名にも及ぶ膨大な数の登場人物を動かして、帝位4代、70余年の人間の人生を見事に創り上げた。 作中では、宮廷貴族の優雅な生活を描写するだけではなく、自分が犯した過ちを子が再び犯してしまうなど、人間が背負った業や宿命、因果応報にもがき苦しむ魂を描き込み、それらは巻数が進むに連れてどんどん深化していった。これだけの長さの小説を、作中人物と格闘しながら最後まで書き続けた式部の人間離れした強靭な精神力には、ただただ圧倒され、脱帽するしかない。 『源氏物語』は後世に多くの影響を与えた。絵画では国宝となっている源氏物語絵巻が平安末に制作され、謡曲では本作を題材にした「葵上」「野宮（ののみや）」が生まれ、江戸期には井原西鶴が『好色一代男』でパロディ化し、国学者・本居宣長は源氏物語を貫く“もののあはれ”の精神こそ和歌の魂だと評した。 現代語訳には与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、瀬戸内寂聴、橋本治など多くの作家が取り組み、漫画化（「あさきゆめみし」大和和紀作）にもされている。戦前から海外に向けて早く翻訳されており、現在も様々な言語で世界中に紹介されている。 式部には小説・日記の他にも自撰の家集『紫式部集』がある。そこには全133首の歌が収められ、うち86首が自身の歌だ。200年後に藤原定家によって小倉百人一首に「めぐり逢いて 見しやそれともわかぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな」（お逢いしてまだ貴方かどうかさえ見分けのつかない内にもう帰ってしまうなんて。貴方は雲に隠れた夜半の月のようです）が選ばれている。 式部の墓は京都市北区の紫野（むらさきの）と呼ばれる区域にある。以前はここに大徳寺の別坊雲林院があり、彼女が晩年に住んでいたそうだ。今はもう建物は跡形もなく消え、墓だけがポツンと取り残されている。車がガンガン走っている堀川北大路交差点のすぐ近くで、注意しないと見落としてしまう細い通路の奥に眠っている。 墓所の敷地の中にはメッセージ・ノートがあって、千年前の作家に向けて全国のファンが思いを込めて熱い言葉を刻んでいる。 ※1964年、ユネスコが選ぶ『世界の偉人』に日本人で唯一選ばれた。 ※清少納言が宮仕えをやめた5年後に式部が宮廷を出入りしていることから両者に面識はなかったと思われる。 ※式部の肖像画を「図書券」に使ったのはグッド・アイデアだね。世界最古の小説を残した人だもの！ ※ちなみに光源氏のモデルとされた源融の墓は京都嵯峨野の清凉寺にある。 ※式部の墓の隣は平安初期の漢学者小野篁（たかむら）の墓。彼が活躍した時代は式部より古く、150年も違う。なぜ両者が並んでいるのか？一説によると、式部の死後、彼女は小説で人心をたぶらかした（振り回した）罪で地獄に堕ち、読者も同罪という噂が流れたらしい。小野篁は閻魔大王の側近という言い伝えがあり、人々は“閻魔と面識のある彼なら式部を救ってくれるハズ”と考え、墓を隣接させたとのことだ。（そもそも小野篁が閻魔の側近というのは、大臣・藤原良相が臨死状態の時に閻魔宮で小野篁に出会い、彼が生き返らせてくれたと語ったことによる。人々は死んだと思った藤原良相が蘇生したことからこの証言を信じた） |
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| “R-1ぐらんぷり"王者の浅越ゴエさんと墓参！（2012）※公開許可アリ |
★谷崎 潤一郎/Jyunichiro Tanizaki 1886.7.24-1965.7.30 （京都府、左京区、法然院 79歳）1999＆2002
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| 1999 | 2002 |
| 奥の墓には「寂」、手前の墓には「空」と彫られ、どちらが谷崎の墓か迷う。 そして、“花の供えられてる方だろう”と思い“空”の前で御礼を言った。 言いまくった！後日、ＨＰ読者さんから、「“寂”が谷崎で、“空”は夫人の 妹夫妻みたいですよ」と情報が！な、なんだってぇ～！？ |
そういうわけで、3年後に再訪！小ぶりな墓は名作『春琴抄』の 冒頭に出てくる佐助の小さな墓石を思い出させ、作中で谷崎が したように僕も優しく撫でずにはいられなかったデス…！ |
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| 35歳頃の谷崎 |
東京慈眼寺にある谷崎家の墓。奥の大きい墓が両親で、 手前の小さい墓石が潤一郎だ（分骨）※左（1991）、右（2006） |
この時はスポットライトの中のようだった（2010） |
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東京日本橋の商家に生れた生粋の江戸っ子。明治の末期、24歳の時に同人誌で発表した小説『刺青（しせい）』が永井荷風に「完全なる文章」と激賞されて、華々しく文壇に登場する。当時主流だった自然主義文学の作家たちが、内容のリアリティーを重んじるあまりに、日常生活のスケッチを単調な文体で書いていた時に、谷崎は目まいのするような絢爛豪華な文体で耽美的世界を描き出した。根底に流れているものは常軌を逸するほどの女性美への完全服従！マゾヒズムに貫かれ、“悪魔主義”といわれた官能的退廃美の追求とその爆発！初期の『刺青』から晩年の『鍵』に至るまで、作風に変化はあっても女性美への宗教的崇拝が揺らぐことはなかった。
これは特筆すべきことではないか。封建社会の延長で、明治、大正の男性は女性に対して高圧的であり、女性は社会的地位も低かった。そこに、谷崎だ。当時の社会が受けた衝撃は凄まじいものであったことは想像に難くない。
谷崎は27歳の時に関東大震災に遭遇、関西に移り住む。当地で古典文化への造詣が深まると共に、作風が悪魔主義的なものから、王朝文学の如き格調高い文体へ昇華していった。47歳で『春琴抄』を発表。作中で奉公人佐助は、自分が仕える美貌で盲目の春琴が顔を火傷した時に、自らの目を潰して、狂喜し叫ぶ「師よ、佐助は失明致したり」と。マゾヒズム的な愛の陶酔が古典的な風格ある文体で刻まれ、昭和初期の文壇で絶賛された。2次大戦中は戦火が拡大するにつれ多くの作家が沈黙、あるいは軍部礼賛の文を書く中、谷崎は黙々と自身の芸術を築き続ける。1943年（57歳）、『細雪』第一部を発表すると、主人公四姉妹が花見や月見をするという優美な描写が“戦時にふさわしくない”と雑誌掲載禁止の処分が下り、軍部や警察から何度も執筆中止命令が出された。しかし谷崎は命令を無視して書き続け、終戦と同時に作品を刊行した。完結した『細雪』は大いに評価され、1949年文化勲章を受賞した。79歳で没した時、三島由紀夫は「これだけの作家が亡くなれば、国家が弔旗をかかげてもいいし、国民が全部黙祷してもいいと思います。その一生の成果が国民的哀悼という形で迎えられないというのが慨嘆にたえない」と嘆いた。
僕は彼の小説を読むたびに、“日本語はここまで美しかったのか！”と感嘆させられる。美の追求に人生を捧げた谷崎は、その美意識の結実した墓域を自ら設計している。銀閣寺から少し南下すると、“哲学の道”の東側に法然院がある。境内で「森閑として心が自然静まる」と魅了された彼は、ここを墓所に選んだ。斜面になっている墓地の上段に、「寂」の一文字が彫り込まれた自然石がある。高さ50ｃｍほどの小ぶりで丸みを帯びた石。これが谷崎夫妻の墓だ。隣には「空」と刻まれた石があり、こちらは夫人の妹夫妻の墓になる。「寂」「空」の文字は生前に谷崎が自書したもの。両者の間には、彼が日頃から好んでいた紅枝垂れ桜があるが、これは平安神宮の桜を株分けして植栽したものだ。40年が経ち大きく成長した桜は、春に鮮やかな紅色の花を美に殉じた男に降り積もらせる。
遺骨は東京・巣鴨の慈眼寺の谷崎家の墓にも分骨されている（“安楽寿院功誉文林徳潤居士”と刻まれている）。芥川の墓の斜め前方だ。 ※『刺青』…主人公の刺青師は美女の肌に彫ることが悲願。ある時彼は美女に麻酔剤をかがせ、背中に蜘蛛を彫り込む。すると意識が戻った女性が彼にこう言った--「お前さんは真っ先に私の肥料（こやし）になったんだねえ」。
※佐藤春夫は谷崎のことを「思想なき芸術家」と評した。
※1927年、谷崎と芥川との間で有名な文学論争が起きる。芥川は“小説の在り方”について、6歳年上の谷崎の作品を引き合いに出し「奇抜な筋に囚われすぎる。小説とはそういうものではない。筋の面白さと芸術的価値とは別もので、文学にとって大切なのは、筋ではなく詩心だ」と評した。これに対し谷崎は、「筋の面白さは、言い換えれば物の組み立て方、構造の面白さ、建築的な美しさ。これに芸術的価値がないとは言えない」と反論。この論争に決着が着くことはなかった。半年後に芥川が自殺したからだ。現在、この2人が同じ墓地に眠っていることに運命の不思議を感じる。谷崎の墓が芥川に背を向けているのは偶然だろう。
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| ●『陰翳礼讃』から暗がりで羊かんを食べる感動についての美文をピックアップ！ かつて漱石先生は「草枕」の中で羊羹(ようかん)の色を讃美しておられたことがあったが、そう云えばあの色などはやはり瞑想的ではないか。玉(ぎょく)のように半透明に曇った肌が、奥の方まで日の光りを吸い取って夢みる如きほの明るさを啣(ふく)んでいる感じ、あの色あいの深さ、複雑さは、西洋の菓子には絶対に見られない。クリームなどはあれに比べると何と云う浅はかさ、単純さであろう。だがその羊羹の色あいも、あれを塗り物の菓子器に入れて、肌の色が辛うじて見分けられる暗がりへ沈めると、ひとしお瞑想的になる。人はあの冷たく滑かなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融(と)けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。 |
★清 少納言/Syounagon Sei 康保3年（966年）-万寿2年（1025年） （徳島県、鳴門市、あま塚 59歳）2002＆08
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| 手前左に墓所が見える。路線バスから離れて おり、細い路地の住宅地にあるので、地元に 詳しいタクシー運転手じゃないと厳しいと思う |
「清少庵先祖之墓」と刻まれて いる。2004年に建立された |
この墓には悲しい伝承がある。都落ちした彼女は 地元の漁師から辱めを受け、海へ身を投じたという。 その供養のため「あま塚」が建てられたそうだ… |
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| 噂によると、寺の堂内に清少納言の宝筐印塔があるらしい。見た人っているのかな？ | 鳴門の海。墓から海岸まではすぐ | |
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| こちらは大津市・慈眼堂の清少納言 の供養塔。めっちゃデカい！（2002） |
宮廷の女性はスダレの 外には出られなかった |
結婚後、3日目の朝にようやく 夫は妻の顔を見ることができた |
●清少納言が慕い、24歳で他界した藤原定子（中宮定子）の墓
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| 鳥辺野陵（とりべののみささぎ）に続く石段。 京都東山・泉涌寺の近くにある |
定子（ていし）は第66代一条天皇の皇后。清少納言が仕えた女性だ。こじんまりとした可愛い御陵。御陵の デザインはどれも似ているけれど、なぜか彼女の御陵が一番落ち着いた。不思議な温かみがある |
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平安中期に活躍。随筆「枕草子」の作者。姓は清原、名は不明（「少納言」は親族の役職名）。父・清原元輔（もとすけ）は百人一首に「契りきなかたみに袖をしぼりつつ
末の松山波越さじとは」が採られた『後撰集』の撰者で三十六歌仙の一人。曾祖父・清原深養父（ふかやぶ）も百人一首に「夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいづくに月宿るらむ」が入った『古今集』の歌人。こうした周囲の環境に感化され、彼女は幼い頃から和歌や漢学に親しみ、機転の利く明るい活発な女性に成長した（彼女は元輔58歳の子）。974年（8歳）、父が周防守となり、彼女も4年の間山口に移り住む。981年、15歳で橘則光（のりみつ）と結婚し、翌年に則長を産む。しかし武骨な則光とは性格が合わずに約10年で離婚した。24歳、父が他界。
993年（27歳）、関白・藤原道隆から「宮中で教養係をして欲しい」と依頼が届く。相手は関白の長女で一条天皇の中宮（后）、藤原定子（ていし、17歳）。それまで想像もしなかった夢のような宮廷生活が突然始まった。後宮には30名ほどの高い教養の女房（侍女）がいたが、清少納言の機知に富む歌の贈答に誰もが感心し、和歌や漢詩の豊富な知識もあって、彼女は詩歌を深く愛する定子に人一倍寵遇された。当時、漢文は男が学ぶものであり、漢詩に詳しい女性は男達から「生意気だ」と言われたが、清少納言は子どもの頃から父にみっちり教え込まれており、定子はそんな彼女を貴重な存在に思った。清少納言は漢文の知識で天狗になっている男達をやり込め、名声はどんどん高まった。書家の藤原行成とも親しく交流した。 ※藤原行成は小野道風、藤原佐理と並ぶ和風文字の“三蹟”の一人。ちなみに唐風文字の三筆は空海・嵯峨天皇・橘逸勢だ。 ところが、それから僅か2年後の995年（29歳）に道隆が逝去。内覧（天皇の秘書）に弟の藤原道長（「この世をば我が世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」で有名）が就任すると、後宮の花形だった彼女の運命は暗転し始める。 996年（30歳）、定子の兄が道長の策謀で流刑になり、こともあろうに「清少納言は道長方のスパイ」という酷い噂が流れ、彼女は自ら宮廷を出て家に閉じこもってしまう。定子は母も他界し屋敷が焼失するなど不幸な出来事が続いていたが、これまでは陽気で勝気な清少納言が側にいるだけで気持ちが弾んだし、彼女が努めて明るく振舞い皆の心を元気にする姿に励まされた。それゆえ、早く宮廷に戻って欲しくて、清少納言が以前に“気が滅入った時は上等な紙や敷物を見ると気が晴れる”と言っていたので、20枚の紙（当時はとても貴重だった）と敷物を贈った。清少納言はこの時の喜びを「神（紙）のおかげで千年生きる鶴になってしまいそう」と記した。 彼女は以前にも定子が兄から貰った紙を贈られており、授かった紙に宮廷生活の様子を生き生きと描き込み、詩情豊かに自然や四季を綴ったものが随筆『枕草子』となった。
※『枕草子』…約320段の章で構成。『源氏物語』を貫く精神が“もののあはれ”（情感）の「静」とすれば、『枕草子』には“をかし”（興味深い）という「動」の好奇心が満ちている。作中には実に400回以上も“をかし”が登場する。この気持ちこそが、鋭い感受性で鮮烈に平安朝を描き出した清少納言の原動力だ。“枕”の由来は複数あり、「備忘録」「枕詞の集まり」のほか、唐の詩人・白居易（はくきょい）の漢詩集『白氏文書』（はくしもんじゅう）に登場する「白頭（はくとう）の老監（ろうかん）書を枕にして眠る」とする説もある。“草子”とは閉じた本のこと。
定子の気持ちに応える形で彼女は宮廷に戻ったが、再び波乱が起きた。1000年に道長が娘の彰子（しょうし）を強引に中宮とし、天皇が2人の妻を持つ事態になった（一帝ニ后は初のケース）。そして同年12月、定子は出産で衰弱して、24歳の若さで他界する。清少納言は自分より10歳も年下なのに聡明で歌の知識も豊富な定子のことを心底から敬慕していたので、この悲劇に打ちのめされた。そして、哀しみを胸に宮廷を去り、山里で隠遁生活を送るようになる（34歳）。 その後、摂津守・藤原棟世と再婚し娘をもうけた。1001年、清少納言が書いた『枕草子』の初稿は、非公開のつもりだった彼女の意に反して、家を訪れた左中将・源経房が「これは面白い！」と持ち出し世間に広めてしまう。驚くほど好評だったので、彼女はその博識を総動員して『枕草子』に10年近く加筆を続ける。やがて宮仕えをした7年間に興味を持った全てのものを刻み終え、1010年（44歳）ごろ最終的に脱稿した。晩年は尼となり京都東山の月の輪に住む。 墓は滋賀坂本のほか、徳島・鳴門市の里浦町にも供養塔（尼塚）がある。 ※「なにもなにも ちひさきものは みなうつくし」 【枕草子～特選16段】 ※（注）格段数は出版社、編纂者によって微妙に異なるようです。これは角川文庫の段数です。
・第1段 春はあけぼの…春は曙が最高！徐々に白んで、山際の空がほんのり明るくなって、紫に染まった雲が細くたなびいているのはたまらない。夏は夜がいい。月夜はもちろんのこと、闇夜でもたくさんの蛍が舞う様子が美しい。また、ほんの一、二匹が、ほのかに光って飛んで行くのも、何とも趣がある。夏の雨の夜も風情がある。秋は夕暮れに限る。夕日が赤くさして今にも山に沈もうとする時に、カラスがねぐらへ向かって、三羽、四羽、二羽と飛び急ぐ様子さえ、しみじみと心に染む。まして雁などが連なって、遠い空に小さく見えるのはとても感じ入ってしまう。とっぷり日が落ちて、風の音、虫の音などが聞こえるのは、言葉にならないほど素晴らしい。冬は早朝ですね。雪が降り積もる景色は言うまでもなく、霜で真っ白なのも、空気のはりつめた寒い朝に、火を急いでおこして、炭火を持ち運ぶのも、冬の朝ならではのもの。ただし、昼になって寒さが次第に緩み、火鉢の炭が白い灰ばかりなのは、見た目がイマイチかなぁ。 ・第2段 小五月-高貴な方も無礼講…1月15日は身分の上下を問わず、女性同士が薪（たきぎ）でお尻を叩く風習がある（安産の祈り）。宮中では侍女たちが薪を隠し持ち、相手の隙を狙う者、常に背後を警戒している者、なぜか男を叩いている者、叩かれて“してやられた”と言う者もいれば、呪いの言葉で悪態をつく者もいて楽しい。 ・第21段 宮仕え礼賛…この時代、高貴な女性は顔を見せてはいけなかった。成人すると親子でも扇で隠していたほど。結婚3日目の朝にやっと夫は妻の顔を見ることが許される（だから平安貴族は歌の良し悪しで恋の運命が決まった）。ところが宮仕えをする者は色んな人に顔を見られているので「すれっからし」と言う男がいる。そんな男は本当に憎たらしい。 ・第25段 憎きもの…局（つぼね、私室）にこっそり忍んで来る恋人を見つけて吠える犬。皆が寝静まるまで隠した男がイビキをかいていること。また、大袈裟な長い烏帽子（えぼし）で忍び込み、慌てているので何かに突き当たりゴトッと音を立てること。簾（すだれ）をくぐるときに不注意で頭が当たって音を立てるのも、無神経さが憎らしい。戸を開ける時も少し持ち上げれば音などしないのに。ヘタをすれば軽い障子でさえガタガタ鳴らす男もいて、話にならない。※局で音を立てるのは憎しみの対象になるほど最低の無作法らしい。 ・第26段 胸がときめくもの…髪を洗い、お化粧をして、お香をよくたき込んで染み込ませた着物を着たときは、別に見てくれる人がいなくても、心の中は晴れやかな気持ちがして素敵だ。男を待っている夜は、雨音や風で戸が音を立てる度に、ハッと心がときめく。 ・第27段 過ぎ去りし昔が恋しいもの…もらった時に心に沁みた手紙を、雨の日などで何もすることがない日に探し出した時。 ・第60段 暁に帰らむ人は…明け方に女の所から帰ろうとする男は、別れ方こそ風流であるべきだ。甘い恋の話をしながら、名残惜しさを振り切るようにそっと出て行くのを女が見送る。これが美学。ところが、何かを思い出したように飛び起きてバタバタと袴をはき、腰紐をごそごそ締め、昨晩枕元に置いたはずの扇を「どこだどこだ」と手探りで叩き回り、「じゃあ帰るよ」とだけ言うような男もいる。最低。 ・第93段 呆然とするもの…お気に入りのかんざしをこすって磨くうちに、物にぶつかって折ってしまった時の気持ち。横転した牛車を見た時。あんなに大きなものがひっくり返るなんて夢を見てるのかと思った。 ・第95段 ホトトギスの声を求めて…お供の者たちと卯の花を牛車のあちこちに挿して大笑い。「ここが足りない」「まだ挿せる」と挿す場所がないほどなので、牛にひかせた姿は、まるで垣根がそのまま動いているようだ。誰かに見せたくなり、ホトトギスの声を聞くフリをして町をひかせると、こういう面白い時に限って誰ともすれ違わない。御所の側まで来てついに知人に見てもらった。すると相手が大笑いしながら「正気の人が乗っているとは思えませんよ！ちょっと降りて見て御覧なさい」。知人のお供も「歌でも詠みましょう」と楽しそう。満足した。 ・第95段 父の名は重い…父の元輔が有名な歌人なので、歌会になる度に「あなたも何か詠め」と言われるのが嫌だ。これ以上詠めと言われたら、もうお仕えはできない。常に人より良いものを詠まねばならない重圧。 ※彼女は歌人の家系であり、自身も百人一首に「夜をこめて鳥の空音ははかるとも 世に逢坂の関はゆるさじ」（まだ夜明け前なのに鶏の鳴きマネで門を開けさそうという魂胆ですが、この逢坂の関はそう簡単には行きませんことよ）が採用されている。家集「清少納言集」（42首）もある。しかし、彼女は歌才がないことを痛感していたようで、宮仕えの際に“詠め”と言われて「父の名を辱める訳にはいかないので詠めません」と断っている。 ・第123段 はしたなきもの…きまりの悪いもの。他人が呼ばれているのに、自分と思って出てしまった時。贈り物を持ってる時はなおさら。何となく噂話のなかで誰かの悪口を言った時に、幼い子どもがそれを聞いて、当人の前で言い始めた時。悲しい話をされて本当に気の毒に思ってこちらも泣こうとしているのに、いくら泣き顔を作っても一滴も流れないのは決まりが悪い。 ・第135段 退屈を紛らわすもの…碁、すごろく、物語。3、4歳の子どもが可愛らしく喋ったり、大人に必死で物語を話そうとして、途中で「間違えちゃった」と言うもの。 ・第146段（151段？うつくしきもの） かわいらしいもの…瓜にかいた幼子の顔。雀の子に「チュッ、チュッ」と言うとこちらに跳ねてくる様子。おかっぱ頭の小さな子が、目に髪がかぶさるので、ちょっと首をかしげて物を見るしぐさは本当に可愛い。公卿の子が奇麗な衣装を着せられて歩く姿。赤ちゃんを抱っこしてあやしているうちに、抱きついて寝てしまった時。人形遊びの道具。とてもちっちゃな蓮の浮葉。小さいものは何でも皆かわいらしい。少年が子どもらしい高い声で懸命に漢書を読んでいる様子。鶏のヒナがピヨピヨとやかましく鳴いて、人の後先に立ってちょこちょこ歩き回るのも、親が一緒になって走るのも、皆かわいらしい。カルガモの卵、瑠璃の壺。 ・第147段 人前で図に乗るもの…親が甘え癖をつけてしまった子。隣の局の子は4、5歳の悪戯盛りで、物を散らかしては壊す。親子で遊びに来て、「あれ見ていい？ね、ね、お母さん」。大人が話しに夢中だと、部屋の物を勝手に出してくる。親も親でそれを取り上げようともせず、「そんなことしちゃだめよ、こわさないでね」とニッコリ笑っているので実に憎たらしい。 ・第209段 牛車…五月ごろ、牛車で山里に出かけるのはとても楽しい。草葉も田の水も一面が青々としている。表面は草原でも、草の下には透明な水が溜まっていて、従者が歩く度に奇麗なしぶきがあがる。道の左右の木の枝が、車の隙間から入った瞬間に折ろうとすると、スッと通り過ぎて手元から抜けてしまうのが悔しい。牛車の車輪で押し潰されたヨモギの香りが、車輪が回るにつれて近くに漂うのは、とても素敵だった。 ・第218段 水晶のかけら散る…『月のいとあかきに、川をわたれば、牛のあゆむままに、水晶などのわれたるやうに水のちりたるこそをかしけれ』“月がこうこうと明るい夜、牛車で川を渡ると、牛の歩みと共に水晶が砕けたように水しぶきが散るのは、本当に心が奪われてしまう”。 『枕草子』を読む度に“これが千年前に書かれたとは思えない”と感嘆する。心の動きが現代の僕らと何も変わらないからだ。描かれたのは、冗談を言い合い、四季の景色を愛で、恋話に花を咲かせる女たち。そこには敬愛していた定子を襲った悲劇（父母の死、兄の流刑、家の焼失、そして24歳の死）は一言も書かれていない。作品中の定子は、常に明るい光の中で笑っており、『枕草子』そのものが彼女への鎮魂歌となっている。清少納言が宮仕えをした人生の7年間は、筆を通して永遠になった--彼女が出会った愛する人々の命と共に。
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★有島 武郎/Takeo Arishima 1878.3.4-1923.6.9 （東京都、府中市、多磨霊園 45歳）1991＆02＆05＆10
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| 優しさゆえに砕け散る |
心中相手の波多野秋子 （事件を報じる新聞から） |
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| 1991 冬 （この正面の墓ではなく…） |
2002 夏 （…画面左の納骨堂が武郎の墓らしい。ガーン！） |
2005 秋 3度目の正直で武郎本人に謁見…と思ったら |
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| 納骨堂の前に、後ろ向きに建っていた こちらが武郎のお墓だった！（2002） |
墓のレリーフは武郎と、武郎の死の７年前に 肺結核で先に逝った安子夫人（2010） |
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| 夕陽に赤く照らされた有島家の墓 | こちらは鎌倉の里見弴（弟）の墓（2005） |
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東京生まれ。父は旧薩摩藩士の高級官僚で非常に裕福な家庭に育つ。学習院予備科に入った10歳の有島は、成績優秀で上品、温厚な性格だった為に、皇太子（大正天皇）の学友に選ばれるような少年だった。18歳の時、近代化が遅れている農業に注目し、自ら“農業改革のさきがけ”となるべく札幌農学校へ入学した。この学校で内村鑑三の影響を受けて熱心なクリスチャンとなるが、卒業後に米国留学した際、多くの国民がキリスト教徒であるにもかかわらず、彼を“ジャップ”と人種差別した。そして傲慢な文明中心主義に精神の堕落を見てとり、キリスト者になることを断念する。新たに無政府主義を論じるクロポトキンの思想と出会い、ロンドンまでクロポトキンに会いに行き、大いにアナーキズムの影響を受けた。29歳で帰国した後は札幌農学校の教師となった。
1910年（32歳）に武者小路実篤、志賀直哉らと「白樺」を創刊、作家として出発する。同年「かんかん虫」を、翌年に国木田独歩の元妻（独歩を捨てた）をモデルにした『或る女のグリンプス』を発表。1916年（38歳）、妻・安子が三児を遺して結核のため28歳で死去、厳格だった父も同年に没した。孤独になった有島は、本格的リアリズム作家として文学に打ち込み、翌1917年（39歳）に『カインの末裔』、次の年に『生れ出づる悩み』を続けて発表し、文壇に名声を築いた。1919年（41歳）、「或る女のグリンプス」を加筆し、長編『或る女』を完成。翌年（42歳）、構想から５年をかけて自己存在について思索した有島文学の頂点『惜しみなく愛は奪ふ』を発表し、人道主義を高く掲げた。 当時の日本はロシア革命の余波で労働者による階級闘争が熱を帯び、有島は民衆の運動に共鳴すると共に、自身が親の莫大な財産に依存する人生を送っていることに罪悪感を持ち苦悶する。階級対立の激化につれ、自分が否定されるべき階級にあることを自覚し、私有財産の否定に考えが至る。1922年（44歳）、『宣言一つ』を発表して、北海道狩太村に所有する広大な有島農場を解放し、無償で80戸の小作人たちに譲渡した。この決断は全国の地主階級を震え上がらせ、有島の代理執行人の元へ毎日の様に“裏切り”を非難する脅迫状が届いたという。 だが、有島のこうした人道主義・理想主義の実践も、ブルジョワ階級の知識人という彼の苦悩を解決できず、やがて創作にも行き詰まりをきたす。 農地解放をめぐる騒動から２ヵ月後、有島はアンナ・パブロア舞踏団の『瀕死の白鳥』の公演会場で、席が近かった「婦人公論」の記者、波多野秋子（31歳）と知り合いになる。美貌と才気に溢れた彼女は、すぐさま有島に想いをたっぷり込めた手紙を送り、二人は逢瀬を重ねるようになった。 有島より13歳年下の秋子は人妻であり、不倫は「姦通罪」の処罰対象であったが、18歳で結婚した秋子にとって有島は大人になって初めて愛を見出した男性であり、想いを抑えることは出来なかった。 ※秋子を知る山田耕筰は語る「妖婦的な感じのするあの黒い大きな眼で見据えられると、大抵の男はすくんでしまう」 翌1923年６月７日。妻の浮気を知った秋子の夫は、「監獄行きか、慰謝料を払うか」と有島を呼びつけて脅迫する。有島は「生命がけで愛している女を金に換算する屈辱など受け入れられぬ」と拒否。夫は警察に訴えず、執拗に金の支払いを強要した。この一件を知った有島の親友・足助素一は“心中するのではないか”と心配になり、翌朝有島を訪ねて「子供達を考えてやれ、老いた母を考えてやれ」と死を思い止まらせるよう説得。有島はこう答えた「情死者の心理を分かってくれ。愛が満ちた時に死ぬという境地を。死を享楽するという境地を。僕ら２人は、次第にこの心境に進みつつあるんだ」「これが僕の一生の頼みだ。決して邪魔をして呉れるな…」。有島の覚悟は出来ていた。 午後になり、有島は母親に挨拶をして、行き先も告げずに家を出る。同日夕刻、秋子と示し合わせて新橋駅から別荘のある信州へ向けて金沢行きの急行に乗車、夜遅くに大雨の軽井沢駅に降り立つ。有島は既に列車の中で兄弟に宛てた遺書を書き終えていた「私達は最も自由に歓喜して死を迎えるのです、軽井沢に列車が到着せんとする今も私達は笑いながら楽しく語り合っています、どうかしばらく私達を世の習慣から引き離して考えて下さい/ただ母上と三児の身の上を思うと涙ぐみます」。 秋子もまた遺書を書く「私という赤ん坊は年頃になって恋を知りました。真剣な恋を致しましたその相手が武郎だったのです。結婚生活はあまり考えず、愛すれば愛する程死の誘惑が強くなっていきました」。 秋子の夫に責められた次の日に列車に乗り、未明にはもう愛宕山の別荘・浄月庵の応接間で２人は首を吊っていた。あまりに早い死への道行き。亡骸が別荘の管理人に発見されたのは1ヶ月後の７月７日。梅雨時で２人の身体は身元が分からぬほど腐乱し、遺書の存在でようやく有島だと分かったという。有島45歳、秋子32歳。事件発覚後、新聞には「情死」という文字が何日も踊った。 ※数々の傑作邦画に出演した名優・森雅之（本名有島行光）は長男。墓は鎌倉の材木座霊園のＣ3地区とのこと。同墓地には武郎の実弟で洋画家の有島生馬も眠る。 ※作家の里見弴も武郎の実弟。弴の墓は鎌倉霊園の４区４側。
●墓巡礼記 「一度とにかく顔を合わせて、ある程度まで心を触れ合った同志が、一旦別れたが最後、同じこの地球の上に呼吸しながら、未来永劫またとめぐり会わない…それは何という不思議な、淋しい、恐ろしい事だ。人とは云うまい、犬とでも、花とでも、塵とでもだ」（『生れ出づる悩み』）。人間だけではなく“犬とでも、花とでも、塵とでも”という部分に、有島の森羅万象への慈しみと、深い優しさ、そして心からの孤独な叫びを感じる。有島家の墓は多磨霊園のほぼ中央。墓域に入って左手に有島と安子夫人の墓があり、２人の墓にはブロンズの肖像画がはめ込まれている。この墓と向き合う形で“有嶋行直家累世之墓”という納骨堂があり、武郎の斜め向かいに両親の有島武・幸子の墓が建つ。初めて巡礼した際、“有島武”という文字を見て武郎の墓と早合点し、そちらにだけ線香を上げて肝心の武郎の墓に気付かずに帰るという失敗をやってしまった。 |
★大岡 昇平/Syouhei Ooka 1909.3.6-1988.12.25 （東京都、府中市、多磨霊園 79歳）1999＆2005
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東京生まれ。学生時代に小林秀雄、中原中也と知りあう。彼は小林からフランス語をまなび、京大仏文学科を卒業後、25歳の時に大岡が“生涯の事件”というスタンダール『パルムの僧院』と出会う。“ガンとやられ”た彼はスタンダールの研究者を志す。1944年（35歳）、召集されフィリピン・ミンドロ島にへ出征、米軍上陸を受けて山中に非難するうちにマラリアに冒される。翌年1月に米軍の捕虜となり、大激戦区レイテ島の収容所に送られそこで敗戦を迎え、12月に復員した。1948年（39歳）、小林の薦めで自身の捕虜体験を冷静かつ詳細に描いた『俘虜記』を発表し、文壇に登場。41歳、復員青年と人妻の恋愛を戦後社会と絡めて表した『武蔵野夫人』、1952年（43歳）、南方戦線の人肉食を題材に戦場の極限状況を記した『野火』で小説家としての名声を得た。その後大岡は評伝、評論活動にも力を注ぐが、「七五ミリ野砲の砲声と三八銃の響きを再現」することだけが死んだ兵士たちの鎮魂になる」として、1967年から3年がかりで戦時の膨大な資料を調べ上げ、1971年（63歳）、歴史の中の個人の倫理を問う長編記録小説『レイテ戦記』を完成させる。同年、芸術院会員に選ばれたが、「過去に俘虜になった経験があり、国家的名誉を受ける気になれない」と辞退。昭和63年（79歳）、年の暮れに突然の脳梗塞で意識不明になった大岡は、12月25日にこの世を去る。それから2週間も経たずに昭和が終わった。
「なぜ誰も“あのこと”を書かないのか？だったらこの俺が書く！」この痛哭の叫びこそ、彼がペンを走らせる原動力だった。この元皇軍兵士はスタンダールの研究家という文人であったからこそ、自らの極限体験を克明に文章化する力があった。「私はこれまで反省なく、草や木や動物を食べていたが、それらは実は、死んだ人間よりも、食べてはいけなかったのである。生きているからである」（『野火』）35歳で召集された大岡は、兵士たちが人肉を喰いあったという地獄の南方戦線の生き残りだ。戦場で敗戦が確定した後、大岡はもう米兵を見ても撃たなかったと告白している。目の前の若い敵兵を撃ち殺しても敗戦は変わらぬという理由からだった。『野火』の最後に復員した主人公は精神病棟の中で独白する「現代の戦争を操る少数の紳士諸君は、それが利益なのだから別として、再び彼らに騙されたいらしい人たちを私は理解できない」。 「死者の証言は多面的である。レイテ島の土はその声を聞こうとする者には聞える声で、語り続けているのである」（『レイテ戦記』エピローグ）
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★上田 秋成/Akinari Ueda 享保19年6月25日（1734年7月25日）-文化6年6月27日（1809年8月8日）
（京都府、左京区、西福寺 75歳）1999
| 墓に彫られた文字は『上田無腸翁之墓』。最初、「腸」の文字が判別できなくて頭をひねっていたら、住職さんが「それは腸です」と教えてくれた。無腸と知ってますます意味が分からなくなった。「無腸とは蟹ですよ、蟹は腸がないでしょう」と続けて住職さん。秋成は「人皆縦に行けば、余独り横に行くこと、蟹の如し」と号を無腸と称したんだって。よく見れば、台座まで蟹型になっていた（写真では分かりにくいけど）。墓石を見つめていると“ワシの人生はずっと横歩きじゃった”と翁の言葉が聞こえてきそう。秋成はシャレたユーモア・センスを持っているなぁ。 |
| 江戸中期の小説家・歌人・国学者。本名東作。号は無腸公子。大阪曽根崎に生まれる。父親はよく分かっておらず遊女の子と言われている。1737年、3歳の時に大阪堂島の紙油商・上田茂助へ養子に出される。翌年、天然痘を病み快癒するも手の指が不自由になる。秋成は「両親に捨てられた私生児、不具者であることの劣等感を持っていた」と後年語っており、こうした現実世界でのコンプレックスが、伝奇や霊的なものに興味を持つきっかけとなった。 長じて商家の若旦那となった秋成は、紙油商が繁盛したこともあり、病弱ゆえの保養を口実に各地の花柳町に通い、一時放蕩の日々を送る。素行を心配した養父は秋成を塾に通わせた。そこで彼は学問の面白さに開眼！漁焉（ぎょえん）の号で俳諧に没頭した。26歳で結婚。翌年養父が没し店を継ぐ。商売と平行して一層文芸に熱を上げ、1766年（32歳）、「和訳太郎」の筆名で『諸道聴（きき）耳世間猿』、翌年『世間妾（てかけ）形気』という2作の浮世草子を書く。 本格的に和歌、国学を学び始め、1768年、34歳の時に日本怪談小説の最高傑作『雨月物語』の草稿を書きあげる（刊行は8年後）。37歳の時に大阪の大火で店が全焼。翌年から医者に転職する為に医術を学ぶ。「家は火に亡び、宝は人に奪われ、三十八といふ歳より泊然としてありか定めず」（秋成）。1775年（41歳）、医学を4年間修めた後に尼崎で開業、繁盛する。45歳、源氏物語の評論を書く。51歳、柿本人麻呂の伝記考証『歌聖伝』を記す。52歳、4歳年上の本居宣長との間に古語の音韻やアマテラス神をめぐり論争勃発（これは2年続く）。 1787年（53歳）、郊外の淡路庄村に隠棲し風刺小説『癇癖談（くせものがたり）』を著作。54歳、医業を廃し学問に専念する。この年、左眼失明。 1793年（59歳）、「今は旅に飢えて死なんとしも思いさだめて、まず都を心ざし給へり」と京都に上り、与謝蕪村ら文人と交流しながら、伊勢物語、万葉集などの国学研究や和歌・和文の創作に精力を注ぐ。秋成は定住を嫌うのか、知恩院前、南禅寺山内、四条、丸太町他と、毎年の様に転居を繰り返す。63歳、妻が先立ち、以後孤独の中で煎茶を友として質素な生活を送る。64歳、一時期全盲となるが名医と出合い左目が回復。 1807年（73歳）、老いた秋成の胸中に何が去来したのか、南禅寺山内の庵の古井戸にこれまでの著書を全て投げ捨ててしまう。1808年（74歳）、晩年の心情を吐露した随筆『胆大小心録』を書き、江戸期の時代小説の頂点とされる『春雨物語』を発表した。1809年、貧困のどん底で逝去。享年75歳。西福寺に葬られる。 『雨月物語』。裏切りが常の様な戦国の世で、人間への不信感を抱いていたある出雲の侍が、旅先で心の友と呼べる真に誠実な人間と出会う。再会の日を決めて別れた後、故郷に戻った侍は敵将に捕らわれ、約束の日を牢中で迎えてしまう。侍は「人は一日に千里行くことはできないが魂ならば千里を走ることができる」と、親友との誓いを守る為に自害し、一夜だけ霊となって友を訪ねた--この“菊花のちぎり”を含む全9話で構成された怪異小説が『雨月物語』だ。漢語と和語を巧みに織り交ぜた流麗な文体で描き出された怪奇世界は、単なる幽霊や妖怪の怪談話ではなく、異形の者となってまでも癒すことの出来ぬ心の傷を、どんな形で背負うことになったのか、その哀しみの物語。愛、嫉妬、功名欲、復讐心、様々な業を背負った登場人物を通して、人間のひとつの極限が刻まれている。素晴らしい。恐怖心を与えるだけの幽霊ではなく、憐れさを感じさせる幽霊の描写は、後世の曲亭馬琴や山東京伝にも大きな影響を与えた。 墓は別に大阪淀川区の香具波志神社墓地（神社北側）の片隅にもあり、こちらも200年前の自然石で良い墓だ。 |
★三島 由紀夫/Yukio Mishima 1925.1.14-1970.11.25 （東京都、府中市、多磨霊園 45歳）1991＆2002&10
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| 学生時代の三島 | 己の信じる“美”を追究していった | 割腹という衝撃的な死 |
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| 1991年春 「平岡家之墓」と彫られている | 2002年夏 | 広大な敷地の墓に眠っていた |
| 初巡礼の際、本名の平岡公威（きみたけ）で眠っていたため、何度も墓前を素通り（汗）。たどり着くまで時間がかかった |
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| 2005年秋 陽射しのせいか、とても穏やかな表情の彼の墓 | 墓誌は植木で死角になってて外から見えない |
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| 2010 | 白い花が供えられ凜とした表情 |
| 魔術師の如く言葉を自在に駆使し、知的で明晰な文体で若い読者を痺れさせ、生み出す作品は常に新しかった。10代から世間に評価され、20代で流行作家としての栄光をつかみ、31歳で傑作長編『金閣寺』を世に送った彼は、激しい上昇志向からナルシズムに陥り、いつも世間から称賛を浴びていなければ不安を感じる人間になってしまった。若くしての成功が傲慢を呼んだのか、文壇で行動を共にしたかつての盟友たちは、三島を「俗物」と批判し、年を経るごとに彼のもとを去っていった。やがて訪れる孤独。読者は過剰に装飾的な文体に食傷気味になり、新作が20万部は売れていたのが、2，3万部しか売れなくなる。三島は外面から自信を取り戻すべく肉体改造に没頭し、「わが肉体は美の神殿」としてヌード写真集を出版、「人間は肉体が美しいうちに自殺しなければならない」とうそぶく。だが肉体は必ず老いる。自己中心主義の反省から、「私」を滅する対象として天皇を選び、45歳になった彼は自らの『滅びの美学』を完成させるべく、腹を真一文字に切ったのであった。 ※パーティで一緒に踊った美輪明宏に「あら、三島さんのスーツってパットだらけなのね」とからかわれたことが、ボディビルにハマるきっかけになったらしい。 ※市ヶ谷・自衛隊駐屯地での最期の演説全文。そしてYouTube動画（57秒）。身長163cmに見えない。介錯の傷は首に３箇所、右肩に１箇所あった。（詳細外部リンク） |
★小林 秀雄/Hideo Kobayashi 1902.4.11-1983.3.1 （神奈川県、鎌倉市、東慶寺 80歳）1999＆09 文芸評論家
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| 1999 墓は何もかもが苔むしていた。 五輪塔は骨董屋で手に入れて自宅 の庭にあった鎌倉期のもの。渋い！ |
2009 10年ぶりに再巡礼。花入れと墓石が 離れているとか、微妙に雰囲気が変わって いた。手前には『小林家』と書かれた石柱 |
墓の全景はこんな雰囲気。静寂が保たれており、 ゆっくりと眠ることが出来そう。東慶寺、最高ッス！ ※卒塔婆の施主は白洲明子さん（次郎・正子の娘） |
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| よく見ると石仏が彫られていた |
| 小林は22歳の時にフランスの詩人ランボーの作品集と出合って文学に目覚めた。中原中也とも親しく交流し、多岐にわたって文芸批評を展開。豊富な語彙を巧みに操り、批評を芸術の域にまで高めた。 僕は学生時代に、彼が『ゴッホの手紙』の序文に書いた「書けない感動などというものは、みんな嘘である。ただ逆上したにすぎない」という言葉を読み、その後の人生が変わるほどの衝撃を受けた。それまで言葉に出来ない感動を芸術家が音楽や絵画で表現すると思っていたので、すべての感動は言葉に出来ると断言した小林に驚倒した。実際、彼は見事に芸術作品を日本語へ“翻訳”して見せた！「モーツァルトの音楽は、あたかも天国の記憶のようだ」「ゴッホの絵を見ると、こちらが絵を見るのではなく、向こうがこちらを見つめている気がする」「中原は詩人というよりむしろ告白者だった」。芸術作品を見ても流れなかった涙が、小林の批評を読んで溢れ出す、そんなことも多々あった！以来、僕は小林を師として崇めている。「老醜（ろうしゅう）という言葉は様々な生物にいえるが、大木には当てはまらぬ。大木は老いていよいよ美しい」。 ※東慶寺は1903年まで尼寺だった。 |
★川端 康成/Yasunari Kawabata 1899.6.11-1972.4.16 （神奈川県、鎌倉市、鎌倉霊園 72歳）1999＆2005＆10
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| あまりに墓地が広大すぎて先が霞んでいる鎌倉霊園。お墓は 2つの山の谷あいから始まり、両山の頂上付近まで迫っている |
白い点々に近づくとホントに全部お墓だ！ |
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| 川端はこの大階段の一番上に眠ってる | 階段は空しか見えない！ | ひと山がまるまる墓地だなんてビックリだ！ |
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| 1999 | 2005 | 2010 |
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| 五輪塔の背後の墓に文字を刻んだのは東山魁夷！ | やがて付近は夕闇に包まれていく。隣（奥）の墓は堀口大学だ | 五輪塔は前後左右に梵字が彫られている | |
| 子どもの頃に両親を失い15歳で孤児となる。大学卒業後、25歳で横光利一らと雑誌『文芸時代』を創刊。戦前の『伊豆の踊り子』、戦後の『雪国』『山の音』などで文壇に名声を確立した。1968年（69歳）、日本人初のノーベル文学賞に輝くがその4年後にガス自殺で命を絶つ。 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった」（『雪国』）この一文だけで一気にイマジネーションが広がる。川端康成は美しい日本語を組み立てて、清楚で格調ある作品世界を築き上げた。彼が眠るのは鎌倉駅から約3ｋｍの鎌倉霊園。駅前のレンタサイクルを借りさっそうと向かった。ところが地図では分からなかったが、いざ走り出すと道のりはずっと山路で、しかも狭い道をダンプカーが次々と排ガスを浴びせかけてきた。おまけに夕立にあたってズブ濡れ。雨が上がるとお盆の灼熱の太陽。極限状態で霊園に着き、僕は絶句した。川端の墓は丘の上にあり、そこまで階段が360段もあったのだ！同行した親友が背後で呟いた「ハァ、ハァ、…階段を上るとまた階段だった。頭の中が白くなった。」 |
★安部 公房/Koubo Abe 1924.3.7-1993.1.22 （東京都、八王子市、上川霊園 68歳）2005&10
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| 世界の「コーボー・アベ」は最初はこんなに墓だった。古い木の柱に墨で 「安部家之墓」と書かれているだけ。しかも1ｍの高さしかない。し…渋い（2005） |
上から見ると墓石（っていうか 墓木）の中に雪が積もっていた |
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| ５年後に再訪すると小さな石に（2010） | 膝くらいの高さの自然岩 |
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| 小花とツーショット | こちらも可愛いお花 | 無記名だったけど確かに140番 |
本名は公房（きみふさ）と読む。上川霊園は広いうえに勾配がある。霊園事務所にある著名人の墓マップ（無料）に安倍氏が載っているので、それを見ながら墓参しよう。
「作品について読者から“どういう意味があるんろう”と聞かれるんだけど、前衛だから深い意味があるとか考えずに、単純に笑って欲しいんだけどねぇ」（安部公房）
★武者小路 実篤/Saneatu Musyanokouji 1885.5.12-1976.4.9 （東京都、八王子市、中央霊園 90歳）2000
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| 墓石の近くに小説『愛と死』から抜粋された文学碑があった。 |
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| 岸田劉生による29歳の実篤 | 「向日葵」83歳と描かれている |
| 小説家・劇作家・画家・思想家。東京都出身。子爵（公家華族）の家柄に生れた。18歳頃、トルストイの作品に親しみ、“悔い改めた貴族”という立場に影響を受ける。1910年（25歳）、学習院で同級生だった志賀直哉（2人は17歳からの付き合い。学生旅行もした）らと雑誌「白樺」を創刊し、“雑感”という感想評論を通して同誌の旗手となった。26歳、自伝的小説「お目出たき人」を発表。分かりやすく簡潔な文体で理想主義と個性重視の立場を貫き、芥川は「文壇の天窓を開け放った」と称賛、明るい開放感を読者に与える新しい文学の登場を文壇も祝福した。白樺派の活動は文学に止まらず、ゴッホ、セザンヌ、ムンクなどの複製画展示会を主催して、西洋美術の啓蒙にも努めた。1918年（33歳）、博愛主義を基本に置いた共生社会実現の第一歩として、18人の同志と宮崎県児湯(こゆ)郡木城村に「新しき村」を創設。翌年その地で代表作『幸福者』『友情』などを書き上げる。40歳を過ぎた頃から絵画に関心を深め、自身も絵筆を握るようになる。65歳、『真理先生』を発表。66歳、文化勲章受賞。晩年は作家よりも画人としての活動が多かった。90歳まで長生した。 「宝石だって宝石になるまでは、いくらでもこすられ、もまれることが必要です。初めっから無傷なものはありません」（幸福者）「この道より我を生かす道なし、この道を歩く」（この道より） 実篤の作品は僕にとって青春文学そのものだ。世の中の矛盾、大人社会の醜さに怒りと失望を覚えていた10代後半、実篤が見せてくれた明るく輝く理想主義・人道主義がどんなに眩しく見えただろう！作品を楽観的すぎると批判する人もいるが、万人との調和をうたって何がいけない！？僕には彼の言葉の多くが人生の支えになった。2000年の夏、僕は作品と出合ってから約15年目にして、やっと直接お礼を言うことが出来た。 「皆身から出たさびだ。さびを出すのがいやだったら自分を純金にするか、絶えず自分を磨いていなければいけない。自分では何もせずにさびが出るのに不平を起こすのは己を知らないものだ」（幸福者） （おすすめ作品）中編小説『友情』は、何を隠そう高2の夏に親友から勧められて、僕が生まれて初めて読んだ純文学だ。“惚れる”ことを文章で表すとこうなるのかと、そのリアルな感情表現に、固唾を飲んでページをめくった。恋愛とは何なのか？友情とは何だ？様々なことを思い巡らさずにはいられなかった。お薦めッス！ |
★国木田 独歩/Doppo Kunikida 1871年8月30日（明治4年7月15日）-1908年（明治41年）6月23日
（東京都、港区、青山霊園 36歳）1991＆2002＆06＆10
36歳の若さで病没
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| 1991年 | 2002年 少し雰囲気変わった？ | 2006年 | ！ |
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| 独歩の作品世界は超優しい（2010） | 「ヒシッ」 |
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本名哲夫。千葉県出身。明治期に活躍した作家で漱石は4歳年上、一葉は1歳年下になる。19歳の時に英国の思想家カーライルに傾倒し、キリスト教に興味を持って教会に通い始め、20歳の時に洗礼を受ける。吉田松陰に憧れ松下村塾の活動にならい、休日は地域の子どもに英語、数学、作文などを無報酬で教えた。21歳、出版社に就職し、英国の田園詩人ワーズワースの詩集を手に入れ熟読、深く感銘を受ける。24歳、駆け落ち同然で結婚。逗子の農家で新生活を始め作家を志したが、翌年貧困に耐えず妻が去ってしまう。結婚に破れた独歩の傷心を癒したのは、転居先の東京郊外・渋谷村で触れた、武蔵野の広大なススキの草原と、雑木林が点在する美しい風景だった。26歳、処女作『源叔父(げんおじ)』を執筆。1898年（27歳）、自然の風景をみずみずしい描写で捉えた傑作『武蔵野』、言葉すら交わしたことのない相手をいつまでも思う『忘れえぬ人々』を発表。30歳、現実主義者の心の虚無を描く『牛肉と馬鈴薯』を世に送った。以降、社会の底辺を生きる人々の悲惨な生活を、温かい愛情で包み込み、共感をもって描き続け、自然主義作家の先駆者となった。一方、独歩の生活の困窮は続き、35歳の時に出版社（独歩社）を起こすも翌年破産する。
どの文壇（流派）にも属さず我が道を行く独歩の作品はなかなか評価されず、30代半ばになってようやく短編の名手として認められ始めたが、その矢先に肺結核に侵されてしまい、一年後に36歳の若さで夭折した。最期の言葉は、ベッドの中で泣きながら妻に語った「急に何だか悲しくなって…」だった。墓碑には親友だった田山花袋が「独歩国木田哲夫之墓」と刻んだ。
独歩の作品は長編小説がひとつもなく、全て短編ばかり。それでも文豪として読み継がれるのは、読者が一作一作読み終える度に、その作品と出合ったことで自分の中に眠るヒューマニズムを掘り起こされるからだろう。苛烈な現実社会の中で擦り切れてしまった人間愛が再び脈打つことを、本能が歓喜しているのだ。だから僕らは独歩の作品を受け継いでいく。また、彼の筆が生む自然界の描写はあまりにも美しい。自然散策の至福を描いた『武蔵野』は、部屋で読書をしているのに、林の中の新鮮な空気と共に、両足が落ち葉を踏みしめる感触までが伝わってきた。36歳で亡くなったのが本当に惜しい！
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★井原 西鶴/Saikaku Ihara 1642年（寛永19年）-1693年9月9日（元禄6年8月10日）
（大阪府、中央区、誓願寺 51歳）1994＆2005
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| 西鶴ゆかりの生国魂神社（2014） | 生国魂神社の境内にある井原西鶴像 | ここで当時の新記録となる「1日4千句」を詠んだ |
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| 1994 | 井原西鶴 | 2005 |
| 手前の立札は『墓碑の拓本をとる こと厳禁』。魚拓ならぬ“墓拓”！ こんな立札、世界でココだけ（笑） |
「人は化け物、されど人 ほどかわゆらしきはなし」 |
西鶴の墓には戒名の「仙皓西鶴」が彫られている。 仙皓（せんこう）とは“最高に素晴らしい人”との意 |
| 江戸前期の小説家で、近松、芭蕉と並ぶ元禄三文豪の1人。本名平山藤五。井原は母方の姓。大阪の町人出身。1656年（14歳）頃から俳諧を詠み始め、20歳の頃には早くも句の先生（点者）になっていた。青年西鶴は当時の歌壇に挑戦的で「世間一般に聞く歌は、どれも耳の底にカビ生えて口に苔を生じ、いつ聞くも老いの繰言で益なし」と喝破した。1675年（33歳）、愛する妻が3児を残し24歳の若さで病没。悲しみの中で5日後に彼女の追善として1日に千句を詠み、これをまとめた『俳諧独吟一日千句』を刊行、剃髪する。2年後、生玉（いくたま）本覚寺境内で今度は1日1600句を詠んだ。この記録に対して各地で挑戦者が現れ、奈良や仙台の俳人が3千句を詠んで西鶴を破ると、1680年（38歳）に生玉社南坊で1日4千句という新記録を打ち立て対抗した。そして1684年6月5日（42歳）、なんと住吉大社で一昼夜に2万3500句という前人未到・空前絶後の大記録を樹立した。この時は1分間に16句を詠み書記担当者が悲鳴を上げたという。 俳諧でやるべき事は全てやったと感じた西鶴は、興味の対象を小説に移していく。1682年（40歳）、仮名草子（カナまじりで読みやすい小説）の『好色一代男』を発表する。この内容が凄まじい。主人公の世之介は7歳にして性に目覚め11歳で遊女を身請けするなど、あまりの放蕩ぶりで19歳の時に親から勘当される。これを機に九州から東北まで各地で色道修行に明け暮れ、34歳で父の莫大な遺産を相続した後は、三都の名妓（めいぎ、一番の遊女）たちと豪遊。60歳の時に女性ばかりの伝説の島「女護（にょご）の島」を終焉の地にしようと船を造って「好色丸」と命名、精力剤や各種アイテムを満載して伊豆から南方の海へ出航するというもの。生涯に愛した女性は3742人、男色相手が725人、男女合わせて4467人というブッ飛んだ内容。西鶴は世之介の恋の遍歴を全54章で描いており、これは『源氏物語』全54帖をなぞったパロディーだ。「恋始め」を7歳としたのも光源氏の「文始め」が7歳だったことを茶化し、地方への都落ちも光源氏の須磨行きとダブらせている。 『好色一代男』は大阪だけでなく江戸でもヒットし大ベストセラーになった。人気作となった背景は、「家」の存続が人生の一大事だった封建社会の価値観を完全に無視した主人公の破天荒さだ。世之介は一代限りの人生を、徹底的に人間の本能を肯定して自由奔放に生きることを選んだ。これが現実社会で多くのしがらみの中を生きる庶民のハートを鷲掴みにしたんだ。西鶴の仮名草子は他の作家のものより時代の世相を濃厚に反映していることから「浮世草子」と呼ばれるようになった。 1686年（44歳）、“一代男”のブレイクから4年後、西鶴は読者＆出版社の熱狂に応えて女性版世之介物語ともいえる『好色一代女』を執筆。彼はこれを単なるコミカルな話ではなく、女性にマトモな仕事がなかった封建時代において、1人で生きて行く為に身を売らざるを得なかった主人公が転落していく悲劇を描き、作品世界が一気に深化した。1688年（46歳）、鎌倉期から維新までの封建時代に書かれた唯一の恋愛小説となった『好色五人女』を刊行。八百屋お七など実在した5人の女性を題材に、恋の為に全てを捨てる女の生き様を描いた。この1688年は西鶴の筆がふるいまくった年で、義理という2文字の為に散っていく武士達の姿を描いた『武家義理物語』、金銭の魔力に捉われた町人達の悲喜劇から、正しい“町人道”を説いた立身出世物語『日本永代蔵』という2本の名作を生み出した。後者は財を成すまでの凄まじい執念と、苦労して手に入れた金によって逆に破滅していく人間の弱さを描き、彼の人間観察力の鋭さが光る。 そして死の前年となる1692年（50歳）、西鶴文学の最高傑作といわれる、大晦日に起こった20通りの人間ドラマを描いた『世間胸算用』を刊行！当時の社会は現金売買ではなく、先に品物を渡す「掛け売り」（ツケ払い）が普通で、大晦日がその決算日だった（時代劇でよく“年が越せない”と言うのはこの事）。ここに、何とか支払いを先延ばしにしたい客側と、根性で金を回収しようとする店側の大攻防戦が展開する。西鶴はこの作品で、特定の個人の人生ではなく、借金を切り抜けようともがく下層町人という、一定の層の運命を描くことに挑み、登場人物をすべて無名にした。 払いたくても金がない町人達の、心理的な駆け引きや相手の一歩先を行く策略といった頭脳戦は、やがて読者に人間の「いじらしさ」や「おかしみ」を感じさせていく。切羽つまった庶民の姿を描いていても、西鶴はこれを暗い悲劇とせずに、“人ほど可愛いものはない”と慈愛に満ちた目線で描いている。 彼は長年にわたって人間という生き物が持つ、物欲や色欲を掘り下げていく中で、“業”ともいえる暗黒面を直視しながらも決して絶望することなく、それを陽気に笑い飛ばしている。特に晩年の作品群では、「それでも人は生きていく」「どっこい生きている」といった、ついには美醜善悪を乗り越え最後に到達した達観の境地を、軽妙簡潔に記している。俳諧で磨かれた深い教養に裏打ちされたユーモア、世間の珍談を巧みに混ぜる博学、軽快な文章。 後に続く明治・大正の陰気で青白い顔をした文学者たちとは全く違う、大阪町人の溢れるバイタリティーとたくましさがそこにある。 西鶴は1693年、51歳で他界した。数えで52歳だったことから、辞世は『人間50年の究（きわま）り それさへ 我にあまりたるに ましてや 浮世の月 見過ごしにけり未二年』（人生50年でも自分には充分なのに、さらに2年も浮世を眺めていたよ）と詠んだ。晩年は西鶴ではなく西鵬（さいほう）と名乗ったが、これは時の5代将軍綱吉が娘の鶴姫を溺愛するあまりに、庶民に対し鶴の字の使用禁止した「鶴字法度」によるもの。 誓願寺に墓を建てたのが肉親ではなく2人の門弟だったことから、晩年は寂しい境遇だったのかも知れない。やがて墓は誰も参る者もいなくなり、明治の中頃に無縁墓の一群に混じっているのを発見された（発見者は幸田露伴と言われている）。墓石の側には大きな歌碑が建ち、「鯛は花は見ぬ里もあり今日の月」と刻まれていた。この寺の住職さんの解説によると「豪華な鯛料理や花見とは縁がなくても、静かな里なら今日の月の輝きはいっそう美しい」とのこと。粋だね！同寺では毎年9月に「西鶴忌」が催される。 ※1994年に初めて墓参した時、墓前の立札『墓碑の拓本をとること厳禁』を見て思わず吹き出してしまった。それって過去に魚拓ならぬ“墓拓”をとったヤツがいたってこと！？こんな立札、世界でココだけだろう。しかし2005年に再巡礼した際はもう立札がなくなっていた。あれは何だったのだろう？ ※美人は命を絶つ斧（井原西鶴） ※中央区の谷町筋には「井原西鶴終焉之地」と辞世の歌を刻んだ石碑がある。 ※「女はまあ書けてもカネは書けない。西鶴は本当のカネを書いた」（田山花袋） ※「西鶴を読み終わりて閉じる時は常に茫然」（幸田露伴） |
★志賀 直哉/Naoya Shiga 1883.2.20-1971.10.21 （東京都、港区、青山霊園 88歳）1991＆2002＆06
人間を強く肯定し私小説を究めた
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| 1991年 | 2002年 | 2006年 |
| 小説の神様として崇められた彼だが、花も 線香も皆無…長く人が来た気配がない。 |
ホッ！今回はたくさんの人が来て いた。志賀さん、良かったね！ |
真夏の酷暑の中を巡礼。 木漏れ日が墓に差している |
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宮城県生まれ。17歳の時に友人を通して内村鑑三（当時39歳）と出会い、以後7年間人道主義に基づいた教えを学ぶ。文学の道を志した志賀は25歳の時に処女作『或る朝』を執筆。1910年（27歳）、有島武郎や学生時代の同級生・武者小路実篤らと、人類愛を基本コンセプトにした同人雑誌『白樺』を創刊！志賀は創刊号に短編『網走まで』を発表する。実業家の父親は志賀が小説家の道へ進むことを認めず父子で激しく対立、志賀は29歳で家を出て、尾道、松江、京都など転々と移り住む。30歳、『清兵衛と瓢箪』発表、32歳、武者小路の従妹と結婚。一時創作が途絶えるが、1917年（34歳）、蜂、鼠、イモリなど、小動物の生死を通して“生命そのもの”を掘り下げていく『城の崎にて』、人間が心の確執を越える瞬間を描いた『和解』で文壇に復帰。以後、自殺直前の芥川が“筋らしい筋のない純粋小説”と評した『焚火』、ユーモア溢れる『小僧の神様』など快調に作品を生み出す。ずっと短編小説を書き続けてきた彼だが、39歳から唯一の長編小説となる『暗夜行路』を書き始め、15年の月日をかけ完成させた。1949年（46歳）、文化勲章を受賞。志賀文学は自伝的作品がほとんどで、私小説を究めたとされている。1971年、88歳の長寿を生き永眠。
1933年、作家小林多喜二が特高警察の拷問により29歳の若さで虐殺された時、どの作家も自分に火の粉が降りかかることを恐れて息を潜めていた。この国の文学界は沈黙を守ったのだ。ただ当時50歳の志賀直哉だけが、多喜二の死について“自分は一度小林に会って好印象を持っていた、暗澹（たん）たる気持なり”と書き記した。
奇をてらうことのない簡潔で磨きぬかれた志賀の文体は、“自己肯定”をテーマにした彼の作品をより力強いものにしている。“自分は死ぬ筈だったのを助かった、何かが自分を殺さなかった、自分にはしなければならぬ仕事があるのだ”～（城の崎にて）。この一文で人生の新たな一歩を踏み出した者がどれほど多いことか。文壇では小説の神様と崇められ、後続の作家たちに大きな影響を与えた。88年という長い生涯を生きた彼は、創造者として内にあるものをすべて出し切ることができた幸せな作家だ。
※1980年、不届き者が骨壷を盗み出し遺骨を捨てたらしい。ひどいことするなぁ…。 |
★梶井 基次郎/Motojirou Kajii 1901.2.17-1932.3.24 （大阪府、中央区、常国寺 31歳）1999＆09
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| 学生時代 | 30歳（死の前年） | 24歳 |
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| 小説「檸檬」にちなんで、墓の直上にレモンを炸裂っす！（1999） | 10年ぶりの墓参。レモン３個＆レモンケーキがあった！（2000） |
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| 結核の為わずか31歳で他界。もっと彼の作品を読みたかった！ |
| 昭和初期の作家。大阪生まれ。子ども時代は父の転勤と共に、東京、三重、京都などで暮らす（梶井は31年間の短い生涯に20回以上も転居している）。母は古典や和歌を子どもたちに読み聞かせた。12歳の時に祖母を、14歳の時に弟を結核で亡くす。18歳、文学や音楽に熱中しあまり授業に出なくなる。特に漱石については「漱石全集」を買い揃え、手紙に自分の名を“梶井漱石”と記すほどハマッた。19歳、肺結核を発病し最初の転地療養。20歳、父が定年後にビリヤード場を始め、梶井も熱中。この頃から本人曰く“退廃的生活”を送るようになる。泥酔してラーメン屋の屋台を引っくり返したり、喧嘩してビール瓶で殴られたり、家賃が溜まった下宿から逃亡したり、料亭の池に飛び込んで鯉を追ったり、その無頼ぶりは、梶井が登校すると「あれが梶井基次郎だ」と学生達が囁くほどだった。あまりに風貌に無頓着なので、同級生が金を出しあって散髪をさせたこともあった。 ※20歳頃の梶井について（現代語に意訳、抜粋） ●4月から汽車通学を始めた梶井は車内で出会った同志社女学校の生徒に惚れ込む。この時の様子を女友達が記している。 『（梶井さんは）日に何度もその女性の名前を口にしたり、どうすれば気持を伝えることが出来るかという相談ばかり持ちかけるようになりました。そうした事が続いたある日のこと、珍らしく上機嫌でやって来て、いきなり「とうとうやりましたよ！」と嬉しそうに言うので、私は何だか不安になって理由を尋ねると、梶井さんは少し得意になってこう話しました。ある英詩集の中に、恋を知った一人の男が相手の女性に自分の愛を訴える処があり、その一頁をひき破って、座席に腰かけている先方の膝の上へ「これを読んで下さい」と言って置いて来たと言うのです。話終ると、まるで男一匹が重大な仕事をなし遂げた時のような顔をして、あの大きい手を宙に振りあげながら「細工はりゅうりゅう！」等と言っていました。ところが翌々日、今度は大変しょげてやって来ました。その朝女性に逢ったので、恐る恐る「読んで下さいましたか」と尋ねたら、相手は大変迷惑そうに「知りません！」と言って横を向いてしまったとのこと。梶井さんはその「知りません！」を、いかにも感に迫った句調で2、3回真似てみせたのでした』（平林英子） ●友人と初めて遊郭へ行く 『男3人で酒をあおり、へべれけに酔っ払った梶井は「俺に童貞を捨てさせろ」と怒鳴りながら、祇園の石段下で大の字に寝て動かない。そこで近くの遊廓へ彼を初めて連れて行ったのである。それ以来梶井は、時々その夜のことを呪うように「俺は純粋なものが分らなくなった」とか「堕落してしまった」とか言うが、そんな言葉に私は全く取合わなかった』（中谷孝雄） ●梶井の部屋を訪れた友人談 『その頃の梶井は、花を愛し、樹を眺め、芭蕉を慕ひ、音楽を好み、雪舟や、セザンヌや、ゴッホを楽しんでいた。梶井は室内を自分の好みの道具類で飾り、私に西洋皿を見せながら「これ、エリザベス朝時代の皿だよ」とニコニコして言っていた』（外村繁） ●同じ下宿に住んでいた詩人の話 『ある晩彼が襖越しに私を呼んだ。「葡萄酒を見せてやらうか…美しいだろう…」そう言って、ガラスのコップを電灯に透して見せた。葡萄酒はコップの七分目ばかりを満して、なるほど鮮明で美しかった。しかし、それはつい今しがた彼がむせんで吐いたばかりの喀血だった。彼にはそんな大胆な嫌やがらせをして人をからかってみる、野放図と茶目っ気の入り混じった何かがあった』（三好達治） 22歳、ロシア文学に没頭、学生演劇でチェーホフなどを演出するが団員に2名の女学生が加わっていたことから「不謹慎」とされ、校長から上演中止命令をくらう。ちなみに劇団で使用していた筆名「瀬山極」は、ポール（極）・セザンヌ（瀬山）のパロディ。23歳、東大英文科に進学。同年妹が結核で逝去。1925年（24歳）、友人らと 同人誌『青空』を創刊、肺結核と宣告された直後の気持、思春期の不安や焦燥を描き込んだ『檸檬（れもん）』を発表する。翌年、病状悪化により卒業を断念し中退する。伊豆湯ヶ島温泉で療養生活に入り、当地で川端康成、萩原朔太郎、宇野千代らと親交を結ぶ。『Ｋの昇天』を発表。26歳、川端の『伊豆の踊子』の校正を手伝う。 『梶井君は私の作品集「伊豆の踊子」の校正をすっかり見てくれた。誤植や私の字癖の細かい注意を彼から受けながら、私は少からず狼狽したのを覚えている。送り仮名の不統一をとがめるような事ならば、熟練した校正係りが鋭いであろう。そして私は、読めさえすればどうでもいいと、面倒臭がるであろう。梶井君の細かい注意にも、私はどうでもいいと答えた。しかし、私がそう答えたのは、校正ということを離れて、自分の作品が裸にされた恥しさの為であった。彼は私の作品の字の間違いを校正したのでなく、作者の心の隙を校正したのであった。そういう感じが自然と私に来た。彼は静かに、注意深く、楽しげに、校正に没頭してくれたようであった。温い親切である。しかも作品の誤魔化しはすっかり掴んでしまった。彼はそういう男である。』（川端康成） 以降、『冬の日』（26歳）、『冬の蝿』『桜の樹の下には』（27歳）、『闇の絵巻』（29歳）など、衰弱していく肉体を起こして真っ直ぐに自身の病と対峙し、人生を達観したかのような心境を綴っていく。1931年（30歳）、『交尾』を発表。病勢はさらに進み血痰が止まらず、大阪へ戻る。三好達治ら友人達が力を合わせて梶井の作品集『檸檬』を刊行した。 そして人生最期の年となる翌1932年1月、肺病患者の静かな日常を描いた『のんきな患者』を「中央公論」に著し、生涯初めての原稿料を受け取る。正宗白鳥、直木三十五が新聞の時評で採り上げ、世間は梶井の存在を知った。続いて2月に小林秀雄が好評を書き、さらに知名度が上がるが、翌3月に入って急速に容態が悪化する。 ●母親の梶井久が記した『臨終まで』から（現代語に意訳し抜粋） 『3月23日、病人（基次郎）は肝臓が腫れ出して痛むと言います。弟がやって来ますと、直ぐ医者へ行って薬をもらって来てくれと言います。「医者を探してくれ…自転車で…処方箋を貰って来てくれ」と、途切れ途切れにせがみました。弟は「ようし」と引受けて立上りました。陰鬱な時が過ぎてゆきました。そこへ弟が汗ばんだ顔で帰って来て「基ちやん、貰って来たぜ、市営住宅で探し当てた。サアお上り」と言って薬を差出しました。病人は飛び付くようにそれを呑み下しました。しかしもはや苦痛は楽になりません。「もうお前の息苦しさを助ける手当は全て尽してあるが、まだ悟りが残っている」と言いますと、病人はしばし瞑想し「解りました。悟りました。私も男です。死ぬなら立派に死にます」と仰向けのまま胸の上で合掌しました。その眼に涙があり、それを見た私は「嗚呼、可愛想な事を言った」と思いました。病人は「お母さん、もう何も苦しい事はありません。この通り平気です。しかし、私は恥かしい事を言いました。この一帯（天下茶屋）を馳け廻つて医師を探せなどと無理を言いました。どうぞ赦して下さい」と苦しげな息の下から言って、後は眼を閉じ、ただ荒い息遣いが聞えるばかりでした。どうやらそのまま眠ってゆく様子です。 ふと私は、一度脈を測ってやろうと病人の手を取ってみると、脈は遥か奥の方に打つか打たぬかと思う程で、手の指先はイヤに冷たくなっています。医者は直ぐ駆けつけてくれましたが、もはや実に落着いたもので「ひどく苦しみましたか…大した苦しみがなければ、まず結構な方です」といった具合です。そして「まだ一日くらい持つだろう」と言うのでした。しかし、医者を見送った者には「あと2時間」とハッキリ宣告したとの事です。危く私は病人の死を知らずにいるところでした。 やがて一同が枕元に集って、綿で口へ水を塗ってやりました。私が「基次郎」と呼ぶと、病人はパッと眼を見開きますが「お母さんだよ、分っているか」と言っても何の手応えもなく眼を閉じてしまいます。吐く息が長く吸う息は短く、次第に呼吸の数も減って行きます。そして、最後に大きく一つ息を吐いたと思うと、それきりパッタリと呼吸が止まってしまいました。時に3月24日午前2時。』 「その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体に中に吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた」（『檸檬』） 「私は好んで闇の中へ出かけた。谷ぎわの大きな椎（しい）の木の下に立って遠い街道の孤独な電灯を眺めた。深い闇の中から遠い小さな光を眺めるほど感傷的なものはない」（『闇の絵巻』） 「冬の蝿とは何か？ヨボヨボと歩いている蝿。指を近づけても逃げない蝿。そして飛べないのかと思っていると、やはり飛ぶ蝿。彼らは一体どこで夏頃の不逞さや憎々しいほどのすばしこさを失って来るのだろう」（『冬の蝿』） 長く肺を病み、死と隣り合わせに生きてきたが故の、研ぎ澄まされた繊細な感受性。衰弱した体が独特の詩的な文体、数々の美しいイメージを刻んだ。青春期の倦怠、絶望、焦心、苦悩を告白した作品群は、どれもが梶井基次郎という男の生命の炎の記録だ。 「視ること、それはもう“なにか”なのだ。自分の魂の一部分あるいは全部がそれに乗り移ることなのだ」（『ある心の風景』） 梶井はどんなに肉体が弱っていても、自らの病と非情な運命をジッと“凝視”し続け、そこから決して目をそらすことはなかった。家族が次々と結核で先立つなか、小鳥や蛙といった小動物の生命に敏感にならずにはいられなかった。彼は蜘蛛や蝿に至るまで、命という命を優しい目で見守った。 自らの病について、20代前半に『檸檬』へ動揺を表した梶井だが、30歳の最晩年の『のんきな患者』では病気を材料（ネタ）にして、患者から見た俗世間をユーモアさえ交えながら描写している。死の数時間前に「悟った」と言ったのも自然に頷ける。 梶井の作品は、その短命もあって20編しかない。これらは「中央公論」で発表された一編を除き、発行部数の少ない同人誌に書かれたものばかり。同時代に芥川、谷崎、志賀、島崎らが華々しく活躍した「文壇」からは遠く離れており、死の2ヶ月前まで無視され続けた。作品は死後、時間と共に高く評価され始め、今では教科書に載るまでになっている。 墓は中央区の常国寺。お茶が大好きだった梶井の遺言により、棺にはお茶の葉が詰められ、周囲は草花で飾られた。梶井が長生きしていたら、どんな作品を残しただろう。本当に残念でならない。 ※梶井が檸檬を買い求めた店「八百卯」は今も京都中京区寺町二条角にある。 ※「梶井君は本質的な文学者だ」（萩原朔太郎） ※「梶井氏の文学は、日本文学から世界文学に架かっている僅かの橋の一つで、それも腐り落ちる憂いの無い、真にたくましい文学だと思う」（横光利一） ※「（『交尾』の評）これこそ真に神わざの小説だと私は驚嘆し、作中において河鹿（かじか、蛙）の鳴く声や谷川の水音は私の骨髄に徹してまことに恍惚たる限りであった。（略）これは我らの一生のうちに、そう度々感じ得るものではない」（井伏鱒二） |
| ●1925年、24歳で発表した傑作短編『檸檬（れもん）』。檸檬の購入からラストまで、日本文学史に残る劇的なクライマックスを以下に紹介！ その日私はいつになくその店で買物をした。というのはその店には珍しい檸檬が出ていたのだ。檸檬などごくありふれている。がその店というのも見すぼらしくはないまでもただあたりまえの八百屋に過ぎなかったので、それまであまり見かけたことはなかった。いったい私はあの檸檬が好きだ。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたようなあの単純な色も、それからあの丈(たけ)の詰まった紡錘形の恰好も。――結局私はそれを一つだけ買うことにした。それからの私はどこへどう歩いたのだろう。私は長い間街を歩いていた。始終私の心を圧えつけていた不吉な塊がそれを握った瞬間からいくらか弛(ゆる)んで来たとみえて、私は街の上で非常に幸福であった。あんなに執拗(しつこ)かった憂鬱が、そんなものの一顆(いっか)で紛らされる――あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖(はいせん)を悪くしていていつも身体に熱が出た。事実友達の誰彼に私の熱を見せびらかすために手の握り合いなどをしてみるのだが、私の掌が誰のよりも熱かった。その熱い故(せい)だったのだろう、握っている掌から身内に浸み透ってゆくようなその冷たさは快いものだった。 私は何度も何度もその果実を鼻に持っていっては嗅いでみた。それの産地だというカリフォルニヤが想像に上って来る。漢文で習った「売柑者之言」の中に書いてあった「鼻を撲(う)つ」という言葉が断(き)れぎれに浮かんで来る。そしてふかぶかと胸一杯に匂やかな空気を吸い込めば、ついぞ胸一杯に呼吸したことのなかった私の身体や顔には温い血のほとぼりが昇って来てなんだか身内に元気が目覚めて来たのだった。…… 実際あんな単純な冷覚や触覚や嗅覚や視覚が、ずっと昔からこればかり探していたのだと言いたくなったほど私にしっくりしたなんて私は不思議に思える――それがあの頃のことなんだから。 私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街を濶歩(かっぽ)した詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量(はか)ったり、またこんなことを思ったり、 ――つまりはこの重さなんだな。―― その重さこそ常づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心(かいぎゃくしん)からそんな馬鹿げたことを考えてみたり――なにがさて私は幸福だったのだ。 どこをどう歩いたのだろう、私が最後に立ったのは丸善（京の老舗本屋）の前だった。平常あんなに避けていた丸善がその時の私にはやすやすと入れるように思えた。 「今日は一つ入ってみてやろう」そして私はずかずか入って行った。 しかしどうしたことだろう、私の心を充たしていた幸福な感情はだんだん逃げていった。香水の壜にも煙管(きせる)にも私の心はのしかかってはゆかなかった。憂鬱が立て罩(こ)めて来る、私は歩き廻った疲労が出て来たのだと思った。私は画本の棚の前へ行ってみた。画集の重たいのを取り出すのさえ常に増して力が要るな! と思った。しかし私は一冊ずつ抜き出してはみる、そして開けてはみるのだが、克明にはぐってゆく気持はさらに湧いて来ない。しかも呪われたことにはまた次の一冊を引き出して来る。それも同じことだ。それでいて一度バラバラとやってみなくては気が済まないのだ。それ以上は堪(たま)らなくなってそこへ置いてしまう。以前の位置へ戻すことさえできない。私は幾度もそれを繰り返した。とうとうおしまいには日頃から大好きだったアングルの橙色(だいだいいろ)の重い本までなおいっそうの堪(た)えがたさのために置いてしまった。――なんという呪われたことだ。手の筋肉に疲労が残っている。私は憂鬱になってしまって、自分が抜いたまま積み重ねた本の群を眺めていた。 以前にはあんなに私をひきつけた画本がどうしたことだろう。一枚一枚に眼を晒し終わって後、さてあまりに尋常な周囲を見廻すときのあの変にそぐわない気持を、私は以前には好んで味わっていたものであった。…… 「あ、そうだそうだ」その時私は袂(たもと)の中の檸檬を憶い出した。本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。「そうだ」 私にまた先ほどの軽やかな昂奮が帰って来た。私は手当たり次第に積みあげ、また慌(あわただ)しく潰し、また慌しく築きあげた。新しく引き抜いてつけ加えたり、取り去ったりした。奇怪な幻想的な城が、そのたびに赤くなったり青くなったりした。 やっとそれはでき上がった。そして軽く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据えつけた。そしてそれは上出来だった。 見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調をひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、カーンと冴えかえっていた。私は埃(ほこり)っぽい丸善の中の空気が、その檸檬の周囲だけ変に緊張しているような気がした。私はしばらくそれを眺めていた。 不意に第二のアイディアが起こった。その奇妙なたくらみはむしろ私をぎょっとさせた。 ――それをそのままにしておいて私は、なに喰わぬ顔をして外へ出る。―― 私は変にくすぐったい気持がした。「出て行こうかなあ。そうだ出て行こう」そして私はすたすた出て行った。 変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑(ほほえ)ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。 私はこの想像を熱心に追求した。「そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉(こっぱ)みじんだろう」 そして私は活動写真の看板画が奇体な趣きで街を彩(いろど)っている京極を下って行った。 完 |
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| “カジカジ”で友情ツーショット！（1999） |
★寺山 修司/Syuuji Terayama 1935.12.10-1983.5.4 （東京都、八王子市、高尾霊園・高乗寺 47歳）1999＆2010
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| 19歳 | 墓の上に本があってビックリ（1999） | 前衛の切り込み隊長 | いつもユーモアを忘れなかった |
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| 『寺山修司』とだけある。11年ぶりに再巡礼（2010） | 秋に訪れたので紅葉が始まっていた | 文人ならではの、本が載っている墓 |
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| お墓をよく見ると… | 下の方に「Shuji Terayama/1935-1983」とある | 代表作の一つ『田園に死す』 |
青森県三沢出身。中学3年の時、文芸部長になり短歌を熱心に創作、発表する。高校に入ると文芸誌や俳句誌などを創刊、全国学生俳句会議を組織した。19歳で「短歌研究」の新人賞を受賞し、前衛歌人として注目される。同年、ネフローゼを発病。入院先に谷川俊太郎が訪れレコードプレーヤーをプレゼント、大感激。21歳、処女作品集『われに5月を』を刊行。25歳、三幕劇『血は立ったまま眠っている』が劇団四季によって上演され、自身も演劇に開眼。同年、『ジャズをたのしむ本』を湯川れいこと共編。27歳、第二歌集『血と麦』を刊行。28歳、女優の九条映子と結婚（7年後に離婚）。30歳、第三歌集「田園に死す」を刊行。
1967年（32歳）、前衛劇団“天井桟敷”を横尾忠則らと結成！（第1回公演は美輪明宏主演の「青森県のせむし男」）。33歳、アメリカ国務省の招きで米国の前衛演劇を視察。これを皮切りに天井桟敷は、イスラエル、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ポーランド、イラン、英国など、世界各国から毎年のように招待されるようになる。国内よりも海外で知名度が高いという逆転現象が起きた。
1969年12月12日（34歳）、唐十郎率いる「状況劇場」の『ヘアー』初日に際し、寺山がジョークで葬式用の花輪を開演祝いに送り届けたところ、怒った唐（当時29歳）たちが「天井桟敷」前に押しかけ、「寺山を出せ」とやり取りする内に総勢20人の大乱闘となる。通行人が渋谷署に通報し、この騒動で寺山、唐を含めた9人が暴力行為現行犯で逮捕、拘留された。事情聴取で唐は「天井桟敷の方で、こちらが殴り込みにいったと勘違いしたらしい。我々の競争相手は天井桟敷なんかではなく、俳優座だ」。寺山は「彼とは脚本や作品を見てやったこともあるし、近くで公演する（200ｍしか離れていなかった）からといって敵対意識なんてとんでもない」。 35歳、「建物としての『劇場』は演劇にとっての牢獄である」との思想から、天井桟敷は小劇場を飛び出し、演劇と現実を融合させるべく“市街劇”へ突き進む。天井桟敷の第12回公演『市街劇・人力飛行機ソロモン』は新宿一帯を使って上演された。同年、マンガ『あしたのジョー』に登場した力石徹の葬式を喪主として執り行う。
1971年（36歳）、映画『書を捨てよ町に出よう』で初めて長編映画を監督。同映画は伊のサンレモ映画祭でグランプリを受賞。37歳、ミュンヘン・オリンピックの芸術祭に野外劇「走れメロス」で参加。1975年（40歳）、東京・阿佐ケ谷一帯で、なんと連続30時間（4月19日午後3時より20日午後9時まで）にわたって市街劇『ノック』を上演！あまりの規模に警察が介入するなど、新間の社会面を賑わした。 寺山修司は各方面で才能を開花させた。マルチタレントとは寺山修司のような人間のことを指すのだろう。肩書きは、俳人、歌人、詩人、評論家（「青春論」「家出のすすめ」「競馬評論」）、映画監督（「田園に死す」「ボクサー」「さらば箱舟」他)、劇作家、舞台演出家、と実にバラエティに富んでいる。しかもどのジャンルにおいても常に旧世界を打ち破って前衛の旗を掲げて切り込んだ。信じられない行動力だ。現状に甘んじることなく、常に新しいものを創作し続けるエネルギーは、彼の場合、命を削って得ていたようにも見える。「職業は、寺山修司です」と言ったように、彼自身がひとつの集合芸術として存在していた。
寺山は43歳の時に医者から肝硬変と告げられ一ヶ月入院する。“あと5年演劇をやったら、その後10年は文筆に専念するので何とか60まで生きたい”と願っていたが、常に全力で走り続けた肉体はその思いに耐えられず、絶筆の「墓場まで何マイル？」を執筆した後、47歳で永眠した。劇団天井桟敷は寺山の死と共に解散する。
墓地は都心から12万8千光年も遠く離れた高尾山の山中。高尾駅からの交通手段はバスがなく徒歩のみ。山を登って墓前に着いた時には疲労のピークだったが、この小粋なデザインの墓を見た瞬間、ライフポイントが一気に回復した（ドラクエでいうベホマズンだ）。なんてユニークなデザインの墓石なんだろう、てっぺんに本が開いてある！しばらく墓前にいると、彼の失恋詩をノートに書き写して持ち歩いていた10代後半の頃を思い出した。その頃の僕は失恋する度に彼の詩が理解できたので、“辛いのは俺一人じゃない、修司もだ！”と、そのノートを救急箱のように取り出して自分を慰めていたんだ。そうした青春のハートブレイク・メモリーが走馬灯の如く思い起こされ、思いがけずセンチメンタル巡礼となった。墓に刻まれている「寺山修司」は本人の自筆で、墓石は寺山とほぼ同じ身長の175ｃｍに設計されている。
ゆく秋の磯の浜辺の立つ墓に今も咲けるや矢車の花 ※矢車＝矢車菊 （空には本）
きみが歌うクロッカスの歌も新しき家具の一つに数えんとす （血と麦）
青空はわがアルコールあおむけにわが選ぶ日々わが捨てる夢 （血と麦）
歌ひとつ覚えるたびに星ひとつ熟れて灯（とも）れるわが空をもつ （血と麦）
なみだは人間の作る一番小さな海です （人魚姫）
時間はね、こうやって、大きい時計に入れて家の柱にかけておくのが一番いいんだよ。みんなで同じ時計を持つことができるから、しあわせなんだ。腕時計なんかに入れて、時計を外に持ち出そうなんて、とんでもない考えだ （臓器交換序説）
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★徳富 蘆花/Roka Tokutomi 1868年12月8日（明治元年10月25日）-1927年（昭和2年）9月18日
（東京都、世田谷区、蘆花恒春園 58歳）2000
墓の近くには旧宅も史跡として大切に保存されている
| 本名徳富健次郎。徳富蘆花は僕が知る限り、国内で最も手厚く葬られている人物だ。ここでいう“手厚く”とは墓が豪華という意味ではない。むしろ墓石は岩に近い素朴なものだ。墓の環境が素晴らしいのだ。漱石や鴎外でさえ都営墓地や寺墓地の中で大勢の一般市民の間に眠っているのに、なんと、蘆花は世田谷区が彼のために造園した「芦花公園」の中心に夫婦で悠々と眠っており、さらに墓の側には自筆原稿や生涯の活動記録を展示した立派な資料館が併設されているのだ（しかも入場は無料＆クーラー利きまくり！）。蘆花は大逆事件に際して抗議文を政府に送りつけるなど、国家権力に迎合しない反骨の作家だった。お上（役所）が蘆花を冷遇するどころか礼賛していることに驚いた。 「人間は書物のみでは悪魔に、労働のみでは獣になる」（徳富蘆花） |
★泉 鏡花/Kyouka Izumi 1873年（明治6年）11月4日-1939年（昭和14年）9月7日
（東京都、豊島区、雑司ヶ谷霊園 65歳）1991＆02＆08＆10
1種1号13側33番
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| 言葉の魔術師。マジで才能を分けて欲しい | 2010 金沢城址の泉鏡花像（左から室生犀星、鏡花、徳田秋声） |
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| 1991年 | 2002年 | 2008年 | 2010年 |
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谷崎潤一郎ら耽美派の先駆者となった明治･大正の小説家であり、日本の伝統美を受継ぐ最後の物語作家。本名、鏡太郎。石川県金沢の出身。父は名人の彫金師、９歳の時に他界した母（29歳没）は能楽師の家系。小説もまた言葉による芸道として、“鏡花調”という独自のリズムを持つ妖艶な文体と豊かな語彙で、文学を芸術にまで昇華させた作家。その作品世界は読み手をただただ恍惚とさせ、言葉の万華鏡かくあらんという感じだ。
師匠は尾崎紅葉。1890年、鏡花は紅葉に憧れ16歳で故郷金沢から上京したものの、すぐに会う勇気がなく、一年後にようやく紅葉を訪問し、書生となって３年間玄関番をしていた。21歳のときに父が他界し、祖母や弟の生活を見るために早く筆で稼ぐ必要があった。23歳で当時最大の文芸誌に『夜行巡査』『外科室』を発表、一躍新進作家として脚光を浴びる。 早い内に文才を現した鏡花は、巧みな文体で妖しくも美しい独自の幻想世界を築き上げ、1900年に27歳で妖怪趣味の怪異談『高野聖（こうやひじり）』を発表、30歳で師の紅葉を超えるほどの人気作家となる。1910年（37歳）には『歌行灯（うたあんどん）』で芸道の神髄を描いた。 鏡花の神秘文学は現実逃避ではなく、利益優先の近代社会に言葉という芸術で挑み、多くの作品中で男は醜く愚かに、女は美しく知的に描くことで、明治の封建的な男女関係を糾弾していた。自然主義文学の隆盛におされ文壇的に不遇な時期もあったが作風を守った。1939年9月7日、300編以上の作品を世に送り65歳で他界する。辞世は「露草や赤のまんまもなつかしき」。“赤のまんま（赤飯）”は雑草のイヌタデのこと。この世を去る前に青色、赤色の雑草たちに想いを馳せている。世界は美に溢れていることを伝える辞世が鏡花らしい。戒名も鏡花調で「幽幻院鏡花日彩居士」。 |
★向田 邦子/Kuniko Mukouda 1929.11.28-1981.8.22 （東京都、府中市、多磨霊園 51歳）1999＆2005
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| 1999 | 2005 | 森繁さんの筆 |
| 東京生まれ。女子大卒業後に映画雑誌の編集をしていた向田は、副業でシナリオを書き始め、30代に入って本格的に脚本家として歩み出す。 最初に名前が売れたのは1962年（33歳）から担当したラジオ番組「森繁の重役読本」の台本。5分の短い番組だが、7年間、2448回も続いた。次にテレビの脚本にも才能を発揮し、『七人の孫』『時間ですよ』『だいこんの花』『寺内貫太郎一家』など次々とヒット作を生み出した。人生の転機となったのは、乳ガンを告知された46歳。死の恐怖と向き合った彼女は「後世に残る作品を生み出したい」と、シナリオ以外にも小説やエッセイをハイペースで書き始める。彼女の優れた人間観察力はさらに研ぎ澄まされ、『父の詫び状』『阿修羅のごとく』といった作品を通して、現代の家族像をリアルに描き出した。1980年、『想い出トランプ』に収録された短編「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」で第83回直木賞を受賞。文学者としても認められ、翌年には傑作『あ・うん』を刊行し、さらなる活躍が期待されたその矢先に悲劇が襲った。1981年8月22日、5日間の取材旅行で台湾を訪れていた向田を乗せた台北発高雄行き台湾・遠東航空ボーイング737型機が、機体腹部のアルミ合金の腐食によって空中分解し、乗客・乗員合わせて110名全員の命を奪ったのだ。没後刊行の第3エッセイ集『霊長類ヒト科動物図鑑』の中の“ヒコーキ”に次のくだりがあり、僕は胸が詰まった--「このところ出たり入ったりが多く、一週間に一度は飛行機のお世話になっていながら、まだ気を許してはいない。散らかった部屋や抽斗（ひきだし）の中を片づけてから乗ろうかと思うのだが、万が一のことがあったとき『やっぱりムシが知らせたんだね』などと言われそうで、ここは縁起をかついでそのままにしておこうと、わざと汚いままで旅行に出たりしている」。名脚本家として20年間に1000本以上のシナリオを残し、向田邦子は51歳と9ヶ月で突然人生を終えた。 僕は彼女が脚本を書いた『阿修羅の如く』にあった「10年たてば笑い話だよ」という言葉に、本当に救われた。この言葉と出合ってからは、従来なら悲しみや苦しみに囚われていた事象にぶつかっても、肩の力を抜いて人生を先に進めることが出来るようになった。助けてもらったお礼を墓前で何度も何度も繰り返した。 墓前には本を開いた形の墓誌があり、左側に故人の略歴、右側には俳優・森繁久弥の追悼歌「花ひらき はな香る 花こぼれ なほ薫る」が刻まれている。花が咲き散った後も、いつまでも薫っている--死後四半世紀を経て、ますます人気が高まっていく向田邦子にふさわしい歌だと思った。多磨霊園は甲子園球場が32個も入ってしまう広大な墓地（128ヘクタール）。体調を整え、霊園事務所で地図を手に入れ墓参しよう。 |
★河竹 黙阿弥/Mokuami Kawatake 文化13年2月3日（1816年3月1日）-明治26年（1893年）1月22日
（東京都、中野区、源通寺 76歳）2006
歌舞伎狂言作者。明治のシェイクスピア。本名、吉村芳三郎。足元から木が生えてきた為に墓が大きく傾いている。
★２代目竹田 出雲/Izumo Takeda 元禄4年（1691年）-宝暦6年11月4日（1756年11月25日）
（大阪府、天王寺区、青蓮寺 65歳）2009＆14
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| 青蓮寺の山門 | 左から２番目が竹田出雲の墓（2014） |
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| 竹田一族の合同墓。この後ろ側の… | 左から２番目の… | 「文明院」で始まる戒名（2009） |
浄瑠璃作家で竹本座の２代目座元。通称「親方出雲」。同名の父親（元祖出雲）は近松門左衛門の弟子。
『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』『仮名手本忠臣蔵』『夏祭浪花鑑』など数々の傑作浄瑠璃を世に送った。
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