墓をたずねて三千里 【English Version】

文/カジポン・マルコ・残月(ド根性文芸研究家) 絵/dskさん


                

第一章 
ああ感涙!炎の基礎知識編

                                 

  (一)ウェルカム、墓ワールドの巻

 
「オヌシは変わった旅をしているから何か書いてチョ!」と言われたので、とりあえずキーを叩き出したものの、はてさて一体どのように書けば拙者がタダの変態だと思われずに済むのか試行錯誤している次第。拙者は小銭を貯めては世界中の墓を巡礼して周る墓マイラーで、薄幸の芸術家の墓石に熱烈な接吻をして相手と一体感を感じている時に、人生で最も至福の瞬間をポワ〜ンと漂っているという、ほとんどお花畑スレスレの人間だということを自分でちゃんと自覚しているので、その辺は正常だということをまず主張しておきたい。

      

 
人間は幸福なとき以外でも、辛い時は辛いなりにそれを人生の醍醐味として楽しむことが出来る…そんな生きていく上での“裏ワザ”を教えてくれた、古代からの画家、詩人、音楽家、そして文豪たち。彼ら命の恩人たちに墓とはいえ直接本人にお礼を言える事は空前絶後の喜びだ。先人たちが命を削った作品を味わうことで人生を豊かにしてもらえたのだから、「ありがとう」の一言を本人に伝えに行かねば、人として仁義にもとるというもの!

 しかし、単純に墓参りといっても、そこには日常の思考を超越した言語に尽くし難い苦労がメタクソ渦巻いており、その人知れぬ強烈な試練をぜひとも後世の人々に伝えたい。どうか心の準備の方をよろしく。


 (二)政府観光局、零下273度の世界の巻

 巡礼の第一歩は、まず目指す人物が生前に活躍した国に入り、とりあえず資料の充実している政府観光局の旅行案内所、それも首都の国内最大の案内所を訪れてストレートに墓のありかを尋ねることから始まる。だが、その際必ずといっていいほど「ハァ?」と聞き返されるのを、覚悟せねばならない。連中は博物館やホテルの場所を質問されることに慣れてはいるが、「た、頼む!墓を教えてくれ!」などと、ほざかれた経験がないからだ。

 そのうえ英語圏外での拙者のチンパンジー並みの語学力では口頭で自分の意志を伝える事は到底不可能なので、十字架が立っている絵を描いたり、辞書で調べたその国の墓という文字を書いてみせたりし、それでも通じないときには、パントマイムで十字を切っている神父や両手を組んで死人の真似をしてみたりして、キョトンとしている相手に自分が墓参りをしたがっていることを必死で伝えた(相手が真っ白になっていてもノンストップで!)。

      

 
また、こういう時間がかかりそうな質問は、昼間の忙しい時間帯ではまともにとりあってもらえないので、朝一番のガラガラの時に早起きして行く努力を惜しんではならない。

 さて、質問された係員はまずもって即答できないので、周りの同僚に大声で尋ねたり、本棚から人物辞典を引っ張りだして眉間にリアス式海岸のようなしわを作って調べたのち、首都に墓のある人物に限り、その場所を無料マップ(これがまた広告だらけ)に赤丸を入れて渡してくれる。一方、首都に墓がなかった場合は、たとえ安倍晴明やユリ・ゲラーが100人いたとしても、目的の墓を探し出す試みは絶望的に困難な作業となる。墓のありそうな土地を教えてもらう為に、美術館、音楽ホール、古本屋など、少しでも文芸の香りがする場所で片っ端から“聞き込み”をするしかなく、何とも気の長い話になってしまうのだ。ホームズや銭形が絶句するほどの執念で、鬼神の如く聞き込みを続ける他はない。

      


 (三)唖然!一回表コールド負けの巻

 
ま、しかし墓の場所がどこか分かったところで、墓地というのは一般的に郊外のへんぴな所にひっそりとあり、訪れようとする人々の熱意をふるいにかけ、あたかも訪問客を厳選するかのように交通の便が異常に悪い点ではどこも同じだ。墓地に通ずるバスは三時間に一本だけ、しかも時間は遅れまくりというのがザラ。そして乗ってからも運転手のおっちゃんが全く英語を知らんので、目的地に印を付けた地図を見せて、そこに着いたら教えてくれとジェスチャーで示し、空席だらけにもかかわらず彼の側にずっと立っていなければならない。各路線が比較的に分かりやすく表示されている鉄道とは違って、異国で地元のローカルバスを乗りこなす事はその土地で生まれ育った者でなければまずムリだからだ。何より肝心のバス停(挑戦的なほど看板が小さい)に気付かないし、仮に気付いても瞬時に文字を読めるはずがな〜い!これが読めたらタラちゃんだって広辞苑を丸暗記できる。

     

 
だが、無事に下車できたとしても油断は禁物だ。念入りに地図を見てもらっても三度に一度は運転手の勘違いでトンチンカンな所で降ろされるし(これホント)、ひどいのになると、そもそも最初の旅行案内所の時点で担当者が全然違う墓地に印を付けていたりするのだ。これはシャレにならない!暗澹たる気持ちで来た道を引き返すバスを待ち続けている時(クドいようだが三時間に一本)、ズドーンと襲って来る疲労感は南極点でアムンゼン隊の旗を目撃したスコット隊メンバーのそれに匹敵するものであろう。


 (四)玉砕へのタイムリミットの巻

 
墓おたくの最重要アイテムはズバリ腕時計だ。墓探しにもたもたしていると、門限に間に合わなくなってしまうからだ。こう書くと“墓場に門限?”と意外に思われるかも知れないが、欧州の墓地はほとんどが鉄柵&高い壁に囲まれていて、出入りする為の門は管理人によって19時になるとソソクサと閉門されてしまうのが普通だ。また、教会の管理下にある墓地に至っては、光速の如く17時に閉められてしまうのだ。キビシーッ!日本のように夜中でも気が向いた時にお邪魔できるフリーエントリー制の墓地なら、鼻歌を奏でながらゆとりをもって日の暮れた墓場をウロウロ出来るんだけどなぁ。

     

 
もうひとつ付け加えておくと、教会墓地は単に閉門が早いだけではなく、稀に昼休み(シエスタ)をとる、トンでもない所があるので注意して欲しい。拙者は画家ルーベンス(byフランダースの犬)が眠っている教会へ12時5分に着き、『正午から午後3時まで休憩』の札がぶらさがっているのを見て成層圏まで弾け跳び、ひとしきりむせび泣いたトホホ体験がある。

 
この様に、教会墓地は世界中の墓マイラーの恐怖の的である事をここに報告しておく(時には優しい神父さんが熱心に案内してくれるんだけどネ)。


 (五)ムギュ〜ッ!謁見直前の四大難関の巻

 
そういった、まるでドラえもんの“苦労ミソ”を樽ごと舐めたような数々の試練を乗り越え、夢にまで見た目的の墓場に辿り着いた時はまさに天にも昇る思いなのだが、その感激は墓地にひしめく無数の墓石の中から、お目当ての墓を探し出すという、ウォーリーが本から出て来て土下座をするほどの、最終にして最大の難事業の前に、即刻、打ち砕かれる。頭痛を抑える為にバファリンを一万錠飲んだあと探索を開始するわけだが、現実にその天文学的広さの為に最後の最後までお墓が分からず涙の撤退という憂き目を見ることも珍しくない。
※例えば日本最大の公営墓地・多磨霊園の場合、37万人の墓があり、敷地は甲子園球場の約30倍だ。米国のアーリントン国立墓地だと、なんと60倍の広さになる!

     

 
こうした現地での痛恨ポイントは次の五点に大きく分けられる!

@スタンダールやハイネのように古く野ざらしになっている墓は、風化が進んで既に文字がかすれてしまっている。嗚呼、哀れなり。
A同名の人が結構いるのがまぎらわしい。特に親族の中に埋もれている時なんかは、もうウッキーッ!(同名で誤解し、赤の他人に接吻して帰って来ることも…。必ず名前だけでなく、墓に彫られた没年で本人かどうか確認するべし)
Bただでさえ英語じゃなくてややこしいのに、刻まれた文字が凝りまくった装飾的な字体になっていて、サッパリわけがわからん。グフゥ。
C墓石が地面に埋め込まれたプレート型の場合、芝刈り機が通過した後や落葉の季節は、プレートが葉っぱで埋もれてしまいお手上げ。墓をひとつひとつ腰をかがめて掃(はら)いながら名前を確認する様子は、まるでミレーの『落穂拾い』のよう。
D墓碑銘が本名。森鴎外が森林太郎ってのは許せる。が、平岡公威が三島由紀夫ってのはイエローカード!

てな感じ。例外として、極貧のうちに夭折したモジリアニのように、貧乏で墓がみすぼらしすぎて(ド派手で悪趣味な金持ちの墓よりよっぽどいいんだけれど)、発見できたこと自体が奇跡、なんてのもあった。

     

 
さて、皆さんに聖地(墓地)における、憧れの人との“謁見”というクライマックスに至る様々な八転び七起きを、僅かでも伝える事が出来たでしょうか?苦労している割には全く陽の当たることのない墓マイラーたちの為に、願わくばこの文章がその市民権の獲得に少しでも役立てばいいと切に願います!


                     

第2章 
炸裂!天国と地獄のミニエピソード編



  (一)かくして“素寒貧”の巻

 ひとつの墓にひとつのドラマと言われるほど奥が深い墓ワールド。強い兄弟愛を象徴するかの様に、弟テオの墓と蔦(つた)でシッカリつながっていたゴッホの墓。熱狂的ファンの怒涛の落書を取り締まる為、墓の監視にフランス警察が六人も付いていたカリスマ早死にシンガーのジム・モリソン。次から次へとゲイのカップルが巡礼にやって来る“美の化身”オスカー・ワイルド。ずっと同棲したまま最後まで結婚せず、死後仲良く一緒にひとつの墓に入っている超かっこいいサルトル&ボーヴォワールなど、この十数年、拙者は招待されてないのにあちこち勝手におしかけ500人以上と謁見してきたので、全てのエピソードを書いているとガラスの仮面を越える長さになって、こちらの寿命が足りなくなるので、ここでは2、3のエピソードに絞り記させてもらう。

     

  (二)モーレツ!吠えまくり・イン・ウィーンの巻

 まずは芸術と墓地の都ウィーン。世紀末美術の画家たち、クリムトとエゴン・シーレを訪ねた時のこと。同志ベートーヴェンやブラームス、それにシューベルトやサリエリ(映画『アマデウス』で有名)という、そうそうたる顔ぶれが眠るウィーン中央墓地。エリア内に路面電車の駅が3つもある、ドでかいこの墓場に当然彼らも眠っていると確信していたが、あにはからんや、政府観光局に問い合わせた結果、クリムトの墓は郊外に、シーレに至ってはウィーンにはないと吐かれた。ウ〜ム、シーレは残念だったが、とりあえずクリムトのいる郊外には幸運にも地下鉄が通じていたので小躍りして現地へ向かった。ホームから地上に駆け上がり、停車中のバスの運ちゃんに墓地に印をつけた地図を見せ、何番のバスがその近くを通るのかを聞いてみた。そして教えられたバスに揺られること半時間、無事に墓地へ着いたので一目散に駆け込んだ。50メートル四方の墓地でけっして大きくはなかったので、さっそくシラミ潰しに墓碑の名を確認してまわった。

     

 
ところが、である。楽勝の予想に反して、いくら探せど一向に彼と会えない。もはや恒例となりつつあるバッド予感がしてきた。ちょうどその時、一組の老夫婦が花を持って入ってきたので、たどたどしい独語で尋ねると、「クリムトはここにはおらへんで」との返事。ぬ、ぬ、ぬわに〜っ!?拙者はすぐ会えると信じ込んでいたので卒倒しかけた。ダメージでコチラが千鳥足になっているのを見て、老夫婦は続けて懸命に何かを訴え始めた。よくよく聞いてみると、どうやらそう遠くない所に墓があると言ってるようだ。夫婦で拙者を道路まで引っ張った後、二人揃って身振り手振りで道順を教えてくれた。たぶんこの方向を教えてくれたと思った道を不安な気持ちのままたどっていくと、はたして別の墓地とぶつかった。規模はさっきの墓地と同じくらいだったが、今度の墓地は入口に管理人の小屋があって、そこには墓地内の地図が描かれた看板が立っていた。見ると、あるある、クリムトの名前が!夢中で略図を手の平に書き、ゴキブリにロケットエンジンを付けたような素早い動きで墓の間をすり抜け、瞬時に彼のもとへたどり着いた。そして問答無用で、即“接吻”ッ!

     

 
キスは彼の代表作品と同様に、抱きかかえるポーズで頂いた。クーッ、感無量!墓のデザインは彼本人の手によるもので、十字架ではなくシンプルな四角い墓石に、ウィーン分離派独特の美しい字体で、名前だけが掘られていた。シブ〜イッ! 

 しばし彼と二人きりで水入らずの時を共有し、昼下がりののどかな陽射しのもと、世間話や芸術談義に花を咲かせた。…このように書くとコイツは気がふれてるのではとお思いになるだろうが、もちろん、拙者はイタコ状態で死者と話してるわけではなく、自分の中の架空のクリムトを本物と錯覚して会話してるだけ。だがしかし、この“錯覚”が結構あなどれない!たとえ架空のクリムトと分かっていても、本人の墓に直接手を置いて語りかけてみると、超鈍感な拙者にも相手の巨大な存在感がゾクゾクするほど伝わってきて、ただの独り言というのに、普段自分が考えた事もないような観点から様々な言葉(それはもうほとんど啓示に近いもの)が次々と出てくるので、本人の墓とサシで語り合うことは自分が自分を追い越す人生最強レベルの黄金体験だと断言できる。

 お墓には賢さん(宮沢賢治)のように、どれだけそこにいても居心地がいい墓もあれば、三島や魯迅のように、会うといきなり何しに来たと怒鳴ってくる墓もあるし、ドストエフスキーやボードレールのように墓の前に立っているだけで、足元のブラックホールに吸い込まれて、アッチの世界から帰って来れなくなるデンジャラスな墓もあり、ホント、人それぞれっていう感じだ。

     

 
帰りがけ、管理人にクリムトの墓に感動したことを告げ、駄目モトで軽く「エゴン・シーレの墓なんてここにはないっすよネ」と訊いてみたら、「ああ、彼の墓なら地下鉄でもうふた駅向こうだ」との返事。拙者はヨーロッパ全土に響くようなすっとんきょうな声をあげた!政府観光局の連中さえ知らなかった情報を、このゴルバチョフによく似た管理人のオヤジは、サラッと言いのけたのだ…拙者はその瞬間、彼の背後に後光が差していたのを生涯忘れない。
 しかし2つ先の駅を出た時、急に不安になった。周囲を見渡したが、市街地で墓地など影も形もなかったのだ。拙者はオヤジのもうろくにハメられたのかと動揺し、駅前の横断歩道で信号待ちしていた通行人に、片っ端からシーレの墓を尋ねまくった。

 すると、墓どころかシーレの名さえ知らぬ人に何人かブチ当たり、目の前が真っ暗になった。完全に行き詰まった拙者は、一人一人に尋ねていては埒(ラチ)があかぬと思い、駅前で出発待ちをしていたバスがちょうど夕方のラッシュで満員になっていたので、一目散に乗り込み、それまでガヤガヤと喋っていた地元の人たちの前で「エンシュルディゲン・ズィー(失礼)!」と絶叫し、ノートに描いた十字架を頭上にかざして、ゆっくりと一言ずつ言葉を区切りながら“エゴン・シーレ、ハカ、ドコ?”と尋ねた。まさに巡礼ターミネーター。賑やかだった車内が一瞬シーンと静まりかえったかと思うと、何人かがパッと手をあげてくれた!これは拙者の巡礼ライフ史に残る、サイコーに劇的な瞬間だった!
 手をあげてくれた人は皆老人で、墓というお年寄りの得意ジャンルとはいえ、改めて知識の広さに唸らざるをえない。しかしマイッタのは、それぞれ教えてくれる場所がてんでバラバラ!互いに自分が主張する墓地こそ本当だと譲らず、運転手まで巻き込んでの大騒ぎ。ただ、とにかくそのバスで行けることだけは確実なようだったので安心した(ゴルバチョフ、疑ってゴメンナサイ)。

     

 
偶然飛び乗ったバスがたまたま目的地を通るバスだった--日頃不運ばかり慣れ親しんでいるだけに、このあり得ない幸運に狂喜した。運ちゃんが英語を少し喋れたので乗客とコミュニケイトしてくれたり、シーレが住んでたという家の前でバスを止め(オイオイ)、得意気に解説してくれてとても嬉しかった。乗客の人たちも候補にあがっていた墓地付近に来ると、窓から近所の住人に聞いてくれたりして、こちらが恐縮してしまうほどの親切。先に降りてしまう人は皆会釈してくれるし、もう涙チョチョぎれ状態だった。

 動きだしてから20分ほどたった頃、「シーレの墓なら家の横の墓地にある」というお婆さんが突如現われた。おそらく車内で最長老であろうそのお婆さんは、少し耳が遠いらしく、側にいた人から初めて拙者がシーレを探していることを知ったらしい。まさに鶴の一声で、結局そのお婆さんと一緒にバスを降りることになった。世話になった運ちゃんに手をちぎれるほど振って見送った後、彼女がこっちこっちと手招きしているのでハハーッとついていった。日本から遠く離れてウィーン郊外の小高い丘を、見知らぬ初対面のお婆さんと、二人とも同じ様に手を後ろで組んでゆっくり歩いていると、シチュエーションがあまりにも非現実すぎて、背後から包み込んでくる夕陽や遠くから聴こえてくる小鳥のさえずり、頬を時おり撫でる柔らかい風など、それらすべてが夢のように思われた。
 やがて墓地に着き、入口でお婆さんに深々とお辞儀をした。

     

 小さな墓地だったのですぐにシーレと対面できたが、墓を見てびっくり。シーレがたったの28才で夭折したことは知ってたが、なんと夫婦が同じ1918年の内に逝っていたとは知らなかった。若い二人の名が並んで刻まれた墓に思わず胸が詰まり、その場にしゃがみこんでしまった。墓マイラーには、いろんな体験が待っているのだ。

※帰国後に調べたら、スペイン風邪が原因だった。同年に先のクリムトも感染して亡くなっている。アート界には悲劇の年だ。


  (三)世紀のロマンス!オードリーもイチコロの巻

     

 
小国ベルギーが生んだ妖精、オードリー・ヘップバーン。彼女の墓はスイスの片田舎トラシュナという小村にひっそりとある。拙者は一日に数本しかないローカル鉄道で、とりあえず村に一番近い駅に降り立った。まず駅員に墓地の方角を尋ねようと思った拙者は、ただただ茫然。フギャーッ、無人駅だったのだ!ホームに風が吹きすさんでいた。もちろん周辺地図の看板なんてシャレたものはない。しかもこの日は列車のつなぎが悪くて、着いた時点で日没直前。途方に暮れて辺りを見回すと、遠くの方で人影がひとつ、同じ列車で降りたとみられる地元のおばさんが、買物袋を下げてテクテク帰って行くのが見えた。拙者は奇声を発しながらダッシュでおばさんに追いつき(アブナイ)、田舎の駅で突然背後から東洋人に話しかけられてドギマギしてる彼女に“スミマセン、ワタシ、ミチ、マヨッタ、オードリー、ハカ、ドコ?”と、切れ切れの仏語でたたみかけ、方角だけでも教えてもらおうとした。すると、どうやら彼女の家が同じ方向らしく「ついて来なさい」。

     

 
一緒に歩いてる間、「アナタ、シンセツ」とか「コノムラ、トテモキレイ」「ワタシ、シアワセ」などとずっと言ってたら、おばさんの家の前に着いた時に、彼女がニコニコしながら“ちょっと待ってなさい”と言った。何だろうと思っていると、突然ガレージが開いて車が出てきた。墓まで少し距離があるので送ってくれるらしく、拙者はその優しさに腰を抜かした。人なつこいアラブ諸国やラテン系の国ならともかく、個人主義が主流のヨーロッパで、これほど親切にされるとは思わなかったので、嬉しさもひときわだった!しかもこのおばさん、(田舎の素朴な人はどこでもそうなのだが)お礼にと思って日本のお土産を渡そうとしても、顔を赤くして優しく「ノン」と笑うだけで絶対に受け取ってくれない。ジーン。

 墓地の門前に着いた時、おばさんが“ここでしばらく待ちましょうか?”みたいなジェスチャーをするので、とてもじゃないがそこまで甘えるわけにはいかんので、拙者は慌ててこれで充分ですと言い、何度もメルシィを連発しながら、固い握手をして車を降りた。墓地はこじんまりとしていて、まだできたばかりの彼女の墓はよく目立っていた。そして拙者はおそらく日本人で史上初めてオードリーとキスを交わした男となったッ(アホ!)。オードリー・ジュ・テェームゥ!

 その後は、夢にまで見た彼女とのツーショットを撮るべく大奮闘ッ!手前にあったお墓の十字架の肩が、カメラにちょうどいいあんばいの高さだったので、「ちょっと失礼」と言ってバチ当たりにもカメラを置かせてもらい、悲願のツーショットに成功!
…したのはいいんだけれども、墓地には誰もいないと思ってミーハー魂を爆発させ、色んなポーズに挑戦し、カメラと墓の間を大はしゃぎで行ったり来たりしていたら、その一部始終をずっと見てたらしいお婆さんが、バケツを片手に立ちすくんでいた。ピタッと目が会ってしまい、拙者は恥ずかしくなってペコッとお辞儀したら、お婆さんは身の危険を感じたのか、身体を反転させるとあたふた逃げていった。
 “まずい!変態と思われたかもッ!”慌てて拙者は「違うんです!誤解なんですぅ〜!」と(日本語で)叫びながら追いかけると、その行為がお婆さんをさらにビビらせたのか、彼女は老人とは思えないカモシカの様な俊敏さで墓や門を越え、みるみる点になってしまった。「ゼエ、ゼエ、ぐぬぬ…追いつけん…」拙者が先にへばってしまった。

     

 
その帰り道、とっぷりと日が暮れた村道を、例の無人駅までテクテク歩きながら、“やっぱりあのまま車で待っててもらったほうが良かったかなぁ”と少し後悔していた。拙者はそんな勝手なことを考える自分が好きだ。

 以上、今までの内容でお気づきになったと思いますが、旅先で墓に行くということは、当然、列車は各停、バスもローカル線の旅となり、そこに居合わせた好奇心で目が超キラキラの、だが英語がまったく通じない地元のじっちゃんばっちゃんたちと、頼みもしないのにぶっ続けで終点までひたすら交流できます。もろに人々のナマの生活に触れることができ、パック・ツアーが嫌いで一人旅をしている連中でさえ体験できないことを、勘弁してくれと言いたくなるほど味わえちゃう(汗)。そして何より、ゴッホやチャップリンの墓前であぐらを組んで座り込み、持参した酒をコップについで酌み交わし、のんびり空を眺めながらポツリポツリと喋るのは、およそ人生で考え得るかぎりの、史上最強最高最大の贅沢だと拙者は断言します。さあ、皆さんも素敵でラブリーな、めくるめくバラ色の墓巡礼ワールドへ、ぜひ!ぜひ!!ぜひ!!!

     

 
では、また世界の墓のどこかでお会いしましょう。

                                       完(1999.5.12)



●素敵エッセイ/墓場めぐり〜水木しげる
「あの頃(一昔前)は、近郊にまだたくさんあった名のない荒れた無縁墓地を、よく散歩で廻った。僕が立ち去ろうとすると、墓がいかにも名残り惜しそうな表情をする。特に古い墓ほど死者の気持ちがなごやかで、これが墓めぐりの醍醐味だった」

●カジポンが選ぶ「墓マイラーの七つ道具」
1.地図(超必需品!墓地は郊外など駅から離れていることが多い)
2.方位磁石(墓地内は景色が似てるので、広い墓地だと本当に方角が分からなくなる)
3.線香(500mlのペットボトルに入れておくと、折れないしシケらないので、めっさ便利!)
4.虫除けスプレー(日本の墓地はやぶ蚊の王国。対策しておかないと貧血になるほど吸われちゃう)
5.懐中電灯(会いたい墓石がなかなか見つからず、日没後も探し続けるケースが少なくない。遠方への巡礼の場合、“ここまで来て会わずに帰られるかーッ!”と執念で探すことになる)
6.ハンカチ(滝泣き、慟哭用。あるいは墓石が風雨で汚れていた時に拭いてあげるため)
7.故人の作品=朗読用の文庫本(自分が観光客ではなく巡礼者ということを故人にアピール。お経の代わりに一番好きな場面を朗読奉納!故人が画家なら画集を片手にソウルトークしよう)

●海外行動規範
悪党はだいたい夜中に悪さをし、午前11時頃まで爆睡しているので、治安の悪い土地では正午までに墓巡礼を終え、夕方以降は出歩かないことが生き残る鉄則



●世界恩人巡礼大写真館
●衝撃のプロフィール
●恩人巡礼墓ベスト800



【最新ランク】 DVDトップ100 本のベストセラー100 音楽CDトップ100 玩具のトップ100/(GAME)







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オヌシは 番目の旅人でござる