炎のジャズ・アーティスト
TOP40


●ジャズメンたちの墓写真館






“聖者”ジョン・コルトレーン “帝王”マイルス・デイビス



(ミュージシャン名&順位根拠のアルバム)

1.マイルス・デイビス〜カインド・オブ・ブルー&死刑台のエレベーター&ラウンド・アバウト・ミッドナイト                 
ジャズ・トランペットの『帝王』マイルス・デイビス。明るく能天気な“楽しい”ジャズが多かった1950年頃、哲学的香りの漂う、暗く陰湿な演奏スタイルで、世界の悩める孤独者から絶大な指示を得た。名盤『クールの誕生』でそれまでファンキーだったジャズを洗練された大人の音楽に進化させる。だが、やがて彼はファンを裏切るかのように電気楽器を導入し、ポップなフュージョン路線に走る(走る、といっても彼が開拓した道で、それまでフュージョンなるジャンル自体がなかったが)。
“再びバラードを”との周囲の声に彼はこう答える「なぜ俺がもうバラードを吹かないのか。それは俺が心底からバラードを愛しているからだ」。つまり、常に新しい音楽を築き上げ前進し続ける為には、一番愛しているものから離れなければならない、そういうことなのだ。この悲壮なまでのクリエイター魂!
常にジャズを進化させ続けた彼の口癖は次のようなものだった---「半年も前と同じ演奏をするわけにはいかない」。

アルバム『カインド・オブ・ブルー』は、コルトレーン、ビル・エバンズといった最強メンバーと組んで録音されたもの(モードジャスを確立した作品)。彼らが楽器を通して自分の内面をポツリポツリと語りだすのを聴いてると、「ぐおお、な、なんてシブイんだ…たまらん!」と、思わずスピーカーの前で男泣きせずにおれん。
『死刑台のエレベーター』は同タイトル映画のサントラ。なんと彼はこれを即興で吹き込んだ(無音のスクリーンを見ながら!)。闇が迫ってくる感じが、ゾクゾクして病み付きになる。
『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』には、コルトレーンと入れた歴史的名曲「ラウンド・ミッドナイト」が入ってる。
※「反抗心、黒人、怒り、洗練、クリーン、なんであれ、俺にはその全てが揃っていた。しかも俺はそれ以上だった」(マイルス・デイビス)
※マイルスが『クールの誕生』を出して以来、“クール”という言葉は「最高度に格好良いもの」をさす言葉となった。


2.ジョン・コルトレーン〜バラード
人は彼を“聖者”コルトレーンと呼ぶ。日々信じられぬほどの膨大な時間を練習にあて、その音楽に対する求道的な姿勢が「ジャズを通して“神”に近づいた男」と、同じミュージシャン仲間から評された。ジャズメンたちは、彼の演奏テクニックだけでなく、彼の音楽に立ち向かう姿勢に大きく影響を受けた。彼が最前線で活動したのはほんの10年強だったが、彼が生み出した極めて深い精神性を持つ音楽世界には、いまだ誰も踏み込んだ者がいないと言われている。
そのストイック(禁欲的)なサックスの調べは、ワン・アンド・オンリーそのもの。バッハを聴いている時のように、どこか敬虔な気持ちになる。ガンに冒されていることを“音楽以外のことを考えて欲しくないから”とバンドのメンバーに秘密にし、孤高に演奏し続けたコルトレーン。死を覚悟した晩年の音色には、達観したかのような響きがある。
志し半ばの40才で、肝臓癌のために亡くなった。

「私は世の中に“悪”が存在していることを知っている。私は自分の創り出す音楽が、ささやかでもそれに対抗するものになれば、と思う」(コルトレーン)

※この『バラード』はマウスピースの調子が不調で速いものをやれない、そんな状況下で吹き込まれた作品なので、コルトレーン自身は必ずしも満足はしていないと思う。にもかかわらず自分がこのアルバムを愛してやまないのは5曲目の“アイ・ウィッシュ・アイ・ニュー”があまりに素晴らしいから。この演奏と出会っただけでも、生まれてきたモトは取ったと確信している!
※映画『陽のあたる教室』から。「15歳の頃の僕はレコード屋に入り浸り、顔なじみになった店員が“これはどう”と1枚のレコードを薦めてくれた--ジョン・コルトレーンだった。うちに帰ってそれを聞いた。ダメだった、全然ダメだった。さっぱり分からなかった。悔しくて、また聞いた。何度も何度も繰り返して聞いた。そのうち--やめられなくなった。あのサウンドを聞き続けて--僕はこう思った。“僕が求めているのはこれだ。これで人生を生きよう。音楽でつくろう”」。こうして主人公は作曲家を目指す。


3.キース・ジャレット〜ザ・ケルン・コンサート
この演奏も1位のマイルスのサントラと同じで、楽譜ナシの即興だ(もちろん曲名もない)。しかも殆ど黒鍵を使っていないという。彼を天才と呼ばずして、何を天才と呼ぼう!


4.ビリー・ホリディ〜奇妙な果実(完全版)
不世出のジャズ・シンガー、“レディ・デイ”ことビリー・ホリディ。伝記に書かれた彼女の人生はあまりに重い。15才と13才という“子供のような両親”の間に生まれ、10才の時に強姦、14才で娼婦に、15才の頃には売春罪で投獄されている。米国で最も人種差別の厳しい町テキサス州ダラスで肺炎になった父親は、黒人という理由でどの病院からも冷たく閉め出され惨死。そんな地獄を見てきたホリディだからこそ、彼女が歌えば、どんな平凡な曲でも人生の真実を照らす深遠な芸術作品になった。また、伴奏の音にもたれかかるような独自の歌唱法も、憂いと気だるさを含み強烈な存在感を出している。

代表曲『奇妙な果実』(1939)は、南部で実際に度々起きた白人(特にKKK)による黒人リンチ事件に抗議を込めて歌ったもの。当時彼女と契約していた大手コロンビア・レコードは、歌詞の内容に恐れをなして録音を求めるホリディの要望を断った。
最期は中毒になっていた麻薬の為に、声もほとんど出なくなり、40代半ばで死んでしまった。心の友レスター・ヤングの死の4ヶ月後だった。


『♪奇妙な果実』
 
南部の木々はとても奇妙な果実をつける
葉から根元まで血に染まり
黒い遺体は南部の風に揺れる
 
奇妙な果実はポプラの木に吊るされている
 
美しい南部の田園の中に思いもかけずみられる
腫れあがった目や苦痛にゆがんだ唇
 
マグノリア(木蓮)の甘い香りは
突然肉が焦げる匂いとなる

群がるカラスについばまれた果実に雨は降り注ぐ
風にさらされ 太陽に腐り
 
遂に朽ち落ちる果実
奇妙でむごたらしい果実がここにある

「私はビリー・ホリディの歌い方が好きだ。彼女はレスター・ヤングやルイ・アームストロングの演奏のように歌う。ビリーの歌はボビー・タッカーのピアノの伴奏だけで聴くのが好きだった。彼女にはどんなホーンも必要ではない。彼女の歌はいつもホーンのようにサウンドしているのだから」(マイルス・デイビス)


5.サラ・ヴォーン〜サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン
ここまでTOP5は、やはりすべて黒人だった。声の太さは低音の安定感を生み、聞き手を魂ごと抱擁するのだろう。中でもサラ・ヴォーンはずば抜けて深い。


6.チェット・ベイカー〜チェット・ベイカー・シングズ・アゲイン
マフィアにヤクの金が払えず、チンピラに奥歯を抜かれてしまったチェット。人生の最後はビルからの謎の転落死だった。白人だが納得の高順位だ。もちろん、音楽性良し。初めて彼のマイ・ファニー・ヴァレンタインを聴いた時、トロけるようなメロウボイスに男の自分も黄色い歓声をあげたぜ。

※チェットのヴァレンタインといえば20代に吹き込んだやつが有名だけど、自分はあえてこちらを推す!


7.クリフォード・ブラウン〜クリフォード・ブラウン・ウィズ・ストリングス
彼は自動車事故で死んだ。まだ25歳だった。繊細なトランペットの響きをもっと聴きたかったな。


8.ルイ・アームストロング〜プレイズ・W.C.ハンディ
ジャズ創世記の巨星ルイ・アームストロング。愛称はサッチモ。少年時代に街で発砲事件を起こし、放り込まれた少年院で院内ブラス・バンドに加入、そこでラッパと出会ったというのだから人生は分からない。彼はトランペットの演奏に秀でていただけでなく、そのハートウォーミングで特徴のあるダミ声が多くの聴衆を魅了した。“ズビズビ・ダバダバ”と意味のない言葉を即興的につなげ、声を楽器代わりに使う歌唱法“スキャット”を世界で初めて使ったのは彼だ。
黒人差別を黙認する大統領を「無能、意気地なし」と発言し、マスコミに叩かれても「こんな野蛮な国を代表して演奏したくない」とワールドツアーを中止した信念の人でもあった。ベトナム戦争に反対していた彼が、出征する新兵たちの前で『この素晴らしき世界』を歌う映像を見て、自分は感動に嗚咽した。
(“サッチモ”の由来は、エラ・フィッツジェラルドが彼の大きな口を「Such a mouth!」と呼んだことによる)

『♪この素晴らしき世界』

緑の木々に赤いバラが見える それは僕たちのために花開く
僕はしみじみ思うんだ なんて素晴らしい世界かと

青い空や白い雲を眺める僕
明るく喜びに満ちた昼 暗く神聖な夜
そして僕はしみじみ思うんだ なんて素晴らしい世界なのかと

七色の虹が空に美しく映え 行き交う人々の顔を染めている
友人たちが握手をして「ご機嫌いかが」と挨拶する姿が見える
彼らは心から言うのさ アイ・ラヴ・ユーと

赤ん坊が泣いてやがて育っていく
きっとたくさんの事を学びながら
そしてふと思うんだ なんて素晴らしい世界かと
そうさ 僕はしみじみ思うんだ
嗚呼 この世はなんと素晴らしい世界なのかと!


9.チャーリー・パーカー〜バード・アンド・ディズ
ミスター・ビ・バップ。あだ名は“バード”。パーカーはまるで重力がないかの如く、サックスを翼にかえて自由に大空を飛翔した。まさしくバードだ。
彼が現れる以前のジャズは主にスイングと呼ばれ、ビッグ・バンドが演奏するダンス音楽だった。アドリブの鬼バードは「ダンスの伴奏なんかやってられるか!」と数名のユニットを作り、アドリブを強調しまくった演奏“ビ・バップ”革命を起こす。彼は自由なリズムに乗せて、複雑で長いフレーズを即興で演奏しまくった。多くのミュージシャンは演奏し始めて徐々に乗ってくるものだが、バードは最初の一音からいきなり最高度に光り輝く音を出し聴き手を圧倒する。
晩年、美の創造と黒人ゆえの人種差別の苦しみから逃れるように麻薬に溺れた彼は、わずか34才で死去。検死官はバードのボロボロの肉体を見て“60才の老人かと思った”という。
※テレビの「ドーシー・ブラザーズ・ショー」に爆笑して咳き込み、そのまま帰らぬ人に…。


10.レスター・ヤング〜プレス・アンド・テディ
心優しい彼は戦場で理性を保つためにドラッグを覚えてしまった。帰還したとき身体はもうボロボロだった。享年49歳。

『神にかけて言うわ、レスター・ヤングは最高だった』(ビリー・ホリディ)


11.ソニー・ロリンズ〜サキソフォン・コロッサス
名盤ってのは初めて聴いた時に、たとえ演奏者が誰か分からなくても“ゾクッ”とくるものがある。その意味では、このアルバムは“ゾクッ、ゾクッ、ゾクッ”ものだ。


12.ビル・エバンス〜ポートレイト・イン・ジャズ
聴きふるされたスタンダード曲も、彼の手でアレンジされると見違えるように強く脈うった。ドラッグにむしばまれ51歳で生涯を終えた。ピアニストだった兄が自殺したショックが、大きかったという。(最初の妻エレインもNYの地下鉄に飛び込んでいる)

「ビルの演奏には、いかにもピアノという感じの、静かな炎のようなものがあった」(マイルス・デイビス)


13.セロニアス・モンク〜アーティストリー・イン・ジャズ 5
流行の演奏スタイルには目もくれず、周囲の誰にも媚びず、音楽性において一切妥協しない、筋金入りの革命的ジャズメン。彼は比類なき名ピアニストであると同時に、超名曲「ラウンド・ミッドナイト」「ストレート・ノー・チェーサー」など数多くのジャズの古典作品を作曲した。当初はその革新的な作風が理解されず、長く不遇を強いられた。難解な演奏が多いので一般のファンは戸惑いつつ聴いているが、モンクは“ミュージシャンズ・ミュージシャン”と呼ばれ、多くのミュージシャンが彼の音楽を愛聴し、そのスピリットを学んでいる。誰にも似ていない“モンクはモンク”という超然とした姿勢が、今なお多くのミュージシャンに感銘を与えているのだ。享年61歳。


14.エラ・フィッツジェラルド〜エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング
滑らかで明るい歌声、完璧で非の打ち所のない音程、見事なハイ・スピード・スキャット。NYの孤児院で育った彼女は、高名なジャズ誌「ダウンビート」の年間最優秀女性歌手部門で20年連続第1位という、前人未到の偉業を為す、文字通りジャズ界の“女王”となった。
取上げたアルバムは個性的な2人の神業的デュエットが聴ける名盤だ。


15.アート・ペッパー〜ゴーイン・ホーム
筋金入りのドラッグ・ジャンキー、アート・ペッパー。危うい力強さがその魅力だった。享年56歳。


16.コールマン・ホーキンス〜"1927〜1956"
あのゴシック建築のような骨太感がなんともいえず好き!


17.カウント・ベイシー〜ザ・カンサス・シティ 7
ベイシーの気立ての良さが、彼のかもし出す音色からにじみ出ている。彼は自身のビッグ・バンドを率いて、エリントンと双璧の人気を博した。ベイシー楽団にはサックスのレスター・ヤングら花形アーティストがいて、強力なリズム・セクションに支えられ素晴らしいアンサンブルを聴かせた。


18.オスカー・ピーターソン〜ナイト・トレイン
統制された音造りをするピーターソンは安心して聴ける。あの音の強弱の絶妙なバランス感がいいね。


19.チャーリー・ヘイデン〜リベレーション・ミュージック・オーケストラ
総勢13人の競演がなんとも贅沢な1枚。


20.チック・コリア〜リターン・トゥ・フォーエヴァー
ストイックな透明感に酔いまくり。ただ個人的にはフュージュンっぽいのは好みではない。なんかこう、人生が前進しないんだ…。


21.ヘレン・メリル〜ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン


22.ロン・カーター〜ロン・カーター・ミーツ・バッハ


23.レイ・ブライアント〜レイ・ブライアント・トリオ


24.アート・ブレイキー〜モーニン


25.オーネット・コールマン〜サムシング・エルス!


26.チャールズ・ミンガス〜直立猿人
“怒りの巨人”ミンガス。このアルバムに収められた曲名がすごい。「進化」「優越感」「衰退」「滅亡」という人類の歴史になっているのだ。享年56歳。


27.モダン・ジャズ・クインテット〜ジャンゴ


28.エリック・ドルフィー〜ストックホルム・セッションズ
エリック・ドルフィーは享年36歳。もっと長生きして欲しかったのに…残念。彼がもっと生きていたら絶対にジャズの歴史は変わっている。


29.ベン・ウェブスター〜キング・オブ・ザ・テナーズ
自分はこういうホーキンス型の土台のしかっりした構成力を感じさせる音が大好き。


30.オイゲン・キケロ〜ロココ・ジャズ


31.スタンダーズ〜星影のステラ


32.ハービー・ハンコック〜ヘッド・ハンターズ
巷にあふれる環境音楽とジャズの違いは、音の背後に演奏者の存在を感じるかどうかだという。


33.スタン・ゲッツ〜ジルベルト


34.ガッド・ギャング〜ザ・ガッド・ギャング


35.ボビー・マクファーリン〜シンプル・プレッシャーズ


36.リー・モーガン〜ザ・サイドワインダー
1972年、クラブで出演中に愛人に射殺される。享年33歳。


37.デューク・エリントン〜デューク・エリントン・ベスト・ヒット
作曲家兼バンドリーダー兼ピアニスト。米国音楽史上最大の巨匠だ。白人社会がジャズを下等な娯楽と考えていた1940年代、ジャズをクラシックの殿堂カーネギー・ホールで演奏し、その芸術的地位の向上に努力した。彼は白人ジャズと黒人ジャズの違いを強調し、自分の作品をブラック・ミュージックと呼んで区別していた。“黒人は聴衆を楽しませればいい”という風潮の中で、デュークは「我々はアーティストであってエンターテイナーではない」と、毅然と言い放った。彼は後世の黒人ジャズメンの精神的柱となる。
代表曲『A列車で行こう』『ザ・ムーチ』


38.マンハッタン・ジャズ・クインテット〜枯葉


39.ジョージ・ベンソン〜ミッドナイト・ムード


40.マンハッタン・トランスファー〜ヴォーカリーズ



ファッツ・ナバロ〜享年26歳
“盲目の詩人”アート・テイタム〜享年46歳
ウィントン・ケリー〜享年39歳
S・ラファロ〜享年25歳
“モダン・ジャズ・ピアノの父”バド・パウエル享年41歳
ウェス・モンゴメリー〜享年43歳
キャノンボール・アダレイ〜享年46歳
ソニー・クラーク〜享年30歳




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