一度しかない人生を、一度でなくする為に文学は存在する
命の恩人・魂の作家
外国文学編TOP70


書物を読むということは、他人が辛苦してなしとげたことを、容易に自分に取り入れて、
自己を改善する最良の方法である(ソクラテス)



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●詩人の墓写真館



ゲーテ大明神 シェイクスピア御大 トルストイ閣下
(イーサン・ホークそっくり)

西洋の文学、絵画、音楽、映画、これら全てを深く味わう為に、ギリシャ神話と聖書は絶対に基礎教養として知っておいた方が
良い。っていうか、知ってないと、せっかくの傑作芸術作品が、魅力の半分も理解できず、それは非常にもったいないことだ!
※聖書は2000以上の言語と方言で発行され、06年時点で発行部数が全世界で推定3880億部に達したとのこと。

このランキングは作者や作品に優劣をつけたものではなく(そんな事は不可能)、あくまでも管理人が人生に影響を
受けた作家順です。いろんな小説と出合う為のきっかけ、入門用として書いているので、より本格的な内容については
専門的なサイトが多数ありますので、是非そちらをご参照下さいネ。(*^v^*)
(注)皆さんがお気に入りの小説が文中に登場しない場合、僕が“未読”と思って頂いて間違いないです。


1.ドストエフスキー〜罪と罰、白痴、カラマーゾフの兄弟、地下室の手記、
白夜、他全部ハズレなし


「私は無学な人間です。これまでにわずかしか読んでいません。そして今プーシキンの本と出会ったわけです…ワーリニカさん、こういうこともあるんですね、こうして生きていながら、自分のすぐ近くに、自分の一生がすっかり事細かに書かれてる本があることを知りませんでした。それに、自分でもそれまで思ってもみなかったことが、そういう本を読み出すにつれて、何もかも少しずつ思い出しもするし、発見もするし、その謎も解けてくるといったことが!」(“貧しき人々”から)

・「あの言葉はもちろん、思わず口からこぼれたのだが、思わず言っただけによけい重大なのだ」
・「(聖書に書かれた様に)たとえ、苦しみによって永遠の調和を得る為に全ての人が苦しまなければならぬとしても、その場合、子供にいったい何の関係があるんだい?何の為に子供たちが苦しみによって調和を得る必要があるのか、まるきり分からんよ」
・「青年は笑っていましたけれど、やはり泣いていたのです…なぜならロシア人は泣くべきところで、笑うことが非常に多いからです」
・「仮に天上のパンの為に何千、何万の人間がお前(聖者)の後に従うとしても、天上のパンの為に地上のパンを黙殺することの出来ない何百万、何億という人間たちは一体どうなる?それとも、お前にとって大切なのは、僅か何万人の偉大な力強い人間だけで、残りのか弱い、しかしお前を愛している何百万の、いや、海岸の砂粒のように数知れない人間たちは、偉大な力強い人たちの材料として役立てばそれで良いと言うのか?」
・「自分は喜んで神を認めるし、神が世界を創造したことも認めるが、罪なき者がいわれなく苦しむ不合理に満ちた、神の創ったこの世界だけは絶対に容認することが出来ない」〜以上、カラマーゾフの兄弟

・「処刑前の5分間について彼は時間の割り振りをした。まず友達との別れに2分間ばかりあて、さらに2分間をもう一度自分自身の人生を振り返る為にあて、最後の1分間はこの世の名残りに、周囲の自然風景を静かに眺める為にあてたのです」〜白痴

・「…実際、ソーニャ、低い天井や狭い部屋は、頭と心を締め付けるもんだよ」
・「お立ちなさい!今すぐ、これからすぐに行って四辻に立って、身をかがめて、まずあなたが汚(けが)した大地にキスしなさい。だってあなたは大地に対しても罪を犯したんですから!」
・「俺は人間が見たかったのだ」
・「僕は君に対してひざまずいたんじゃない、人類全体の苦痛の前にひざまずいたんだ」〜以上、罪と罰

“彼女が友人としての私を斥(しりぞ)けるとしても、召使としてなら斥けないだろう。せめて走り使いとしてでも。そうに決まっている!”〜賭博者

・“恋の悩みや嫉妬はすべて退屈のなせるわざなのだ。惰性に押し潰されたのだ”
・「僕には時々、自分の空想が幸福の絶頂を極めて、是が非でも即刻、全人類と抱き合う必要が生ずる時がある」
・「人が子供を持つのは、たとえ自分は死んでも、子供たちが生涯自分の感情や考えを持ち続けてくれるからさ」
・「娘が自分で惚れた男というのは、父親の目にはいつだって一番つまらない男に見えるものだ」
・「人間というものは、不幸の方だけを並べ立てて幸福の方は数えようとしないものなんだ。ちゃんと数えてさえすれば、誰にだって幸福が授かっていることが、すぐ分かるはずなのにね」
・「死んでやるわ」「でも、可哀想だな」「誰が?」「生命がさ」沈黙。
〜以上、地下室の手記


 ドストエフスキーはロシア皇帝に対し反抗した罪で投獄され、死刑判決を受け、執行の30秒前に恩赦が出てシベリアに流刑になる(4年間)という極限状態を体験している。文字通り生と死の狭間を垣間見た彼が書いた作品は、どれも血文字で書かれているようだ。ここで抜粋した『白痴』のセリフは、筆者の実体験であるのは間違いないだろう。出所後、自ら月刊誌を創刊し作品を発表するも、社会批判が当局の目にとまり発禁処分を受けた。この筋金入りの反骨心!
 人間の残酷さや弱さを全面に出しながら、それでもなお人類を信じていたいという彼の切実な叫びは、マジで読む者の胸を締め付ける…。罪と罰の主人公ラスコーリニコフの名はロシア語で“分裂した男”という意味だ。彼の作品は、どれも他の作家の追随を許さぬ緊迫した心理描写が見事なんだが、一方、シニカルなユーモアも彼の十八番。ニヤリとさせるのがメチャメチャうまいんだなこれが!
 僕は彼が作中に描くお人好しなアンチ・ヒーローたちを愛してやまない。人の悲しみを知りすぎる優しさがドストエフスキーにはある!

 第1部が完成しただけで彼の遺作となったカラマーゾフは、未完とはいえ彼が2年を費やした大作。非常に読み応えのある傑作だ。とはいえ、彼が構想を練っていた第2、3部も非常に気になる。僕は自分が死んだらあの世で真っ先に彼に続きを聞きに行くつもり。これは死後の最大の楽しみだね!(笑)

「神様が時間を少ししか下さらず、一日に僅か24時間しか割り振ってくださらなかったもんだから、悔い改めることはおろか、十分に眠る暇もありゃしない」
〜カラマーゾフの兄弟

『私がこの小説書いたのも、このムイシュキンとロゴージンが二人一緒に迎える結末が書きたかった為だと言ってもいいくらいです』(ドストエフスキー、『白痴』完成後に)

                   
                   陰気もここまでいくと快楽

黒澤明監督はドストエフスキーの愛読者としても有名。以下、監督のドストエフスキー評。
「あんな優しい好ましいものを持っている人はいないと思うのです。それは何というのか、普通の人間の限度を越えておると思うのです。それはどういうことかというと、僕らが優しいといっても、例えば大変悲惨なものを見た時、目をそむけるようなそういう優しさですね。あの人は、その場合、目をそむけないで見ちゃう。一緒に苦しんじゃう、そういう点、人間じゃなくて神様みたいな素質を持っていると僕は思うんです。 」

※『罪と罰』のネチネチ・ポルフィーリーは刑事コロンボの原型となった。


2.メルヴィル〜白鯨

・「ああ、愚かな人間よ、ノアの洪水はまだ退いてはおらぬ、優に世界の3分の2をまだ覆っているではないか」
・「おぬしは気が狂うが当然じゃ、何でまだ狂わぬ?どうして狂わずに堪えてゆける?おぬしが狂えぬのは、天がまだおぬしを憎んどるからか?」「わしは火傷をし抜きましたで、傷痕一つでも焼くのは容易じゃござんせん」
・「見よ!神々は全て善を為し、人間は全て悪を為すと信ずる者ども、これを見よ!知らざるところなき神々が悩める人間を忘れ果てている時、人間は、よしんば愚かしくとも、自ら何を為すかを知らずとも、心優しい愛と感謝に溢れている事が分からぬか」
・「おお、凍れる天よ!下界を見るがよい。汝、放蕩荒淫の造物神どもよ、よくもおのれはこの不運な子供を生んで棄て去ったな」
・「40年の欠乏生活、危難、そして嵐!40年の間、俺は乾いた塩漬の食い物ばかり食ってきた…俺の魂の干からびた糧(かて)に何とふさわしいことか!」
・この短い一章はバルキントンのための石なき墓だ。
“(遺書を書き終わって)今から以後、何ヶ月か何週か分からぬが、いずれにせよみんな私の丸儲けだ。私は自分の寿命よりも生きるわけだから。これでばっちり死と破滅の穴へ飛び込む用意は出来た、さあ、矢でも鉄砲でも持って来い!”〜白鯨

小説『白鯨』はただの海洋冒険小説ではないッ!白蛇、白鹿など、自然界に現れた白い生物は、昔から聖なる存在として崇められてきた。地上最大の動物であり、しかも白色の“白鯨”は、「神」や「運命」の象徴だ。片や、捕鯨船“ピークォド号”の船乗りたちの国籍はオランダ、中国、インド、フランス、アイスランド、マルタ、イタリア、タヒチ、デンマーク、ポルトガル、英国、アフリカ諸国etc…、つまり船は世界の縮図であり、船乗りは全人類の代表だ。船長エイハブはかつて白鯨との戦いで片足をもぎとられる深手を負い(運命に敗北した)、以来、復讐の為に“世界の果てまで”白鯨を追跡している。
ピークォドの船乗り達は、出航後しばらくしてから航海の目的が捕鯨ではなく白鯨との一騎打ちと知って驚愕する。誰もが“白鯨と戦って勝ち目はない”“自殺行為だ”と絶句するが、エイハブの熱く、激しく、鬼気迫る演説「貴様らは皆エイハブだ!」で、「白鯨上等!」「相手に不足なし!」という一種の熱狂状態へと変わっていく。

唯一冷静なのが一等航海士スターバックだ。スターバックには陸地に愛する家族がいた。無謀な戦いで死ぬわけにはいかない。彼は思う「エイハブを暗殺すれば、皆が無事に家に帰れるんだ…!」(この時、船は日本近海。スターバックは「閉ざされた国、日本」と呟く。この本が書かれたのはペリーが来航する2年前であり、メルヴィルの博識が分かる)。
僕が一番好きなキャラは二等航海士スタブ。彼はハンモックに入る時に言う「まったく、ぐっすり眠れるだけでも、この世に生まれてきた甲斐があるってもんだ!」。スタブは辛い人生を笑い飛ばして生きてきた。やがて訪れる決戦を前にスタブは大海原に叫ぶ「スタブにはスタブの歴史がある!俺はここで誓うぞ!俺はいつでも陽気だったと!」。
船の舵を取るのはバルキントン。彼は4年間の危険な航海を終えて帰港した別の船から、すぐにピークォドに移って来た。彼は“陸地に足の裏を焼かれる気がする”男。港には慈悲が、安全が、憩いが、暖炉と温かい毛布がある。だがバルキントンには港の優しさが危害であり、それにちょっと触れるだけで全身に戦慄がはしる「真理は絶海の孤独にある。陸地で生きる屈辱より、怒涛さかまく海の底に滅びた方がマシだ。地にすがり地を這うもの、おお、つまりそれは虫けらではないか!」。
主人公イシュメールは白鯨と戦う腹をくくり、遺書を書き終えて思う「今から以後、何日生きるか分からないが、その分みんな丸儲けだ。これで死と破滅の穴に飛び込む用意は出来た。矢でも鉄砲でも持って来い!」。この魅力的な船乗り達が、総勢30名以上。読者は彼らと共に航海するのだ!!

文学に苦手意識を持っている人は、約千ページもあるメルヴィルの『白鯨』の“分厚さ”に沈黙するかも知れない。しかも、上巻は遅々として話が進まずド退屈!テンポの速いテレビや漫画に慣れている僕らには、拷問に等しい展開が待ち受けている。なんせ、本編前のどうでもいい序章(鯨の話)だけで30頁あり、エイハブ船長は200頁を過ぎてやっとこさ登場する!200頁といえばそれだけで普通の小説一冊分だ。物語はたまにしか進まず、あとは作者メルヴィルが語る鯨のウンチク(トリビア)を延々と聞かされるのみ…。アクビの連続。辛い。まるで罰ゲーム。

だがしかし!それこそが作者の狙いなのだ!作者は元々船乗り。海の上がどれほど退屈か知っている。出航したからといって簡単に鯨と遭遇できるわけじゃない。下手をすりゃ1ヶ月も出合えないこともある。メルヴィルは文章だけでなく、流れていく「時間」を体感させて、読者をピークォド号の一員にしてしまうのだ!読み手に無為な時間をわざわざ共有させることで、見張りが視界の彼方に鯨の群れを発見した時の、あの鼻血が出るほどの興奮を体験させるのだ!
『白鯨』は生と死の物語。この作品は絶対に長編でなければならなかった。長期間を登場人物と過ごすことで、キャラの命の重みが増すからだ。短編では感情移入する前に決着がつき、白鯨との死闘で誰かが死んでも、死傷者X名という“数字”として受け止めてしまう。だが長編であれば、夜の甲板で星を見ながら船乗りの過去話に耳を傾けることもあり、酔い潰れた男が漏らす一言に胸を打たれたりする。何度も一緒に飯を食う。だからこそ、誰かが死ぬ度に「あいつが、人の良いあの男が逝ったというのか」と、底なしの喪失感にとらわれる。“もう船に奴はいない”。この感覚は長編小説なればこそ。

何週間かかってもいい、最後の1頁まで読んで欲しい。エイハブ、イシュメール、スターバック、スタブ、フラスク、クィークェグ、タシュテゴ、ピップ、バルキントン…神であり運命である“白鯨”に命懸けで立ち向かった、か弱き人間たち。彼らピークォド号の仲間を、貴方は一生忘れないだろう。

※一等航海士スターバックはシアトルでコーヒー店の名前になった。店の看板が海をイメージしてるのはそのため(3人で創業したのでスターバックスと複数形になった)。

※白鯨は大抵の古本屋にあるし、岩波、新潮、講談社など各社から出版されてます。僕は新潮の上下を読んだけど、岩波は挿絵が豊富で読みやすいと好評。

※作者のメルヴィルは激動の人生を送っている。15歳で父を亡くし家計を支える為に学校を辞め、銀行員、農場手伝い、商店勤め等の仕事に就く。20歳の頃、海への好奇心から英国行きの貨物船に乗り込み、22歳の時には捕鯨船へ。1年後、船上生活の辛さに耐えかねて船を脱走、南太平洋の島で食人種の村に迷い込み1ヶ月を過ごす。やがて他の捕鯨船に救い出されたが横暴な船長に反抗し、タヒチで投獄される。次に米国の捕鯨船で半年間働いた後、ハワイで商店勤めをし、その後米国軍艦に乗り込みボストンで除隊になった(25歳)。まるまる20代前半をかけた海の放浪が終わり、27歳で人生体験をもとにした処女作を発表した。当初は人気作家だったが、作風が重く深刻なものになるにつれ人気は低迷、筆では食べていけず47歳の時に税関史となった。世間は彼を忘れ、最後は半ば発狂し、失意のうちに死す(72歳)。死後30年を経て、ようやくその作品群が再評価され始め、現在では世界文学史上の大巨人として名を連ねている。


3.シェイクスピア〜リア王、マクベス、じゃじゃ馬ならし

・「人生は動く影、所詮は三文役者。色んな悲喜劇に出演し、出番が終われば消えるだけ」
・「どうとでもなれ、どんな大嵐の日でも、時間はたつ」
・「一時間前のことなど、うっかり深刻ぶって話そうものなら、それこそ物笑いの種、一刻一刻、新しい惨事が起こっております」〜マクベス

・「恋が君につらければ、君も恋につらければよい。向うが刺せばこっちも刺せ。すりゃ恋が負けに決まってる」
・「恋がもし盲目なら、恋の矢はいつも外れるはず」
・「(両家の)名前が一体なんだろう?我々がバラと呼んでいるあの花の、名前がなんと変ろうとも、香りに違いはないはずだ」
・「目よ、よく見ろ、名残りだぞ!腕よ、さあ、最後の抱擁だ!そして、おお、生命の門なる唇よ、今こそ天下晴れての接吻で、死神と永久契約の証文に証印をするのだ!」〜以上、ロミオとジュリエット

・「過ぎてかえらぬ不幸を悔やむのは、さらに不幸を招く近道だ」〜オセロー

・「もうよい、意地の悪い運命の女神に悲しみの涙を施して、これ以上つけあがらせることはない。我々を苦しめに来るものを快く迎えてやれ。それに平然と堪えている風を見せて逆にそいつを苦しめてやるのだ」
・「一度笑い飛ばした人生は、後で泣いて見せても取り返しはつかぬ」〜以上、アントニーとクレオパトラ

「命は短い方が恥は長引かん!」〜ヘンリー五世

・「キャサリン台風!これが娘につけるあだ名ですかい!」
・「どうです、娘に音楽家の素質はありましょうか?」「むしろ兵隊にむいておいでです」
〜じゃじゃ馬ならし

「自分と同列の人間を恐れながら生きるのなどは真っ平だ。俺はシーザーと同様自由な市民として生まれた、君だってそうだ。俺たちは同じ物を食っている、同じ冬の寒さに堪えられる、何もあの男と違いはしない」
「人の悪事をなすや、その死後まで残り、善事はしばしば骨と共に土中に埋もれる」
「ああ運命よ、貴様はとんだいたずらっ子だ!貴様はわけなく人の腹に宿るくせに、いざとなると決してめでたくは生まれない、それどころか貴様をはらんだ親の命を奪ってしまうのだ!」
「自殺は身に降りかかる不運の先手を打って、自ら寿命を絶つだけのこと」
〜ジュリアス・シーザー

・「この巨大な地球さえ、もとよりそこに棲まうありとあらゆる物がやがては溶けてきえる…我らは夢と同じ糸で織られているのだ。ささやかな一生は眠りによってその環を閉じる」
・「俺にとっては手の空いてる時が一番忙しい」〜あらし

「オフィーリア、尼寺へ行け!なぜ男に連れそうて罪深い人間どもを生みたがる?」
〜ハムレット

「人間はこの世に生れ落ちるやいなや、阿呆ばかりの大きな舞台に突き出されたのが悲しくて、誰もが大声をあげて泣き叫ぶ」〜リア王


 主要人物が全員死亡するという衝撃的なハムレットやロミオも捨てがたいが、一線越えてスゴイのはリア、マクベス、じゃじゃ馬の3作だ。リア王の道化のセリフはまるで天の啓示だし、マクベスが語る多くの崖っぷちセリフはかっこよすぎだし、じゃじゃ馬の破天荒なラヴストーリーは抱腹絶倒。ウーム、シェイクスピア恐るべし。人は占いで未来を知りたがるが、たとえ幸福な予言であっても知ることが不幸をもたらすということをマクベスで知った。運命の女神に断固として服従を拒否する、全作品の登場人物たちに乾杯!

“詩人と恋人と気違いは同一人物である”(シェイクスピア)


4.トルストイ〜クロイツェル・ソナタ、アンナ・カレーニナ、悪魔、復活

“長い年月会わずにいた恋人の顔を見ると、最初は別れていた間に生じた外見的な変化に驚かされるものの、やがて少しずつ、何年も前と全く同じにものになっていき、やがて他に二つとない、その人だけの精神的個性の表情だけが浮かび上がってくる”
“日記とは自己との対話である”
“我々は刑法を活用する前に、囚人を罰する前に、こういう不幸な人間が作られていく環境そのものを絶滅するように努めねばならない”
〜復活

・「あなたの涙なんて、ただの水だわ!」「ああ、かなわん!とても、かなわん!」
・「教養とは一切のものから快楽を作り出すことだ」〜以上、アンナ・カレーニナ

・「音楽ってやつは、それを作った人間のひたっていた心境に、じかにすぐ運んでくれるんですよ」
・「不思議なことに美は善であるという完全な幻想が、往々にして存在するものです」
・「女性は自分を、性欲を刺激する道具に仕立て上げてしまったため、男は冷静に女性と応対することが出来なくなってしまったのです。女のそばに近づいただけで、男はその妖気にあたって、ぼうっとなってしまうのです。一体どういうわけで、賭博が禁じられていながら、女たちが性欲を挑発する服装をすることは禁止されないんでしょう?その方が千倍も危険なのに!だってこれじゃ、散歩道や道路という道路にありとあらゆる罠を張りめぐらすのと、全く同じじゃありませんか!」
・「人生のあらゆる贅沢品は女性によって要求され、維持されているんです」
・「夫婦喧嘩は喧嘩ではなく、あれは性欲がやんだ結果現れたお互いの本当の関係に過ぎないのです」
・「子供が小さな手足や身体などの可愛らしさによって与えてくれる楽しみや、子供のもたらす喜びも、子供の病気や死は言うまでもなく、病気や死の可能性に対する心配だけで母親の味わう苦しみに比べたら、ずっと少ないものですよ」
〜以上、クロイツェル・ソナタ


「(不倫を終わらす)解決法は二つしかないんだ。妻を殺すか、あの女を殺す。その他…あ、そうか、第三の道があった。自分を殺すんだ。そう、自殺だ。そうすれば二人を殺す必要もない」〜悪魔


 実はまだ“世界文学最大の傑作”といわれている『戦争と平和』を読んでいない(だって長すぎ!)。もし読んだら順位が上位と変わるかも。『戦争と平和』には2本の映画版とタカラヅカ版(これがタカラヅカ初体験だった)で触れたが、全部感動したもんな。読むまでは何としても死ねんのだ。さてトルストイ。男と女の話にテーマを絞ったら、間違いなく順位はトップかと。恋する者には上の3人よりトルストイがオススメじゃな。クロイツェルは刊行当時、内容が不道徳だと発禁になったシロモノ。男性諸君、クロイツェルは結婚後に読んでももはや手遅れですぞ!
 82歳で家出し、そのまま田舎駅でのたれ死んだトルストイ。彼らしい幕の引き方ではないか。


5.スウィフト〜ガリバー旅行記

(以下、ガリバーが旅を終えてロンドンの我が家に帰ってきた部分)
“…我輩がヤフー族の一匹(妻のこと)と交尾して、既に子までなしている事を考えると、恥辱、当惑、恐怖に襲われた。家へ入るやいなや、妻は我輩を両腕に抱いて接吻した。だが何しろこの数年間というもの、この忌まわしい動物に触れられた事などほとんど無かったものだから、たちまち一時間ばかりも気を失ってぶっ倒れてしまった。(中略)今日でさえ、妻子には我輩が食べるパンに手を触れたり、ひとつ容器から物を飲むことなどは断じてさせない”

 諸君の中で小人の国のエピソードしか知らぬ者…光速で本屋へダッシュせよ!巨人国やラピュタ編しか知らぬ者も右に同じじゃ!この作品の真骨頂はラストの『馬の国』にあり、これを読まぬ内は他のいかなる作品にも寄り道してはならぬ!この章に関してのみ言うならば、スウィフトはドストエフスキーを凌駕している!晩年、スウィフトが発狂したことは当然の帰結かと。

『わが国(英)の国民は、自然のお目こぼしでこの地球上を這いずり回ることを許されている害虫どもの中でも、特に悪質な種属だ』〜スウィフト

※ガリバー旅行記に出て来たヤフーという野蛮人は、その後ヤフー=ならず者という意味として定着し、あるプロバイダーが「俺たちはならず者だぜ」とその名を社名に冠した。


6.ヘッセ〜荒野のおおかみ、郷愁、デミアン

“愛情に富んではいるが厳格できわめて信心深い両親と教師によって、「意志をくじくこと」を教育の原則とする精神で彼が教育された”
“孤独は独立だ。私はそれを望み、長い年月をかけて獲得した。それは冷たかった。しかしまた静かであった。
星のめぐる冷たい静かな空間のように、驚くほど静かで偉大だった”
“不幸の中にあっても、王者の生活であった。この生活の核心は高貴であった。はした金を求めはせず、星を求める生活であった”
“どうあろうと、私がガス、かみそり、あるいはピストルの助けを借りて、にがい苦痛を本当に度々深く舐めさせられた経過の繰り返しを進んではぶくのを、誰も制止することは出来なかった”
“彼はほんとに惨めな目に会うと、狂おしい喜びと、一種の意地悪い喜びをもって「俺は人間が一体どのくらい辛抱できるか好奇心を持っているのだ。耐えられる限界に達したら、俺は非常口を開きさえすればいいのだ”と感じることが出来た”
“本をほとんど読まず、読書が何であるかを知らず、チャイコフスキーとベートーヴェンを区別することが出来ないような女性を、1時間以上愛することは全く不可能だ”
“軽い生活、軽い愛、軽い死…そんなものは私にとって無価値だった”
“彼女の愛撫は、その日聴いた素晴らしい音楽を傷つけなかったどころか、その音楽にふさわしく、その完成でさえあった”
“今さら私の部屋で、ノヴァーリスやジャン・パウルと並んで、自分の思想の静かな隠れ家に、アメリカのジャズの流行歌が響き渡り、私がそれに合わせて踊らなければならないなんて、実際そんなことは、人間が私に要求しうる限度を越えていた”
“僕の同郷人の三分の二はこの種の反動的な扇動新聞を読む。朝晩この調子の文句を読み、毎日説得され、警告され、けしかけられ、不満や憎しみを掻き立てられる。そういうあらゆるお膳立ての狙いと結果はまた戦争なのだ。次の来たるべき戦争だ。何から何まで簡単明白だ。どんな人間にだって分かることだし、ものの1時間も考えれば、同じ結論が出るだろう。ところが、誰もそうしようとしない。誰も次の戦争を避けようとしない。誰も自分の子ども達のため、幾百万という大量殺害を阻止しようとしない”
“畜生め!かみそりだ!”
“一人で荒野を走ったり、雌の狼を追ったりすることがどれほど快いか!”
“この酒場の彼らは私のように孤立脱線したやからで、破産した理想を肴にじっと考え込んでいる酔いどれだろう。ここに私は錨を下ろした。ここなら1時間は辛抱できた。2時間でも。”
“帰宅して自分の部屋の戸を開けた。私の小さな仮の故郷で、肘掛け椅子と暖炉とインキ壷と絵の具箱と、ドストエフスキーとノヴァーリスが私を待っていた。他のまともな人が帰宅すると、母や妻子や犬猫が待っているように”
〜以上、荒野のおおかみ

“彼らは外へ出て、大地の美しさを喜び、牧草地を踏みにじり、ついにはたくさんの花や枝をもぎ取り、すぐまた投げ捨てるか、家でそれがしおれるのを眺めるかする”
“愛している誰かのことを思い巡らすことほど甲斐のないことはあるまい。考えの筋道は、民謡か軍歌のようなものだ。色々なことが出てくるが、終わりの折り返しの文句は全然ちぐはぐな場合でも、しつこく繰り返されるのである”〜郷愁

「まさか君だって、真っ直ぐ立って歩くし、9ヶ月で生まれるからというだけの理由で、そこいらを走り回っている2本足全部を人間だなどと言うつもりはないだろう?」
〜デミアン

“どれもが死のうとする意思、無常の痛切な告白であった。しかも、どれもが死にはせず、変化するだけだった。絶えず新しく産み出され、絶えず新しい顔を与えられた”
〜シッダールタ


 文芸愛好者の耳元でヘッセは選民思想を執拗に囁き続ける。傲慢ともとれる思想だが、同時に心をくすぐる思想であることも確かだ。額にカインの刻印があることが、すなわち誇りとなるのだから!ヘッセ文学は世界の孤独者のバイブルだね。ノーべル文学賞受賞。


7.チェーホフ〜かもめ、6号室、ワーニャ伯父さん

・「やがて新しい生活の朝焼けが見え始め、真理が勝利をおさめ、そして我々に運が向いてくるでしょう!僕はそれを待たずにくたばるでしょうが、その代わり誰かのひ孫たちがそれに巡り会うんだ。僕は彼らに心からの挨拶を送って喜ぶ。彼らのために喜ぶ!進め!友人たちに神助あれ!真理ばんざい!」
・「ストア学派(禁欲主義者)は富や生活の便宜に心を惹かれるな、苦しみや死を軽蔑せよと説教したが、大多数の者には何が何だか分からない。だって彼らは一度も富を知らず生活の便宜も知らなかったのだから。それに苦しみを軽蔑すべきだということは、彼らには生活そのものを軽蔑すべきだということになったから、生活を重荷に感じたり、憎んだりは出来ても、軽蔑することは出来ないのだ」〜以上、6号室

「治療するなら病気でなく、病気の原因を直すべきです。病院とか学校とか図書館とか救急箱とかは、現在の体制下では人間の奴隷化に役立つだけです。民衆は大きな鎖でがんじがらめに縛られているのに、あなた方はその鎖を断ち切ろうとせず、新しい鎖の輪を付け加えているに過ぎない」〜中二階のある家

「幸福な人間が良い気分でいられるのは、不幸な人々が自己の重荷を黙々と担ってくれているからに過ぎないんだし、この沈黙なしには幸福なんてありえない。これは社会全体の催眠術じゃありませんか」〜ともしび

「本当の生活がない以上、幻に生きるほかはない。とにかく、何もないよかましだからね」〜ワーニャ伯父さん

  “短編小説の巨匠”チェーホフ。彼の作品は暖かい!とにかく優しい!医者兼作家として、常に弱者からの視点に立つ彼の文学は、まさに人類の良心といえよう。戯曲に関してしても、舞台の場末で登場人物たちが漂わせる滅び行く哀愁感が強烈!結核によってわずか44才で彼を失ったことは、人類史上の損失なり…。


             
              いかにも人が良さそうなチェーホフ(32才)


8.リルケ〜マルテの手記、若き詩人への手紙

“今日僕は何も格別期待していなかった。僕は自然な至極簡単なことのように元気よく家を出た。だが僕は、また紙くずのようにクチャクチャに揉まれて無慈悲に投げ捨てられてしまったのだ。無残なものだった。あっと思うまもない、ごく容易な、しかし気が狂いそうな激痛を与える無遠慮な仕打ちである”
“僕は人を愛してはならぬと強く心を固めていた。それは「愛される」という恐ろしい地獄へ誰をも突き落とさぬ配慮だった”
“恋に恋している人物にとって、自分の愛に答えられることが一番恐ろしい恐怖なのだ”
“本を開けると絶望者の一群がまるで堰(せき)をきったように、静寂の中にいる僕に襲いかかって来る作品がある”
“地上ではこのような息苦しい紛糾が行われているのに、どこか天上の一画では死者が美しい神の光を受けて輝きながら天使と仲良く身体を持たせ合ってるなどと、どうして想像できよう”
“神という観客の前で、僕はもう演ずることをやめてしまった”〜マルテの手記

“あなたの孤独を愛して下さい。あなたに近い人々が遠く思われる、とあなたは言われますが、それこそあなたの周囲が広くなり始めたことを示すものに他なりません”
“ある事が困難だということは、一層それをなす理由であらねばなりません。愛することもまたいいことです。なぜなら愛は困難だからです”〜若き詩人への手紙

 孤独地獄も一線を越えると実は快楽に転生するという隠れた事実を、初めて目の前に提示してくれたのが、このライナー・M・リルケだ。大学の下宿時代、この手記に病みつきになり、授業中も机にこの小説の紹介を書きまくってた。

※リルケは27歳の時に彫刻家ロダンと出会い秘書をつとめた。ロダンはリルケに、詩にも彫刻のような硬度をもった造型と完結性を与えるべきである事を教えた。


9.ボードレール〜悪の華、巴里の憂鬱

「虐げられる奴隷となって、時間の手中に堕ちざる為に、恐るべき時間の重荷から逃れる為に、絶えず汝を酔わしめてあれ!酒によって、詩によって、徳によって、恋によって、とにかく汝の好むがままに!」

「永久の快楽と苦悩の歌い手よ、哲学者よ、詩人よ、芸術家よ、不朽の名に於いて、私は御身に敬礼する!」〜以上、巴里の憂鬱

 反モラル、反社会的詩人というそのスキャンダラスな一面のみで彼を語るなかれ。詩集と向きあったとき、彼の絶望の根深さの裏に崇高な良心を見出す者、かの人はこの現世の歩哨に立つ使命を帯びた一族なり。享年46歳。

『ボードレールは新しい戦慄を創造する』(ヴィクトル・ユゴー)
※詩集『悪の華』は刊行当時、“公共の道徳に反する”理由で発禁処分を受けた。


10.サリンジャー〜ライ麦畑でつかまえて、フラニーとゾーイー

“学校なんてインチキ野郎ばかりだ。やることといったら、将来キャデラックが買えるような身分になる為に勉強するだけなんだ。そうして、もしも人気のフットボール・チームが負けたら残念でたまらんという振りを見せなきゃなんない。一日じゅう女の子と酒とセックスの話、おまけに皆がいやったらしい仲間を作って固まっていやがる。バスケットのチームの奴らが固まる、カトリックの連中が固まる、トランプをやる奴らが固まる、本好きな奴らまでが自分たちだけで固まってやがんだ”
“休み時間の廊下はインチキ野郎がヘドが出るほど大勢群がってるし、女の子はあちこちを見回したり自分をきれいに見せたり髪をいじったり小首をかしげるのに忙しいんだ”
“大抵の女の子はトンマな男たちと結婚するんだろう。俺の車は1ガロンで何マイル走れるなんてことばかり喋ってる男とか、ゴルフや時にはピンポンみたいなくだんない競技でも、負けるとすごく気を悪くして子供みたいになっちまう男。あきれるほど意地の悪い男や、本など絶対に読まない男。退屈でしようのない男…”
“友達は俺と僕と私だけだ”
“太陽の出ていない薄ら寒い日に公園に散歩に行って、目につくものが犬の糞と痰と煙草の吸殻と腰をかけたら尻が濡れそうなベンチだった時ほど人を滅入らせるものはない”
“道徳的な、また精神的な悩みに苦しんだ人間は君が最初じゃない。そういった人々の何人かは自分の悩みの記録を残してくれた。それを知って君は孤独じゃないことを知り、今度は君が後の人々に記録を残していくんだ。これほど人類史に渡るスケールを持った美しい相互援助は他にはない!”
〜以上、ライ麦畑でつかまえて


“16歳以上で潰瘍のない奴はみんなスパイ野郎さ”
“(マタイ伝6章)汝らは空の鳥よりも遥かに優る、幼いフラニーが冷然と聖書を棄てて、まっすぐ仏陀に赴くのはここのところさ。仏陀はかわいい空の鳥たちを差別待遇しない”〜以上、フラニーとゾーイー

  何と痛快で魅力にあふれた作品だろう!この主人公のイキイキとした心理描写はもはや神ワザ。「オトナは全員インチキ野郎だ」と吠え続ける展開は、最初は面白くても、それだけだとだんだん読者は閉口していくもの。物語世界が閉じてしまっているので、先にストーリーへの好奇心が薄れてしまう。ところがサリンジャーの小説は、途中で読書を放棄できないのだ!別にこれといった大事件が起きるわけでもないのに読書を止めれんのは、我らがホールデン君(ライ麦)が次にどんな言葉を吐くのかモーレツに知りたいという気持ちに他ならない。彼のひねくれが拍手喝采なのは彼の“ホントは凄くいいヤツ度”が炸裂しているからで。一日でも早く読むことをオススメする。

※「ライ麦畑でつかまえて」はサリンジャーの1951年の中編小説。ライ麦畑で遊んでいる子供たちが崖(がけ)から落ちそうになった時、捉まえてやる者になりたいと考える心優しい高校生ホールデンが主人公。大人の世界の「インチキ」を見抜いて反発する純情一途な少年が見事に造形され、その痛快な語り口もあって今でも超人気の作品。J・レノンを暗殺した犯人のポケットからこの本が出てきたのは有名なエピソードだ。ジョンは「インチキ」を糾弾する側だったのに、絶対犯人は間違っている!
※同書は刊行から約60年を経た今でも毎年50万部が売れ、07年には全世界の累計が6000万部を超えた。一方で、この本は最初に契約した出版社から「狂人を主人公にした作品は出版しない」と刊行を拒否されているし、土地によっては禁書にされている。“反抗的な主人公は子どもに悪影響を与える”“反キリスト的”などと言ってる批判者は、ホールデンの純粋さや繊細さに全く気付いておらず、本当にこの本を読んだのかって思う。“優しさに裏付けられた悪態”なのになぁ。

11.カミュ〜ペスト、異邦人、転落
「アルジェリアでは太陽と海はタダだった。それで私はちっとも貧しいとは思わなかった」〜異邦人

・「私は首を斬られるかもしれない、そうなったらしめたもの、私はそれっきり死ぬのを恐れる必要もなくなって、救われる」
・「私は死にたくないという思いで死にそうでした」
・「我々はなんぴとの無罪をも請け合えないのに、万人の有罪であることは確実に断言できる」
・「イエスの親たちが彼を安全な場所に移しているちょうどその時に虐殺されたユダヤの幼児たち、この幼児たちが死んだのは彼のせいでないとしたら、一体誰のせいです?」
・「転落は夜明けに起こる」〜以上、転落

「この年になると、いやでも本気のことを言っちまいますよ。嘘をつくなんて、とてもめんどうくさくて」〜ペスト

 
“不条理”をテーマにペンを握り続けたカミュ。僕はその痛々しいまでの誠実さが好きだ。良い男だよ、カミュは。本当に。自動車事故の為、47歳で亡くなった。


12.ゲーテ〜若きウェルテルの悩み、格言集、詩集、ファウスト
・「僕はどんな時でも自分の好む時に、現世という牢獄を去ることが出来るという自由感を持っているのさ」
・「僕が嘘をつくのは、それもつまりは嘘をつかない限り万事上手くはいかないからなんだ」
・“彼女がこの世にいるということ、僕の運命に対する彼女の共感、そういうものを思うと干からびた脳髄からも最後の涙が絞り出される”
〜以上、若きウェルテルの悩み

「これがもっと続くと、陽気にお気が狂うか、陰気に臆病になってお果てになる。もう沢山だ…」〜ファウスト

●空気と光と、そして友達。これだけが残っていれば、気を落とすことはない
●科学と芸術は全世界に属する。それらの前には国境など消え失せてしまう
●一人の人を愛する人は、すべての人を憎むことができない
●太陽が素晴らしいのは、すべての塵を輝かせることだ

 ゲーテの優しさには泣く。彼は何不自由のない恵まれた環境に育った人間だったのに、どうして他者の心を思いやれたのだろう。

『私はウェルテルを再読できない。あの小説のような病的な状態を再び通らねばならぬのが怖いのだ』〜ゲーテ


13.オスカー・ワイルド〜ドリアン・グレイの肖像
“すぐれた肖像画に気づかないことは人殺しをしたも同然だ”
「(完成した)あの絵は僕よりもまるひと月若いので、少々ねたましい気がする」
“詩や彫刻や絵画に傑作がある如く、「人生」そのものにも珠玉の傑作が存在する”
「僕は彼女が大好きだが愛してなどいない。一方彼女は僕を熱烈に愛しているがそれほど好きではない」
“悪というものも所詮は自分が抱いている美の概念を実現する一手段に過ぎぬ”
“お前は罪びとなのだと言われるほど、人間の虚栄心を満足させるものはない”
“人間の先祖は本人の血族ばかりでなく、文学のうちにも存在している”
“男はどの女とでも幸福になれるものだ、その女を愛していない限り”
“人間との取引関係において運命は一瞬たりと帳簿を閉じてはくれぬ。一度の過失に何回となく償いをせねばならず、繰り返し繰り返し代価を支払わねばならぬのだ”
〜ドリアン・グレイの肖像

 
学生時代は快楽主義者のワイルドにまんまとのせられた。ドリアン・グレイは本当に危険書だよ。


                 
    「物事を外観によって判断しない人間こそ、浅薄なのだ」(オスカー・ワイルド)


14.サン・テグジュペリ〜星の王子さま、夜間飛行
「本当に大切なものは目に見えないものなんだ」〜星の王子さま(この作品は現在、聖書に次ぐ世界のベストセラーになっている)

・「一度犯した失敗は今後もう起こらないので、この先、失敗する可能性はひとつ減ったことになる」
・「僕らはもう助かりっこないはずだというのに、笑うなんて、僕は確かに正気じゃないぞ」
・満月ともろもろの星座とが、今このように雲を輝かしい波の如きものにしているのだ。
嵐は、機体の下方で、狂風、竜巻、雷電の荒れ狂う3千メートル厚さのある別の世界を形成しているのだが、星の方へ向っては、水晶と雪で作られているかと思える顔を向けていた。
彼は徘徊した、宝物のようにたっぷり集められた星に交じって、彼ファビアンとその同僚以外には誰ひとり生きた人間のいない世界の中を。お伽話の中の盗賊どもと同じように、永久に出ることの出来ないはずの宝物庫に閉じ込められて。冷たい宝石の間を、いとも富んで、しかも死刑を宣告されて、さまよっている彼らであった。〜以上、夜間飛行


 
サン・テグジュペリが若死にせずもっと生き続けていたら、どんなに素晴らしい本を残してくれたろう!本当に残念だ。もっともっと色んな作品が読みたかった。
 夜間飛行には死を覚悟して嵐の雲海の上を飛行する場面があり、その部分を思い出すだけで僕の背中には100万ボルトの電流が走る!

『僕にあっては飛行機は自分を創り上げる手段だ。農夫が鋤(すき)を用いて田畑を耕すように、僕は飛行機を用いて自分を耕すのだ』(サン=テグジュペリ)
『愛するということは、お互いの顔を見つめる事ではなく、一緒に同じ方向を見つめる事だ』(サン・テグジュペリ)


15.モーム〜人間の絆、雨、月と六ペンス
“私は一日中、時を問わず、頭に浮かびさえすれば、いつもただ同じ言葉で、いわば神に対して祈りの砲撃をぶち込んでいたのだ”
“何ひとつ為した事はない。このまま死んでしまえば、全くいなかったのも同然なのだ”
「だって僕のしたことは全てそうするよりほかなかったのだとすれば、後悔しようにも、しようがないじゃないか?」
“人間が求めているものは、明らかに快楽であり、幸福なんぞ求めてやしない”
“頭の底のどこかで、何もかも一切はとんでもない冗談だという気がしていた”
“あらゆる屈辱よ、来らば来れ、むしろそれに直面することによって、いわば運命の手に挑んでいるのだという、一種奇妙な気持を感じていた”
“恋といえば、叫喚、涙、灼熱だ”
“不具は彼の半生を苦しめたが、それによって授かった内省力なしには、あの鋭い感受性、芸術、文学への愛情、人生諸相に対する不断の興味というものは、おそらくなかったかもしれない”
「人生への準備には、もううんざりした。今こそ、生きてみたいんだ」〜以上、人間の絆

「描かないではいられないんだ。自分でもどうにもならないのだ。水に落ちた人間は、泳ぎが上手かろうと拙かろうと、そんなこと云ってられるか」
“芸術家の最大の敵は自己懐疑だ”〜月と6ペンス

 モームは多作だけどハズレがほとんどない。日頃から深く問題意識を持って生き続けてた証拠だ。


★モームが選んだ『世界十大小説』
メルヴィル『白鯨』、ヘンリー・フィールディング『トム・ジョウンズ』、ジェーン・オースティン『高慢と偏見』、スタンダール『赤と黒』、バルザック『ゴリオ爺さん』、チャールズ・ディケンズ『デイヴィッド・コパーフィールド』、フロベール『ボヴァリー夫人』、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』、ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』、トルストイ『戦争と平和』


16.フィッツジェラルド〜グレート・ギャツビー
・「誰か人を批判したいような気持が起きた場合には、この世の中の人が皆自分と同じように恵まれているわけではないということを、ちょっと思い出すべきだ」
・「僕は30ですよ。自分に嘘をついて、それを名誉と称するには、5つほど年をとり過ぎました」
・「何もかもが実に不注意で混乱している。彼らは不注意な人間なのだ」
〜以上、グレート・ギャツビー

 
…なんかホント、こう、はかないよね。この本を読み終えた読者は“ギャツビー”という言葉を聞いただけで、胸の奥に切なさとも、悲しみとも形容できない何かがうずくんじゃないかな。ちなみに村上春樹御大の愛読書デス。


17.ユゴー〜レ・ミゼラブル
「ああ、最後の苦難、もっと適切に言えば、唯一の苦難とは愛する者を失うことなのだ」
「第一歩は何でもない。困難なのは、最後の一歩だ」〜以上、レ・ミゼラブル

 
レ・ミゼは主人公のジャン・パルジャンがとっても魅力的なんだけど、場面場面では彼を食ってしまうくらい個性的な脇役がたくさん出てくる。どのキャラもしっかりと肉付けされていて、読者をグイグイとひき込む。中でもジャベールというキャラは、存在感が特にスゴイよね。テレビにセーヌ川が映るたびに彼を思い出す。


18.ジェーン・オースティン〜高慢と偏見
“虚栄心と自尊心(プライド)は別のものだ。人は誇り高くても虚栄心を持たぬことがある。自尊心は自分の自分自身に対する意見の問題だが、虚栄心は他人の自分自身に対する意見と関わりがあるのだ”
・「お馬鹿さんと関わり合うのがイヤで、辛抱できないような人間の狭い男など、惜しむ値打ちはない」
・「幸福だと“知って”はいても幸福だと“感じ”られないのです」

 
これは僕が読んだ全恋愛小説の中で最高のものだ。登場人物のリアルでみずみずしい心理描写は目からウロコ間違いなし!心が微妙に揺れ動く様の緻密な表現力は、女流作家ならでは。全編に渡って大笑いしてしまうエピソードが盛りだくさんで、この作品は僕の宝です。

※2003年にBBCが英国人75万人に“最も好きな小説は何か”とアンケートした際、第1位は映画“ロード・オブ・ザ・リング”の原作で完結編が公開中だった『指輪物語』、第2位がジェーン・オースティンの代表作『高慢と偏見』!発表から200年後もこれほど愛されている。また映画『ユー・ガット・メール』の中で、メグ・ライアンは『高慢と偏見』を200回も読んでいる。ちなみに第5位が『ハリー・ポッター』、7位が『くまのプーさん』。


19.スタンダール〜赤と黒、恋愛論、パルムの僧院
“久しい以前から、人生が僕には堪え難いものになっていますので、このたび終止符を打つことにしました”
“牢獄にいて一番の不幸は、扉にこちらから鍵がかけられないことだ”〜赤と黒

「愛は罪かしら」「愛さぬこそ罪だ」〜パルムの僧院

“すべて恋愛は4つに分類される。情熱恋愛、趣味恋愛、肉体的恋愛、虚栄恋愛がそうだ”〜恋愛論

 
スタンダールは読み応えバッチリ。ジュリアン・ソレル(赤と黒)の悶々とした独り言に、若い時分の男はみんな影響されてポーッとなっちゃうと思う。


20.ダンテ〜神曲
 ダンテが愛した女性、ベアトリーチェは25歳で病に倒れた。神曲は彼が地獄の最下層『コキュートス』から彼女に救い出される壮大な詩集だ。ダンテはこの詩集を残すことで、彼女を現世に復活させ永遠の命を与えた。この、死者すら蘇らすことが出来る文学の力に僕は畏敬の念を感じると同時に、こうした奇跡を人間が起こせる事実が嬉しくてならない。


21.カフカ〜審判、変身
「まるで犬だ!」と、彼は言ったが、恥辱が生き残ってゆくように思われた〜審判

 カフカの作品は確かに難解だが、根底に作者の誠実さが流れているのはビシビシ伝わってくる。カフカは晩年自作の多くを未発表のまま燃やしてしまったという。作者がそれを望んだとはいえ、う〜む、もったいない。

「カフカの世界は、人が何も釣れないと分かっていながら風呂桶で釣りをし、贅沢な悩みに興じている、筆舌に尽くし難い世界なのだ」(カミュ)


22.シラー〜ドン・カルロス、群盗、オルレアンの乙女
“人間追い詰められると力が出るものだ。こんなにも俺の人生に妨害が多いのを見ると、運命はよほど俺を大人物に仕立てようとしているに違いない”
“世界を改革しようとした純心な人間が今まで何人も処刑場に消えたが、そういう人間は何百年、何千年と語り草になっているのに、多くの王侯は歴史の上で省略されてしまっている”
“太陽のように生きて、太陽のように死にたい”
“俺が神を求めた時、神は応じなかった。今度はむこうが求めても、こっちで応じなかった。このくらい公平な話があろうか。神は俺なぞ必要としない。神に創られた生き物は有り余ってるからだ”〜ドン・カルロス

“不当な扱いを受けるのは、偉大な魂の持主にとっては気持が良いものだ”〜オルレアンの乙女

『涙のとり入れをしたい者は、愛の種を蒔かなくてはならぬ』〜シラー

 
怒れるヒューマニスト、シラーはゲーテの親友。ワイマールを訪れると2人が並んだ銅像があるし、墓まで隣同士だ。僕はシラーの作品に登場する人物の、その孤高なたたずまいにシビレまくった。ゲーテはシラーが45才で死んで、本当に悲しかったと思う(ちなみにベートーヴェンの第九は、このシラーの詩に曲を付けたものだ)。


23.サルトル〜嘔吐、壁、出口なし
“あまり手遅れにならないうちに、私は自分の内部に起こりつつあることをはっきり知りたいと思う”
“日記は自分の内部に起こりつつある事を、はっきり当人に知らせてくれる”
“これ以上立派な失敗は他にはなかった”〜以上、嘔吐

「地獄とは他人のことだ」〜出口なし

 アルファべット順に本を読んでいる図書館にいた独学者。孤独だけど最高に贅沢だね。


24.トーマス・マン〜魔の山
・「人間とは何でしょう?」「水です。水に過ぎん。固体成分はたったの25%、しかもそのうちの20%は蛋白質です。それに脂肪と塩分がちょっとついているだけです」「じゃあ生命とは」「酸化作用です。細胞蛋白の酸素燃焼に過ぎない」
・「時間というものはね、見張っていると、実にのろのろとしか進まないものなんだ」
・「用心深く時間を監視しているべきだ」
“これまでにも長いこと、たちの悪い気違いじみた影響を深刻に及ぼしていた悪魔が、いよいよ権力を掌握してもはや誰はばかることなく公然とその支配権を宣言したといってもいい。その為に神秘的な恐怖を覚え逃げ出したいような気持に襲われるのであった。…この悪魔の名は“鈍感”であった”〜以上、魔の山

“芸術家は感情と思想、美と倫理、陶酔と良心という相反する2つのものに挟まれて苦悩するのだ”(トーマス・マン)


25.ポー〜アッシャー家の崩壊、黒猫
“私は夜そのものの為に夜を溺愛する”

 近代探偵小説の創始者。ポーが創造した探偵オーギュスト・デュパンは、小説に登場する世界最初の探偵となった。デュパン推理方法と風変わりな生活態度は、その後、ホームズやマーロウなど多くの名探偵のモデルとなった。ポーは薬物中毒&アル中になり、泥酔のあげく道端で行き倒れる。まだ40歳だった。自己破滅型が多い文学者の中でもその典型といえる。


26.魯迅〜阿Q正伝、狂人日記
ここでは魯迅の人となりがよく分かる彼の遺言を紹介しよう。

1.葬式の為に誰からも一文でも受け取ってはならぬ…ただし親友だけはこの限りにあらず
2.さっさと棺に入れ、埋め、片付けてしまう事
3.何なりと記念めいた事をしてはならぬ
4.私の事を忘れて自分の生活に構ってくれ…でないと全く阿呆者だ
5.子供が成長して、もし才能がなければつつましい仕事を求め生活せよ。絶対に空疎な文学者や美術家になるな
6.他人がお前に約束したものを当てにしてはならぬ
7.他人を傷つけながら報復に反対し、心の広さを主張する者、こんな人間には決して近づいてはならぬ


27.セルバンテス〜ドン・キホーテ
“行って除こうと思った邪悪、正さねばならぬ非道、改めさすべき無法、直すべき悪習、実行すべき義務そういったものがどんなにひどいかを思うと、自分の行動が遅れたために世の人を待ちあぐねさせていることにせき立てられた”
「嫌われもしないのに絶望しないで下さい。好きでも嫌いでもないのです」〜ドン・キホーテ

ラ・マンチャに暮らす田舎紳士アロンソ・キハーノは時代遅れの騎士道物語に熱中し、かつて騎士が行なった修業の旅を自らも行なおうとする。彼は騎士ドン・キホーテを名乗り、農夫サンチョ・パンサを従者とし、鎧と武具を身につけ、ガリガリの愛馬ロシナンテに乗って出発する。ドン・キホーテは各地で悪に戦いを挑むが、それは巨人と思い込んだ風車であったり、敵の軍勢に見えた羊の群れであったり、やることなすこと的外れなことばかり。やがてドン・キホーテは騎士道を諦めて故郷で死ぬが、サンチョだけは徐々に主人の理想主義を理解し始めていた。封建主義の理不尽さ、抑圧された庶民、ご都合主義の教会などを、明るいユーモアと強烈なブラックジョークで綴った小説。

※「もし人類が終末を迎えた後に、未知の知性に遭遇して「お前たちはその歴史上何を成し遂げたのか?」と問われるようなことがあったとしたら、ただこの書物(『ドン・キホーテ』)を差し出しさえすればよい」(ドストエフスキー)


28.ランボォ〜酔いどれ船
「僕は永遠に幸福な状態を宣言する」〜ランボォ

「ランボォは野性状態にある神秘主義者だ」(ポール・クローデル)

彼は10代で詩を書き、20才になるともうペンを執らなかった。その才能が羨ましい!

                     
                ヴェルレーヌと「親しかった」頃のランボォ


29.ゴーゴリ〜検察官、外套

ゴーゴリは書き上げた大作『死せる魂』の第2部を燃やし、断食死した。壮絶!


30.ジード〜狭き門、田園交響楽、背徳者
“人の一生は長い旅行だ。書物や人間や国々を通ってゆく長い旅だ”

ベートーヴェンの田園交響楽の美しさと、現実世界を対比させる…僕もこういう小説を書きたいと思った!

“どうして自分は今までこれもまた美しいと云うことが解らなかったのか…”〜背徳者


31.バルザック〜ゴリオ爺さん
“本物の苦しみと、しばしばニセモノの喜びとに満ち溢れたこの盆地(パリ)”
“彼の目つきは転落してなお戦いを挑み続ける天使長の目つきだった”
「今年の2月、わしは束の間だったが、他の人間が一生かかってもなれないくらい幸せになったんだ」〜以上、ゴリオ爺さん

 人物再登場の手法を考えたのがこのバルザックだ。彼は自分の他の小説の中で、色々なキャラクターを再登場させている。ある作品では主役だったキャラが、他の作品ではチョイ役の脇役になってたりメチャクチャ面白い。バルザック・ファンにコアな人が多いのはその為だ。


32.モリエール〜人間ぎらい、タルチュフ
「チャンスを手にして利用しなかったら、神様にまた取り上げられてしまっても文句は言えない」


33.ラディゲ〜肉体の悪魔、ドニーズ
“僕たちは黙っていた。僕はそこに幸福のしるしを見ていた。自分たちは同じ時に同じ事を考えているのだと固く信じていたので、彼女に話しかけることは、自分一人でいる時に大声で喋ること同様、愚かしいことに思えた”
“死が悲しいのは生命と別れることでなくて、生命に意義を与えるものと別れることである。恋愛が我々の生命であるときは、一緒に生きていることと、一緒に死ぬこととの間に、どんな相違があろう?”
“力というものは、それが不当に用いられた時でなければ、表面には現れないものである”
「あの人と幸福でいるよりは、あなたと不幸な方がましだ」〜以上、肉体の悪魔

 ラディゲがこの『肉体の悪魔』を執筆したのは何と17才!なんちゅう17才だ。同じペンを持つ者として、やっとれんわいって感じ!


34.マルキ・ド・サド〜美徳の不幸
「哲学の勝利とは、あの運命という妙ちきりんな気まぐれ者の犠牲者にならない為の予防策を教えることだ」

「いったい神が秩序を愛し、美徳を愛する者であると誰が証明できる?神は絶えず不正と無秩序の手本を示してきた。表面いかにも美徳を熱愛しているように見せかけておいて、その実、神は人間に戦争とペストと飢饉とを送り、どこから見ても欠点だらけな一個の世界を創ったんだ。神自身悪徳によってしか行動しないのに、どうして悪徳の持ち主である人間が神に嫌われるといえるのか。それに我々を悪に引きずり込む衝動は神の手から授かったものではないか。神が無益なものを我々に与えるはずがないではないか!」

 作者サドの神への怒りと失望は凄まじいな。彼はそれだけ優しい人間だったのだと思う。善人が貧乏くじを引く残酷な社会が許せなかったのだ。


35.ヘミングウェイ〜キリマンジャロの雪、老人と海
・「(オリオン座のリゲルを見つめながら)ありがたいことに、俺は星を殺さなくてもいい」
・「人間は、負けるように造られてはいないんだ。殺されることはあっても、負けることはないんだ」〜以上、老人と海

 
ヘミングウェイの作品はもっぱら短編ばかり読んできた。でも、長編も読まなきゃダメだと思い現在『武器よさらば』を読んでる途中です。


36.リチャード・バック〜イリュージョン
・「やあ、君がなぜか寂しそうに見えたんだよ」「君だってそう言えばそう見えるぜ」「じゃまかな?じゃまなら消えるけど」「いや、待ってたのさ、君をね」「そうかい、遅くなってごめんよ」
・「自由が欲しい時は他人に頼んじゃいけないんだよ、君が自由だと思えばもう君は自由なんだ」
・「君にふりかかること全ては訓練である。訓練であることを自覚しておけば、君はそれをもっと楽しむことが出来る」
・「空も海もいつだって完璧さ」「一秒ごとに変化してるのに完璧だって、そう思うか?」「完璧であるためには、一秒ごとに変化しなくてはならないんだ。」
・「戦争で死んだ奴はそうしたかったのさ、戦争に行かない方法はあるからね」
“一人には慣れている。しかし一日でも誰か気の合った奴といると、もう一度始めから一人に慣れる努力をしなくてはならない”〜以上、イリュージョン


37.アガサ・クリスティ〜アクロイド殺人事件、そして誰もいなくなった
 推理小説は一度読んで犯人が分かってしまうと、2度も読み返さないものだが、この両作品は文学作品としても優れているので、何度でも手に取らせてしまう。アッパレ!


38.プーシキン〜オネーギン、大尉の娘
“彼らが興味を持つのはとりとめもない俗悪なたわ言ばかりだった。無味乾燥な話、質問、陰口、ニュース…たとえ昼夜ぶっ続けに聞いたとしても、思想の燃え上がりなどは間違っても聞かれず、たわむれにせよ心が震えることもない”
“自分は青春に見事に一杯食わされたんだ”〜以上、オネーギン


39.コクトー〜恐るべき子供たち
 コクトーは小説家、詩人、画家、映画監督など「千の顔を持つ男」と言われている。“天は二物を与えず”ハズではないのか?クーッ、才能ありすぎ。


40.アベ・プレヴォー〜マノン・レスコー
「経験というのは誰にでも自由に与えられる権利ではない。それは“偶然”が与えてくれた特権なのだ」

「運の悪いということは、諦められるものである。自分の失敗ではない分だけ、時が経てば忘れられもし、悲しみも薄らぐ」

「経験というヤツが年齢のかわりをするんだ」〜以上、マノン・レスコー


41.ツルゲーネフ〜父と子、ルージン
・「冷たいって君は言うがそこに味があるんだよ。君だってアイスクリームが好きだろう?」
“思い出はたくさんあるけど、思い出したいことはひとつもない”
・「僕は、こんなに早く死ぬとは思わなかった。これは、正直言って、実に不愉快な偶然だ」〜以上、父と子

“僕は毎晩庭のはずれにある菩提樹に逢引にかよった。彼女のその幹を抱くとまるで自分が自然界をことごとく抱きしめ、そして、自然界がそっくり入り込んでくるように思えて、胸がふくらみうっとりしたのです”
“男が間違いを犯す時それは2X2が3や5なるのだが、女の場合は2X2が歯磨き粉になっちまう”〜以上、ルージン

“生活は冗談でもなければ、慰みでもない…それは義務という鎖をまとった苦しい労働なのだ”〜ファウスト

ツルゲーネフは権力に抵抗したゴーゴリの追悼文を書き、1年半流刑になった。


同41.ソフォクレス〜オイディプス王
・「この苦しみは、到底人の子の堪え得るものではない」
・「張り詰めた沈黙は辺り構わず大声で歎き悲しむのと同じこと」
〜オイディプス王


42.メリメ〜カルメン
「魔女というものがいるとすれば、あの娘が確かにそれでした」
“歩いている犬は飢死にはしない”〜カルメン


43.コンスタン〜アドルフ
“(彼女と)共にあるときのあの嬉しさ。周囲の全てに対するあの優越感”
“彼は主義からではなく、感動から行動している”〜アドルフ


44.テネシー・ウィリアムス〜ガラスの動物園
・「人間ってものは、知り合いになってみればどんな人間でもそんなに恐ろしいもんじゃないんですよ」
・「将来ってものは、いずれは現在になるんだよ」〜ガラスの動物園

「痛みは生きている証拠だ、苦しい時の方が色んなことがよく分かる」〜やけたトタン屋根の上の猫


45.ゴールディング〜蠅の王
“西へ落ちてゆく太陽は、いわば世界の果てに刻々と滑るように近づいてゆく、燃えさかる一滴の黄金であった”〜蝿の王


46.バイロン〜詩集
『草のそよぎにも、小川のせせらぎにも、人もし耳を持たばそこに音楽がある』
『人間よ、汝、微笑みと涙との間の振り子よ』〜バイロン

47.ガルシン〜赤い花
“星たちの優しくまたたく光は、私の心臓にまで染みとおった”〜赤い花

48.プラトン〜饗宴
“私は毒蛇にかまれても、かまれたことのある人々以外にはその状態がどういうものであったか語る気にならない。なぜなら、この人々だけがその苦痛の凄さを分かってくれ、同情してくれるだろうからね”

“恋されて恋するのは恋愛ではなく友愛である”


49.ゴーリキー〜どん底
・「性格が丸いのは、あんまり世間の荒波にもまれすぎたんで、それで丸くなっちまったのさ」
・「わしはただ、人にいいことをしなかったのは、悪いことをしたと同じだと言ってるだけだよ…」
・「自分で自分を尊敬できるような生活、しなきゃならねぇということだ…」〜どん底

民衆の描写がとにかくリアルで、登場人物が紙上から飛び出してきそうだった。本名アレクセイ・マクシモビチ・ペシコフ。ペンネームの“ゴーリキー”はロシア語で“つらい、苦しい”の意。そして作品タイトルが『どん底』。フルコースですな。


50.ディケンズ〜二都物語、クリスマスキャロル
ディケンズは作品の構成がキッチリしていて読みやすくから好き。ヒューマニストだしね。

51.モーパッサン〜ピエールとジャン
“彼女は、見ない、見ても分からない、聞こえない、という様子だった”
“それはもはや胸をしばるような精神的苦痛ではなかった。身を隠す所のない獣の狂い立つばかりの不安だった”
「(美しい月を見て)あれだ。それなのに俺たちは愚にもつかぬことに腹を立てている」〜以上、ピエールとジャン

まだ代表作『女の一生』を読んでないので、それを読破してから感想を書きたい。


52.ハイネ〜詩集
言葉の魔術師ハイネ。その美しい詩集は同時代の音楽関係者からも絶賛され、シューベルトは即行で歌曲にしている。


53.ブレヒト〜三文オペラ
“ブルジョア社会は弱者を「苦しめ裸にし襲い絞め食う」ことによってのみ、「ただ悪業によってのみ」生きており、そこでの御大層な道徳は食うもののない人間にとっては何の役にも立たない”
“ブルジョアジーの支配はもっぱら犯罪を土台として生まれ、また絶えず犯罪を生み出している”〜三文オペラ

三文オペラは歌曲つきドタバタ演劇。盗賊団長メッキー・メッサーのキャラが憎めなくて良い。


54.レールモントフ〜現代の英雄
“彼の容貌は、一見しては不快な印象を与えるが、端正とは言えぬその顔立ちの中に試練を積んだ、しかも高貴な魂の刻印を後に読み取れるようになると好ましくなるような容貌だった。女性は精神美をかぎつける本能を持っているのだ”
“もし本当に運命というものがあるのなら、なぜ我々に意思や分別なんかが授けられているんだ?どうして我々は自分の行為の釈明をしたりするんだ?”
“(男女の間で)自分に対して愛情、信服、恐怖の感情を呼び起こさすこと…それは権力の最初の印であり、最大の勝利ではないだろうか?”〜以上、現代の英雄

作者レールモントフは決闘の為に26歳で散っていった。素晴らしいストーリーテラーの彼が長生きしていたら、どんな良い小説が生まれたかと思うと短命が残念でならない。


55.アンデルセン〜絵のない絵本
「今日も我らに日々のパンを与えたまえと言った後で、お前はなんて言ったの?」
「お母さん、怒らないでね」
と、小さな女の子は言いました。
「あたし、お祈りしたのよ。パンにバターもたくさん付けてくださいまし、ってね!」
〜絵のない絵本(第三十三夜)

この作品の主人公はお月さまだ。お月さまが見た33個の光景がつづられている。まず、この着想に唸らずを得ない。抜粋したのは第三十三夜だが、思わず泣きかけるのは第二夜。2ページだけなので、明日にでも立ち読みして下さい。この作品のアンデルセンは優しいのう。


56.ロマン・ロラン〜ベートーヴェンの生涯
ロマン・ロランの人道主義、ヒューマニズムは見せかけのスタイルではなく本物。人類愛に満ちたベートーヴェンの言葉は感動的だが、その言葉を見つけ出して光を当てたロランもすごい!


57.E.ブロンテ〜嵐が丘
「この全世界がことごとく、あの女の存在したことを思い出させる備忘録だ。恐ろしい備忘録の集積だ」〜嵐が丘

読後のあの心が荒涼とした感じは、なんともいえなかった…。

『ヒースクリフもヒンドリもキャサリンも“永遠に苦しみ尽きざる”カイン族であり、エドガーやイザベラは“眠り、飲み、食う”アベル族だ』(ボードレール)


58.シュトルム〜みずうみ、三色すみれ、詩集
文体からにじみ出る北ドイツの陰鬱な空気が心地良い。詩集も非常に美しかった。

59.パール・バック〜大地
広大な中国を舞台にした大河小説『大地』。この小説がアメリカでベストセラーになったおかげで、中国人に対するイメージがかなり改善されたという。小説の力って偉大だね。

60.イプセン〜人形の家
「わたしたち二人は、知りあってから一度も真面目な言葉をかわしたことがないわ」

「私は何よりもまず人間よ!」〜人形の家

近代演劇の父イプセン。彼はそれまでのロマンチックなだけの演劇ではなくリアルな作品を目指した。それがこの『人形の家』。保守的なダンナに“うちの小リスちゃん”“かわいいヒバリ”と呼ばれていた妻ノラがブチ切れちゃう話だ。ラストがかっこいい。

61.ソール・ベロー〜この日をつかめ
“私は苦しみと結婚して、ちょうど夫婦のように一緒に寝たり食べたりしていて、もし喜びと交わりを持てば不義を犯す事になると思っていた”
“人は自分の愛するものと同じ価値しかない”〜この日をつかめ


62.グリム兄弟〜童話
グリム童話はその残酷さですっかり有名になっちゃったね。


63.エラリー・クィーン〜Yの悲劇(1932年)
エラリー・クィーンは、その実態がマンフレッド・リーとフレデリック・ダネイの二人のいとこ同士による合作筆名なので、ここでエラリー・クィーンその人を解説するのは不可能(笑)。クィーン作品の魅力は「そんなアホな!?」と声を上げてしまうほど意外な真犯人を、一分の隙もない緻密な論理で読者をねじ伏せるところ。これが気持いい!Yの悲劇に感動した他の作家もこの読者参加型本格推理物に走ったおかげで、1930年代を境に独創的なトリックは枯渇してしまった。この見事な論理性に関しては、アガサ・クリスティのポワロを越えるという人も多い。

最後に大絶賛している江戸川乱歩の書評を。

『「Yの悲劇」は着想の何とも云えぬ恐ろしさと、謎と論理の申し分ない魅力において、探偵小説愛好家の魂に喰い入る傑作である。…私はこの傑作を今日まで読まないでいたことを恥ずかしく思う。…その並はずれた恐ろしい着想を読んで、私は「アァ、探偵小説の種は尽きないものだなぁ。まだこんなすばらしいのが残っていたじゃないか」と思わず呟いたほどであった。…この書の末段に至って真犯人が暴露された瞬間、読者はあっけにとられて容易に信じようとしないかもしれない。それほども作者の着想は意外で「不可能」なのだ。想像を絶して恐ろしいのだ。しかしそのあとの種明かしの一章を読むに及んで、読者は九分九厘まで納得するに違いない。作者の息苦しいほど異常な構想に兜を脱ぐに相違ない』


64.コレット〜青い麦
“それは急に丸みの出てきた肉体に育ち上がって、武装の出来たコケットなヴァンカだった”〜青い麦

コレットは女流作家であるせいか、女性の描き方に男性の作家にはない艶めかしさがある。青年時代の僕は日記の中で、崇拝対象の女性にはダンテの想い人だった“ベアトリーチェ”の名を冠し、年下のおてんばで健康的な、それでいて女性の色香が漂うような娘には“ヴァンカ”の名を冠していた。この作品は必読の逸品ではないが、僕にとっては青春文学なので、個人的な理由でこのリストに加えた。ヴァンカという言葉の響きを聞くだけで、十数年たった今でも不整脈になる(失恋しただけに、ね)。


65.アポリネール〜詩集
『時は静かに過ぎる葬列のようだ お前は泣くだろう 泣いて過ごす今の時も
 他の時と同じように あまりに早く去ってしまったと』〜詩集

かつてルーブルからモナリザが盗まれた時に、彼は無実にもかかわらず容疑者の一人として獄中に繋がれた。抜粋した詩は獄中の中で書いたものだ。
世にシュールレアリスムという言葉を普及させパリ文壇の中心にいた彼だが、第1次世界大戦が始まると義勇兵(彼はポーランド人だったので)としてフランス軍に従軍し、ドイツと戦った。最前線で頭部を負傷した彼は、その傷が原因で38歳の生涯を閉じた。アポリネールの死でフランスの詩は20年遅れたという。

66.デフォー〜ロビンソン・クルーソー
“私のようにのっけから、それも長時間にわたって不幸が続いた例は珍しいと思う”
“人生の不幸は人類の上層と下層に最も多い”
“我々が感じる不満の全ては、我々が持っているものに対して感謝の念を抱くことがないことから生じている”
“このような状態で神に感謝を捧げるなどという偽善的な行為が、どうしても出来ようか”以上、〜ロビンソン・クルーソー

デフォーはただの冒険作家ではない。社会批判の論文をいくつも発表し、43才の時には英国国教会の非寛容を風刺した『非国教徒処理の近道』が権力の怒りを買い、さらし刑の後投獄されている。あの時代に教会に反旗をひるがえすとは、たいしたもんだよ。


67.モーリァック〜イエスの生涯
何を隠そう、学生時代に教会へ通う原因になったのが、このイエスを主人公にした小説だった。この作品と出会う前に何度か自力で聖書を読もうとしたが、日頃使わない言葉がたくさん出てきて、あまりのとっつきにくさに閉口してた。ところが、モーリャックは小説仕立てでドラマチックに新約聖書を語ってくれるので、どんどんイエスに感情移入したんだ。イエスの言葉はどれも素晴らしく、感動しまくった(今の僕は旧約聖書の神の残酷さに頭に来てるけど)。


68.ミュッセ〜二人の愛人
“私は空の財布を抱えてパリに釘づけにされていた”〜二人の愛人

読みやすい文章ではあった。しかし、僕はこのタイトルから凄惨な泥仕合を期待していたのだ。その点この作品は、ちとスマートに行き過ぎた。


69.カロッサ〜詩集
可もなく、不可もなくといった印象。詩はもっと悲痛なものがいい。


70.ゾラ〜居酒屋
神々や英雄の物語ではなく、王侯貴族のロマンスでもない、パリの下町に生きる庶民の姿をゾラはリアルに描いた。彼は自らナチュラリズム(自然主義)という言葉を生み出し、人間を客観的にありのままに写し取った。…このゾラの主旨は分かるが、それなら何もわざわざ本を読まなくても周囲に生きている人を見つめていれば、それでコト足りると思ったよ。



★小説は所詮フィクションだという奴はアホだ。登場人物は作者の生き写し
なんだから、彼らは本当に実在したのだ(残月)



サイトの掲示板に書き込まれた中世の詩人ジョン・ダンの言葉に、深く胸を打たれた。ジョン・ダンは1573〜1631に生きた英国の詩人。戦乱の続く中世の欧州で生まれた以下の詩を、ヘミングウェイは20世紀のスペイン内戦を題材にした『誰が為に鐘は鳴る』の冒頭で掲げた。(この詩では戦争を「波」にたとえている)
『何人も孤島ではない 何人も一人では完全ではない
人はみな、大いなる陸のかけら
その陸のかけらが波によって奪われ
欧州の土が無くなるのは さながら岬が失せるようだ
あなたの友人やあなた自身が失せるようだ
誰が死にゆくのもこれに似て 自分が死にゆくのに等しい
なぜなら、私もまた人類の一部だから
だから聞かないで欲しい
誰の為に弔いの鐘は鳴らされるのか、と
それはあなたの為に鳴らされるのだから』(訳:煎茶さん)人類とは私であり、私はあなたでもある、他者の死は皆の死--中世において、すでに“人類の一部”(I am involved in mankinde)という感覚を持つジョン・ダンは、なんとスケールの大きい、偉大な魂の持ち主であったことか!この詩を教えて下さった煎茶さん、本当に有難うございますッ!(>_<)



「私に金と銀の光で織った天の衣があれば、それをあなたの足下に広げるだろう。しかし貧しい私は夢を見るしかなかった。
夢をあなたの足下に。そっと踏んで欲しい、私の大切な夢だから」(イエーツ)アイルランドの詩人



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