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二十歳の自画像(1901年)〜ピカソ

これは世に言う“青の時代”の作品だ。この頃の彼の絵は青色の大洪水。貧乏で一番安い青色しか買えなかったという説もあるが、やはり親友カサヘマスの自殺が彼の手に青いチューブを持たせたのだろう。
カサヘマスはピカソと共同生活していた画家志望の若者だ。彼はピカソの並外れて高い画力の作品を間近で見ているうちに、敗北感から絵筆を握れなくなった。また、カサヘマスが熱愛していた女性がピカソのもとへ走るに及んで、失意の彼はカフェでピストル自殺を遂げる…。

この自画像には、貧乏で暖をとれず凍てつくような寒さのアトリエで、外套を厚く着込んだピカソが描かれている。新鋭画家としての強い野心と、異郷の地で親友を失った孤独感が入り混じった見事な作品だ。





ゲルニカ(1937年)〜ピカソ 3.5m×約8mの超大作だ

スペイン北部の町ゲルニカは、人類史上初めて無差別爆撃を受けた悲劇の地だ。1937年4月、スペインの独裁者フランコ将軍は、抵抗勢力の拠点となっていたゲルニカ市を見せしめの為に壊滅させた(フランコは盟友ヒトラーに依頼して、ドイツ空軍に爆撃してもらった)。
本作はパリ滞在中のピカソが、爆撃のニュースを聞いて2ヶ月で描きあげた。祖国で行なわれた蛮行に対する、怒りと抗議、そして犠牲者への祈りを表した作品だ。

画面の左端に死んだ子どもを抱き号泣する母親、中央に「真実を見ろ」とランプで照らす人、右端に燃える建物から落下する者などが描かれ、地面に倒れている兵士の折れた剣の側で、再生を意味する小さなアネモネの花が咲いている。

※フランス降伏後、パリを占領したナチの兵士がピカソのアトリエに踏み込んだ。この時のやりとりが伝えられている--
「ゲルニカを描いたのは貴様か!」
「いや、あなた方だ」



女の顔〜モジリアニ(1915年)

画家ベストのコメントに詳しく書いたけど、彼女が、モジリアニの死の翌日、身籠もったままアパートの5階から身投げして後を追った恋人のジャンヌだ。享年21歳。だーっ、この目はたまらん!
(彼の人物画は白目だけ描かれているものが大半。このように瞳が入っている作品は大変珍しい)



自画像(1912年)〜エゴン・シーレ

シーレ22歳の自画像。彼はこの6年後、わずか28歳で死んでいる。シーレの彫刻さながらの鋭くえぐるような人物デッサンは、孤高な魂のたたずまいを感じさせる。彼の絵はどれも不安感を刺激するが、鑑賞者を魅了してやまないのは、そこに悲痛なまでの誠実さを見い出せるからであろうか。
(絵に星のシールが貼ってある…双子座の一部だ。あたた、自分の部屋のポスターなのだ、すまん、シーレ!)




出現(1876年)〜モロー

王女サロメは自分の愛を拒絶した聖ヨハネの首を切り落とさせて銀のお盆で運ばせ、頭だけになった聖者から
唇を奪った。世界史に残る悪女とされているが、その狂わんばかりの情熱は、多くの芸術家から密かに共感を
受けている。※宙に出現したヨハネの首から流れ落ちる血液は、涙のしずくで出来た首飾りのようだった。




接吻(1908年)〜クリムト

花咲き乱れる崖の上で接吻する2人。忘我で目を閉じていることもあって、とても危うさを感じさせる。
それぞれの衣服の模様は、男性が長方形、女性が円というように、それぞれ生殖器が象徴として
デザインされている。まばゆい金のきらめきの中、はかなさと官能性が入り混じった稀有な作品だ。



ユーディット(1901年)〜クリムト

さむっ!
ユーディットちゃんが手に持っているのは、彼女に首チョンパされたホロフェルネスの頭。この絵は彼女がその妖しい魅力で敵将に接近し“行為”が終わって男が油断したところをバッサリいった直後を描いている。彼女は敵の猛将を血祭りに上げ、この戦いの英雄になった。(同じ生首モノのサロメちゃんと間違えられるコトが多いが、サロメちゃんの場合は自ら手をくださなかったので、頭が銀のお盆に乗ってる場合が多い)

彼女らは男を破滅に導くファム・ファタル(運命の女)の代表だ。ファム・ファタルという言葉は学校で習わないが、文芸ジャンキーの間では日常的に出てくる言葉なので覚えておこう。
それにしてもこの表情!生首を手に恍惚とする様は、まさに全男性震撼の1枚だ。


※恐怖の恍惚顔アップ! (T.T ) ( T.T) ダレカ-




オフィーリア(1852年)〜J.E.ミレイ

オフィーリアはハムレットの彼女。彼女は彼にメチャ惚れだったが
(1)ハムレットに父を殺される
(2)そしてめっちゃ冷たくあしらわれる
(3)発狂する
(4)花を摘もうとして川に落ちて死ぬ
というフルコースを満喫させられる。
編みかけの花輪と共にプカプカ流されて、トホホ&エグイ場面のハズなのに、この絵の何と美しいこと!

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★ターナーに酔え!〜半世紀先を歩いた男の3作品

光や霧のために輪郭線が消滅したターナーの風景画!フランスでモネが印象派誕生のきっかけとなった
「印象・日の出」を発表したのは1872年。しかし、英国ではターナー(1775年生)がそれより半世紀も
早い1820年頃からカンバスで大気(=光)を表現し始めていた!モネやルノアールほど一般に知られてな
い彼だが、“輪郭線消滅”という絵画の世界に起こした革命からも、人類はもっとターナーを評価すべきだ!
彼こそが、自然は絶えず変化していくと考えた最初の画家だった!以下、晩年の代表作3枚を紹介しよう。









雨、蒸気、速度(1844年) 汽車を拡大

蒸気と霧雨が入り混じった大気の中を突き進む機関車。左には橋が見える。
光、風、熱、スピードが混然としたエネルギーになってそこにある!驚愕!
荒削りなタッチが機関車の力強
さを強調している。すごい蒸気。



吹雪(1842年)

ターナーはこの絵を描くため、嵐の海上で船のマストに4時間も身体を縛り付けてもらったと言う。
画中から恐ろしい海鳴りが聞こえてきそうだ。時にターナー67才、まさに執念の人だ。







ノラム城、日の出(1840年) 馬を拡大。水に映ってる!

ターナーの作品に幾度となく登場する北イングランドの古城ノラム(奥に見える青い影がそう)。手前、
雨上がりの草地にたたずむ2頭の馬影が地面に映り込み、霧の中で何とも幻想的に見える。全て
が溶け込む世界。よくこれほど詩的な絵を描けるものだ…素晴らしい!ターナー、マジでヤッベ!!




ターナーってこんな人!カッチョイイ!



(次の傑作へ)





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オヌシは 番目の旅人でござる