●奇天烈な法に江戸っ子唖然!“生類憐みの令”

俗にいうこの“天下の悪法”は5代将軍綱吉が1685年(バッハの生年!)に出した苛烈な動物愛護法。世継ぎに恵まれなかった綱吉は、僧侶から“子が欲しければ殺生を慎め”と言われ、この法律を制定した。

初期の頃は条文の内容も罰則も比較的おおらかだったし、人々は将軍が気まぐれに出しただけですぐに廃法になると信じきっていた。
…誰もまさか24年間も続くなど思ってもいなかった(汗)。

24年間。
そりゃ、それだけ経てば内容がエスカレートしないわけがない。当初は犬・猫・牛・馬を大事にせよという程度の4つの条文が、60条以上にふくれあがった。つまり『生類憐みの令』とは一つの法律ではなく、60回以上出された動物愛護法の総称だ。
特に犬が大切にされたのは、綱吉の干支が戌だったから。

さあ、この珍法が巻き起こした騒動を紹介しよう。
まずは主な条文の抜粋!もう、可笑しいやら呆れるやらって感じです。

一、将軍御成りの時に人が土下座しても、犬や猫をつないでおく必要はない
一、町内には犬用の水と書いた桶、柄杓を置くべし
一、犬の毛色をすべて帳簿に記して、その出入りを把握せよ
一、蛇・犬・猫・鼠などに芸を教えて見世物にしてはならない
一、人力車を引いて行くときには、必ず別の一人が先導して犬を避けさせ、車に轢かれないようにせよ(虫を踏んでもいけない)
一、犬の喧嘩は引き分けよ。傍観してはならない
一、食料の為に魚介類を飼育・養殖して売ってはならない(つまりメザシですら食べれば逮捕)
一、生きた鶏を売ってはならない
一、犬が行方不明になったら徹底的に探せ
一、鳥類・家畜類はもとより、ノミ・蚊・蝿にいたるまで殺してはならない
一、馬にたくさんの荷物を背負わせ苦しめてはならない
一、ボウフラを殺さないために打ち水に注意せよ
一、捨て子、捨て牛馬の禁止
一、小鳥を飼うことを禁止する
一、子犬が遊びに出るときには親犬をつけさせよ
一、魚釣りは“厳禁”
一、巷では飼い主がいない犬に日ごろ食物を与えないようにしているという。食物をあたえれば、飼い犬のようになって面倒なことが起こると考えているらしいが、けしからん。これからはそのようなことがないよう心得よ。
一、違反者を密告した者には、賞金を与える

幕府は違反者のないよう犬目付といふ監視人を江戸中に配置した。

当然ながら野犬は増えまくり、幕府はその対策として、現・JR中野駅前に総工費20万両(約200億円)をかけて東京ドーム20個分という圧倒的スケールの「お犬さま御殿」(犬小屋)を完成させる。そこには25坪の御犬小屋が290棟、7坪半の日避け場が295棟、小御犬(子犬ではなく“小御犬”)養育所が460箇所もあった。施設では10万匹の犬に対し、一匹あたり一日に米2合が支給された。このエサ代だけで年間約120億円!犬小屋に収容しきれない犬は、周辺の村々に預けられ、幕府から年間の養育金が支払われた。

犬の戸籍を作らせるなど法令はしだいに極端化し、挙句の果てに飼っている金魚の数(!)まで登録させた。これには口数の多い江戸っ子も閉口したという。
特に、将軍のお側に奉公する者は獣だけでなく魚介類・玉子に至るまで口にせず、蚤・虱・蚊・蝿も殺さないと誓紙を書かされたという。


そして、その違反者への“処罰”だが…

・ある武士は襲いかかってきた犬を切り捨てたために切腹させられた
・鳥を殺して売った与力・同心(奉行所の役人たち)11人が切腹、その子どもまでが島流し
・ある町人は自宅の井戸に野良猫が落ちて死んだという罪で、八丈島に流刑
・コオロギや鈴虫など虫を売った町人が投獄
・ある役人が、門の上に集まってくる鳩に石を投げたために、同僚全員が連帯責任で謹慎
・頬に止まった蚊を叩いた百姓は流罪、それを見ていて報告しなかった者も自宅謹慎
・喜多見重政の小姓は額に止まった蚊を叩いた咎により死罪となった
・ある武士は、五歳の子供の病気に燕の肝が効くと聞いたので、飛んで来た燕を吹き矢で殺した。それが発覚して親子ともに斬罪になり、見ていた人も流罪に
・鶏を盗んで売った男が磔(はりつけ)
・元禄9(1696)年8月、犬を殺した江戸の町人が獄門(首さらし)に
・「馬が“今年は疫病が流行ると人の言葉を喋った”」という噂が町中に流れた際、綱吉は動物をネタにしたデマに激怒、噂を広めた犯人を逮捕する為、江戸中を一町毎に徹底調査させた。その結果犯人は捕まり磔になったが、この調査で江戸の人口が35万人と判明。思わぬところから江戸時代初の人口調査となった(笑)。

…とまあ、色んな話が出てくる出てくる。
そしてこの江戸っ子暗黒時代の真っ只中で起こった事件が、有名な赤穂浪士の吉良邸討ち入り、忠臣蔵だったんだ。そりゃ、人々はフィーバーするよね(笑)。

P.S.綱吉のやりすぎに怒った水戸黄門は、犬の毛皮50枚を綱吉に送り、命懸けの抗議をした。
P.S.2 『生類憐みの令』は、旅で行き倒れた人や弱い子どもを大切にしようという精神も含まれており、その点では良い政策だった。



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