1.レンブラント〜キリストの昇天、晩年の自画像集
光と影の魔術師、魂の画家レンブラント。金色(こんじき)の光に照らされて闇の奧から浮かび上がる人物たちは、聖者も妻も商人も誰もが神聖かつ崇高な空気で包まれている。その生涯において、最初の妻に先立たれ、息子夫婦にも、そして2人目の妻にも先立たれた上に、裁判所から破産宣告を突きつけられ全ての絵を競売用に没収されたレンブラント。晩年の彼が描いた何枚もの自画像には、いつまでも続く激痛にとうとう慣れてしまった、いわば“達観”した静かな目がそこに描かれていた。
凄惨な体験が逆にもたらした穏やかなその目は、一度見ればけっして忘れることが出来ない。400年も昔に、しかも遠くオランダの地に生きていた彼のことなど、絵がなければ当然僕が知るよしもない。だが絵を見た瞬間彼の存在感がハートをわしづかみにし、どんなに孤独な状況下でも“僕にはレンブラントがいるじゃん”と、イッキに救われるこの現実に絵画の奇跡を見た!
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2.ゴッホ〜全自画像、カラスのいる麦畑、星月夜
『太陽が絵を描けと僕を脅迫する』(ゴッホ)
点火、爆発、炎上、沈没といった感じのゴッホ。キリスト教の伝道師を経た後の27歳から37歳までわずか10年の彼の絵画人生は、耳切り事件やピストル自殺など、古今東西の芸術家の中で屈指の波乱に満ちたものだった。「絵画は狂気に対する避雷針だ」という彼の絵は痛々しいまでの誠実さに満ちている。彼が描いたのは貧農ばかりで、“ピアノを弾く御令嬢”なんて絵は一枚もない。「伝道師として挫折した私は絵画を通じて、救い、救われたかった」、そういうことだった。結果、彼の生涯で売れた絵はたった一枚だけ、それも友達の妹が買ってくれたものだった。
収入のない彼を支えたのは弟のテオ。テオは兄の絵の最大の理解者で「兄さんにお金を送ることは自分に送っていることと同じなんだ」と貧しさを訴える妻に弁明していた。絵に魂を奪われたゴッホを周囲の住民は怖がり、住民投票で彼を精神病院に入れるべきだという決議がなされ、彼は病院へ。彼はさらにその中でも描き続ける。
僕はかつて“ゴッホの絵は木や建物がクネクネしていて訳が分からん”と見向きもしなかったが、“絵が実物とソックリかどうかが問題なのではなく、どうして彼の目に世界がのたうつように、うねって見えたかが問題だ”と意識したとき、彼の全作品がかけがえのない愛しいものとなった。小林秀雄氏が『彼の絵を見ると、こちらが絵を見るのではなく、向こうがこちらを見つめている気がする』と著作で語っていたが超同感だ。全くその通りだと思う。
「自分は世間から必要とされていない」とゴッホが自殺した翌年、死後になって兄の絵が売れ始めた世の常の皮肉を呪いながら、後を追うようにテオも逝った。今や花瓶のヒマワリが一枚60億円。逆に大金持ちしか彼の絵を持てないこの事態は、ゴッホにとって苦々しい不本意なものであろう。
自分のことを野良犬と呼んでいたゴッホ。“聖なる野良犬”そんな言葉があってもいいと思うな。
※芸術家の共同体を夢見ていた農民画家ゴッホと、ゴッホの呼びかけに応えて共同生活を始めた5歳年上のゴーギャン。2人の生活はわずか9週間で破綻したが、才能がぶつかり合う緊張感に包まれた環境の中で、数々の傑作が生み出された。破局後もゴッホはゴーギャンに手紙を送り続け、その2年後、麦畑の中で自ら人生の幕を引く。その数年後、ゴーギャンもタヒチで服毒自殺を試みるが、飲み込んだ薬の量が多すぎて逆に吐き出してしまい、死に至らなかった。生き延びたゴーギャンはパリからヒマワリの種(ゴーギャンいわく“ゴッホの花”)を取り寄せ、その手で育てあげ、亡き友の如くその黄色い花を描いた…。
※絵画市場、最も高値で取引された作品はゴッホ作『ガシェ医師の肖像』。落札価格はなんと125億円!日本の大富豪が購入した(蔵に入れず公開しやがれコンチクショー!)。
●ゴッホの後期の絵の明るい透明な色調には、言うに言われぬ静けさがある
(カール・ヤスパース)哲学者
『私は絵の中で、音楽のように何か心慰めるものを表現したい』〜ゴッホ
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3.ゴヤ〜黒い絵シリーズ(我が子を喰らうサトゥルヌス等)
もともとスペインの宮廷で貴族を描いていた彼だったが、ナポレオン戦争で人間の冷酷で残忍な蛮行を目撃し、以後の絵は人類史上最もダークなものとなった。彼は人間の暗部に情け容赦なく光を当て、その全てを白昼の下にさらけ出させた。この目撃者に徹した“怒れる画家”の絵は、それだけに哀しみもひときわだ。死後自宅から出てきた作品群『黒い絵』の中に、“犬”という砂地獄に飲まれていく犬の絵がある。胴を飲まれ身動き出来ずわずかに頭だけ地上に出ているその絵は、この世に存在する全ての絵の中で最も絶望的な絵だ。
(ゴヤには尼寺に忍び込んだり、刃傷事件を起こして国外へ逃亡したりと、様々な逸話がある)
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4.ダ・ビンチ〜デッサン全部、最後の晩餐
“ノートの落書きすら名画”といわれるほど、そのデッサン力の素晴らしさは他に例を見ない。絵のうまさではダントツで第1位だ。なのに第4位にしたのは、絵が完璧すぎてどう考えても同じ人類が描いたモノには思えず(例えばモナリザには筆の跡が全く残っていない)、このベストで比べることに関して躊躇したためだ。ギャフン!
それにしてもつくづくモナリザは不思議な絵だ。写真がなかったあの時代、生きた証となる肖像画では、どこの誰が描かれているのか分かるように、人物は家紋の入った服を着たり特徴的なアクセサリーを身につけるものだが、ダ・ビンチは彼女に指輪、イヤリングなど全て外させ、服なんかアピール度ゼロの黒生地だし、わざと身元不明にさせてるとしか思えん。彼女の顔は片方が微笑んでいるのに一方は悲しんでいるし、背景に至っては左右の地平線がずれていて景色も全然違う。ウムムム・・・。
※『モナリザ』は今や200億円以上!
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5.モネ〜積みわら、ルーアン大聖堂連作、ラ・ジャポネーズ
「モノは形を見るのでなく、色のかたまりと思え」(モネ)
「影には色があることをモネが発見するまで、影は黒いものと決まっていた。」(サマセット・モーム)
総作品数、2045点。光というつかみ所のないモノを、見事にキャンバスの中に閉じこめることが出来た奇跡の画家。モネ以前は“雪は白く、影は黒い”とされていたが、モネが「私は影や雪に様々な色が含まれていることを発見した」と語るように、この印象派の旗手は美術界に色の革命を起こしたのだった。たかが一個の積みわらに、一体何色の色がちりばめられていることか!対象物を輪郭線で囲むのではなく、線を使わず色の塊として表現する…当時の画壇は本当に目からウロコだったであろう。睡蓮にしろ大聖堂にしろ、日射し(光)が違うだけであれだけ同じモノを描き続ける執念に脱帽。モネというサインが大先輩のマネに似ているため、恐縮してわざわざフルネームでクロード・モネとサインしているのがカワイイ!
※モネは自分に厳しい芸術家で、満足のいかぬ作品は自らの手で廃棄した。死の半年前ですら60点もの作品を燃やしている。
「睡蓮のおかげで、もう眠ることが出来ない」(モネ)
「モネがいなければ絵筆を捨てていた」(ルノアール)
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6.ミケランジェロ〜最後の審判、及び全彫刻作品
「私が残念に思うのは、やっと何でも上手く表現出来そうになったなぁ、と思うときに死なねばならぬことだ」とはミケランジェロ89歳の臨終の言葉だ。超美形のダ・ビンチやラファエロと違って、彼は自分の容姿の醜さに深いコンプレックスを抱いていた為、その反動から美に対する憧憬が非常に激しかった。彼が生きていた頃、ローマは発掘ブーム真っただ中で、彼は続々と発見される彫刻遺跡の修復責任者であった。しかし千年前の素晴らしい彫刻を前に、「ここまで美しい作品は私の手に負えない」と彼は発掘現場からしょっちゅう逃げ出していたという。僕はそういう人間っぽい部分が大好きだ。
システィーナ礼拝堂の壁画群(最後の審判等)に描かれた人間の数は400人。当初は弟子と共に5人で取り組んでいたが、短気かつ完全主義者の彼は「ダーッ!違う、そこはそうじゃない!フンガーッ!もうええ、ワシが描く、お前ら家に帰れ!」と爆発、結局一人で土を練って絵の具を溶き、マル4年の歳月をかけて描き上げた。完成後「誰が何と言おうと、も〜天井画は御免だ」と嘆く彼の背骨は変形し、落ちて来た絵の具の雫の為に失明寸前だったという。心から拍手を送りたい。そして忘れてはならないのが数々の彫刻作品だ。マリア様の衣のひだなど、その作品の柔らかさ、あれは絶対に石で出来ているとは思えん!無宗教の僕も彼の作品の前に立つと、さすがに神は実在しないと言い切る自信が失せてしまう。降参!
『絵画は私の妻であり、私の作品は我が子である』(ミケランジェロ)
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7.ピカソ〜青の時代の作品、ゲルニカ
大作『ゲルニカ』は独裁者フランコと手を組んだナチス空軍に、人類史上初めて無差別爆撃を受けたスペインのゲルニカ市を描いたもの。パリがドイツ軍に占領された時、アトリエに兵士が押し入りピカソに詰め寄った。「ゲルニカを描いたのは貴様か!」「いや、あなた方だ」--ピカソは冷静にそう答えたという。
一般にピカソの絵といえば幾何学的な人物画。難解だと思われがちだけど、実は超簡単。ピカソがやろうとしたことは、“ひとつの方向からしか描けない”という一般常識を打ち破り、複数の角度から見たモデルを同一画面に表現しただけ。人間という生き物は、外面的にも内面上も、誰もが様々な側面を持っているから、色んな角度からその人を表現した方が、より現実に近いリアルな絵になると彼は考えたんだ。だから目は正面を向いているのに鼻が横を向いていたりするんだ。
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8.ターナー〜霧の中の日の出、吹雪
絶対に彼をもっと評価すべきだ。第一回の印象派展がパリで催される半世紀も前に、ターナーはイギリスのかの地においてすでに“印象派その物”の絵を完成させていたのだ!光や霧のために輪郭線が消滅した風景画の数々は、今見ても充分に斬新だ。当時の画家はアトリエから一歩も外へ出ずに作品を仕上げていた(チューブ式絵の具が未だなかった為でもある)が、“行動する画家”の彼は嵐の海の情景を体に覚え込ます為、悪天候をついて出航する船に頼んで、なんとロープで自分の体を船の先端に縛り付けてもらったという。ある意味、元祖ド根性アーティストだよな。
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9.ロートレック〜アリスティード・ブリュアン
「醜さの中に美を見ること、それは刺激的だ」(ロートレック)
彼は僕と非常に共通点が多い。誕生日が同じとか、誕生日が同じとか、誕生日が同じとか・・・。11月24日、心せよ。それはさておきポスター画家の彼の魅力はズバリ構図だ。斜めになった群衆の影、画面手前へ大胆に置かれた後ろ姿など「何でこんなカッチョエエのん!?」と叫ばずにおられないほど画面構成が心ニクイのだ(それはもう絵に描かれている文字まで超イカス)。
彼は始め貴族として生を受け城の中で暮らしていたが、子供の時に両足を骨折してしまい下半身の成長が止まってしまった。極度に背が低かったので、青年貴族の社交行事である乗馬や狩り、ダンスに全く参加できず、そんな彼を周囲の者は必要以上に気づかった。それが逆に辛かった(当然だよね)彼はパリの裏通りへ逃げ込む・・・唯一の友であった絵筆と共に。酒場では口の悪い下町連中が彼を“小さな貴族”と呼んでからかったが、それまでずっと孤独だった彼は、そうからかわれることを凄く喜んでいた。酒がある所では肩書きなど意味がなく、コップが廻ればみんなが友達になった。彼はそんなユートピアに入り浸ったのだ(彼の絵が酒場モノばかりなのはそういうわけだ)。アルコール中毒になった彼の人生はわずか37年という短さで、結局は酒に殺された形になったが彼は決して後悔はしていないと思う。自分自身で選んだ道だからね。
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10.ミュシャ〜ジスモンダ(サラ・ベルナール)他、ほぼ全部
Mr.アール・ヌーヴォー、曲線の魔術師アルフォンヌ・ミュシャ。彼の絵のどこが良いのかを、半日かけて説明しようと試みたが、“優美”という言葉しか思い浮かばんかった・・・う、う、でもどうしようもないくらい好きなんじゃ〜!
※晩年、彼はチェコの作曲家スメタナの『モルダウ』を聴いて絵が変わった。さらに深くなった。
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11.クリムト〜ユディト、接吻
金という色は濃淡を出せないので絵にとって実に不向きだ。しかも使い方を間違えると、たちどころに絵が下品になってしまうので厄介なことこの上ない。その金を逆に“はかなさ”を表現するかのようにカンバスへ解放したのが、19世紀末のウィーンに君臨したクリムトその人である。男殺しのファム・ファタール(運命の女)を描かせたら彼の右に出る者はおらん!
「Love」(1895)
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12.ミレー〜晩鐘、種まく人
日本人にバカ受けの有名な落穂拾いの絵は、のどかな農作業を描いたものではなく、画面奧の富農が刈り残した穂を、懸命に拾い集めている貧農たちの過酷な労働を描いたものだと御存知だろうか?決して“楽しい田園風景”なんかじゃない。それはさておき、『種まく人』の絵では人物の顔がぼやけているが、これはミレーの意図したもので、つまり人物をはっきり特定しないことで逆に百姓全体を描き出そうとしたのだ。何枚も何枚も、名もなき百姓に永遠の命を吹き込み続ける・・・あえて言おう、ミレーは本気だと。
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13.ルノワール〜ムーラン・ド・ラ・ギャレット
人生には不愉快なことがたくさんある。なぜこれ以上、不愉快なものを作る必要があるんだ?(ルノワール)
「裸婦を見れば、そこには何千というかすかな色合いが見える」(同)
ルノワールを語るときの僕のスタンスは実に微妙だ。なぜならルノワールはゴッホの絵を「泥臭い。嫌いだ。」とこきおろした大たわけだからだ。ゴッホの百姓画に対して彼が描くモデルときたら、ピアノを弾いたりする金持ちの御令嬢ばっかし。この大罪を考えたとき、普通なら裁判抜きの極刑が妥当なのだが、文芸ジャンキーのハートは次の感情を隠せないのだ・・・美は美だ!!結局、ベスト入り決定。
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14.フェルメール〜地理学者
美術界には“フェルメール・ブルー”という言葉がある。フェルメールが使った青絵の具はこの世で最も美しいブルーであり、特殊な原材料とその時代の湿度がマッチした超激レアの絵の具で、精製工程が謎ということもあり二度と作られていない。彼の絵を見るときは、ぜひ青に溺れて欲しい。余談になるがヨーロッパ中の美術館を手中に収めたヒトラー(学生時代、ヤツは画家志望だった)が兵士に真っ先に奪わせた絵がヤツの別荘の正面に飾られていた。フェルメール作『ターバンを巻いた少女』がその絵である。
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15.ルーベンス〜十字架上げ、十字架降下
彼は言わずと知れた、『フランダースの犬』のネロのヒーローだ。赤い色がうまく出なかった為、ルーベンスが自分の血を混ぜたというこの2枚の巨大な絵は、一枚はキリストを打ち付けた十字架を立てる瞬間を描き、もう一枚はそこから降ろしている途中の劇的瞬間を描いており、その圧倒的迫力は絵の前に立つ者全員を無口にさせる。ネロがずっと観ることが出来ず苦い涙を飲み続け、ついに最終回でその目で観た後、あの世への片道切符となったこの2枚の絵。実は僕も以前涙を飲んだ。
それは忘れもしない1989年の夏、貯金をはたいて、はるばるベルギー(アントワープの大聖堂)までこの絵を観に行った僕の目に映ったモノ・・・それは絵に覆われた白い布とシンプルな『ただ今修復中』の看板だった。この予期せぬバーチャル・ネロ君状態に、僕は生命を維持するのに必要ギリギリの全身の水分がナイアガラの滝の如く涙となって溢れ出し、小さな天使の幻覚を見たり、どこからともなくアヴェ・マリアが聴こえたりと、あわやピーポーピーポーだった。千鳥足の僕に神父は「4年後にまた来い」とダメ押し。結局5年後に僕は額に“鬼”という文字を書いて再訪した。
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16.ドラクロワ〜ダンテの小舟、サルダナ・パールの死
ドラクロワといえば『民衆を率いる自由の女神』が最も有名だが、彼の真骨頂はもっとダークな絵にある。地獄で亡者に襲われるダンテの絵や、降伏直前の王宮内で繰り広げられた大虐殺の図などは、公開当時はあまりに衝撃的で女性が失神しまくったらしい。生涯独身だった。
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17.カラヴァッジオ〜聖ペテロのはりつけ
超劇的な明暗の対比に絶句。その暴力的とも言える画面全体のダイナミズムは、まるで見る者の胸ぐらを掴み上げるかのよう。フラフラになる。彼は実際に殺人事件を犯した。
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18.ムンク〜叫び、マドンナ
“この絵は狂人だけに描き得る”(ムンクが『叫び』の画中に書いた落書き)
ムンクの『叫び』は多くの人に誤解されている。『叫び』というタイトルは、大気を引き裂くような全世界の悲鳴のことを指し、あの男はその悲鳴を聞くまいとして両手で必死に左右の耳を押さえているのだ。つまりあの男が叫んでいるわけではないのだ。極度に人間嫌いだった彼は、人里から遠く離れた地に、自分の家の周囲を巨大な壁で囲ませて隠者の様に暮らしていた為、ムンク本人を直接知る者は極めて少ないという。
「もう、これからは読書し、編物をする女たちを描くべきではない。生きていて呼吸し、感じ、苦悩し、愛する人間を描くべきだ」(ムンク)
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19.モジリアニ〜ジャンヌ・エピュテルヌ
ハイパー極貧画家モジリアニを語るとき、決して忘れぬことが出来ぬのが、その妻ジャンヌのことだ。彼女は彼にメチャ惚れ。1920年厳冬のパリ。モジリアニが35歳の若さで病死した翌日、「彼がいないこの世界は私の居るべき場所じゃない」そう言って、ジャンヌはアパートの5階から飛び降りた。若干21歳、お腹の中には赤ちゃんを身籠もっての自殺だった。生きて彼の忘れ形見を育てる・・・そんな選択肢が微塵も存在しない翌日の死。壮絶じゃ〜。
僕は一枚だけジャンヌをモデルに描いたレプリカを持っているが、その絵はモジリアニには珍しく瞳がちゃんと入っていて、まるですぐそこにジャンヌが居るみたいなんだな。その絵との付き合いは随分長く引っ越しする時もずっと持ち歩いているので、一人暮らしなのにジャンヌと同棲している様な錯覚に陥ることがある。もっとも、ジャンヌには不本意だろうが…。
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20.ボッティチェリ〜ヴィーナスの誕生
中世の厳格なキリスト教社会では絵とはいえヌードは御法度だった。そこで彼はギリシャ神話を裏ワザに使い、女神ならオッケーじゃろと神話にかこつけて裸体を描くという革命を起こした。500年も昔の絵だというのにヴィーナスの桜色の頬は今でも僕をドキドキドッキンにさせる。あのダ・ビンチが一目置いてたというのだから、彼の実力は折り紙付きだね。ただ、調子に乗り過ぎた彼はやっぱり異端者裁判にかけられそうになり、火刑を恐れて自らの手で殆どの作品を燃やしてしまったというのだから実に残念だ。ま、そりゃ命をとるわな。
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21.ボス(ボッシュ)〜快楽の園
地獄やデーモン(悪魔)を描き続けた、中世暗黒時代が生んだ人類史上最大の異色芸術家。それこそ、現代の漫画家に至るまで後世の悪魔絵師で彼の影響を受けていない者はおらぬ。一度見たら二度と忘れられない彼の絵は、友達をなくしたい人にとってプレゼントに最適。
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22.ミレイ〜オフィーリア
名前がよく似ているがミレーではなくミレイなので御注意なされ。オフィーリアとはハムレットの恋人だが、(1)ハムレットに父を殺される(2)そしてめっちゃ冷たくあしらわれる(3)発狂する(4)花を摘もうとして川に落ちて死ぬ、というフルコースを満喫した女性。この絵ではちょうどプッカプッカと浮き沈みしているお寒い場面が描かれている。彼女の瞳はホゲ〜ンと見開かれ、体の周りを編みかけた花輪がユ〜ラユラ。実際に浴槽にモデルを浮かばせて描いたそうだ。どうりでリアルなハズ。
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23.エゴン・シーレ〜自画像、死と乙女
「芸術作品にはひとつとして猥褻なものはないのだ。それが猥褻になるのは、それを見る人間が猥褻な場合だけだ」これは彼の描くヌードは生々し過ぎると非難する人々へ向けた、シーレの怒りのメッセージである。彼の絵は“不道徳”のかどで、法廷で裁判官に焼かれた。享年28歳。早すぎた死が惜しまれる。
「僕は人間だ。生を愛し、死を愛す」(エゴン・シーレ)
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24.デューラー〜自画像、騎士と死と悪魔
毅然とこちらを見据える、20代の若き自画像がめちゃめちゃかっこいい。絶対、鳥肌立つ。
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25.ルドン〜花の中のオフィーリア
不気味な幻想絵画をたくさん描いたルドン。しかし、気味が悪くても何度も観てしまう魔力が秘められているのだ。
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26.クールベ〜画家のアトリエ
政治的な意味で“闘う画家”クールベ。彼はパリ・コミューンの戦士だった。
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27.ラ・トゥール〜大工の聖ヨセフ
ラ・トゥールはレンブラントと双璧をなす光と影の魔術師だ。中でもこの絵における少年キリストの手は絶品だ。手に絞って評するなら、この世の全絵画中トップの美しさだ。ロウソクの燈にかざした手の指が、闇の中で神秘的に輝いているのだ!
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28.シャガール〜恋人たち
シャガールといえば、やはり青、そして緑の美しさに尽きる。僕は特に緑が好き。あの緑は何時間見つめていても飽きぬ。
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29.マネ〜オランピア
近代絵画の革命家マネ。マネは絵が上手いだけではなく、モデルを選ぶ目に僕は彼の天才を感じる。思い出すに、僕が惚れてきた女性はオランピアと似た女性が多かったように思う。
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30.ドガ〜舞台の踊り子、アプサント
彼の視線もロートレックと同じで、基本的にめちゃくちゃ優しい。アプサントの女性なんか、暗い表情をしててもすごく魅力的だと僕は思うな。
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31.ラファエロ〜アテネの学堂
あのダ・ヴィンチがライバル視していたルネサンスの巨匠。1520年37歳の誕生日にローマで没した。もう少し長く生きていれば、ダ・ヴィンチやミケランジェロ以上に有名な芸術家になっていたかも知れない。
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32.ティントレット〜はりつけ
ティントレットはパワーみなぎるドラマチックな作品を描いた。人体のポーズがカッコ良い。
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33.コロー〜マントの橋
若手の画家たちから“コローおじさん”と慕われた彼。コローの風景画は銀色のカーテン越しに見える世界だ。初期印象派の雄。
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34.ティツィアーノ〜埋葬
ティツィアーノもティントレットと同じくインパクトの強い作品を生んだ。名前が似てるので、僕はよく混乱してしまう。
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35.カリエール〜母と子
霧の中に溶け込むような優しいタッチの作品を多く残した。今で言う“癒し系”の画家。
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36.フリードリヒ〜霧の海を眺めるさすらい人、山上の十字架
ベートーヴェンと同時期に活躍したドイツの画家だ。伝統的で地味な宗教画を、雄大でロマン溢れるものにした。
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37.セザンヌ〜トランプをする人々
「私は左か右にちょっと動くだけで、何ヶ月も同じ場所で絵が描けると思う」(最晩年、死の数日前の言葉)
構図の鬼セザンヌ。彼は遠近法を無視して静物画を描いた。そこまでして一番良い構図を求めたのだ。ピカソは「唯一影響を受けた先人はセザンヌ」とまで言い切った。
セザンヌが起こした絵画史上の革命は、従来の画家がひとつの視線(方向)から対象物を描いていたのに対し、複数の視点から描いて一枚の作品にまとめあげたこと。あちこちから物体を掘り下げることで、対象物の「存在感」(本質)を表現したんだ。※あちこちから見る、これがやがてピカソのキュビズムに発展していく。
「自然を模写してはいけない。自然を解き明かすことだ」(セザンヌ)
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38.マティス〜赤い室内、青いテーブル上の静物
生命力あふれるエネルギッシュなマティスの絵。黒にも“明るい黒”というものがあるのだと初めて知った。
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39.ホイッスラー〜白の女
このホイッスラーほど“白”を多用し、またそれを見事に使いこなした画家はいない。
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40.ユトリロ〜白の時代の作品全部
14歳から酒に溺れ、アルコール依存症の為に18歳で入院したユトリロ。巴里の路地裏を独自の乾いたタッチで描いた。
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41.モロー〜サロメ
妖艶で絢爛豪華な作品世界がモローの特徴だ。歩くロマン主義。
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42.コクトー〜牧神
画家、詩人、小説家、映画制作者など“千の顔を持つ男”ジャン・コクトー。神がシャレで創ったような天才だ。
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43.エル・グレコ〜聖衣剥奪
燃え上がる銀の炎!
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44.モンドリアン〜赤・青・黄のコンポジション
一見単純な絵に見えるモンドリアンの作品だが、トコトン計算され尽くした構図と配色であり、シンプルながらいつまでも飽きのこない作品だ。三色の絵の具は“ここしかない”という場所に配置されており、見る者に心地良い安定感を与えている。画家の非凡さがうかがえる。
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45.ブリューゲル(父)〜バベルの塔
天を目指して建築されたバベルの塔。小さく描き込まれた建築に従事する群集が、塔の巨大さをひとめで鑑賞者に伝えて圧巻だ。また、奇怪な幻想画はボッシュ(ボス)の影響をモロに受けている。
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46.ロセッティ〜プロセル・ピーナ、ベアタ・ベアトリクス
破滅型人生を歩んだロセッティ。退廃美を形にした。
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47.サージェント〜エル・ハレオ
めちゃくちゃ上手い。彼の絵には独特の気品がある。
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48.ビアズリー〜サロメ
画家には貧困で健康を害し夭逝した者が多いが、25歳で亡くなったビアズリーは最も若い死ではなかろうか。ビアズリーは官能的なデカダン作品を世に残した。
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49.ベラスケス〜道化ファン・テ・カラバサス
「私以外に顔を描ける画家を、私は知らない」(ベラスケス)
描いた作品はほとんどが肖像画。表情にあらわれた内面描写に目をみはるものがある。
※ベラスケスは特別に長い筆を使っていた。後期の作品は輪郭線がなく色彩だけで描いている。
※マンガ家の荒木飛呂彦が尊敬している人物と彼をしてあげていた。
※「ベラスケスこそが画家の中の画家」(マネ)
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50.アンディ・ウォーホル〜キャンベル・トマトスープ缶
「僕は退屈なものが好きだ。同じ物の繰り返し…物の意味は消えていき、快適な虚無の世界に浸れるというわけさ…」(A・ウォーホル)
「20万ドルの絵の隣りに20万ドルをまとめて壁にかけてみな。もし誰かが訪ねて来たら、彼らが最初に目にするものは、壁の上のお金の方だ」(同上)
「美に関する人々のセンスはまちまちだ。全く似合わない、ぞっとするような服を着ている人を見ると、僕は彼らが『これは素敵だ。気に入った。これを買おう』と思って、その服を買っているところを想像してみる。アクリル製のタンクトップで、胸に光る文字で“マイアミ”なんて書いてあるのを買わせる、何が彼の頭をよぎったのか想像もつくまい」(同上)
ポップ・アート界の帝王。時代そのものをアートに変えたカリスマ。
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51.ドーミエ〜クリスタンとスカパン
徹頭徹尾弱き市民の立場で権力者に対峙した、フランス絵画史上最大のヒューマニスト。
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52.コンスタブル〜乾草車
英国で大人気のロマン主義風景画家。自然を細密に描写した。
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53.ルソー〜蛇使いの女
ジャングルの濃密な夜の大気がカンバスから立ち昇ってくる幻想絵画“蛇使いの女”。画家自身は一度もジャングルを訪れたことはないという。ルソーのイマジネーションの豊かさに舌を巻くばかりだ。
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54.ジェリコー〜メデュース号のいかだ
沈没する船を脱出し、大海をいかだで漂流している人間が、水平線上に船影を見とめた劇的瞬間を描いた“メデュース号のいかだ”。人肉食もあったというこの実際に起こった事件を題材にした作品は、一大センセーションを巻き起こした。製作中のジェリコーのアトリエを訪れたドラクロワは、作品の力強さに衝撃を受け、自ら画中に描かれる死者のモデルをかってでたという。
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55.シスレー〜フォンテーヌ・ブローの森
印象派の画家の中でも、ひときわ繊細な感受性を風景画から感じ取れる。
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56.ピサロ〜サン・ピエトロ大通り
日本ではあまり有名ではないが、彼もまた光を描く印象派の大家だ。
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57.スーラ〜グランド・ジャット島の日曜の午後
絵の具をパレットで混ぜず、カンバスに極小の点として配置し、鑑賞者が目の中で色を混ぜるという画法・点描法の第一人者。31年の短い人生だった。長生きしていれば、どれだけ多くの傑作が世に残っただろう!
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58.カディンスキー〜コンポジション8
無秩序という名の秩序を感じる。
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59.ゴーギャン〜我々はどこから来たか?我々とは何か?我々はどこへ行くのか?
画家になったのは35才と非常に遅いスタートだ。それまで彼は株式仲買人をしていた。タヒチに渡ったのは43才!
彼が遺作のつもりで描いた『我々はどこから来たか?我々とは何か?我々はどこへ行くのか?』は右端の赤ん坊が生の象徴、左に向かって時間が流れ、中央でリンゴを摘んでいるのはイブ。そして左端の老婆が死の象徴。さらに左には白い鳥がいるが、これは“言葉の虚しさ”を表しているとのこと。死後の批評に意味はないということだろうか。
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60.ダリ〜サン・ブラン・デ・ラ・ルクスのキリスト
シュールリアリズム(超現実主義)を体現した巨匠。美しい悪夢への誘い。
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61.マンティーニャ〜死せるキリスト
あまりにリアル過ぎるキリストの亡骸は物議をかもしたという。
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62.フラ・アンジェリコ〜受胎告知
あの大天使ガブリエルの羽の美しいことったら!
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63.ジォット〜聖フランチェスコの死
中世の画家。彼は概してブルーが美しい。
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64.アングル〜ベルタン氏の肖像
アカデミックだが重厚さは落ち着きを与える。
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65.クレー〜魚の魔術
色彩の響きあいが楽しい。
「ヒトラーに迎合する悲喜劇的人間になるくらいなら、どんな困難にも甘んじよう」(クレー)
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66.ミロ〜金の羽毛を持つトカゲ
音楽が聴こえてくるようだ。
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67.クロード・ロラン〜イサクとリベカの結婚
聖書を題材としたものには名品が多い。
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68.デュフィ〜ニースの埠頭
ポップアートに通ずるセンスの良さを感じる。
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69.ライト・オブ・ダービー〜空気ポンプの実験
実験を見つめる人々の表情のリアルなこと!
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70.ダヴィット〜ナポレオンの戴冠
ルーブルでこの絵に謁見した際、あまりの巨大さに口がアングリだった。
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