★祝!グラミー驚異の五冠達成!★

ディクシー・チックスの戦い
2007.2.16

06年6月、TIME誌の表紙を飾った渦中のディクシー・チックス

07年2月11日に開催された第49回グラミー賞があまりに感動的だったので、気合を入れて紹介!今年の主役は最優秀レコード賞など主要部門を総ナメにした、30代女性3人組のカントリー・バンド“ディクシー・チックス”。この快挙に至る道はあまりに波乱万丈だった。彼女達は日本ではそんなに有名じゃないけれど、1千万枚以上も売れたアルバム(シングルではなく!)を2枚持ち、03年2月にグラミーのカントリー4部門を制覇、翌月にコンサート・チケットを1日に86万7千枚(約57億円)も売り全米新記録を樹立したスーパー・バンドだ(ローリングストーンズの記録を塗り替えた)。カントリーは米国人にとって“心の音楽”。保守層にファンが多いこのジャンルでの成功から国民的英雄と称えられ、米国ポップ音楽史上最も成功した女性グループとなった(アルバム販売総数3千万枚!)。

しかし03年3月、チケット売上げ新記録を達成した翌週、一夜にして運命が暗転する。イラク戦争の開戦9日前にリード・ヴォーカルのナタリーがロンドン公演で「皆、わかってると思うけど、私達は(同じ)テキサス出身のアメリカ大統領を恥ずかしく思ってるわ」と発言。すぐさま米国に伝わり「裏切り者」「サダムズ・エンジェル」とレッテルを貼られ大騒動になった。これに対しメンバーは「海外ツアーに出て外からの視点で米国を見ると、いかに世界から孤立しているかよく分かったの。自分の意見を発表するのは米国人である特権のひとつ。私達は派兵に反対します」と心境をWEBに綴った。
全米の大半のラジオ局が“ディクシー・チックスは愛国心がない”とその曲を放送禁止にし、なかにはCD廃棄を呼びかけて専用のゴミ箱を設置、集まったCDを踏み潰したり、ブルドーザーで粉砕する局まで現れた。サウスカロライナの州議会では「大統領への謝罪として軍人の為に無料コンサートを開け」という議案までが可決された。
ナタリーには小さな子がいる。彼女は一ヵ月後、“大統領という職務”(ブッシュ個人にではなく)への敬意を欠いていた事を謝罪した上で、「ひとりの母親として、私は子供たちや米国兵の命が奪われる前に、全ての選択肢を、出来る限りの他の手立てを尽くしたいのです。私は米国を愛しています」と訴える。 
“愛国心”の形は人によって様々だ。イラク戦争に賛成すれば愛国者で、反対すれば売国奴なのか。彼女達が騒動の2ヶ月前(03年1月)にスーパーボウルで歌い上げた、このアメリカ国歌(2分10秒)を聴いて欲しい。僕はかつてこれほど美しいアメリカ国歌を聴いたことがない。

多くの同業者や政治家に批判されるなか、ディクシー・チックスを早期に擁護したのはゴア元副大統領。「彼女達は非国民であるかのように扱われ、発言のせいで経済的制裁(不買運動)にも見舞われた。我々の民主主義は打撃を受けている」と、異なる意見に対する社会の寛容の欠如を憂慮した。
大物ミュージシャンはあまりに苛烈なバッシングを見てこの話題に沈黙を守っていたが、騒動の発生から3ヶ月後、最初にブルース・スプリングスティーンが公式に“支持”を表明した。「俺から見れば彼女達は、発言の自由というアメリカ人の権利を利用して心を表現した素晴らしい“アメリカ人アーティスト”だ。彼女達がラジオ全体から追放されるのは、ハッキリ言って非アメリカ的だ。(略)俺たちはイラクに自由を創造する為に闘っているはずなのに、この国で自由を行使しようとする人々に対して脅迫したり罰を与えている。俺は彼女達を支持する」。

同6月、この状況下でワールドツアーが開始。コンサート初日に満員の客席(1万5千人)にナタリーはこう言った「観客が来ないんじゃないかって言われたけど、皆来てくれると思ってたわ。もし私達を非難する為に来た人達がいたら、それは大歓迎だわ。なぜなら私達を批判するという言論の自由、それが素晴らしい事だと思っているから」「今のはブーイング?私にとってはブーイングも言論の自由よ」。

映画俳優やロック・シンガーにもブッシュを批判する者がいるのに、なぜ彼女達だけがこれほどまでに叩かれるのか。理由はただ一つ。カントリー・バンドだからだ。カントリーは白人文化であり、コアなファンは南部の保守的な階層に多い。実際、他のカントリー・ミュージシャンたちは競うように戦争支持の曲をリリースしていた。例えばトビー・キースは星条旗柄のギターを片手に星条旗模様のジャケットを着て、“サダムのケツにブーツで蹴りを入れてやれ”と歌い喝采を受けた。ナタリーは言う「私はキースの曲が嫌い。悪いことをした悪い人達だけじゃなくて、ひとつの文化を丸ごと標的にしてるじゃない。馬鹿げているし、物を見極める目を持たなくちゃダメよ」。これを聞いたトビーは逆上し、ナタリー夫妻のツーショット写真を引き伸ばしてライブに掲げた…夫の顔をフセインに差し替えて(最低)。

03年のブッシュ批判騒動を受け、「ナタリーに爆弾を巻き付けバグダッドへ落とせ」「CDを発禁にしろ」と抗議運動が起き、公演チケットは売れなくなった。一時期メンバーは子育てに専念するが、音楽への情熱はマグマのように煮えたぎっていた。そして06年、前作『ホーム』から約4年ぶりとなるアルバムの発売が決まる。メンバーは沈黙を破り、各メディアで積極的に発言し始めた。3年ぶりのTVインタビューを人々が固唾を呑んで見守る。聞き手から「大統領への謝罪や後悔の念を感じているのか」と問われたメンバーは、毅然として答えた「何を謝罪しろ、何を後悔しろっていうの?偽りの理由で始まった戦争に私たちが反対したこと?人々に死んで欲しくないって思っていることを?」。ディクシー・チックスは口を閉ざすどころか、ますます自分達の意見を語るようになった。
「女性の選挙権や、マイノリティーの平等権の獲得の為に戦ってきた人達の苦労に比べたら、私達の試練なんてどうってこと無かったわ」「ブッシュ大統領は“我々のおかげでイラク国民は自由にものを言う権利を得たのだ”と言ったけど、その権利は私たちにあるの?」「非難を受ければ受けるほど、自分を誇りに思う」「カントリー界の人は何か騒動があると、さっと姿を消してしまう。人の為に立ち向かおうとしない。愛国心の大きさを表明するばかりで吐き気がするし、なぜ愛国心にこだわるのか分からない。この世界は私達の為の世界ですか?私はすべての国を愛しています」。

“この3年間で何が一番つらかったか”という質問に、メンバー最年長のマーティ(37歳)が答えた。「殺してやると脅迫されたのが最悪でした。狂っているとしか言いようがない。アメリカには言論の自由があると思うのですが、放送禁止にしたラジオ局の人達はそんなことお構いなしなのです」。
彼女達に届いた殺害予告には“何処のコンサートで何曲目に撃ち殺す”という具体的なものもあり、本当に怖かったという。エミリーは自宅玄関を壊され、24時間体制の警護が必要になった。車にチックスの写真をつけていただけで銃口を向けられたという話もあり、サンアントニオのライブではパトカーが彼女達を護衛した。「お前たちは歌だけ歌っていればいい」という脅迫状もきた。今アメリカが戦っている“敵”は暴力で言論を弾圧するテロリストだが、過激な保守派が彼女達にしているのは、まさにその暴力による言論弾圧そのものだった。
そして06年5月、彼女達の思いのたけを込めたニューアルバム『テイキング・ザ・ロング・ウェイ』がリリースされた(ドラムはレッチリのチャド)。発売されるや否や、後にグラミーに輝くこのアルバムは空前絶後の話題を呼ぶ。帯に書かれたコピーは「“伝えたいこと”があるアーティストは強い」。これは彼女達の本気の闘争宣言だった!

07年2月、第49回グラミー賞授賞式。ディクシー・チックスの3人は、音楽業界最高の栄誉とされるこの祭典で、最優秀アルバム、最優秀レコード、最優秀楽曲の主要3部門を独占し、ノミネートされていた5部門全てで受賞する快挙を成し遂げた。ブッシュ批判をきっかけにラジオ局にオンエアをボイコットされ、“ディクシー・チックス廃棄デー”を制定され、自分達のCD潰しを公然と行われた彼女達。しかし、3人は苦境を跳ね返した。ニューアルバムはビルボード第1位に登りつめた。授賞式ではアルバムを代表する『ノット・レディー・トゥ・メーク・ナイス(言われるままには従えない)』が熱唱された。最優秀レコード&楽曲賞に輝いたこの曲のサビは、あまりに力強い歌詞だ。それは彼女達を弾圧しようとする全ての勢力に向けたものだった!

♪後悔はしていないし黙っているつもりもない/とんでもなく悲しいことよ--「アカの他人は憎まなければならない」って母親が自分の娘に教えるようになるなんて/私の言った言葉があそこまで誰かをおかしくさせてしまうなんて、一体ぜんたいどういう訳なの/そして私にこんな手紙を書いてよこすのよ/余計なことは何も喋らずただ歌っていればいい、さもなきゃ私は一巻の終わりだって/言われるままには従えない/撤回する気にはなれない/私は今もめちゃくちゃ怒りまくってるし、色んなことに付き合っているほど暇じゃないの/私がそうすべきだってあなた達が考えていることは、とてもじゃないけどやれっこないわ
公式プロモーションビデオ(サビ部分、45秒)

授賞式の一番最後に最優秀アルバム賞の名前を呼ばれた瞬間、立ち上がった3人はそれぞれの夫と抱き合った。彼女達は家族をバッシングに巻き込んでしまったし、家族は一緒に苦しんでくれた。ひとつのフレームに収まったその光景は、今年のグラミーを象徴する最も感動的なものだった。ナタリー「皆さんが言論の自由を行使した結果、私たちの受賞が実現しました。多くの素晴らしい楽曲と演奏の中から選ばれて光栄です」。エミリー「この3年間一番辛い思いをしたのは家族の皆だと思います。だから…本当に有難う」。

誰にも媚びず自分達の信念を貫き、女性バンドの中で史上最高のセールスを達成したディクシー・チックス。今は3年前のナタリーの発言が正しかった事を多くの米国民が認めている。最後はアルバム発売時に語られたマーティとナタリーの言葉で締めくくろう。マーティ「(ブッシュ批判をした)ナタリーに対して、エミリーと私から謝罪するよう圧力をかけることもできた。でも信念を守る大切さを考え、強い精神力で彼女を応援する自分を誇りに思っていた。信念の為ならキャリアを棒に振る覚悟が自分は出来る人間なんだって、私自身もあの事件から学んだの」。ナタリー「このアルバムがセラピーになったわ。今では前よりもずっと穏やかな気分。曲を書き、言うべきことを全て言ったおかげで前進することが出来たのだから」。


※参考資料…公式サイト、CDライナーノーツほか



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オヌシは 番目の旅人でござる