現代の聖書!世界遺産!
傑作マンガベスト100
(名セリフ付)
31〜60位

●1〜30位
●61〜100位

●ランキング表

●マンガ家の墓写真館


作品名&作者(敬称略)&コメント
※作品名の後は連載開始年です

31.NARUTO('99)〜岸本斉史(まさし)
「いーわねー、ホラ!1人ってさ!ガミガミ親に言われることないしさ」「…孤独。…親にしかられて悲しいなんてレベルじゃねーぞ。」(第1巻)
「あいつはもう泣き飽きてるんだろうなぁ。だから強いっていう事の本当の意味を知ってる」(第3巻)
「…もう泣かないって決めたのに…またナルトの兄ちゃんに泣き虫って馬鹿にされちゃう…」「何言ってんのお前…!?嬉しいときには、泣いてもいーんだぜえ!」(同上)
「まったく英雄(ヒーロー)ってのは大変だってばよ!」(同上)
「…小僧。…それ以上は…何も言うな…」(第4巻)
「(遅刻して)やあ!お早う諸君!!今日はちょっと人生という道に迷ってな…」(同上)
「ナルトの奴まるっきりカヤの外だな」「物語の主人公にはなれないタイプだね、きっと!」(第7巻)
「ナルトくんは失敗したっていつも…誇り高き失敗者だったもの!」「失敗をするからこそ…そこから立ち向かって行く強さがあって…そんな強さが本当の強さだと私は思うから…ナルトくんはすごく強い人だと思う…」(第11巻)
「アイツは時がゆっくり過ぎるのを楽しむことを知ってる…ジジイみたいな楽しみ方をする奴でね」
(第12巻)
「お前、ラーメンとおしるこばっかじゃマジ死ぬぞ。忍者たるものもっと野菜を食せ」(第15巻)
「人間が一人死ぬ…なくなる過去や今の生活そしてその未来と一緒にな…たくさんの人が任務や戦争で死んで行く。それも死ぬ時は驚くほどあっさりと…簡単にだ。死にゆく者にも夢や目指すものはある…しかし誰にもそれと同じくらい大切なものがあるんだ。両親、兄弟、友達や恋人、里の仲間達、自分にとって大切な人たち…互いに信頼し助け合う生れ落ちた時からずっと大切に思ってきた人たちとのつながり…そしてそのつながった糸は時を経るに従い太く力強くなっていく…理屈じゃないのさ!その糸を持っちまった奴はそうしちまうんだ…大切だから…」(第16巻)
「オレ達の生きてる間にできる事はしれてる。だから託していかねばな…先の者がやってくれる」「…急ぎすぎたな…オレ達は届かなくてもよかったのだ。後ろをついて来て託せる者を育てておくことが大切だった」(第691話)


 第4巻!再不斬(ザブザ)のエピソードを電車の中で読んでた自分は、「小僧…それ以上は…何も言うな」で肩を震わせてゲロ泣き。周囲の乗客は引きまくっていたが、あれで嗚咽するなというのが無理。急遽、次の駅で電車から降りて、ホームの端でエグエグしてた。『ナルト』は物語が感動的なだけでなく、ギャグはオイシイし、忍者バトルもスピードと知力の戦いで面白いの何の。様々な謎が物語の随所に仕込んであり、それが徐々に明らかになっていく過程は実にエキサイティング。15巻まで読んでも一切、中だるみナシ!一話たりとも無駄な話がない、この密度は凄い。「落ちこぼれ」と言われてきたキャラが、努力と根性で人生(世界)を切り開いていくのは、読んでてすがすがしい。久しぶりに少年マンガの王道をいく作品に出会った。
 また、新鮮だったのは、主人公のライバルは皆トンデモなく無敵に思えるのに、大人の忍者の前では赤子同然ってとこ。近年のマンガは弱い大人ばかりで、この作品のように、“大人が大人に見える”のは皆無に近い(老忍者は体力は落ちても知ってる忍術が多いのでさらに強い)。とても健全なバランス感覚の上に成り立っているマンガで、地に足がついてるというか、なんと心地良い安定感があるのかと感心した。単行本に載ってる「作者の生い立ちヒストリー」もかなりイイ。あれを読むと、作者の岸本氏が、どれだけマンガを愛し抜いているか良く分かる。読者として、作者の誠実さを感じながら作品を楽しめるのは最高の贅沢だ!
※主人公のナルトをはじめ、魅力的なキャラはたくさんいるけど、中でもシカマル、カカシ、リー君、この3人が超大好き!!

★追記(2014.11.10)…本日ジャンプにてNARUTO最終回。15年の歴史に幕。ワンピースの扉絵でルフィとコラボし(足でわかった)、NARUTOにワンピースのドクロを入れるニクい演出に、岸本先生と尾田先生の友情を感じた!
【以降ネタバレ文字反転】ナ ルトとサスケの結末、失った手を合わせて印を結ぶ演出にグッときた。素晴らしい。そして次のサスケの独白こそ、岸本先生から今の世界へのメッセージと受け 取った。「いがみ合ってたちっぽけなオレたちが、今は互いの心を“痛み合う”ことができる。この事はオレたちだけじゃなく、もっと大きななもの(国)にも 言えることなのかもしれない。だがそう簡単にはいかないだろう。オレたち自身がそうだったように。大きなものならなおさらな。それは祈りにも似た想いだ。 それでもそれができるまで、耐え“忍”んでいく。 その様を任された“者”たち…それがオレたち忍者なのかもな」。和解に時間がかかろうとも、人を信じ、信念を持って耐え忍ぶ。“忍”“者”で忍者。この 「痛み合う」という言葉の重さ。「喜び合う」だけではダメなのだ。他者の痛みを自分のことように感じる心こそ、人類が次のステップに進むために最も必要な もの。やはり本作はただのバトルマンガではなかった!岸本先生、15年間お疲れ様&有難うございました!(以上)


★追記2(2014.11.11)…朝日に『NARUTO』の連載を終えた岸本先生のロング・インタビューが載っていた。そして以下のくだりを読んで、益々先生への信頼を強くした。
――中盤の山場「ペイン編」では、敵を率いていたペインがナルトの言葉に納得し、戦いをやめる。ペインも読者も納得する言葉にたどりつくまでが大変ということですね?
岸本「少年マンガなのに戦って解決せずに『暴力否定』みたいなテーマをもってきたから、解決が難しいことになり、脂汗流して考えた」
――「暴力が生む憎しみの連鎖をどう断ち切るか」というテーマは、9・11後の世界情勢の反映だと感じました。
「あまり具体的に現実の国名とかは挙げたくないけど、暴力を振るってくる敵側にも何か理由があるんじゃないか。それを理解しないと、敵をここでやっつけることができても同じことの繰り返しなんじゃないか、と言いたかった
海外に出ると、『NARUTO』人気は今やワンピースどころか、ドラゴンボールさえしのいでいるのでは、そんな印象を受ける。世界最南端の都市ウシュアイア(アルゼンチン)ですらNARUTOのTシャツを着ている若者がいた。日本を代表する作品のひとつが、暴力否定を描いていることが嬉しいし、救われる。


 

32.G戦場ヘヴンズドア('00)〜日本橋ヨヲコ
「こんなものを破くなんてできないよ。オレにはできない。」(第1巻)
「…もしお前がもう一度…オレを震えさせてくれるのなら、この世界(漫画界)で、一緒に汚れてやる。」(同上)
「読んでたら、読んでる場合じゃねえと思って、来ちまったんだ。そんな、マンガだな。作るべ早く。とっとと追いつこうぜ、こいつに。」(同上)
「もしこのままマンガを描き続ければ、あの少年がいつか私の本を読んでくれるかもしれない。そしてまたマンガを描きたくなってはくれないものかと。だから私は売れ続けなきゃいけないんだよ。」「ものすごく遠まわしな激励ですね。先生らしい。」(同上)
「本当に面白いマンガはね、心が健康じゃないと描けないんだよ。」(第2巻)
「生かすべくは、自分より面白いことを企んでくれる人間。震えさせてくれるならさ、敵とか味方とか関係ないと思わない?」(同上)
「漫画家に必要なものって、何スか?才能じゃなかったら、何なんスか?本物との差を決定的に分ける一線って、いったい何なんですか!?」「人格だよ。」(同上)
「オレはあの思い出があるから、今までやってこれたし、この先どんなことも耐えられそうな気がするんだよ。」(同上)
「マンガは練習するもんじゃない。覚醒するものだ。」(第3巻)
「稲葉にしても誰にしても、本音しか言わないから、ありがてっス。」「そうね。厳しいからやさしいわね。」(同上)
「オレは、いろんな人のいろんな愛情に気づかないで、呑気に17年間過ごしてきたよ」(同上)
「一見、こんなん壁のように見えるけどな、ただの石やで?あんた、石に囲まれとるだけやで?そう考えれば外はあんたの部屋であって、あんたの部屋は外でもあるわな。」(同上)
「オレさ、なんで前からお前に目が行くのかわかったよ。お前自体が作品なんだな。参りました。」(同上)
「トイレに行く時間が惜しい。食事をするのがめんどくさい。長時間描き続けると、震えるこの手が不便だ。夢の中でもネームを考えられないものか。いっそ機械の体になりたい。」(同上)
「オレね、…からっぽじゃ、なくなったよ。」「ああ、そうだな…!」(同上)
「ああ、なんだろう、この気持ちは。体は熱いのに、心はとても穏やかだ。そうか、もうオレ達は揺るがないんだ。誰に何を言われても揺るがないものを見つけたんだ。今まで生きてきたすべての意味を使うことができるんだ。」(同上)


たった3巻でこの名セリフの山!画家を目指す2人の高校生の、今どき珍しい直球型・炎の友情爆発マンガだ。とても屋台骨(構成)がしっかりしていて、クライマックスに向けて全エピソードが重なっていく展開は、まるで様々な楽器の響きが溶け合うオーケストラの音色のようだったッ!1巻の主人公は最低の自己中男で、読んでて頭に来たけど(感情移入度ゼロ)、2巻から内面の成長と共に顔つきがどんどん変わってきて、3巻ではまるで憑き物が取れたみたいに良い顔になってた!普通の漫画家が20巻までかけて描くものを、この日本橋ヨヲコさんは、たったの3巻で描き切ったんだ!3巻の17話“ユルガナイ”では脱水症状寸前まで涙腺が決壊した。単行本の帯には島本和彦、土田世紀、藤子不二雄Aの熱い推薦メッセージがあり、土田世紀は作者と作品を大きな虹にたとえて「実にデカイものとはちっぽけなものの悲しみを吸い取ってしまう作用がある」と書いた(120%同感!!)。たった3巻なのになぜもっと早く読んでおかなかったのか、めっさ後悔。この作品を掲示板やメールで薦めてくれた全ての人に心から御礼を言います!本当に有難うございましたッ!!

 

33.MASTERキートン('88)〜浦沢直樹&勝鹿北星
「水をやれ!水を飲ませてやれ。あいつは、カーリマン(英雄)だ。」(第1巻)
「僕は一人ぼっちだ!!」「それは素晴らしい悟りだ。それを知ってれば、誰だって許せる」(第4巻)

 
なんとジャンルは“考古学アクション”。原作者がついてるものの、浦沢氏のオリジナルも多いと聞く。単純なアイデアマンではなく、良質なストーリーを次から次へと生み出すのはスゴイ。とにかくネタの引き出しが豊富なのだ。画力もしっかりしていて、欧米の老人を描かせれば右に出るものはいないだろう。

 HPの掲示板に「心が疲れた時に読んだマスター・キートン第4巻の“喜びの壁”が忘れられない」と書かれていた。スコットランド辺境にある修道院の廃墟“喜びの壁”が物語の舞台。最後の修道士ライアンが息を引き取って数年が経ち、周辺の村人はもう修道院の存在自体を忘れているが、ベインという初老の男だけは“喜びの壁”の保存運動をしている。その理由はライアンが生前ベインに「この壁で私は奇跡を見たことがある」と言い残したからだ。最愛の妻を亡くした悲しみが続かない自分を責めるベインに、ライアンは、「なぜ悩むのか。人間は一人一人が孤島だ。人間は一生自分という宇宙から出られはしない。お互いの心を分かり合っていたなんて幻想にすぎない」と語る。「真実だとしてもそれは悲しいことですね。愛する人が感じたことを同じように感じたい」というベインに、夜空を見上げながらライアンは続ける。「しかし、人間はこの宇宙よりもずっと広大な宇宙を持っている…あるいは、人間の心は本当には通じ合っているのかもしれない。本当のことがわかるには、奇跡を見るしかない」。
 それから4年後の夜、“喜びの壁”の側でベイン、主人公キートン、親友に裏切られて家出中の少年の3人が焚き火にあたっていると、夜闇の中で、付近の鹿や小動物、鳥たちが息を潜めて空を見つめていることに気付く。天空には壮大なオーロラが、あたかも「喜びの壁」から立ち昇るように舞っていた!眼前の光景に圧倒され、深く感動しながらベインは悟る、「俺達は一人で生き、一人で死んでゆくが、この瞬間、この場にいる生き物だけは、自分の宇宙を抜け出して…同じことを感じている」と。

 書き込みをした“アポロさん”は、次のように続けていた。「人間は一生自分の宇宙から出られず、本当の意味でわかりあう事はできないけれど、真に美しいものや芸術に触れたとき、自分の宇宙を抜け出して、同じ事を感じる事ができる」「我々もたまに、夕日を見に行ったり、夜景を見に行ったりしますよね。芸術もそうです。そういうのを黙って見ている時って、筆舌に尽くし難い気持ちをみんな同じ様に感じているのだと僕は思います。だから、名所や美術館には人が絶えず訪れるのではないでしょうか?感動の共有を実感すると、ドキドキしますよね」。
 感動の共有!まったくその通りだと思うッ!事実、自分はその喜び(誤解を恐れずに言うならば、快楽と言ってもいい)の虜になっている。芸術の感動は自分と他者の間に横たわる目に見えない垣根を、いとも簡単に吹き飛ばしてしまう。なんかこう、とてもジーンとなった書き込みだったので、こに紹介させて頂きました。

 

34.漂流教室('74)〜楳図かずお
「やったーっ、大友側のやつを、一匹やったぞーっ!!」(第5巻)

 あわわ、とんでもないセリフをピックアップしてしまった。漂流教室。小学校が丸ごと“ナゾの荒野”へ瞬間移動しちゃう話だ。校内では、僅かに残った食料を巡って凄惨な争いが開始される。このマンガ、一見無茶苦茶な展開なんだけど、読み始めたら絶対に止まらないハズ。それは、子供が非常に残酷な生き物だということを我々が体験的に知っているからだろう。怖いもの見たさでページをめくらずにはおられないのだ。
しかしこの作品、単なるサスペンスではないからこそ高順位につけている。自分は楳図かずおを誤解していた。わんぱくグループの池垣くんの死闘を読んだ今、もう楳図作品は不気味だから感動できないなんて誰にも言わせない!
 “ナゾの荒野”の正体が分かった時の衝撃はかなり強烈。心して読むように。

 
35.寄生獣('89)〜岩明均
「人間に寄生し生物全体のバランスを保つ役割を担う我々から比べれば、人間どもこそ地球を蝕む寄生虫!!いや…寄生獣か!」(第9巻)

 人間になりすまして次々と我々を喰らう寄生獣と人類の戦いを描く。人類の天敵と思っていた連中が「我々はか弱い。それのみでは生きてゆけないただの細胞体だ。だからあまりいじめるな」と言ったシーン、あれは目からウロコだった。“食堂”の存在はシャレにならんかったが。主人公の右手に寄生し、当初は不気味だったミギーが、読み進むうちに可愛くなっていくのが面白い。

 

36.リバーズ・エッジ('93)〜岡崎京子
「(編み物をのぞいて)あーきれいな色ー!!」
「エヘヘ、そーでしょ?山田君が好きなのブルーって。あたし、まだヘタクソなんだけど、山田君がセーター編んでってうるさいの。もう冬も終わりでしょ?あせっちゃって」


 
ところが山田君はセーターが欲しいなんて言ってないし、思ってもいない。すると急に上のセリフは鬼気迫って来るよね。この作品はそういう小さな狂気が幾層にも重なっていて、読み手はずっと言葉にならない不安感と背中合わせにページをめくることになる。物語は一冊で完結するが、読了後、これ以上1ページたりとも追加する必要はないと感じるだろう。それほどまでに本作の完成度は高い。若者の繊細な心の動きを、スタイリッシュな画風と必要最小限のセリフで見事に描写しきっており、間違いなく90年代を代表する1作だ!

 岡崎先生の作品は輪郭線からハミ出たトーンにまでセンスが光る。発表作は様々な賞に輝き、誰もが未来の漫画界を背負う人物として疑わなかった。しかし『ヘルタースケルター』脱稿直後の96年5月(当時36歳)、散歩中の先生を飲酒運転の車がはねてしまう。意識不明の状態から一命をとりとめたものの、事故から10年以上経った現在もマンガを描ける状態じゃない。ただし、徐々に快復しているのは確実で、04年には車椅子で外出できるまで復活してきたという。

※いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。いつも。たった一人の。ひとりぼっちの。一人の女の子の落ちかたというものを。一人の女の子の落ちかた。一人の女の子の駄目になりかた。それは別のありかたとして全て同じ私たちの。どこの街、どこの時間、誰だって。近頃の落ちかた。そういうものを。(岡崎京子)

【08年7月追記】フィールヤング8月号の別冊付録に“岡崎京子デビュー25周年記念読本”がついてて胸が熱くなった。読本の冒頭には編集部が「岡崎先生は現在もリハビリ中であり新作の掲載は困難ですが、25周年を記念して特別収録します」と寄せ、単行本未収録の『毎日がクリスマスだったら…』という短編が収められた。20ページオンリーだけど、やはり別格。岡崎マンガならではの女性のリアルな喜怒哀楽が描かれ、最後はちょっとホッコリ。“先生の作品をもっと読みたい”という気持が加速する。“記念読本”の後半は25人の著名人から先生に向けての(25周年)お祝いメッセージ集。「岡崎さんおめでとう、いっぱい描いてきてよかったね。みんなが毎日毎日あなたの作品を読んでいます」(よしもとばなな)、「同時代に同じ漫画という仕事ができた事が私のとても大きな財産です。京子ちゃん、25周年おめでとう」(桜沢エリカ)、「夢を追って走る。走ることで多くを失い、さらに多くを求めて走る。そんな明るくも切ない疾走感が岡崎さんのマンガには満ちています」(浅田彰)etc。香山リカさんは、若い子に岡崎マンガを薦めると“こんなの初めて読んだよ!”と興奮状態になるので、「そういう時は私まで誇らしい気分になる」とのこと。その気持、めっさ共感しまくりッス!10年以上も作品を発表していないのに、今もこうしてデビュー25周年の特別付録が編纂される。そんなマンガ家は他にいないだろう。どれほど岡崎先生が多くの人に愛されているのか、あらためて実感!

 

37.佐武と市捕物控('68)〜石ノ森章太郎※さぶといちとりものひかえ
「あたしァね、佐武やん。自分の強さが…恐かったんだよ。その強さで一生涯、人を斬り続けることになるんじゃないかと思って…ね。でもいま…世の中にはあたしより強い奴がいるって(知った)。そしてあたしは、やっぱり…誰かに助けられねェと負けちまう、目の見えない按摩(あんま)だってことが判って…な、なんだかホッとしているんだよ!!」(愛蔵版第1巻)
「…佐武やん、人間なんて小せえもんだねェ…」(同上)


 江戸を舞台にした本格時代劇マンガ。時代物だと大抵は原作者がいるのに、石ノ森氏は30才でなんと渋い作品を描き上げたのか!本作は捕物といってもチャンバラがメインではなく、庶民の悲哀がにじみ出ている人情話が主軸。毎回、善人も罪人も関係なく浄化されていくような、最後のひとコマの余韻が素晴らしい。また、単に物語が良質なだけでなく、季節ごとの自然の描写や江戸の町並みが臨場感たっぷりに描かれており、読んでいる間は現実の時間の流れを忘れてしまう。革新的なコマ割りも随所に登場して、石ノ森氏の気迫とチャレンジ精神が伝わってくる入魂の力作だ!!

 

38.ピンポン('96)〜松本大洋

「暇つぶしなんですよ。」「何が?」「卓球です。英単語覚えるのも…どうせ死ぬまでの暇つぶしです。」(第1巻)
「この星の一等賞になりたいの、俺はっ!!」(同上)
「ポンコツ校でせいぜい天狗になってろ、スカタン。」「ブランド校で3年間球拾いやるよりゃましだぜ、ハゲ。」(第2巻)
「静粛に願う!!彼に対する誹謗中傷は不愉快きわまりない!!」(同上)
「月にタッチして帰って来るぐれえ、わけなかったぜ。奇跡なんて言葉、知らなかったよ。」(第3巻)
「悔いだけは残したくなかったかんよ…醜態さらすの覚悟でな…カットなど試みてみたのだ。」(同上)
「浅瀬で溺れる馬鹿一人、俺が救った顛末だ。お前は沖にすら出ちゃいねえ。」(同上)

「恐れ入ったわ…どうにもならんよ。ほんに強かね。風間が欲しがるわけじゃ…」(第4巻)
「そこにいろムー子。少し泣く。…すぐ戻る。」(同上)
「オイラの体、どうにもうまくねんだな、これが…でもアンタ高い所飛ぶ選手だかんよ、うんと高く飛ぶ選手だかんね。オイラも背中に乗っけてもらって…飛ぶ。」(第5巻)
「自分の勝利は宿命だと、風間は信じている。それが必然でなければならないと…たぶん奴にとって、卓球は苦痛なだけなのだろう。そうゆう強さもある。」(同上)
「オイッ、小僧っ…!付け焼き刃の裏面、私に通じるなどと決して思うなっ。不快だっ!」「チクショー…かっちブーだなドラゴン、てめえ…愛してるぜ。」(同上)
「ふっ…笑止っ。」(同上)
「ペコなら楽しめるさ。」(同上)
「インパルス走るっ!永久記憶不滅っ!反応!反射…音速!光速!」(同上)
「カザマには辛いな」「どうかな。ホシノのプレーは型にはまっていないよ、コーチ。卓球が好きで仕方ないという感じさ。そういう相手と一緒にプレーできるという事は…少なくとも俺は…」(同上)
「二人して最高の試合創るべ。愛してるぜ、ドラゴン…チュッ」「フッ…図に乗るな。」(同上)
「笑うとったぞ、今」「なんでや?」(同上)
「全身の細胞が狂喜している。加速せよ、と命じている。加速せよっ…加速せよっ!!目には映らない物、耳では聞こえない音、集中力が外界を遮断する。膨張する速度は静止に近い。奴は当然のように急速な成長を遂げる。反射する頭脳、瞬発する肉体…次第に引き離されてゆく…徐々に置いてゆかれる感覚。優劣は明確。しかし、焦りはない。全力で打球している。全力で反応している。怯える暇などない。」(同上)
「此処はいい…此処は素晴らしい。」(同上)
「カッコ良かったぜ、ドラゴン。」(同上)


 単行本の帯コピーは「274cmをとびかう140km/h、地上最速の球技、卓球!!」。それまで少しダサい印象のあった卓球が“史上最速の球技”という言葉でイメージが激変。実際、ページを開くと高速で飛び交う球の迫力に、のけぞりそうになった!卓球の天賦の才をもって生まれた、クールで生真面目なスマイル(月本)と、明るく自由奔放なペコ(星野)を中心に、2年連続でインターハイ個人王座に輝いたドラゴン(風間)、人一倍の努力家だが才能がないアクマ(佐久間)、中国で好成績を残せず日本で再起を賭けるチャイナ(孔)たち高校生の青春を描く。このマンガで心に響いたのは、キャラと共有する勝利の達成感ではなく、敗北した者への見守るような眼差し。点が入らない焦りや悲壮感が滲んでいる選手の顔が、完敗を悟った瞬間に、一転して穏やかな笑顔に変わる…これは『ピンポン』に何度か出てくる場面だ。心から卓球を楽しみ、全力で勝負できた時、勝敗など無意味に思えるほどの充足感があるんだと伝わってくる。素晴らしい演出!
 『ピンポン』は是非全5巻揃えて、親から子へと受け継いで欲しい。とにかく無駄なコマがひとつもないし、良いセリフも次々と出てくる。試合シーンはマンガ(静止画)なのに、動画以上の躍動感とパワーがある。特に最終巻のペコVSドラゴンは複雑なコマ割りを駆使して、打球のスピードを見事に140キロまで引き出した。紙とインクで速度表現の限界を極め、2人の選手が到達した世界、彼らにしか見えない景色へ、遙かな高みに登っていくクライマックスは圧巻!絵柄が独特なので抵抗感がある人も、2巻を読み終えた頃には身も心も作品世界にドップリ浸っている自分に気付くだろう!

※序盤は実力不明だったスマイルが、戦う前からライバルや小泉(顧問)のセリフでケタ違いに強いと分かる演出に唸った。
※海王の選手は九州弁の真田や関西弁の猫田がいて、全国からエリートが集まってるのが分かる。
※ペコはいつもお菓子を食べてるので、読んでて唾がわいた。コンデンスミルク(直飲み)、チョコボール、ポテチ、チュッパチャップス、ビスケット、“マンガみたいなアメ”erc。
※2巻でスマイルが戦った大鵬高校3年生江上。こんな超脇役まで内面描写があることに作者の優しさを感じる--「3年か…飽きっぽい俺にしたら続いたほうだ。根暗にコツコツ卓球やったよ。海、行くか?それも悪くねえ。早い夏だっ。」
※02年に映画化。

★映画『ピンポン』には一番好きな第2巻の名場面が抜けていた!
中国から日本にスポーツ留学してきた孔文革(コン・ウェンガ)が敗けそうになった時、一緒に訪日したコーチが激しく彼を怒鳴った--「終わりだぞ文革っ!!この試合に負けたら終わりだよ、お前は!!観光に来てるわけじゃねえぞコノヤロー!」。孔は死力を尽くして戦うが、それでも敗北が決定的になっていく。苦しさの中でコーチの顔を再び見ると、コーチは怒るどころか静かに微笑んでいた。孔は卓球後進国の日本でさえ、県予選で優勝できなかった。試合後に2人は語り合う。
(孔)「子宮から顔を出した時以来の衝撃だ。恐ろしく惨めな孤独が俺を包んでいるよ、コーチ。」
(コーチ)「はは…お前の人生は今始まったばかりだよ、文革。今やっと、スタートラインに着いた所だ。」
(孔)「俺はもう…卓球はもう…」
(コ)「卓球の話じゃないよ。人生の話をしている。」
(孔)「……」
(コ)「そして、これはコーチとして君に伝えるアドバイスではないよ。君を良く知る友人としての意見さ、文革。」
(孔)「ははっ…救われるよ。」
これを読んで、孔と一緒に僕も救われた。人生の懐はどこまでも深く、全てを賭けていたことに挫折しても、視野を広く持てばいつでも新しいスタートを切れるんだ。


 

39.キャンディ・キャンディ('75)〜いがらしゆみこ&水木杏子
「(独り言で)泣いたって仕方ないのに…キャンディは誰も見てないとすぐ泣くんだから」(愛蔵版第3巻)
「キャンディ、アルバートさんに掃除をやらせているのか」「エヘヘ…あたしがやろうかなあって思うと、アルバートさんがサッと!すばやいんだ、あの人。ほんと…」(第4巻)
「兄貴…アンソニーが死んだ時約束したね…もう2度とバグパイプは吹かないと…いつも3人で吹いていたから2人じゃ寂しすぎるって…。だけど今日は特別さ。兄貴のために…そして…アンソニーのために…」(第5巻)
「でも…、時って不思議だな…あたしはまた元気になりつつある…」(同上)


 
これはマンガに限らずどんなジャンルにも言えることだが、一世を風靡した作品というものはやはり何かしら特別な魅力があるものだ。本作は小4の時に女子の間で大ブームとなったが、その頃ウルトラマンに夢中だった自分は女子の大騒ぎを冷ややかに見ていた。花に囲まれたキャラクターを馬鹿にしていた。それから18年後、28歳のときに偶然古本屋で全5巻の愛蔵版が安価で並んでいたので、“なんで女子はあんなに大騒ぎしとったんやろか”と好奇心から手を出したのが運のツキ、徹夜で読破するハメに!
 結論。自分は阿呆だった。もっと前に読んでおくべきだった!人生損した。…いやしかし、ちょっと待て、あるいはこの歳で読んだからさらに感動が深いのかも。この作品は絵柄は子供向けだけど、内容はドロドロじゃ〜!メインキャラが死にまくるし、恋は成就しない。テリーなんかアル中だぞ!?そうした意味からも、今だからこそ感情移入できる部分がたくさんあった!

 

40.鋼の錬金術師('02)〜荒川弘
「水35リットル、炭素20kg、アンモニア4リットル、石炭1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素…大人一人分として計算した場合の人体の構成成分だ。今の科学ではここまで判ってるのに、実際に人体錬成に成功した例は報告されてない」(第1巻)
「立って歩け。前へ進め。あんたには立派な足があるじゃないか」(同上)
「ボロボロだなオレ達。カッコ悪いったらありゃしねぇ」「でも生きてる」「うん」「生きてる」(第2巻)
「男ってのは言葉より行動で示す生き物だから、苦しい事はなるべくなら自分以外の人に背負わせたくない、心配もかけたくない、だから言わない。それでもあの兄弟が弱音を吐いたら、そん時はきっちり受け止めてやる、それでいいんじゃないか?」(第4巻)
「鋼の錬金術師殿!先に無礼を詫びておきます!(ビンタ)バシーッ!!」(同上)
「すげー、すげー!!錬金術師が何百年もかけて未だ成し得てない“人間が人間を創る”って事をだな!女の人はたった280日でやっちゃうんだぜ!?」(第5巻)
「うわははは、聞こえんなぁ!!」(同上)
「この砂漠越えがなかなか苛酷でナ。気をつけろヨ。今からあまり水分を浪費するナ」(第10巻)
「認めた…!!」「トラウマと向き合った…!!」(第11巻)
「お前の手は人を殺す手じゃない。人を生かす手だ」(第12巻)
「皆のおかげで耐えられる」(同上)
「偽善で結構!!やらない善よりやる偽善だ!私は君の治療さえできればどう思われようとかまわない。早く足を出してくれ」(第15巻)
「神だと?さて不思議な。この状況でいまだ私に神の鉄槌は下らないではないか。イシュヴァール人が滅びようとしている今になっても神は現れん。いつどこに神は現れ貴様らを救うのかね?そもそも神とは何だ?弱き人間が寄る辺が欲しくて創り出した偶像ではないのか?偶像がこのキング・ブラッドレイを倒すか?滑稽な」(同上)
「(大虐殺など)国軍のしたことを許せというのですか」「勘違いするな。“堪える”と“許す”は違う。世の中の理不尽な出来事を許してはいかん。人として憤らねばならん。だが堪えねばならぬ。憎しみの連鎖は誰かが断たねばならぬ。怒りのままに流されれば、それは犬・畜生と同じ。たとえ世界のすべてがイシュヴァール人を否定しようとも我々は“人間”なのだ。獣の道に堕ちてはいかん」(第18巻)
「人間からは賢者の石ができ、賢者の石からは人造人間(ホムンクルス)ができる。では人造人間からは何ができる?何を産む?破壊しかもたらさぬ存在を神と呼べるのか?究極の存在にでもなったつもりだろうが、どん詰まりなんだよ、お前は」(第26巻)
「…どうだブラッドレイ。私の部下は強かったろう…?」(同上)
「もうわかってるんだろうグリード。おまえが欲してやまなかったのは“あれ”なんかじゃない」「ああそうだ。俺が欲しかったのは、こいつらみたいな仲間だったんだ」(第27巻)
「もう十分だ。なんも要らねぇや。がっはっは…。じゃあな魂の…友よ」(同上)
「誰もオレ達兄弟に「あきらめろ」って言わなかったじゃないか!大丈夫だ。やれる!」(同上)
「歴史ある宗教や文化を死なせてはならん。文化の死は民族の死だ。おまえの手で民族を死から救え」(同上)
「もう俺達の役目は終わった。あとはこの世界が子供達を強く育ててくれるさ」(同上)

 石を錬成して金に変える事も出来る錬金術師たち。しかし、無からモノは作れない。そこには「等価交換」という法則があり、何かを得ようとするときはそれと同等の代価が必要となる。“ただもう一度、母さんの笑顔が見たかった”--その一心から、母親を生き返らせようとして禁じられた「人体練成」を行なったエドワードとアルフォンスのエルリック兄弟。結果的に錬成は失敗し、兄は体の一部を、弟は全てを失った…。兄弟は失った肉体を取り戻す為に“賢者の石”を探し求め、その過程で、過去に錬金術師たちが“人間兵器”として国家に利用された巨大な陰謀に直面していく。

 話がどんどん展開していくうえ伏線も多く、読者を引き込んで離さない近年の大ヒット漫画。最近のマンガやアニメには、思わせぶりな伏線ばかりを提示し、やがて作者が広げすぎた風呂敷をたためなくなり、伏線を生かせないまま自滅→終了というものが少なくないけど、“ハガレン”はこれを書いている現在(14巻刊行時点)で物語の破綻はない。盛り上がる一方だ。
“焔の錬金術師”マスタング大佐、妻子LOVE・ヒューズ中佐、謎の大総統ブラッドレイ、復讐の為に情を捨てた“傷の男”、不気味なホムンクルスなど、脇を固める登場人物たちもキャラ立ちしまくり。そして、この作品世界での死は実に厳粛。普通の漫画なら間違いなく最後まで生きているであろう愛すべきサブキャラも、死を免れることは出来ない。
とにかく、敵が圧倒的に強力すぎて全く勝てる気がしない。一体この先ど〜なんの!?

 09年追記…いろんなキャラが散っていき、結末が近づいていることを実感。憎いと思っていたホムンクルス(人工生命体)だけど、滅んでいく時に物悲しさを感じた。人工の命であろうと、それが消える様は切ない。そして、どんなに挑発されても、怒りや苦しみを呑み込み、葛藤しつつ耐える人間たちに感動した。よく練られた物語。
この“憎しみの連鎖は誰かが断たねばならぬ”というのが頭では分かっていても、大切な人の命を奪われた時に復讐心を抑えるのは極めて困難。だが、ここを突破すれば人類は先に進めるし、突破できなければやがて滅ぶ。不条理は許さず、怒りながらも復讐に走らない…うーむ、本当に難しいところ。

 2010年追記(完結ネタバレ)…どこまでスケールがでかくなるんだという怒濤のクライマックス。敵がどんなに神がかった強さでも、決して諦めずに仲間と協力して立ち向かう姿は、それだけでグッとくる。「我は神。生物の頂点に立った」と人類を見下している敵に向かって、「人間からは賢者の石ができ、賢者の石からは人造人間(ホムンクルス)ができる。では人造人間からは何ができる?何を産む?破壊しかもたらさぬ存在を神と呼べるのか?究極の存在にでもなったつもりだろうが、どん詰まりなんだよ、お前は」という啖呵が最高。究極生物=進化のどん詰まりという発想は痛快!
「歴史ある宗教や文化を死なせてはならん。文化の死は民族の死だ。おまえの手で民族を死から救え」という台詞も良い。強欲の塊だったグリードが“もう十分だ。なんも要らねぇや”と、魂の友を得て浄化されるのもビリビリ感電。
エドとアルの深い兄弟愛にもウルウルきたけど、一番泣けたのは最終巻で本編後のオマケ・コーナーにあった、天国(?)でのエドの両親の会話。「やあ」「あら、もう来たの」「あの子達と一緒に老いて死ぬって言ってたのに約束破ったわね?」「ひどいな、先に約束を破ったのは君だ」「あは。そうでした」--このまま会話はしばらく続くんだけど、2人の表情が実に良い。私事だけど、僕の子どもは40歳を過ぎてから生まれたので、一緒に居られる時間は20代から育てている人からするとはるかに短い。それもあって、こういう台詞には滅法弱い。ハッピーエンドで本当に良かった!

※単行本巻末の4コマ・ギャグは、シリアスな本編ではりつめた緊張をほぐしてくれるので大好き。

 

41.ブラック・ジャック('73)〜手塚治虫

「そうがっかりするなよ、これは春一番さ。これから本当の春が来るんだ」(愛蔵版第1巻)
「(ピノコ)ね、先生。今はひとりぼっちじゃないわよね」(愛蔵版第2巻)
「神様とやら!あなたは残酷だぞ!医者は人間の病気を治して命を助ける!その結果世界中に人間が爆発的に増え、食糧危機が来て何億人も飢えて死んでいく…そいつがあなたのおぼしめしなら…医者は何の為にあるんだ」(愛蔵版第3巻)


 
阪大医学部出身の手塚治虫は医学博士であり、実際に医者の免許を持っていた。マンガ家の道を選んだけど、“もし自分が医者になるなら”と理想の姿を描いたのが本作品だ。BJは漫画家生活30周年記念として手塚キャラのオールスターが登場する短期読み切りとして描き始められたのが、高い人気から243話にのぼる大長編になった。
 とにかく、世界一の腕を持つ無免許医師ってのがカッコ良い!しかも、単なる天才医師ではなく、その行動規範が徹底したヒューマニズムっていうのにシビれるッ!(ピノコの出生エピソードはけっこうヘビーで絶句した)
※BJの顔の皮膚の色が違うのは、混血児の少年の皮膚を移植したから。
※ブラック・ジャックはシリアスなだけでなく、ギャグシーンもけっこう多い。
「へい、おあいそっ。トロとヒラメとバカとマヌケとアホで七百五十円ね」
「そういうセリフはムダです。何しろページ数がページ数ですから」
「なあ先生、どうせこのマンガは毎回20ページぐらいだろ。だから20ページの間に、なんとかしてくれよな」
「先生が前に放射線障害の患者を三人も治したって、チャンピオンに書いてありました」etc…。

 

42.銃夢GUNNM('91)〜木城ゆきと
「死んでいく…細胞が…死が広がっていくのが見える…!」(第2巻)
「“罪の意識”ってのは一種の毒さ。しかし毒も少量なら薬になるもんだ。全く無いよりはちっとはあった方が人間にはいい」(第3巻)
「あなたが失敗したり負けたと感じた時も…意地をはったりせず、素直にそれを認めてあげなさい。あなたの価値は勝ち負けとは別にあるという事を、私が一番よく知ってるわ…」(第5巻)
「この臆病者がッ!」「(とめに入って)よさんかい!わしは喧嘩は三度のメシより好きじゃが戦争は嫌いじゃ!ついでに戦争する女もなッ!アイツには帰りを待っとる妻や子供がおるんじゃ。勘弁してやらんかい!失うものが何も無いおぬしとは違うんじゃ!」(第6巻)
「(砂漠で)私を置いて行って…」「惚れた女を背負って歩くのも自由。右を行くのも左を行くのも自由。それでくたばるならそれがわしの運命じゃ」(同上)
「私は今までいろんな人間に会ってきた…わり切れないこと、悲しいこともたくさんあった…でも、この世に無意味なものなんて何ひとつない。死んだ人間もひとりもいない!」(第7巻)


 
このサイバーパンクSFマンガは、作者が3年間あちこちの出版社に持ち込み続けついに日の目を見た「30代の人にも読ませるSF」だ。未来の賞金稼ぎたちの物語で、ストーリーが進むにつれ主人公が世界全体の運命に関わっていくことになる壮大な作品だ。1巻から人が死にまくるが、最終巻までの殺戮の嵐の中で、読者は何度も命の尊さを垣間見ることになる。時おり挿入されるギャグもウイットに富んでるし、作品中の専門用語に対する作者の描き込みがハンパではないから退屈はしない。全9巻と長くはないので、作者の鬼神さながらの執念に応え、ぜひ読み切って頂きたい。熱血漢フォギアは日本マンガ史に残る愛すべき好男児!
 セリフとしても上に抜粋したが、「あなたの価値は勝ち負けとは別にある」というサラの言葉に、いったいどれほど多くの者が救われたか。こういう言葉に出会えると、ほんとマンガを読んでて良かったって思う。それからガリィの言った「この世に死んだ人間はひとりもいない」というのは、ゴッホの「人間が生きる限り、死人も生きているんだ」という言葉を思い出した。人は誰かの心の一部となり、その人の心がまた誰かの心の一部になる。肉体が滅んでも、魂は受け継がれ真の意味で死ぬことはない。なんて素晴らしい言葉なんだ!

 

43.ベルセルク('90)〜三浦健太郎

「この世の神では救うことのできない魂の慟哭が次元の(魔界の)扉を開いたのだ!」(第3巻)
「このままあいつの夢に埋もれるわけにはいかねえんだ。もうごめんなのさ。あいつの夢の中であいつを見上げているのは」(第8巻)
「オレにはもう奇跡は間に合ってる。ヘドが出るほどにな!」(第17巻)

  手塚治虫文化賞マンガ優秀賞。主人公ガッツが神族(魔族)の『使徒』と、血で血を洗うバトルを繰り広げる。作品のジャンルは一応“中世風ファンタジー”ということになるけど、毎回鮮血がほとばしり甘さのカケラもないファンタジーだ。『使徒』と戦うという設定はエヴァにもあったが、元祖はこちら。作者の作品愛は並々ならぬものがあり、西洋の鎧を着た兵士が画面一杯&無数に登場し、しかも全兵士の鎧のデザインが微妙に異なっているなど、恐ろしいほど緻密に描かれている。

 連載誌が隔週発売なうえ、休載につぐ休載でとてつもなく展開が遅い。でも、もういいのだ。読者は既に諦めている。どうにもならぬことを思い悩んでもせんなき事。我々は作者が存命中に完結さえしてくれたら何も文句はない。ぶっちゃけ、そこまで腹をくくっている。以下の雑誌後書きを読めば三浦先生がどれほど頑張っているか分かるから--

40℃の高熱でダウン。考えてみれば今年はまだ2日しか休んでない。(1993年・12号)
7月で27歳、ふり返ればマンガだらけの27年、これでいいのか?(1993年・14号)
な〜〜んもせんのに5キロやせた。なぜだろう???(1993年・21号)
この2か月で平均睡眠時間が4時間を切った。これでもうすぐ里中さん。(1993年・23号)
毎年の事だけどクリスマスも正月もお仕事。たまにはおせちが食べたい。(1994年・3号)
引越し以来、平均睡眠時間が4時間を下回る。ガ、ガンムになる。(1994年・16号)
綿の国星にまたはまった。学生時代、学ランで映画も見に行った。(1994年・22号)
ひと月半ぶりに休みがとれて外出したら熱射病にやられた!!(1995年・17号)
7月で30。振りかえれば金太郎飴の様にマンガばかり描いてたな。(1996年・12号)
2年間着信ゼロ。携帯解約しよ。まずしい人間関係が私を机に向かわせる原動力。(2002年・21号)
俺の休みは2か月に半日。もう4年も2日続けて休んでない。
30代もあとわずか。マンガ以外何もないイビツな人生だがもう取り返しがつかないのでこのままGO!(2006年・2号)
今年もひきこもるぞ━━! (2006年・3号)
やっぱり、ひきこもるのはさみしーのでやめます。(2006年・4号)
忙しくて1週間外出できず、もはやチョコレートは貴重な食料と化しております。ありがとうございました。(2006年・6号)
休載の間もずっと兵隊を描いてました。(2007年・3号)
月に2回も風邪で倒れたのは生まれて初めてです。(2007年・5号)

 原稿を見れば、連載がない間もずっとこの兵士たちを描いてたんだろうなと、三浦先生の奮戦が伝わってくる。ただ、ガニシュカの登場で一気に物語がラストに向けて動き出すと思いきや、なんで35巻から弱っちい幽霊船や、漁村の民と戦う“寄り道”が始まるんだぁああ。単行本は1年に1冊しか出ないのに、35巻はストーリーが殆ど進んでおらず、ラストまで先生の体力が持つのか心配になってしまう(汗)。

※丸々10巻分が回想シーンというのは、マンガ史において異例と思う。
※アニメ版のエンディング曲「ウェイティング・ソー・ロング」は激シブ。
※ジュドーに関しては以下にて。

【ネタバレ文字反転】

ジュ、ジュ、ジュドー!!あんた最高だよ、まぶしすぎるよ、輝きまくってるよ!!ジュドーは文句無しのナイスガイだった。友への思いやりは誰よりも深く、自身は好きな人に告白できぬまま、その人を目の前にして死んでゆく。グッスン。

 


44.トーマの心臓('74)〜萩尾望都
『ぼくは半年のあいだずっと考え続けていた。ぼくの生と死と、それからひとりの友人について』
『人は2度死ぬという。まず自己の死、そしてのち、友人に忘れ去られることの死。それなら永遠にぼくには二度目の死はないのだ(彼は死んでもぼくを忘れまい)』

 
いきなり巻頭でトーマが自殺するんだから、物語の“ツカミ”としては最強。いっきにラストまで読んでしまう。死者に支配され続ける生者の苦悩を描く。繊細なキャラクターばかりで本来なら息苦しい物語のはずが、透明感のある美しい絵柄が作品に酸素を供給している。マンガというより、詩集を読んでいるようだった。萩尾望都を読むと、作品舞台が欧州であることが多いことから、自分が日本人であることを忘れる瞬間がある。本作でもそうだった。ビジュアルがある分、文学以上にその錯覚は強いのかもしれない。愛蔵版のあとがきを斉藤由貴が書いててびっくり。
※ギムナジウム(中・高等学校)というドイツ語を初めて覚えたのも本作。

 

45.あしたのジョー('68)〜ちばてつや&高森朝雄(梶原一騎)
「そこいらの連中みたいにブスブスとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない。ほんの瞬間にせよ眩しいほど真っ赤に燃え上がるんだ。そして、あとには真っ白な灰だけが残る…。燃えかすなんか残りやしない…真っ白な灰だけだ。」(第20巻)

 
これは“あしたのジョー”だけでなくマンガ全般に言えることだけど、名作と呼ばれる作品には、必ず主役以上にキャラ立ちしているライバルがいる。強烈な個性を持ち、読者が存在をリアルに感じとれるキャラだ。この作品ではそれが力石徹だった。1970年3月24日、実際に力石の告別式が特設リングの設けられ講談社講堂で執り行われたことは伝説となっている(喪主は寺山修司)。読経後は力石の追善試合やミュージカルまで上演されたという。全国から集まった弔問客は800人を超えた。こんなキャラクターは後にも先にも力石徹だけだろう。(ちばてつやはマンガ家冥利に尽きたのではないだろうか!)
 ※寺山はTV版主題歌の作詞も担当している。歌の最後“明日はどっちだ!?”は奥が深いッス。

 
46.イティハーサ('89)〜水樹和佳

「知ることが不幸なら、俺は迷わず不幸を選ぶ!!」(第9巻)
「(貴様が)殺戮で快楽を得られるのは、命の価値を知っているからだ」(第14巻)
「神へ続くたったひとつの道の向こうにあるものだけが救いとは俺には思えません。神にかかわりなく、それぞれにそれぞれの救いがあると思うのです。それが価値のない馬鹿げた道の果てにあるとしても、その道の果ての死を得られたなら、人にどれほどくだらぬ死に見えても、俺は微笑んで果つるつもりです」(同上)
「俺は出会わぬ幸福より、出会う不幸を選ぶ」(同上)
「選べないのではなく、選ぶ必要がない」(第15巻)

 
連載開始から10年を経てついに堂々の完結を迎えた。途中、何度も連載が中断し、正直言って内心無事に完結するとは思っていなかった。それがどうだ!とてつもないクライマックスがラストに待っていたじゃないか!それは…宗教による救いの否定ッ!神は心の平穏をヒロインに与えようするが、「いらない。必要ない」と拒絶されるのだ。かつてこんな展開が、文学・映画を含めて他にあっただろうか!?「亜神も威神もいらぬ…愛も憎悪も迷いさえも人のものだ。神が関与されるべきことではない!!」--神は初めて“必要とされない恐怖”を知ることになる。まいった。
 ※この順位だけど、セリフを使わずキャラクターの目だけで感情を表現させたら、現役マンガ家の中でトップだろう!ちなみに、自分が最高に惚れてる女性キャラは桂サンだ。

 

47.藤子・F・不二雄の傑作SF短編集('80前半)〜藤子・F・不二雄
 F・不二雄氏の使う「SF」は“サイエンス・フィクション”の略でなく“すこしふしぎ”の略。これらの作品群は感動的な作品だけでなく、救い難いほどブラックなオチの物語も多い(絵柄がほのぼのしてるゆえ余計に怖い)。独特なムードに貴方もハマるだろう。数多い作品の中でも自分が自信を持ってお薦めするのは「ノスタル爺」「カンビュセスの籤」「ミノタウロスの皿」「コロリころげた木の根っ子」「大予言」「サンプルAとB」「箱舟はいっぱい」「値ぶみカメラ」「親子とりかえばや」「ある日…」「福来たる」「昨日のオレは今日の敵」「征地球論」「劇画・オバQ」の計14作品!すべてのマンガ・ファンは早急に読んで欲しいッ!
(なかでも「劇画・オバQ」は大人になった正ちゃんと、昔のままのQちゃんとの心のすれ違いがリアルに描かれており、レベルMAXの衝撃があるはず!)

  「劇画・オバQ」はコレに入ってマス

48.地球へ・・・('77)〜竹宮恵子
『老い行く地球を足許に為す術もない人類は何度も移住の計画を立てては廃棄し…ついに人間たちこそが地球を窒息させるのだという結論に達した。地球を遺棄するくらいなら人間たちの変革をも辞さないと。そして他星移民の奨励、出産規制の後S・D(スペリオル・ドミナント)時代に入る。特殊政府体制(スペリオル・ドミネーション)…それは完全な生命管理の社会体制であった…』

「いつだっけか…檻(おり)の動物を的にパチンコをやる子供がいてその遊びは厳しく禁止されたけど、なぜいけないのか誰も教えてはくれなかった。罰が怖くて“いけない遊び”と覚え込んだだけ。動物を檻に入れることこそがいけないとは誰も教えない。将来社会という檻に入った時“檻”が意識されては困るからだ」

「彼(ソルジャー・ブルー)の優しさがぼくを包む。ぼくの行く手を今逝こうという彼が、なおも…守ろうとして」〜以上、愛蔵版第1巻から


 物語の舞台は西暦3000年代の遠い未来。地球は人類によって全ての生物が死滅する手前まで環境破壊が進む。人々は“地球に住み続ける限り開発を止めることは不可能”“人類が地球を窒息させている”と悟り、地球が本来持っている環境再生能力に託すべく、全ての人間が地球を退去して植民惑星へ移住した。新天地で人類は生活のあらゆる事をマザーコンピュータの判断に委ねた(人間が判断すると私利私欲が働き合理的判断が出来ないから)。人口爆発を防ぐ為に、出産はコンピュータが無作為に選び出した精子と卵子を受精させた子に限定され、赤ちゃんは血縁関係のない父母の元で育てられた。そして14才になると親元から引き離され、“成人検査”によって過去の記憶を消去される(親子愛が社会より優先されないようにするため)。この成人検査では深層心理を調べ尽くされ、管理体制に反抗心を持つ者は洗脳教育され、あまりに精神力が強く記憶を消去できない人間(彼らはミュウと呼ばれた)は、政府によって秘密裏に抹殺された。しかし、中には身の危険を感じて逃亡したミュウもおり、ミュウ達は密かに“ソルジャー・ブルー”をリーダーとした集団を結成する。物語の主人公ジョミーは成人検査の“不適合者”として処刑されかけたところを、ブルーに救出された青年だ。体が弱っていたブルーは後継者にジョミーを指名する。そしてミュウは中央政府から遠く離れた惑星ナスカを開墾し、肩を寄せ合い暮らし始めた。「我々ミュウをそっとしておいて欲しい」と共存共栄を訴えるが、マザーコンピュータは人類の“異端”であるミュウを徹底排除すべく、圧倒的な軍事力で彼らを追い詰めていく--。

 宇宙の彼方から旅を続け、冥王星の軌道から太陽を目視したシーン、そしてついに暗闇に浮かぶ青い地球を目視したシーン…あのミュウたちの感動は、当たり前の様に地球に住んでいる自分に強烈な衝撃を与えた!
 僕は考えてしまう…コンピューターによる支配が人間にとって幸か不幸か、また地球上の他の生物にとって幸か不幸かを。コンピューター支配にも一分の幸があることを否定できぬのは、自分の弱さを基準に人類を判断しているからなのだろうか。

 竹宮先生はSFを読みまくってる。自室の写真を何かで見たんだけど、AKIRAやサイボーグ009がばっちり本棚に並んでいた。本人曰くソルジャーのモデルは島村ジョー(009)らしい。










うおおおおお!
竹宮恵子先生に
ソルジャー・ブルーを
描いて頂きました!

 
49.花の慶次('90)〜原哲夫&隆慶一郎

(以下、共にジャンプ1992年9月14日号から。慶次VS南蛮人カルロス)
(カ)「な…なぜだ!?なぜ火矢をよけなかった!?」
(慶)「よける?…我ら“いくさ人”は戦う前からすでに“死人(しびと)”と化しておる。“死人”が矢をよける必要があるのかね?」

(カ)「…殺れ。貴様なら仕方あるまい」

(カ)「俺たちの国では、世界の王になることと、世界一の女を手に入れることは、同じくらい価値のあることなのだ」

 
なんちゅう気持ち良い漢(おとこ)たちが、縦横無尽に暴れまわることか!慶次の豪快&痛快な生き方に、読者は毎回溜飲の下る思いを味わっていた。

 
50.のだめカンタービレ('01)〜二ノ宮知子
「これはなんだ!?」「それはたぶんクリームシチューですっ」「クリームシチューは黒いのか!?」「いえっ」「とぐろを巻くのか!?」「はいっ、1年もたつと…」「このイクラは何だ!?」「ごはんですー」「このキノコは!?」「洗濯物ですっ」「これは?」「わかりません!」(第1巻)
「そろそろ最終楽章」(ジュワワーッ…ビシッ…ビシッ)「できたな!音で分かる焼き加減!」(同上)
「す…すげ〜、一発であっちゃたよ…間違えたところまで…」(同上)
「くっそーあの女ぁ〜、エサが貰えればどこだっていいんじゃねーか!!」「ニャヒー、ケケケ」(同上)
「やれリズムだ音程だ、曲を楽譜通りに正確に!だからクラシックはキライだ!いくら自分なりに曲を表現しようと努力しようと、1ヶ所の間違いを追及される」(同上)
「こうなったら野田恵!わたしと勝負しなさい!」「でも…なにで勝負すンの?」「ティンパニーで」「じゃあわたしはピアノで」「そんな勝負あるかー!!」(第2巻)
「もう山形に帰るしかないんだわー!!夢破れて山河ありよー」(同上)
「こたつ、こたつ!」「あっ、もうすぐ紅白始まりマス!」「キャー!ダ・パンプ見なきゃ〜」「モー娘。モー娘。」「(もうすぐN響の“第九”があるのに…)」(同上)
「誰の家だと思ってンだー!!この寄生虫!!盗賊か!?おまえら…ワイン飲むんじゃねー!!」(同上)
「お疲れ様デス!はい!タオルとレモンのはちみつ漬け。好きです!」「ちょっとなによーそれ!あんた野球部のマネージャー!?」「南ちゃんです!」「殺すわーっ今日こそ!なにが南よっ」(第3巻)
「打倒Aオケ!」「裏切り者撃破ー!」「Sオケ万歳ー!」「ジーク・ジオン!」(同上)
「グッバイ長野…オレが生まれ変わった場所」(第4巻)
「だれ?」「のだめデス。マングースです。むきゃ」(第5巻)
「…ポカリ飲む?」「飲む(ゴキュゴキュ)」「(ときめき中)」(同上)
「この曲(悲愴)にはチャイコフスキーの秘密と謎が隠されてるんだ」「なあに!?秘密と謎って」「秘密だから謎なんだよ。チャイコフスキーは悲しくてもそれを言うことが出来なかったんだ。そんなふうに弾いてごらん」(同上)
「軽く合わすだけでいいって言ったのに」「いいえ。軽くなんて…そんな練習ないんです!わたし」(第6巻)
「この4年間、一音一音魂を込めて打ってきた愛しいわたしの打楽器ちゃんたち。そして今、4年間想い続けたあの人と奏でる。聴いて!この愛のサウンド・オブ・パーカッション!ありがとう千秋さま。最後にこんな素敵な思い出を。わたしこれでやっと…あなたからも卒業できます!!」(同上)
「たとえ1年で終わるオケでも、この時間が無駄になることは絶対ない」(第7巻)
「おまえ…めっちゃシューベルト苦手なんちゃうか?なんで一次の曲シューベルトにしたんや?」「な…なんでって…なんとなく…付き合ったことのないタイプの人と付き合ってみたくなったっていうか。そんなカンジです」「付き合ったことある奴と付き合えー!!アホちゃうかーっ!」(第8巻)
「Sub:シュベルトは/気難しい人みたいで頑張って話しかけてもなかなか仲良くなれません」「Re:シュベルトは/本当に“気難しい人”なのか?自分の話ばかりしてないで、相手の話もちゃんと聴け!楽譜と正面から向き合えよ」(同上)
「おい…途中から聴いたことあれへんフーガになってるで。頼むから作曲すんな!!神に対する冒涜や!!バッハは途中からは戻られへん!ちゃんと暗譜しとかなあかん!!」(同上)
「怖かったんだ…売れなかったら、評価されなかったらどうしようって…。ボクの絵は本当に趣味で独学だったし」「大丈夫よ。芸術は人の目や耳に触れて、また育っていくんだから」(第12巻)
「親父が家庭を顧みない人だったとか、今でも連絡一つ寄こさない薄情な親だとか、よくある話だ。もうどうだっていい。どうだっていいけれど…そういう人間に振り回されるのはもうごめんだ」(第13巻)
「すごい…」「絶景-」「ホラ先輩、地球ですヨ」(第15巻)
「どうでしたか?のだめのリサイタル…」「すごく…心臓に悪かった。ふざけんなバカ」「ぎゃぼっ!」「なんだよあのリストの出だし!殺す気か。でもまあ…よかった。泣けた」(同上)


 '04に講談社漫画賞に輝いたベストセラー『のだめカンタービレ』レビュー。単行本の帯のコピーは「こんなに笑えるクラシック音楽あったのか!?」。音大を舞台にした指揮者を目指す青年(千秋真一)と、本能だけでピアノを弾きまくる奇才のだめ(野田恵)の音楽ラブコメ。カンタービレの意味は“歌うように”。クラシックが題材と聞いただけで堅苦しそうだけど、のだめの天然ボケが随所に炸裂し抱腹絶倒ギャグマンガになっている(笑)。この作品が圧倒的に支持されているのは、登場する様々な音大生(変人キャラたち)が、単なるギャグ要員ではなく、各々が音楽への怒涛の愛を胸に抱いていること。その純粋な思いにジーンとくる。そして、コンサート・シーンは(当然ながら)絵のみでセリフもないのに、読んでいると音楽が聴こえてくる演出の巧みさ!ページをめくりながら、本当に一曲聴いた様な錯覚を味わってしまう。特に素晴らしい演奏シーンは5巻のラフマニノフの協奏曲(ピアノは千秋!)&8巻のブラームス・交響曲第1番。実際この場面を見て、どんな曲か知りたくてCDショップに走った読者も多いと聞く。オーケストラの団員が力を合わせてひとつの曲を作り上げていく姿には、音楽を一緒にやる楽しさが溢れ出ているし、感動で鼻水を垂らしている観客もいい。連載初期の破壊的ギャグ路線は中盤から人間ドラマ中心に変わっていき、10巻で登場キャラは音大を卒業。渡欧して新展開の海外編が始まった。内面描写は千秋がメインなので「千秋カンタービレ」と言ってもいい。初期のパワフルなノリが好きな人にはツマらなくなったと不評だけど、ただのギャグマンガなら山ほどある。異国の地でボロボロのオーケストラを率いて奮闘する千秋が“オレ様キャラ”から人間的に成長していく今の展開を、僕は好意的に受け止めてマス。最後に一言、真澄ちゃん最高!




5巻のコンサートで
バカウケだった、
のだめの手造り
マングース!!

ギャボ動画(5秒)
ギャボ4連発!!

51.ドラゴンボール('84)〜鳥山明
「(フリーザに)お前は自分で破壊してしまったこの星と、運命を共にするんだ」(第28巻)

 
すんげ〜長かったフリーザ編の完結後、新章の冒頭でサイボーグ・フリーザがフリーザのオヤジと共に出てきた時、全国のジャンプ読者は集英社に向かって一揆を起こしかけた。あれはマンガ・ファン人生の中で最もクラッときた瞬間だった。世間の一番人気はフリーザ編らしいけど、自分は18号とか出てきて盛り上がったセル編が好きだなぁ。超エキサイトしたよ。
 しっかし、あれだけ死んで生き返って、死んで生き返ってしとったら、バトルの重みが全然ナッシングじゃあ〜っ。(天使の輪っか着けさせてまで戦わせるか!?)
※ドラゴンボールは1億5千万部の売り上げ!全世界を入れると2億部以上!DVD売り上げは140億円突破!

  外国サイトで見つけた狂気のコスプレ(スーパーサイヤ人だろう…) 

52.バガボンド('99)〜井上雄彦
・「強くならねば。心が揺れないように。ひとりで生きていけるように。強くなる、誰よりも。この世にただ一人、天下無双の男になる」(第2巻)
・「死ぬ覚悟はあるが、簡単に命を捨てる気はない」(第3巻)
・「泣くな。試練は何の為に与えられると思う。もっと強く大きくなる為だろう」(第4巻)
・「命を教わる。ありがとう武蔵」(第5巻)
・「不安、弱さ、煩悩、恐れ、古(いにしえ)よりそんな邪念を振り払うため人は滝に打たれてきた。そして水から上がる頃、悟るのじゃ。あまり意味ないと」(第6巻)
・「もとよりいつ死んでもいい身。ただ最期は夢に殉じたい」(第7巻)
・「是非一度道場を拝見させて頂きたい。天下様御師範のお太刀の影なりとも。同じ道を志す後輩の為に一手の御授業を賜りたい」(第9巻)
・「昔、足利将軍に良い待遇で誘われたことがあったが、あの時ついて行っていれば、その後織田信長に討たれたろう。後の信長の招きに従っていたとしたら、豊臣秀吉との間はどうなったか分からん。太閤の恩顧を受けていれば、当然柳生家の命運は関ヶ原で徳川家康によって潰されておった。水面(みなも)はいつも荒れ狂う乱世じゃった。じゃが石舟はついに浮かばず、この山間の三千石は残った。深く静かな水底で磨き抜いた兵法は夕べ--一族の最高傑作の手へと渡った!!」「有難い…」(同上)
・「余命いくばくもないこの老人の頼みをむげに断る気か、おつう」「はい」「顔は美しくとも心は鬼!鬼じゃのう」「ええそうです」(第10巻)
・「天下無双とは、ただの言葉じゃ。考えれば考えるほど、見よう見ようと目を凝らすほど、答えは見えなくなる。見つめても見えないなら--目を閉じよ。どうじゃ、お前は無限じゃろう?」(第11巻)
・「殺したい訳じゃない。鎖鎌を見せたいなら見せてやる。ただ俺は--殺す以外に見せ方を知らぬ」(第12巻)
・「剣すら…握れなくなった…これで…これでもう…戦わなくて済む。殺し合いの螺旋(らせん)から俺は降りる」(第13巻)
・「人生のほとんどを剣に狂ってきた。差し違えるとこまではやってみる」(第15巻)
・「才がある。あるだけに、剣は教えたくない。だって剣を手にしてしまったら--弱けりゃあ死ぬんだ」(第16巻)
・「俺を…俺を強かったと言ってくれるのか。いい人生だった」(第18巻)
・「対等の相手がおらぬことはつまらぬぞ。わしの命を脅かす最強の敵は最愛の友に等しい…」(第20巻)
・「同じくらいの年と見る。どちらが死ぬにしても短い人生だね。でも太く生きたっ!すごい。何と得難い日だ」(同上)
・「小次郎、俺たちは抱き締めるかわりに斬るんだな」(同上)
・「負け犬は負けを抱えて…それでも生きていくんだ。前へ進まなくちゃならねえんだよっ…!その進む気持ちすら奪うような勝ち方はよくねえっ!負けた者だって人間だぞ!どこかで自分を肯定しなくては生きていけねえっ!誇りの欠片(かけら)は残してやれっ!!」(第23巻)
・「もしも天下一であることを証明したくば、己が一番であることの証を立てたければ、すべての人間を斬らねばならない。最後にこの地上に己のみが残るまでだ。そうまでして天下一の称号を手に入れたとて、その時にはそれを誇る相手ももうおらん」(第30巻)


 『スラムダンク』は若者ばかり登場したけど、本作は汗臭いオヤジ(野武士)がいっぱい。脇役までキャラの存在感が強烈で、尋常ではない迫力!

 井上雄彦氏は連載中の『バガボンド』をもうすぐ完結させると宣言。宮本武蔵の“強さ”を求める精神の旅もついに終わるのか。「俺はもう殺し合いの螺旋(らせん)から降りる」という武蔵。最終的に井上版“武蔵”はどんな境地に到達するのだろう。30巻の裏表紙には作者の次の言葉が書かれていた。「たとえば目指す場所に誰かの足跡があったとしても、自分の足で道を探すこと、そのことにワクワクしたい」。この後書きを読んで思わず落涙。これは全てのクリエイターの魂に響いたんじゃないだろうか。“孤高の天才”と言われている井上氏の言葉だから、余計にこの言葉が心を揺さぶった。芸術家は創造の過程で苦悩し、悶絶し、ようやく道を切り開いたと思ったその先で、既に誰かが同じことをやっている足跡を見つけることが少なくない。以前にNHK『仕事の流儀』で、井上雄彦氏はスランプに陥っている自分を映しているカメラマンに向かって、「不幸が撮れましたか」と言っていた。その“生みの苦しみ”を見ているだけに、「自分の足で道を探すことにワクワクしたい」という言葉になおさら胸が熱くなった

※『バガボンド』は単行本の“後書き”がすごく良い!別に大きな事件が書かれている訳でもなく、漫画家の日常が記されているだけなんだけど、読み手の心に訴えてくる文章なんで、何度かハラリと泣かされた(同じ67年生まれと知って仰天&勝手に親近感)。
(第1巻)負けの悔しさを知っていればこそ、勝利に喜び涙する事が出来る。同じように、死から目を背けていては、生を実感する事はできないであろう。幸福とは、何であれ今あるものに感謝できることか。簡単なようで難しく、難しいようで簡単
(第4巻)作品はいろんなものに助けられてできていく。良い映画を観れば創作意欲をかきたてられる。好きな音楽なしには長時間机に向かう集中力は持続しない。同業者の魂のこもった良い仕事を見るのは、この上ない励ましになる。そうして作って送り出した作品を読んで、何かを感じてくれた人からの声が届く。その声こそが、これを少しでも良いものにしたいとねばる根性を私にくれる。
(第9巻)先日とある対談の席で「あなたは何の為に漫画を描いているのか?」という質問をされた。それは前もって予想できた質問だったにもかかわらず、私の答えは先方ばかりか私自身をも、納得させられるものではなかったように思う。「なぜ描いているのか?」と問われたなら、それが私にとって自然な姿だからと答えた。「では何の為に?」いつか納得のいく答えをここに書くことが出来るだろうか。言葉は難しい。
(第12巻)5年ぶりに海釣りをした。その日は波が荒く、我々の船はいいように揺さぶられた。ぐったりとして、次々に形を変えてとどまる事のない波の表面を見ていると、時に白い雪原のように、ある時はのたうつ黒い溶岩のように見え、またある時は巨大な海獣の背中のようにも見えて、私の存在はケシ粒のごとき小さな点に過ぎないことを実感させてくれた。同時に「我酔う、ゆえに我あり」とでも言うような、命の実感も感じさせてくれた。
(第13巻)近頃よく歩くようになった。歩きながら意識を自分の体に向けてみる。長い距離を疲れないように歩くにはどんな体の使い方をすればいいのか。合理的な歩き方とは、腕は振った方がいいのか否か。体重をやや前にかけるとスムーズかつ足の疲れが軽い等々。こんな体との対話が感性を原型の私に戻してくれる。私の頭にいつの間にか堆積していた不必要な情報を取り除いてくれることに気がついて嬉しくなった。
(第10巻※一番グッときた)あれはいつだったか、初めて買った漫画本は、ドカベンの13巻だった。いくつものお気に入りのシーンを探しては、夢中になって模写したものだった。昨日本屋でその当時のままの装丁のドカベンが並んでいるのを見つけた。1〜3巻が欠けていたが、4巻の初版は昭和48年(1973)だった。思わず棚から出した28巻の表紙を見て、不意に胸の奥が熱くなった。この絵も模写した。その時の気持がありありと蘇った。あやうく涙が出そうになった。
(第19巻)「日々の仕事について日記をつけることにした。全ての事にそれをやる意味、理由がある事が分かるし、意味のない事やヤリたくない事は、ますますやらないことになりそうです。意図的に生きる事が出来るような気がする
(第30巻)「たとえば目指す場所に誰かの足跡があったとしても、自分の足で道を探すこと、そのことにワクワクしたい

 

53.ぼくらの('04)鬼頭莫宏(もひろ)

「チズちゃん、本人が損だと思わなければ、それは損じゃないのよ。」(第4巻)
「雪…か。こんなことくらいでも、運がいいとか幸せだとか、思えるもんだよなぁ。」(第8巻)
「このままでは、私が人質になっている状態では、カナちゃんは反撃できない。」(第9巻)
「その人も、その親とか兄弟に大切に想われてるんだろ。」(第9巻)
「普通なら語るに値しないようなそんなつまらないエピソードさえ、この2人にとってはかけがえのない物のはずだから。それはこれ以上増えることをやめてしまった物。今残されている分を大事にしていかなくてはいけない物。」(第10巻)
「あの子達は残り少ない貴重な時間をさいて、俺達のために来てくれたんだ。わかるか?それはとてつもないことだよ。(第10巻)
マチとウシロが親たちに会っていく10巻がすごすぎる
「バタバタした状態で誰にも想われないより、ゆっくりと想ってもらうほうがいいだろ。」(第10巻)


 
2010年に文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。作者は鬼頭莫宏(きとう・もひろ)先生。「15人の子ども達(中学1年生の男女)が巨大ロボットを操縦して、地球に来襲した敵ロボットと1対1で戦うバトルゲーム」。それだけなら、どこにでもある物語。以下、最低限のネタバレ込みでレビュー。この作品がヘビーなのは、パラレルワールド対パラレルワールドという恐怖の設定。平行世界が増えすぎないよう、余分な枝葉(別の宇宙)を刈り取るゲーム。つまり、各々のロボットは所属する宇宙の代表。なんちゅうビッグ・スケール!バトルには絶句するようなルールがある。
(1)戦闘に負ければ地球を含むこの宇宙が消滅
(2)戦闘に勝った場合でもパイロットだけは死ぬ。15人の操縦者はどんどん減っていく
(3)48時間以内に勝敗がつかない場合は両者敗北でどちらの宇宙も消える
(4)ロボットは操縦者が若いほど強い
(5)戦闘後、次の操縦者はランダムに決まる。
このルールを読んだだけで、どれだけシビアなストーリーか察しがつくと思う。「戦闘に勝っても死ぬ」というのは実に残酷なルール。“こんなゲームに参加したくない、でも勝たなければ親や兄弟、愛する人がみんな死ぬ”。だから、自分が死ぬと分かっていて、敵を倒すしかないんだ。しかもタイムリミットが48時間なので早く決着をつけねばならない…。

 誰だって死にたくない。まして中学一年なんて人生はこれからだ。この作品で胸を打たれるのは、子ども達の“死に支度”。いつ自分が操縦者に選ばれても良いよう、家族や周囲の人に目一杯優しくする(子どもながらに!)。親を悲しませたくないので、彼らは親に自分が15人の1人であることを言えない。泣ける…。
 この作品は、子どもが主人公ではあるけど、子を失った後の親の姿もしっかり描かれている。打ちひしがれた親たち。子に先立たれる親の気持ちを考えると、胸が引き裂かれそうになる。僕は子どもが生まれる前、親の視点から少年少女の登場キャラを見ることなんて殆どなかった。最近は、常に親モードで読んでしまう。印象に残ったエピソードをひとつ紹介。先に死んでしまった操縦者の親に、残った子ども達が「最期の様子」を伝えるために家を訪ねるシーン(その子だってもうすぐ死ぬことが決定しているのに)。出来るだけ詳細に、覚えていることを全て話そうとする子ども達。作者は思い出を語ることの大切さをこう書いていた。「普通なら語るに値しないようなそんなつまらないエピソードさえ、この2人(両親)にとってはかけがえのない物のはずだから。それはこれ以上増えることをやめてしまった物。今残されている分を大事にしていかなくてはいけない物」。そして、この両親は子どもの友だちが帰った後にこう思う「あの子達は残り少ない貴重な時間をさいて、俺達のために来てくれたんだ。わかるか?それは、とてつもないことだよ」。
 他にも、ある操縦者は勝利後に降り始めた雪に見とれる「雪…か。(数秒後に死ぬのに)こんなことくらいでも、運がいいとか幸せだとか、思えるもんだよなぁ」。『ぼくらの』をちょっとシリアスなロボット漫画くらいのレベルで思っていたことを反省。全11巻。第10巻が特に良い!

 

54.バジリスク 甲賀忍法帖('03)〜せがわまさき&山田風太郎
「忍法秘術を身につけた二つの一族が、永年の宿怨と称し、ただわけも無く憎しみ合い縛り合う…まことおろかの極み」(文庫版・上巻)
「お胡夷(おこい)…お胡夷…」「…あ…に…さ…ま…」「…すまぬ…お胡夷…ひとあし…おくれた…」「…あ…に…さ…ま…じじいを…ひとり…倒し…ました…」「…そうか…えらいぞ…よく…やったな…お胡夷…」(同上)
「朧様、さきほどのあなた様の所行…まさに言語道断!」(中巻)
「旅の空ではよく知ったはずの男や女が特別に見えてくるものじゃ…」(同上)
「願わくば、甲賀と伊賀と…今こそ両一族、手をたずさえて共に表の世に出でん」(同上)
「ひゅるっ、るるるるるるるる」「…不覚」(下巻)
「大好きです。弦之介さま」(同上)


 2004年講談社漫画賞一般部門受賞。山田風太郎が1958年に発表した忍者小説をせがわまさき先生が漫画化。夢枕獏さんいわく「ストーリー上にチーム対決の要素を初めて盛り込んだのは山田風太郎」。その点で原作は“チーム・バトル”漫画やアニメの始祖といえる存在であり、永遠の古典。
徳川家康は3代将軍となる跡継ぎを決めるため、伊賀と甲賀の不戦の約束を100年ぶりに解く。両陣営10名ずつが“400年の宿敵”として凄絶な戦いを繰り広げ、勝利者と関係の深い将軍候補を後継ぎにするというのだ。甲賀を率いる弦之介と伊賀を率いる朧は恋仲にあったが、悲運に翻弄されていく…。
計20人がどんな忍術を持っているのか、読者も実戦が始まるまで最初は分からない。手に汗握るシーソー・ゲーム。“こんなやつどうやって倒すんだ!?”と絶句することもしばしば。ミニブラックホールのような吸息の旋風鎌イタチが怖すぎる!豹馬が地面に刀を突き立て暗闇に立っている姿が忘れられない。

 

55.3月のライオン('07)羽海野チカ
「おかぁさん・・・おかぁさ・・・っっん」(第1巻)
「多分「逃げなかった」って記憶が欲しかったんだと思います」(第2巻)
「自分のひとりぽっちに気をとられ、誰かのひとりぽっちに気づけないでいた。まぬけな僕に除夜の鐘はしんしんとふりつもり、大きな河みたいにゆっくりと、新しい年がやって来ようとしていた」(第3巻)
「いっそ100円足して’クリームあんみつ’」「あ、ステキ!!クリームステキッ!」(第5巻)
「天才キタコレ!!うおおおお!!」(同上)
「不思議だ、人はこんなにも時が過ぎた後で、全く違う方向から、嵐のように救われる事がある。ありがとう、君は僕の恩人だ。約束する。僕がついてる。一生かかっても、僕は君に恩を返すよ」(同上)


 2011年マンガ大賞受賞。連載中。作者は『ハチクロ』の羽海野チカ先生。いわく「様々な人間が何かを取り戻していく優しい物語です」。
」孤独なプロ棋士高校生・桐山零が、誠実に周囲と接しながら、ヒビの入った心を修復していく物語。コマとコマをつなぐ主人公の内面のつぶやきがとても詩的で、繊細な文学に触れている感じ。
将棋の対局シーンは、善人であっても“才能”がなければ敗北するわけで、応援している棋士が追い詰められていく過程は、キリキリと胃が痛む。オヤジ連中の描き方もうまい。島田八段の帰郷エピソードにホロリ。5巻あたりから物語の輪郭が見えてきた。あかり・ひなた・モモの三姉妹、みんな幸せになって欲しい。
作者が女性ゆえか、作中の食べ物がやたら美味しそう。唐揚げとか!シチューとか!ポテトサラダとか!
関西人として京都・新京極の人波を知っているから、昼の鴨川で1人でいるヒナちゃんと、それを推測した主人公・零のシーンに鳥肌。僕も“あそこにいるかも知れない”と思ったので。

※あとがきの作者のつぶやき「“よつばと”のとーちゃんのパンツの柄と、ヒロインの一人のワンピースの模様(スクリーントーン)が一緒だった!」(爆)

 

56.ぼくんち('96)〜西原理恵子
・「泣いたら世間がやさしゅうしてくれるかあっ!泣いたらハラがふくれるかあ!泣いてるヒマがあったら、笑ええっ!(バチーンとビンタ)」
・「ねえちゃんはどうしていつも笑うの?」「こうなったら自分が一番いややゆう事を考えてみなさい。(中略)そんな事になってない。だから笑えるやん」
・「ゼニで買えるシアワセは足が速いでー(かっかっかっ)」
・「ねえちゃんの手、小さいやんか。あんまり幸せ持って来てくれてもな、こぼれてしもてもったいないわ」
・「毎日少しの魚と本を読む布団1枚分くらいの場があれば生きていける」
・「男というのはたいがいや、ふろしきひろげてたたみもできん」
・「悪い話はいっつも真っ先にくるくせに、ええ話は、一番あとにくるもんや」

 オロローン…これは良い!ボロボロになりながらも、ひた向きに生きる人間の姿に、神々しささえ感じた。次から次へと登場する名セリフに、至る所でポトポト涙が落ちた。死を解放と捉えた 「ツライけど、人はね、神様が許してくれるまで、何があっても生きなくちゃいけない」は、“これはもうマンガを超えた!思想書だッ!”って思った。人生を達観した響きがあるよ。普及版は1冊(550円)に収まり読みやすいので、ぜひ一読をッ!(何といっても一太にいちゃんが最高!)

 

57.花男('91)〜松本大洋
「塾には休みがないからねぇ。ハードボイルドな毎日さ…」(第1巻)
「朝です朝です!!一緒にジョギングしましょうよ!!」「何時よ…今」「4時と11分ですっ!」「ふざけんなっ!!」(同上)
「…泣くのでございますよ。今日もまた…間抜けたボールを打つのか。と、そう…私のバットがね、泣くのでございます。」(同上)
「迂闊!!気が付けばいつも奴のペース!」(同上)
「答えはいらないっ。過程を見せろ!」(同上)
「だからホラ、あれよ…つまりその…一人にしとくとさ…何するか分かんないし…」(同上)
「海が泣いとるんじゃ。意味はないがの…」(第2巻)
「ちょっと道、尋ねたいんだがね、じいさん。」「なっんだね。ワシャ3丁目のポチがどこにクソたれるかまで知っとるよ。」(同上)
「今日は引導渡してもらいに来たんだわ。とにかく間違っても空振りなんかしないでくれ。悔いが残るんだわ。」「えばんじゃないよ、星田。俺が気象衛星打ち落としてくれらァ!!」(同上)
「親と子の心と心を結ぶ話し合い」(同上)
「何年ぶりだろ、この公園来んの。」「何年なんて語る歳じゃないでしょ、アナタ」「ハードボイルドな日々がね。僕を、浦島太郎へと変える訳よ。」(同上)
「この街の人間は皆、あいつのファンなんだよ。お前は強い男だ。あの子をしっかり守ってやっとくれ。」(第3巻)
「何しろこの街平和過ぎて」「ハハ、平和に過ぎるはないよ。」(同上)
「太陽が僕の真下にあった。」(同上)
「歩くスピードでしか見えないものもあるぜ。」(同上)
「くううう。ビリビリしたァ!!」「ビリビリしたかあっ。」(同上)


 松本作品の中で最も笑いに満ちた楽しい作品。江ノ島が舞台。大人びたハードボイルドな小学3年生・茂雄(8歳)は、ガリ勉で自己中心的な子供。幼い頃に父と別れ母親と暮らしている。母は茂雄が父のことをよく知る必要があると思い、夏休みを父と暮らすよう言いつける。果たして、父親の花男(はなお)は30歳になるというのに、精神年齢は子供のままだった。巨人入団を本気で夢見ており、朝から晩まで野球の話ばかり。大人のような子供と、子供のような大人の共同生活。当初、茂雄にとって父は恥ずかしい存在でありイヤイヤ暮らしていたが、やがて素朴で裏表のない花男の言動や、全ての島民から愛されている様子を見ているうちに、父の素晴らしさに気付き始め、子供らしい無邪気さを取り戻していく。ただ一心不乱に夢を追い続ける大人の姿は、最初はいささか滑稽に見えても感動を生んでいく。
 松本マンガは速読を許さない。本作はどのページを開いても余白がないほど動物や不思議キャラ(河童、浦島太郎、モアイ、天狗、ピノキオetc)で埋まっており、作者のイマジネーションが極限まで開花している。

※第21話『沈黙』は授業参観の騒動を描いた笑える回なんだけど、なんとセリフが一言もない!キャラの表情と動きだけで魅せきった意欲的な試みだ。
※タイトルはエレファント・カシマシの1stアルバムのタイトル『花男』が由来。
※花男が12年間巨人に要求していた“莫大な要求”とは長嶋の背番号「3」。
※現在、作者は江ノ島で暮らしている。

 

58.赤色エレジー('70)〜林静一
「明日になれば、朝が来れば、苦しいことなんか忘れられる。…昨日もそう思った。」

 
我、不毛ナ日々ノ果テニ桃源郷ヲ見タリ。傷ヲ舐メアッテコソ華。

 

59.サイボーグ009('66)〜石ノ森章太郎
「イイカイ…009!混血児デアルコトハ、ケッシテハズカシイコトジャナインダ!ムシロ、ホコリニオモッテイイ…。イマハマダダメダガ、ヤガテ世界ニ国境トカ人種差別トイッタオロカナコトハナクナル日ガ、キットクル!」(001の言葉)(第1巻)

続いて衝撃の第6巻から
(地底人ビーナの言葉)「人間たちは戦争をしてお互いに殺し合い、地上のせっかくの大気を汚しているわ。そんな野蛮人たちが殺しあって滅びてしまう前に…その為に地上に誰も住めなくなってしまう前に、ちょっと早めにあたしたちが地上の人間を滅ぼして、綺麗な地上を手に入れるのが、なぜいけないの?」

009「だ、だめだぁ!ジェット(002)無駄死にしては…」
002「おっと、もう遅い大気圏突入!」

 
萩尾望都や竹宮恵子のハートを虜にした009。軍事産業(死の商人=ブラックゴースト)にさらわれ、人間から兵器に改造された9人は“戦争の道具になってたまるか”と組織を脱走する。敵として追ってくるのは、最新ナンバーの“兄弟”たち。作者はラストシーン未発表のまま無念の死をむかえたが、その構想はかろうじて文章という形で残されていた!どういった形でもいい、最終回に出会える日を一日千秋の思いで待っている!

 

60.ブッダ('72)〜手塚治虫

「人間はあらゆるものとつながりを持って生きている…もしおまえがこの世にいないならば、何かが狂ってしまうだろう」(愛蔵版第4巻)

 
上のブッダの言葉は魂の救命ロープになる。精神が弱ってる時に、こうした“自分はここに居ても良いんだ”という言葉に出会うと、マジで九死に一生を得た気がする。
 シッダールタ(釈迦)が悟りに到達するまでのエピソードはどれも非常にドラマチックだが、中でも印象的なのは親友アッサジの死だ。チビたちを抱えた飢えたオオカミの一家のために、彼は巣の前で横たわり、自ら餌となるのだから!初めて読んだ時の衝撃は、それはもう凄まじかった。そんな死に方を自分は想像したこともなかった。昆虫も人間も“入れ物”が違うだけで入ってる命は同じと悟る「スジャータ姫事件」も目からウロコ。諸君、明日を生き続ける為に、ぜひ早急に一読を勧める!
※ただし長編のせいもあって後半はまったりと失速。御大自身も早く連載をやめて次の作品に挑戦したかったと語っている(オイオイ)。中盤のナタラのエピソードまで読めばいいと思う。

 




●マンガ家の心得(水木しげる)

「適当にやらないとね、漫画家は、死ぬよ。手塚治虫さんなんか医学博士なのに
死んじゃった。寝ないで描くから。トキワ荘の人(石ノ森、藤子不二雄F)も
平均寿命前にみんな死んじゃってるでしょ。寝なきゃ駄目。食べたいものは
食べないと駄目。疲れたら休まないと駄目。」


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